非日常への扉 事件1日目~昼食前~



 エミリカは一人、昼休みの学校の廊下をトボトボと歩いていた。


 彼女は文化祭にて宇野一弘に想いを伝えるための作戦、『男の心を掴むには胃袋から作戦』の実行に向け、色々と根回しをした。なのにもかかわらず、結果は惨憺であり、昨日のショックから燃え尽きていた。


 彼女の手にはピンクのランチクロスに包まれたお弁当があった。

 いつもは料理部の部室へ向かい、部員のみんなと弁当を開くのだが、今日はどうもそんな気にはなれず、校舎内をうろついていた。


 気付けばエミリカは調理室の前に立っていた。ふと、彼女は物思いにふける。


 思えば一か月前、エミリカはここで宇野一弘との再会を果たしたのであった。

 あの時、エミリカは後輩のピノにお願いされて、調理室のカギを開けておいたのだ。そこでピノの友人が大事な人の為に手料理を振るいたいからと・・・

 ある程度のことは内密に聞かされていた。その友人である女の子がトーストを使ったお菓子を作ること、想い人が噂されているサッカー部員であることも。

 エミリカにとって、その子の想いは他人ごとではなく、心から応援したかった。しかし、調理室がその友人によって使われている時間、皆にとっては授業中に、耳を澄ませば何やら調理室から怒鳴り声が聞こえるではないか・・・


 エミリカは不安に思った。もちろん、料理部部長でもある彼女が調理室を開けるという時点で一部加担していることは含まれる。が、その友人の恋路に邪魔が入ったのではないか?と・・・


 予感は的中し、その友人、柳田という女子は調理中に教師のゴリ松に捕まっていたのである。エミリカはすぐにでも助けようと足を前に出した。

 だが、一歩先に思わぬ登場人物が現れた。そう、宇野一弘である。


 エミリカは驚いた。何故、ここに彼が?


 宇野の顔を見ると、戸惑っている様子であった。状況を理解できていない様子であった。それもそうである。6限目の本来授業時間にどうしてお菓子作りをしているのか、それを知っているのは柳田本人とエミリカだけであった。


 エミリカは柳田の恋を応援したいし、宇野一弘の力にもなりたかった。

 なので、エミリカは勇気を出して宇野、柳田、ゴリ松の前に現れた。


 姉の麗華のように、威風堂々と、誰しもが気圧される姉のようなオーラを発するようにして・・・


 ゴリ松はあの時、脚立を盗んだ犯人を捜し、柳田を疑っていた。

 そこでエミリカは柳田がその脚立を盗む必要性がないことを立証してみることにした。ある程度に時間を稼ぐことができれば、宇野一弘が真犯人を見出すだろうとエミリカは信じていたからだ。


 それは見事的中し、宇野一弘は真相を言い当てたのである。


 こうして、宇野一弘とエミリカによって、一人の悩める少女の恋路を助ける共同作業が成功したのだ。


 エミリカは心が躍った。また彼と、事件を解決することができるなんて、と。


 これにエミリカは運命を感じた。二度目の出会いでこれは偶然なのだろうか?いいや、きっと違う。運命の巡り合わせなのだ・・・と。


 あの後、柳田はサッカー部の主将に告白し、なんと恋が実ったのである。


 それを耳にし、エミリカの胸はさらに高鳴った。もはやこれは神からの啓示なのだ。この二度の出会いは運命で、柳田の告白方法が自分の進みゆく道の思し召しなのだ。そう、思った・・・いや、確信した。


 今思えばエミリカは冷静ではなかった。と彼女自身振り返り、苦い笑いと同時にため息がこぼれる。


 今年で14歳になるエミリカは恋に夢見る多感な少女であった。


 そこから文化祭が始まるまでの一ヶ月間、エミリカは柳田に習い、『男の心を掴むには胃袋から作戦』の計画を練った。


 文化祭という運命の日に、実行へと移すためにである。


 周りには『料理部に引き込みたい人物がいる』として、助力を願った。

 ナスビとピノは快諾。月は・・・無表情。ユキユキは渋っていた。


 そして、計画には宇野の動向を知る必要があり、先輩のさとりんによる助力で宇野一弘をよく知るグッドマンとの情報共有が叶ったのである。

 ついに、計画を実行に移そうとした時に昨日のゴミ収集所で起きた火事である。初めて出会った場所で、それも三度目の宇野一弘との共同作業・・・これを運命、ロマンスと感じずして、なんと言おう?

 麗華の助力と後押しによってこの火事による事件も見事解決した。

 皆から背中を押され、ロマンスの神様からも手を引かれるような状況。

 これはもはや告白成功間違いなしである。


 いや、まあ、間違いだったのだけれど・・・


 エミリカの想いは無残にも、宇野一弘に毛ほども届かなかったのである。


「ここまで頑張ったのに、ロマンスも感じたのに、なぜかしらぁ・・・」


 ガックリとエミリカは肩を落として調理室を背に、渡り廊下へ出る。

 廊下の先には自身の教室がある。なんだか食欲がわかない。もう教室に戻って、お弁当を鞄にしまい、机の上でふて寝でもしたい気分であった。


 と、その時である。


『きゃあああああっ!』


 どこからか叫び声がエミリカの耳に届いた。

 何事かと声がした方角、教室棟へと足早やに入る。すると教室の2年4組が何やらざわついていた。


 7月というのに教室の窓は閉め切ってあり、開いているのは教室の引き戸であるドア、それも前と後ろの2か所ある後ろのドアだけであった。


 エミリカはその後ろのドアから中の様子をうかがう。


 そこのクラスの生徒たちは皆、一点を注視していた。


 教室前方のスミ、ゴミ箱の周りに数名の生徒が輪を作っていた。その数名の生徒はいずれも苦々しい表情をし、クラスの空気は重々しかった。


 エミリカは教室に入り、女子生徒を一人つかまえて問う。


「なにがあったの?」


 すると女子生徒は口元を抑えて、信じられないといった顔で言う。


「う、宇野君の・・・お弁当が・・・ゴミ箱に捨てられていたのッ!」

「なんですって!?」


 聞くとエミリカはすぐにゴミ箱周りに集まる生徒の輪に近付く。そして、輪の中の中心、ゴミ箱の前で立ちつくす少年を見る。



 何度も見た背中・・・宇野一弘の背中であった。



 エミリカは昨日あった出来事は思考の外に、ただ宇野一弘が心配になった。そしてすぐに声をかける。「だいじょうぶ?」と。


 宇野からの返事は無く。エミリカはより心配となり、彼の顔をのぞきこむ。


 彼は、ただ、硬い表情でゴミ箱の中を見ていた。エミリカもその視線を追う。


 ゴミ箱の中には弁当箱が開かれた状態で捨てられ、中のご飯やおかずが無残にも飛び散っていた。それを見てエミリカは眉間に皺を寄せ、口元を抑える。


「なんてひどいことを・・・」


 思わず口にした言葉。料理を愛するエミリカにとって、直視のできぬ許しがたい事であった。

 それは他の生徒達も同意のようで、みな思い思いに口を開く。


「一体、誰だよ?宇野の弁当捨てたヤツ!」

「信じられないな!こんなん、嫌がらせ通り越してイジメじゃないかっ!」

「そうよ、こんなの、ひどいわっ!あたし、先生に言ってくる!」

「ああ、任せた!けどよ、誰が、いつの間に捨てたんだ?弁当なんて」

「そうだよね、今まで体育の授業中で教室の鍵はぜんぶ閉め切っていたし」

「じゃあ、鍵を持ったヤツが、授業中に戻って捨てた?それか閉める前の、生徒が出ていった後とか?それとも鍵を開けた後にすぐさま?」

「え、でも鍵の開け閉めの当番って、宇野君だよね?」

「じゃ、じゃあ、その線はないか。だとすれば他のクラスの?どうやって?」

「マスターキーとか?職員室にあるし」

「生徒じゃないかもしれない・・・この前に部室荒らしとかあったじゃない?」

「ああ、あの変質者が外から入ったって言う?もしかしたら今回も?」

「ええ、こわい・・・」


 生徒達から様々な憶測が飛び交う。


 その中、エミリカは宇野の表情を見続けた。彼は無表情であった。もとより感情を激しく出すことの少ない彼だが、表情は分かりやすいのが宇野の特徴である、というのがエミリカの認識であった。そして、ここまで表情が少ない彼を見るのは初めてで、今回は本当に何を考えているのか分からなかった。


 エミリカは犯人がどうとかよりも、宇野一弘が心配であった。そして、彼の肩に手を置き、声をかける。


「ねえ、お弁当、残念だったわね。どう?料理部の部室にこない?行けば置いてある保存食があるし、ウチのお弁当も分けてあげるし、おいでなさいよ」


 言われ、初めて宇野の表情が変わる。困ったような顔へと。


「いや、それは・・・いい。もとより腹はそんなに減っては」


 断りの返事をする最中、他の生徒達がエミリカに強く賛同する。


「それは良い!料理部のエミリカさんのご飯なら何よりの御馳走じゃないか!」

「うらやましい!不幸中の大幸運だな!あのエミリカさんの弁当だなんて!」

「行ってきなさいよ、宇野君、あとの片付けは私たちがやっておくから」


 しかし宇野、首を横に振る。


「い、いや、それは別に、片付けはするし、腹も減ってないし・・・」


 だがクラスの皆は優しい目で、宇野の背を押す。


「いいって、いいって、宇野君には色々お世話になったから、恩返しさせて?」

「そうだぞ、宇野。弁当捨てられてショックだろうけど、しっかりと食べないとな!心も元気にならないぞ!片付けは任せておけ!」

「ほらほら、行ってらっしゃい、宇野君。エミリカさんお願いね!」

「くぅ~、うらやましすぎるぜ、宇野ぉ~、俺も今すぐに弁当を床に落としたらついて行けるかな?」

「バカ、不謹慎よ。じゃあ、気にせず行ってきてね、宇野君」


 クラスの人たちに背中を押され、半ば強引に教室から押しだされる宇野。


 そして、エミリカも彼に並んで教室を出る。


 二人、宇野とエミリカ、教室を背に立つ。そして、沈黙。


 誘ったはいいが、ここからどう声をかけたらいいか悩むエミリカ。宇野が心配で声をかけたが、昨日のことをつい思い出すと、心拍数が上がり、声が出し辛くなる。


 対し宇野は、困ったような悩んでいるような表情であった。ここからどうすればいいか、迷っている風でもある。


 いつまでも黙って教室の前で、男女が並んで立っているのは不自然である。

 それは分かっているエミリカだが、声はやはり出せない。

 数分の沈黙、その口火を切ったのは宇野であった。


「あの・・・料理部に迷惑だろう?図書室で時間つぶすんで、それじゃあ」

「違うでしょっ!」

「ぐえっ」


 去ろうとする宇野の首根っこをエミリカは掴み、それ以上何も言わずに料理部の部室へと向かった。


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