ウチくる? 事件2日目~昼食前~



 次の日、宝ノ殿中学、昼休み。



 エミリカはお弁当を持って廊下を歩いている。少し足早やに、彼女の心は逸っていた。


 いつもなら自分の教室から部室棟に一直線であるが、この日は寄り道をしようと思っていた。いや、彼女にとって寄り道ではなく本筋となる。


 目的は、2年4組、宇野一弘のいる教室である。


 まさかまた宇野の弁当が捨てられていることはないと思うが、少し気になり向かっているのである。


「ついでにまたお弁当をご一緒できないかしら?」


 エミリカは言い、遠目に確認できる2年4組の学級表札を見やる。

 彼女は宇野の様子を見るついでに、昨日のように部室でのお昼ごはんを誘うつもりであった。

 もちろん彼女の言葉通りの『ついで』ではない。主である。


 それを証拠にエミリカの持つお弁当箱は自分用の小振りではなく、父親用の大きめな弁当箱である。そしておかずの卵焼きを多めに詰めて用意していた。

 昨日、宇野一弘は料理部が差し出した数あるおかずの中から、卵焼きを探すように食べているように見えた。それに、卵焼きは好きな方だとも言っていた。


 エミリカは聞きたかった。宇野一弘の口から「おいしい」と。

 エミリカの目は燃えていた。一度消えかかっていた情熱が再燃したのである。彼女の中の『男の心を掴むには胃袋から作戦』が再始動したのだ。


 2年4組の表札が近くなり、エミリカは鼻を鳴らす。

 教室は開いており、中をのぞく。教室では授業が長引いたのか数名の生徒が教科書をカバンや机にしまっていたり、未だ板書をノートに書き写していたりしていた。


「・・・宇野一弘は、いないわね?」


 室内を見渡すも彼の姿はなかった。そんなエミリカの様子が気になって、女子の一人が近付いてくる。


「エミリカじゃん、どったの?」

「あっ、ありさ。ねえ、宇野一弘を知らないかしら?」


「ん?宇野?何でも屋?なら今さっき出ていったけど・・・なに?彼にお誘い?」

「そ、そんなんじゃないわ!ちょっと気になっただけよ!あとお昼を一緒にと思って来たのッ!」


「誘いに来たんじゃん・・・なんで一度否定したのよ。耳も真っ赤だぞ」

「もうっ!それより、昨日のこと、あの後、どうなったの?」


「昨日の?ああ、何でも屋の弁当廃棄事件のことね」

「何でも屋というお弁当屋さんの弁当が廃棄されたみたいなネーミングになっているわね・・・でも、そうそれ。こっちのクラスでは話題にはなっていないのよ・・・」


「あれねぇ・・・うん、エミリカは関わったことだし、話してもいいのかな?あのね、ちょっと、内緒にできる?」

「・・・何かあったのね、ありさ。耳を貸すわ」


「うん、他のクラスにはヒミツってことで、小声で失礼。あれね、宇野の希望で他の生徒には口外しないで、って話なのよ」

「宇野一弘の?なんでかしら・・・」


「うん、というのも。何でも屋が言うには、口外されると捜査がやり辛くなるんだって。話が表沙汰になると、犯人と揉めることにもなるし角が立つのが嫌だとかなんとか」

「それをここの生徒達は了承したの?」


「ん~、まぁ、何でも屋の言う事だしねぇ。変な人だけども腕は確かだし。あたしも世話になったからな~。落とした彼氏の指輪を見つけてもらったし、みんなもそうだと思うよ?あの人にはどこか逆らえないのよ」

「さすが・・・破天荒生徒四天王の一人ね。ウチの見込んだヒトだわ」


「ま、そんな感じよ。皆の暗黙で昨日のは無かったこと、みたいな?それよりエミリカ、宇野を追いかけるんでしょ?彼なら教室を出て右へ行ったわよ」

「うん、すれ違わなかったから、そっちだと思ってた。ありさ、ありがとね」


「あいよ~、がんばれ、恋する乙女~。あとまたお菓子を食わせてな~」

「こ、恋ッ!?そんなのとかじゃないの!でもがんばるわっ!」


「ははは」


 ありさの応援を背に受け、エミリカは廊下を出て右に曲がる。


 しかし、ここから先に宇野一弘はどこへ向かったのだろうか?


 食堂・・・ではない、とエミリカは思う。2年4組の教室を出て右ならば逆方向なのである。食堂は体育棟の1階にあるので、どこからでも入れるが、遠回りになるのだ。


 どこかに寄った?宇野が行ったとする方向に何か特別な場所があるのだろうか?エミリカは記憶を頼りに思い出そうとする。


 一般棟廊下の先にあるのは、外へと出る鉄製の両開き扉。そこを出れば運動場である。そこを左に曲がればもう一つの一般棟、その先に特別棟、そして少し離れて体育棟と部室棟がある。しかし、他の棟に移るには逆方向にある渡り廊下を通った方が早い。やはり寄り道だろうか?


 では、逆に運動場を右へと曲がれば・・・そこはゴミ収集所である。

 エミリカは妙に嫌な予感がした。そんなことはあるはずないと思った。


 だが、あの場所には何かと縁がある。


 ない、と思いたい。けど、ある、という予感がする。


 エミリカの足は、ゴミ収集所へと進んでいった。





 エミリカは真っすぐ、一般棟から外へ出て、運動場を横目にゴミ収集所に着いた。そこに人影はなかった。あるのはいくつか積まれたゴミ袋だけである。


 少し、ほっとする。何もなかった、いなかった。だけど、それなら彼はどこに・・・


 あれ?とエミリカは鼻をヒクつかせる。何か炭のような、何かが燃えた後のような臭いがした。


 ゴミ収集所で何かが燃えた?前の文化祭みたいに?でも周りを見渡してもそのような様子はない。

と、すれば・・・近くのどこかで・・・


 ゴミ収集所の裏には確か、昔使われていた焼却炉があったはずだ。


 数年前の生徒は掃除の後に焼却炉でゴミを燃やしていたそうだが、環境問題の都合でゴミの焼却は禁止となった。今は用務員のおじさんが雑草とかの植物を燃やすのに使用されているはずである。


 エミリカはゴミ収集所を回り、裏へと向かう。そして、雑草がしげる焼却炉の前に、彼はいた。


 どこか冴えない背中、それが宇野一弘のものだと気付くと、エミリカの鼓動が早くなる。


 背中しか見えないが、どこかその背中は気落ちしたような、暗い雰囲気が出ており、エミリカは彼に声をかけるのを憚られた。

 宇野一弘は焼却炉で何をしているのだろうか?足音を立てぬよう、彼の肩越しを静かに盗み見る。




 そして、息が一瞬止まる。




 炉の中には、弁当箱とその中身があったのだ。


「えっ、なんで?」


 思わず声が出るエミリカ。その声に気付き、宇野はゆっくりと振り返る。


「ああ、エミリカか・・・その、これは、またなんだ・・・」


 宇野は重い口調で言う。エミリカは口元を手で抑える。


「いったい、どうしてこんな・・・信じられない。一体、誰が?」

「・・・さて、な。まさか、またこんなことをするとはな・・・」

「じゃあ・・・どうしてこんなことされたのか、思い当たる節はないの?」

「・・・さて、どうだろう・・・分からないな」


 淡々という宇野。彼の顔は暗いままだ・・・ただ、こんなことをされて怒りはないのだろうか?少しは怒りそうなものだが、少なくともエミリカには彼の顔に怒りの色は見られなかった。誰か分からない相手にこんなことをされれば、エミリカなら怒り心頭である。


 だが彼は、ただ難しい顔をしていた。なにか考え事をしているような、そんな顔・・・怒りが面に出ない程に怒っているのか、それとも彼にとって取るに足らない事なのだろうか?エミリカには彼の心の内が分からなかった。


「そう・・・辛いわよね。大事なお弁当がこんなゴミ捨て場に捨てられて。とても陰湿で許されない行為だわ・・・」

「・・・ああ、そうだな」


 宇野は尚も淡々と言う。エミリカは彼の横に並び、焼却炉の中を見る。


 植物が燃えた後であろう黒い灰の上に、グジャグジャに飛び散った白いお米と卵焼き・・・それに焼き目がしっかりついた鮭・・・アルミカップで入ったほうれん草と菜の花のお浸し、冷凍であろうプラスチック容器に入ったミニグラタン、仕切りとして使われたであろう緑のバランの横にカットされたリンゴもあった。箸も弁当箱から飛び出て灰で黒くなっている。どれも灰まみれだ。

 正四角形でステンレス製の弁当箱は外されたフタと共に灰にやや埋もれていた。ある程度の力で投げつけたか、押し込まない限りこうはならないだろう。


 この惨状、見れば見るほど怒りが沸いてくる。


 弁当の、料理の色合いを見れば、作り手の想いがエミリカには手に取るように分かる。それを・・・こうも簡単に無残にできるものなのだろうか・・・


 エミリカは焼却炉の中にあるススにまみれた弁当箱へと手を伸ばそうとする。しかし、宇野はそれを手で遮ると代わりに腕を伸ばして炉の中に手を入れる。


 そして弁当箱を手に取り、灰にまみれた箸やアルミカップ、バランにプラスチック容器を弁当箱に入れて蓋をする。色鮮やかだった弁当の中身は灰にまみれ、とうぜん食べられそうにもなく、暗い焼却炉の中に置いていくこととなる。


 その時の宇野の表情は・・・やはり難しく何かを考えている表情であった。冷静に、何かを分析しているような顔。エミリカは何度かこの顔を横で見ていた。きっと彼が『何でも屋』として今回の事件を分析しようとしているのだろう。そう、エミリカは思った。


 宇野一弘がいつも通りだと思うと、少しエミリカは安心した。

 こっちが悲しい顔をすれば、宇野一弘には余計な心配や気遣いを与えてしまうだろう、と明るい表情と声を作り、彼に声をかける。


「ねぇ、宇野一弘。あなた、今日も料理部にこない?お腹が空いたら残りの授業で頭も働かないと思うのだけれど?」


 エミリカの誘いに宇野は首を横に振る。


「いや、そう何度も厄介になるのは迷惑だろう。一食くらい抜いても苦ではないさ」


 誘いを断られ、エミリカは少し口を尖らす。


「もう、食事はとても大事なことなのよ!体を作るし、病気にだって強くなるし、脳の働きだって良くするわ!第二次成長期のウチらにとって食事とは言わば成長への土台作りなのよ!土台がしっかりとしてないと、植物や農作物みたいにしっかり真っすぐスクスクと育たないんだから!」

「え、いや、そ、そんなもんか?」


 エミリカの気迫あふれる物言いと力説、それに宇野は戸惑う。


「そうなのよ!それにね・・・」

「それに?」


「それに、作ってくれた人が心配すると思うわ!ガンバって作ったお弁当なのに、食べずにお腹を空かして帰ってきたら・・・ウチならどうしたのッ?って心配になるもの」

「・・・言わなきゃバレないだろう?」


「あら、意外と顔に出るのよ?人の空腹時ってね。身体検査の日とか、ダイエットで食事を抜いてくる女子とかいるでしょ?それで顔色悪くて貧血でバターンって倒れたりするじゃない?そういう子って事前に倒れるだろうな~って分かるものでしょ?」

「・・・分かるのか?」


「分かるのよ。女子は特にそういうのに目聡いものなのよ」

「そうか・・・そういうものなのか・・・確かに血糖値や血圧の都合で顔のむくみや血色に変化がでると聞いたことがある・・・だから・・・気付かれた・・・?」


 宇野がブツブツと小難しく考え出し、エミリカはそれを制するために背中を叩く。


「ほら、考え事する前に、ごはん、行くわよ?腹が減ってはなんとやら~」

「お、おい?まだ行くとは・・・だから力強いッ!なんでそんな腕力あるんだ?」


「それはね!ウチはごはんを三食しっかりと食べているからなのよ!」

「分かった分かった、行くから、引っ張るなって!」



 否応なしに宇野一弘を連れて行く。向かう先はとうぜん部室棟にある料理部の部室であった。


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