突撃!となりの昼ごはん 事件1日目~昼食時~



 料理部の部室のドアを開き、エミリカと宇野一弘は中に入る。


 そこには料理部のメンバーである、二年生のナスビ、一年生のユキユキ、ピノ、月の四人が揃っていた。彼女らは中央の簡易テーブルで向かい合う形に席へ着き、楽しそうに談話をしながらお弁当を箸でつついていた。


 しかし、彼女ら四人は来訪者の宇野に気付くと、箸を持ったまま、エミリカと宇野一弘に好奇の目を向ける。


 ナスビが嬉しそうに口を開く。


「え?なんなん?エミリン来るん遅い思たら、えっ?そういうことなん?」

「ち、違うのよ!これには色々事情があって」


 エミリカは赤面し、首を横に振るも、ユキユキが言葉を挟む。唇を血が出そうなくらい噛みしめ、憎悪の念を抱き、体を振動させながら言葉を出す。

「お姉さま!ユキユキは、嬉しいです。応援してますからね?」

「うん、言葉と表情が一致していないわよ、ユキユキ、だから違うって!」


 そしてピノは涙をハンカチで拭いながら。

「ボクも嬉しいです。ようやく念願が叶ったのですね!おめでとうございます」

「ピノまで、だから、も~!」


 そして、ここまで黙していた月がどこからハリセンを取り出し、ナスビ、ユキユキ、ピノの三人の頭を順にパシンッ、パシンッ、パシンッ、とはたく。

「・・・・・・事情、まず聞く」

「話せる相手がいて助かったわ。ありがとう、月」


 月は頷き、折りたたまれたパイプ椅子二つを用意すると同時に、ピノがそそくさとお茶の支度をする。


「さあ、席について、宇野一弘。ここに彼を連れてきたのは大変な事があったからなの」

「大変な事?」


 料理部メンバーが口を揃えて問う。


「ええ、実はね・・・」





「そんなことがあったんかいな・・・辛いやろな。ほれ、自分のたこさんウィンナーあげたるわ。ほい、あ~ん」

「ちょっと、ナスビッ!」


 エミリカが顔を真っ赤にして言い、宇野はそれを断る。


「いや、もう十分だから、こんなにしてもらってすまない」


 宇野の手元には紙の皿があり、おかずが山のように積まれていた。よくバイキングやビュッフェ等で、計画性無く見た目度外視で積む子供の如くである。


「まったく、ユキユキはあんたみたいな変態のこと、認めた訳じゃないんだからね!」


 そう言いながらユキユキは弁当から一口サイズのニンジンを宇野の皿に乗せる。それを見た宇野は眉間にシワを寄せる。


「いや、だから、もういいから。それと、ツンデレ風にみせかけてこのニンジン、ただ単にあんたが嫌いなだけだろう」

「な、なんでユキユキの嫌いなものを知ってるの!?まさか、ストーカー?この変態!」

「前に散々ニンジンが嫌いだと言っていたじゃないか・・・ん、うまい・・・」


 そう言いつつ宇野はニンジンを口に運ぶ。色々と料理部からちょっかいをかけられながらではあるが、少し豪華な昼食にありつけた。淹れたてのお茶も出てくる。今も空のコップにピノがお茶を注いでくれている所である。


「だけど、どうしてこんな酷いことが起こったのでしょう?宇野さん?」


 ピノが問う。宇野は小さく「う~ん」と唸り、かぶりを振った。


「さあて、な・・・ま、色々と何でも屋としてやってきたからな。恨みの一つでも買うだろう」

「そんなこと、あるはずないわッ!」


 声を大にして言うエミリカ。これに宇野は思わず箸を止める。

 それにエミリカはハッ!とし、今度は声を小にする。


「だ、だってウチは助けられたもの・・・ほら、去年のこととか」

「去年・・・ああ、料理部と家庭科部のいさかいだったか?確かに、エミリカに手助けはしたな」

「あ、ちゃんと覚えていてくれてたんだ・・・」


 エミリカは嬉しそうに頬を朱に染める。宇野はその件について先日思い出したことは口にせず、話を続ける。


「確かに助けた、と同時に敵も作った。家庭科部から恨まれていたっておかしくはない。そういった可能性がないこともないだろう?」

「そ、それは・・・でも宇野一弘は悪いこと、していないし・・・」

「悪い事・・・か」


 宇野はどこか痛むかのように眉をひそめた。

 部室の空気が重くなる。ナスビが明るい口調で話す。


「せやけど、今回の件、何でも屋としてなんか犯人に目星とかないん?名探偵としての見解はいかほどなん?」

「・・・探偵を名乗ったつもりはないな・・・悪いが今回は何も分からない。それに角がたつような事をすれば、また起こりうるからな。放っておくさ」

「そ、それでいいの?」


 エミリカが心配して問い、ナスビも同意する。


「せや、それやと相手に舐められてしまいやん。報復が恐いんやったら、自分ら料理部に任せえや!みんなで犯人見つけてとっちめたらええねん!」


 腕をボキボキと鳴らすナスビ。それにピノも頷く。


「とっちめるのはどうかと僕は思いますけど、良いですね。これは料理部から宇野さんへの恩返しになりますし!」

「いや、ちょっと・・・それは」


 戸惑う宇野。彼を置いて、料理部は話を進める。


「せやけど、現場はどんな感じやったん?エミリン」

「えと・・・そうね、教室は後ろのドア以外、窓含め全部閉まっていたわ。みんな体育の帰りで制服に着替え終わって帰ってきた直後ね。教室の鍵はそれまで閉まっていて、宇野一弘が鍵を開け、中に入った。そうね?」

「ん?あぁ・・・そうだな」


 宇野は思い出すように言い、手元のおかずの山の中から卵焼きを見つけ、口に運ぶ。エミリカは言葉を続ける。


「そして、体育の授業前、最初に鍵を閉めたのも宇野一弘なのよ」


 それを聞き、料理部は首を捻る。ピノはベリーショートの髪を片手で後ろに流しながら言う。


「完全密室ですね、これは」

「けどぉ、マスターキーがありますよぉ~」


 ユキユキは言い、ナスビが腕を組み、頭をたれる。


「せやけど、生徒が授業中に抜け出してその鍵を手に入れて、わざわざマスターキーを使ってやで?金品盗むにしても弁当捨てるとか、そんなことするか?」

「じゃあ、外からの変質者ですねぇ~、ユキユキこわぁ~い!」


「それもないやろ~、弁当箱を捨てるなんて個人を狙うことに、学校に入り込んで、そんで職員室にも忍び込んで、そんでまた鍵盗んで、教室入って盗み、弁当だけを捨てる。んなリスキーなことをわざわざするんかいな?」

「じゃあ、生徒ですぅ?けど授業抜け出して、鍵を盗るだなんてぇ~、それこそ無茶ですしぃ~、ユキユキ、頭が混乱してきましたよぅ~。ねえ、ピノ」


「う~ん、そうですね・・・あの、宇野さんのカバンの中で何か他に変わったことはありましたか?」


 ピノが聞き、宇野は「弁当以外、特に何も変わらなかった」と返す。

 そして、また卵焼きをおかずの山の中から選び、口に運んでいく。


「ええと、物盗りじゃない、とすればよほど恨みを持った人・・・なのかな?」


 ピノは唇に指を置き、考え込む。それを横目にエミリカは続ける。


「それで、ゴミ箱の中を最初に確認したのは、宇野一弘なの?」

「いや・・・他の女子生徒だった。その女子が見つけ、叫びだしたんだ」


「で、この弁当箱は誰のもの?ってなって、あなたのだと分かったのね」

「まあ、そうだな・・・」


「他の生徒でカバンの中を触られた人っているの?」

「さて?一応はチェックしている生徒もいたが、どうなんだろうな?」


「弁当箱以外に騒ぎになってはいなかったわね・・・月、どう?」


 エミリカに言われ、月はスマホを取り出し、誰かに連絡を入れる。


「・・・・・・うん、分かった・・・・・・どうやら、弁当箱だけ」

「そう・・・」

「いったい誰に連絡をいれたんだ?」


 宇野は聞き、月は「・・・・・・情報屋」とだけ答える。


「そうか、情報屋は麗華さんとも繋がっていたし、料理部と通じていてもおかしくはない・・・か」

「そうよ、料理部は色々と顔が広いの!ウチらなら犯人探しの手がかりを掴めるかも知れないわ!」


 自信満々に胸を張るエミリカ。対し、宇野はそれに応えず、黙って皿の上にあるおかずの山から卵焼きを箸で掴み食べる。しっかりと噛み、飲み込む。そして小さく「おいしい」と呟いた。


「あら、卵焼きが好きなの?」


 エミリカに問われ、宇野は首を傾げ、頷く。


「ん?あ、ああ、卵焼きは・・・そうだな。好きな方だが、どうして?」

「そうなんだ!いえね、なんだかそんな気がしたから。おかずの山の中から卵焼きを探すように見えたわ」


「そうか?ただ、色合い的に良い黄色が見えたから選んだだけだと思うが」

「そうなのよね!卵焼きって黄色くて柔らかくて、お弁当に彩りを与える良いおかずだと思うのよ!それに、家庭の味が色濃くでるのも良いわよね!」


「そ、そうだな」


 急にエミリカがいつも通りのテンションとなり、宇野は驚いて頷き返す。


「ただ、それだけに残念だったわね~」

「残念?何がだ?」


「だって、捨てられたお弁当にも卵焼きが入っていたじゃない。ウチ、ゴミ箱の中を少し見たのよ。冷凍のグラタンやシュウマイ、あとほうれん草もあったけど、中でもアルミのカップに入っていた肉じゃがって、手作りよね?味の染みた肉じゃがと卵焼きって、本当に合うのよねぇ~。食の和を詰め込みましたって感じで、それもごはんと良く合うし!」

「そんな良いもんじゃないさ・・・昨日の残り物を詰めただけだ」


 宇野は言って、箸を置き、席を立つ。


「さて、ずいぶんと腹がふくれた。ありがとう」

「え?もういいの?」


 エミリカは宇野の紙皿を見る。おかずの山はあと三分の二くらい残っていた。


「ああ、そこまで食欲がないんだ。残すのは心苦しいが、すまない」

「そ、そう・・・タッパーに入れて持って帰る・・・というのは危険ね。夏だし、そもそも朝作ったお弁当だから・・・」


「心遣いに感謝する。この恩はいつか返すから」

「あっ、それなら料理部に入って!」

「せや、部員が増えれば部費も上がるね~ん、名前だけでも籍を置くとか?」


「・・・それとは別の形で返させてもらう。じゃあな」


 言い、宇野は料理部の部室を出ていった。

 水を打ったかのような静けさが部室に降りる。


 少しして、ナスビが首を傾げて言う。


「なんや、逃げるように出ていったなぁ~」

「いや、今は勧誘するタイミングではないと思いますよ・・・」


 ピノがツッコむ。ユキユキはプンプンと怒ってナスビに賛同する。


「まったく、そそくさと出ていくなんて失礼ですよぉ~、感謝の念が全然感じられませんでしたぁ~。ユキユキのニンジンを食べたことは褒めてあげますけどぉ~、それでもお姉さまお手製のロールキャベツを残すなんてぇ~」


 それに対しピノは諭すように言う。


「まあまあ、ユキユキ、宇野さんはさっきまでショックな出来事があったんだから、食欲が湧かないのも無理はないですよ。そこは心配するべきかと」

「うぅ~、ま、まあ、ここは大目に見てあげるとしますぅ~」


 ユキユキは渋々納得する。それにナスビも大きく頷く。


「せやな、確かに心配や。事件のこともやけど、確かに何でも屋はいつもの様子とは違う気がするで」

「・・・・・・と、いうと?」


 月は聞き、エミリカはナスビに同意する。


「確かに、宇野一弘はいつもと違っていたわね。なんだかいつもより静かというか、大人しいというか・・・」

「そうなんです?ボクはあまり宇野さんとはお話しをしたことがないのですけど、少し寡黙な方、というかクールな方なのかな~ってイメージでしたね」


「ちゃうなぁ」「ちがうわね」


 ナスビとエミリカが揃って否定する。


「自分、何でも屋とそれほど付き合いあるわけやないけど、何でも屋って、こういう謎に喜んで飛び込むような男子や思とったわ」

「ええ、そうね。それにお姉ちゃんの話だと、宇野一弘は知識欲の塊みたいな人だって話していたわ。あと、こっちの会話にあまり入ってこなかったし」


「会話ですか?それはボクたち料理部に遠慮してたから・・・とか?」


「いや、ちゃうと思うねんよ。こっちが弁当捨てた犯人を推測してた時、何でも屋ってリアクション薄かったやろ?なあ、エミリン」

「ええ、ああいう時って、宇野一弘は口を挟むか、首を振ったり、頷いたり、考え込んだりするものね。顔に出やすいの。あと、つじつまが合わなかったら横やり入れたり訂正したりして。なのに、今回、ほとんど自分から話さなかったわ」


「えらいよう何でも屋のこと見とるなぁ、エミリン」

「べ、べつにッ!心配だったからよ!宇野一弘がッ!」

「なんで体言止めやねん・・・まぁ、自分も何でも屋って静かやけどリアクションが多いイメージなんよ。それが今回は薄く感じてん」


「それはユキユキも感じましたよ~!なんかあの変態ってどこか斜に構えてるっていうか、ちょっと上から物事を見てる感じの変態ですもんねぇ~」


「どんな変態やねん、それ」


 ユキユキにナスビがツッコミを入れる。ピノはそれでも首を傾げる。


「そういう感じなんですかね?ボクだったら弁当を捨てられたら大泣きしちゃいそうです・・・あとショックで寝込むかも」

「ん~、まあ、そうやな。それもあるかもしれへんな。なんやあったら、料理部で何でも屋を助けたろうやん」


「はい、そうですね。ボクも何かの助けになれたらと思います」

「ま、ユキユキは特に借りとかないですけどぉ~、貸しを作るのもありかなぁ」

「・・・・・・同意」

「ええ、そうね!きっと、それが一番よね!」


 話が一段落すると、グゥ~、とお腹の鳴る音がした。音の正体はエミリカからである。


「あら、なんだかお話しをしていたらお腹が空いたわ」

「そういえばお姉さま、変態にお弁当を分けるだけで、ご自身は食べていなかったですぅ~」


「うん、ちょっと今まで食欲なかったのだけれどね、どうしてかしら?小腹が空いてきたの」

「そらええことやん、きっと、新たに道が見えたからかもやね」


「新たな道?って、どういうことなのかしら?時折ナスビは不思議なことを言うわね」

「ははっ、ま、がんばりや~、命短し、恋せよ乙女や」


「こ、恋ッ!?う、ウチ、そ、そういうわけじゃ・・・いや、そうなのかな?」

「なんや?エミリンは何でも屋のことが好きやから色々とアプローチしたんとちゃうん?」


「す、好き、とか・・・そんな・・・ちょっと、う、宇野一弘のこと・・・もう少し知りたいとか、あの、気になるなぁって・・・色々と助けてもらったし・・・恩返ししたいし・・・その、喜んで欲しいなって・・・」

「わぁっ!エミリカ部長、お顔が真っ赤ですよ?だいじょうぶです?」


「う・・・うん・・・だいじょうぶ」

「部長がここまで顔にだして、思いつめるなんて、部長はよほど宇野さんのことを大事に想われているのですね、ボクもそんな相手を見つけたいものです」


「だ、大事っ!?え、えと、はぅう~」

「わぁ!?部長っ!顔がさらに真っ赤になって!大丈夫ですか!?そんなになるまで好きなんですかっ!?」


「・・・・・・ピノ、それ、火に油」

「むぅ~、ユキユキ、お姉さまが理解できません!まったく、変態ってば、お弁当こんなに残して、もったいないったらないですぅ~。捨てておきますね?もう、ユキユキの手を煩わせるなんて」


「ま、まって、ユキユキ、せっかくだからそれ、ウチがいただくわ!」

「ヘッ!?血迷いましたか?お姉さまッ!あの変態が口付けたお箸でつついたおかずですよっ!?」


「わぁ、エミリン~、そんななるまで落ちたいうか、堕ちたんかいな?」


「おちたって、そんな、人聞きの悪い・・・い、いずれは一緒にお鍋とかお箸でつつきあえる関係になれたらな~って、そう、これは予行演習なのよっ!」


「ぞっこんやないかい!」


「ぞ、ぞっこんだなんて、そんな、ウチ、ぞっこんとか、そんな!?」

「うぅ・・・お姉さまぁ~、なんだか考えがはしたないですぅ~、それでもユキユキはついていきますぅ~」


「・・・・・・大混乱」

「ですねぇ、月ちゃん。なんだか会話がめちゃくちゃですけど、でもエミリカ部長、確かに少し明るさを取り戻した気がします」

「・・・・・・同意」

「ボク、エミリカ部長が明るいままで、宇野さんに何事もなく今回の事件が解決することを願いますよ。おっと、そろそろ時間ですね」



 こうして、昼休みの騒がしい一幕は予鈴のチャイムによって一度、終わりを告げたのであった。


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