〜怒れる拳に火をつけろ〜
「やっと揚げおわったわ!エミリカ特製の愛情たっぷり唐揚げよっ!」
エミリカが満足げにカラッと揚がった唐揚げをバットに置く。
唐揚げは全部で6つ。どれも美味しそうに湯気を上げ、それに乗って食欲そそる匂いも広まっていく。
宇野は生唾を飲み込み、その唐揚げに手を伸ばそうとするも、その最中にエミリカからシッペをくらい、叱咤される。
「もう、お行儀がなってないわよ。親から注意されなかった?」
言われ、宇野は少し眉をひそめる。
「・・・親はつまみ食いしようが何も言わないさ」
物憂げに言う宇野。エミリカは少し気になったが、あまり深入りせずに言葉を返す。
「あらそう?甘やかされてきたのね。ま、もう少しだけ待って。唐揚げといったらごはんも欲しくなるものでしょ?」
エミリカに問われ、宇野は「確かに」と頷く。
「それじゃ、月、お願い」
「・・・・・・御意」
エミリカが言うと同時に、調理室奥の準備室から一人の少女が入り込む。
彼女の片手には白く温かなごはんを山の様に盛ったお茶碗があった。もう片方の手にはお汁の入ったお椀がある。
「・・・・・・どちらも熱いので、気を付けて」
「ありがとう、月」
月と呼ばれた少女は、前髪に隠れた眼を閉じ、深々と礼をして出ていった。
「あとは唐揚げを皿に乗せて、それぞれ青のり、コンソメ、チーズをトッピングするわ!それにカットサラダを横に置いて料理部特製ドレッシングをかけて・・・完成!唐揚げ定食よ!」
宇野の前に差し出される唐揚げ定食。
鶏肉の下味につけこまれた醤油、ニンニク、ショウガの匂いが鼻腔を刺激する。これには思わず宇野も「おぉ!」と感嘆の声をあげてしまう。
匂い良し。
そして見た目であるが、唐揚げは三つずつ味付けが違っており、青のりは如何にもごはんに合いそうである。
コンソメは見た目が普通の唐揚げと差異はないのだが、衣との相性的に十分楽しめそうであった。
そしてチーズ、これは唐揚げの余熱でトロっと溶け、見た目で十二分に食欲をそそるものであった。
その横にあるカット野菜も目に優しい。茶色の中に少しではあるが彩りがあると嬉しいものである。
「いただきます」
礼儀正しく手を合わす宇野。昼から何も食べていない彼はもはや空腹の限界であった。手を下すと直ぐにお手元の箸を掴み、唐揚げをしっかりと挟む。
満を持して青のりの乗った唐揚げにかぶりつく。
サクッ!
まずは歯ごたえが口を楽しませ、次いで鶏肉の脂の弾力性が食感を喜ばせる。
だがそれも一瞬で、それすらをも忘れさせる衝撃が次に待っていた。
噛みしめた刹那に溢れだす下味がしっかりついた鶏肉と肉汁が口いっぱいに広がり、あまりのジューシーさに、揚げたての熱さも忘れて「ハフハフ」と咀嚼する。
「落ち着いて食べなさいな」
エミリカはそんな宇野に苦笑しながら言うが、宇野はもう止まらない。
衣に付いた青のりが良いバランスで唐揚げを引き立てる。そして何より唐揚げ+青のりとくれば・・・そう、ごはんが食べたくなる。
宇野はすぐ横にあるお茶碗を手に取ると、急いで口いっぱいに白飯を詰め込む。この調和・・・これぞ極上である。
ある程度にそれを飲み込むと、お汁に手を伸ばす。その味はシイタケをメインに白だしと醤油で整えられたシンプルなものであり、とても柔らかな味わいであった。
それから少しサラダに箸をつける。野菜はキャベツと玉ねぎ、そしてニンジンの千切りカットであり、ドレッシングは青じそであっさりとしたものである。
だが油物の中で、このシャキシャキとした食感と水々しさはなんとも嬉しいものであった。言わば初夏に吹く一陣の夕凪のようである。
これで一度舌をリセットし、宇野は落ち着きを取り戻す。あまりの空腹に我を忘れて、はしたなくも口いっぱいに頬張った先程の行いを恥じる。
横目でエミリカを見ると、彼女はどこか困ったように、されど笑顔でこちらを見ていた。まるでやれやれと意地汚い子を見守る母親のようである。
宇野は同じ轍は踏むまいと、落ち着いてコンソメのかかった唐揚げに箸を伸ばす・・・うむ、予想通りに美味い。
唐揚げとコンソメの旨み成分が見事にマッチしている。どちらも濃いモノ同士だが、これらが手を組めば相乗効果で絶妙な旨みのハーモニーを奏でる。
これも白飯がよく合う。濃い味付けのおかずには白飯が必要不可欠。これは日本人なら誰もが本能で知っていることである。
一杯のお茶の後、チーズ唐揚げに手を出す。案の定である・・・美味い。
これはご飯と一緒よりも単体で楽しみたい一品である。唐揚げの衣をチーズで優しく包み込まれ、チーズの優しい風味が唐揚げをより引き立てる。
これはしっかりと味わうべきが最適解だと導き出し、ゆっくりと味わう。
サクサクッ、もぐもぐ、ハフハフ、ゴクリと、小気味よく食べる宇野。
どれもこれも空きっ腹にはしみ込むもので、腹が、胃が、次々と唐揚げと白飯を欲して箸をリズミカルに進める。
宇野はもう、その唐揚げに虜であった。
調理室の窓の外からナスビ、ユキユキ、ピノがその様子に思わず唾をジュルリと飲み込む。あまりに宇野が美味そうに食べるからである。
「えらい美味そうに食うなぁ、これはもう落ちたも同然やな」
「当然ですよぅ!お姉さまからの手料理で落ちない人なんていないもの。うぅ、ユキユキにもお姉さまから想いの籠った唐揚げをプリーズぅ~」
「これで『男の心を掴むには胃袋から作戦』成功ですね!これはもう勝ったも同然ですよ!さぁ、ここからはエミリカさんの勝負所です。ボクたちは退散するとしましょう」
ピノがこの場から去ろうとナスビ、ユキユキに声をかける。と同時に後ろから声がかかる。
「それはどうかしらね!?」
その声の正体は・・・
「麗華姉!いつの間に!?てか、その不穏な言い回しは何事ですのん?」
「そうですよぅ、麗華お姉さま。二人は悔しいですが相思相愛なんでしょぅ?」
「エミリカさんの話では、何でも屋さんがエミリカさんを欲してるって聞いてますよ?確か麗華さん情報ですよね」
麗華の突然の登場よりも、ナスビ、ユキユキ、ピノは彼女の不安を覚える台詞に戸惑いを露わにした。
それに麗華は静かに応える。
「それは嘘情報だからよ。何でも屋はただ、食券だけが目当てでここにいるの」
『な、なんだってー!?』
「静かに。いい?この嘘は妹の里香を鼓舞するためのものよ。里香がこういう場に弱いってのはみんな、ある程度に理解はあるかしら?」
三人は今しがた話したばかりの内容なので、コクコクと頷く。
「それで里香は文化祭のこの時、この場に彼・・・宇野一弘を呼び込む為にあらゆる手を使ったわ。生徒会のグッドマンから情報を元に、偶然居合わせたように装ったり、食券で落とし入れたり、無理にでも誘い込んだりとね。全てはこの一時のために・・・まぁ火事は思わぬアクシデントだったけど、それすらも演出のように二人の出会いを色づけてしまう・・・流石ウチとその妹よ」
感慨深くうなずく麗華。
「けどね、あまりに遠回しだと思わない?里香のやり方って」
問われ、三人はその通りだと首肯する。
「言っちゃえば、あの子の自信の無さの表れなのよ。去年、何でも屋との出会いに里香ってば、ロマンを感じたのよね。そして今年はその出会いを超えるロマンを演出しようと画策したのよ。けど、それでも里香は臆するわ。あの子、芯は強くもぶれやすいの。だから勇気付けるために『何でも屋は里香(それと姉であるウチ)が欲しくて事件解決を頑張った』という嘘を教えたのよ」
「けど、それやと、その・・・あかんかった時・・・ダメージ大きないです?」
「ダメと思ってやったっていい結果はでないのよ!それにここまでは上手く行ってるでしょ?『食わせて置いて扨と言い』という言葉があるわ。乙女の手料理食べておいて、それにあんな美人捕まえて断る殿方はいてかしら?」
「それは絶対ないですぅ!」
「でしょ?それに里香は一年もガンバって料理の腕を磨いてきたの。ここで自信を持って動かなければ勿体ないわ!嘘でも一歩踏みでなきゃどうするの?」
「確かに・・・そうですよね」
「さぁ、姉として元料理部部長としての『上げ膳据え膳』もここまでよ!お料理だけにね!」
「あ、うまい!」
「でしょ?みんなで『お膳立てを整えた』のだから頑張ってもらわなきゃ!唐揚げ定食だけにね!」
「うまいですぅ!」
「でしょ?ここまでして、『据え膳食わぬは男の恥』よっ!てね?」
「くどいっ!」
「今言ったの誰!?」
「それよりも出歯亀を続けるんですか?ボク、こういうの良くないと思うんですけど?」
「ピノ、全ては姉であるウチが許すわっ!」
「えぇ~」
「それに後学のためでもあるわ!恋とは一体どういうものなのか、見ておいて損はないと思うのだけれど?いつかあなたにもその時が来るのだから」
「後学・・・そう、でしょうか?」
「そうなのよ!」
「そう・・・なんですね?」
「そうよ!」
「・・・はいっ」
「さすが麗華姉、人をその気にさすのがウマいですわ~」
「人を詐欺師みたいに言うのは止めなさい。それに、もし何でも屋が愛しい妹の申し出を不意にしたら・・・その場で分からせる必要があるもの・・・」
「ええ、麗華お姉さまの言う通りですぅ。ユキユキも微力ながら尽力いたしますぅ」
「せやな、骨の2、3本は覚悟してもらわなな!なぁ、ツッキー」
「・・・・・・忍殺」
「いたんだ、月ちゃん・・・宇野さんを守れるのはボクだけみたいだ」
腕の骨を鳴らす女子四人を横目にピノはそう決心した。
外の五人のやり取りはさておき、再び調理室。
宇野は最後の唐揚げを咀嚼し、名残惜しくも喉を通っていく。
そしてお茶を飲み、ふう、と一息ついた。
そこを見計らってテーブルの対面に座るエミリカが声をかける。
「どう?満足した?」
エミリカはどこか緊張した面持ちで聞く。
「ん?ああ、腹八分だが、味は十二分に美味かったよ。ごちそうさま」
満足げに言う宇野。
「ふふっ、おそまつ様。去年の出来と比べてどうだった?」
聞かれ、宇野は去年の激辛唐揚げを思い出し身震いする。
「あ、ああ、かなり美味しくなった・・・と思う。特に青のりの乗った唐揚げが良かったな。あれはご飯が良く進む」
「ほんとっ?良かったわ!」
心底安堵し、嬉しそうに言うエミリカ。一年の苦労が実を結んだと実感する。
「ねえ、出来立てじゃないならおかわりあるけど?」
「いや、ここでおいとくさ。さて、要件はこれだけじゃないだろ?」
宇野はテーブル向こうに座るエミリカに向き合い、問う。
「そ、そうね・・・欲しいモノが・・・あるんでしょ?」
「ああ、それをいただきたい。くれるんだろ?」
当然、くれるものだと言う彼の姿は自然体であり、エミリカはその態度に頬を膨らます。
「もう・・・乙女の方から言わせる気なの?」
「ん?」
宇野は首を傾げる。エミリカは頬が膨らんだままもじもじと言葉を続ける。
「そりゃ・・・まぁ、気になったからなのは・・・こっちからだし・・・その・・・欲しいって想ってくれて・・・嬉しいけど・・・こういうのって男性から言うのが筋というか・・・」
急にしおらしくなるエミリカ。こういった心の変化に疎い宇野ですら何かがおかしいと気付き始める。だが、それに付き合うつもりはないので単刀直入に話を進ませる。
「そ、そうか?まあ、それなら言うが・・・食券が欲しいんだが?あんたと、姉の麗華さんの分を・・・」
「へぇッ!?」
目を見張るエミリカ、瞬時に宇野の後ろ、調理室の窓の外に気付く。そこに麗華が手の平を合わせて謝罪を表現していた。そこでエミリカは全てを悟った。
そしてエミリカは思う。『ギャラリー多ッ』
しかしみんなには自身の行く末を見守る権利がある。何故ならここまで支えてくれ、協力してくれた人たちなのだから。
乙女の戦いは、後に引けないところに来ているのだと理解した。
そしてエミリカは決心して口を開く。
「え、ええ、食券は渡すわ・・・けど、その前に聞いて欲しい話があるの」
「なんだ?依頼か?」
「その、まあ、お願い・・・なんだけど・・・料理部に入って欲しいなって・・・思って・・・その・・・宇野一弘の知識と行動には・・・とても助けられたところがあるから・・・」
緊張した面持ちで恐る恐る言うエミリカ。宇野を見れば、その思惑を図ろうと眉根を寄せて聞いている。
そして彼の後ろ・・・窓の外からはギャラリー達が口だけを動かして『ちがうだろー!』と言ってるのが読唇術未経験でも分かる。
けど、エミリカとしてはもう少し宇野一弘と距離を縮めたかった。そのために今まで料理部に興味はないかと声をかけていたのだ。
エミリカの言葉がそこで詰まり、次は宇野が確認をする。
「前に料理は興味がないと言ったが?それとも部費の為に料理部に籍を入れろということか?」
「そ、そういうことじゃなくて!」
焦るエミリカ、どうにも目の前の男はまず、損得で物事を考える人間であったとここ数日の経験で思い出す。
「その・・・できれば・・・宇野一弘に・・・ウチの料理を食べて欲しいなって・・・その・・・」
「要するに料理の仕上がりを第三者から意見が欲しいって依頼か?だがそれなら適任者は他にいるだろう?」
宇野の意見にエミリカは愕然とする。ここまで言って乙女の気持ちが伝わらない人間がいるのだろうか?
それとも独特な求愛行動を必要とする部族の生まれなのだろうか?
だがエミリカ、努めて冷静に、今度はもう少し分かりやすく伝えることにする。
「その・・・ね?ほら、宇野一弘、去年に・・・ね?唐揚げが好物って言ってたでしょ?それ、ウチはずっと覚えてて・・・それでね?なんなら毎日でも、その・・・ね?好物を作ってあげようかなって・・・」
エミリカの顔はすでに沸騰しそうなくらい真っ赤であった。
そして言葉も歯切れが悪い・・・
だがっ!この言葉の意味するところは告白以外他にならない。
そう、『俺の為に毎日味噌汁を作ってくれ』というプロポーズの常套句があるが、これは逆のパターン、告白を通り越したエミリカ渾身の逆プロポーズである!
これには窓の外も大いに賑わう!
よくぞ言った!と。
そして誰もが固唾を呑んで宇野一弘の返答を待つ。
宇野はしばし思案し、満を持して口を開く。
「報酬が毎日唐揚げっていうのは胃もたれしそうで、ちょっと・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ひんっ!」
エミリカは両手で顔を覆い、調理室を脱兎の如く出ていく。
彼女の心は限界を超え、折れたのであった。
宇野は訳が分からず、彼女が出ていったドアを見つめる。
そして背後から窓の開く音と同時に振り返れば、邪悪なオーラが彼を襲わんと押し寄せる。
『宇野ォォ!この、グズ、ボケ、カスッ!女の敵ィッ!』
宇野の文化祭の意識と記憶は、ここでプツリと止まった。
完!
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