ROCK'N'ROLL FIRE



 事件が解決し、その場を去る宇野を追うエミリカ。彼の背を見て、エミリカは去年のこと思い出す。


 ここで同じように事件を解決し、去っていく宇野。

 去年は利害の一致から、エミリカに協力したと言った。だが今回、麗華の話ではその報酬は・・・


 麗華は宇野の後に続いてちょこちょこと歩く。何故か足音を立てないようにして。


 校舎の一般棟に入り、宇野は自身の教室に戻ろうとしたところで、エミリカが声をかける。

「その・・・文化祭が再開してもしなくても・・・調理室で待ってるから・・・」


 エミリカの声は宇野に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声であった。


「えっ?なんだって?」

 しかし宇野、ここで何故か発動する『肝心な部分を聞き逃す系』ステータス。


「待ってるからっ!調理室でっ!ずっとっ!宇野一弘をっ!」

 大きな声で言うエミリカ。声は廊下中に広がった。


 赤鬼のように真っ赤な形相のエミリカ、そして流石にこれは聞こえる宇野。


 何故、体言止めなのかよく分からないが、今にも爆発しそうなエミリカに対し、しっかりと宇野は頷いた。


「あ、ああ、必ずもらいに行くから・・・」

「もらっ!ひゃうううううぅぅぅぅぅ~」


 真っ赤になった顔を両手で覆い、エミリカは自身の教室へ走り去っていった。

 宇野は首を傾げてその背を見送り、エミリカとは反対方向の教室へと戻っていく。





 教室に戻ってから一時間後、16時。教室には校内放送が流れた。

 内容は文化祭の安全が確認されたので、再開するというものだった。生徒たちは喜々として各々の持ち場へと散っていった。


「さて・・・」


 そして、宇野もまた、教室から出ようとすると、一人のクラスメイトから声がかけられる。


「おい宇野、なんかすっげぇ美人の女子高生が、お前のことを呼んでるぞ!」


 宇野は肩を落として教室の開かれた扉の先を見る。麗華である。

 宇野は麗華に近付き、声をかける。


「文化祭、再開されましたね。多分これが一番早い解決方法だと思います」

「ええ、お見事よ!何でも屋」


 よくやった、と麗華は宇野の頭をなでる。それを五月蠅そうに宇野は払いのけた。


「それで、わざわざ出迎えですか?」

「あら、ほんとそういうとこは察しが良いのねぇ」


「めんどうごとを選別し、それを避け、依頼をスムーズに達成するのが得意なもので・・・」

「ならここはどう動くのが正解か分かるわね?」


「・・・この場をスルーすれば?」

「ウチがここで泣き崩れるわっ!」


「なッ!?」


 宇野は辺りを見渡す。衆目は完全に宇野・・・というより美人の麗華を捉えていた。ここでそんなことをされれば・・・確実に宇野は悪者となる。


 なんと人を陥れるのが得意な人だろうか、さすがは『元』破天荒生徒四天王であると、宇野は額の汗を腕で拭いながら思う。


 しかし宇野、やはりエミリカとその取り巻きの行動には頭を捻るものがある。


「だけど、なんでそこまで料理部に誘うので?食券ならいつでも貰いますし、部員の勧誘ならこんな料理に興味ない男子より、興味のある女子を探す方が効率的では?」

「ほんと鈍いわねぇ~、来れば分かることよ。それに、その理由も解き明かされるかもしれないわ」


 微笑む麗華に連れられる宇野。彼は首を傾げつつ目的の場へと向かった。





 そこは調理室。陽は少し傾きつつあった。


「ここからは二人きりで」


 麗華に言われ、宇野は足を踏み入れる。


 そこで目に入ったのは調理台にて調理するエミリカであった。

 そもそも、その他には誰もいなければ何もないので、必然と彼女と手元の調理台に目が行く。

 エプロン姿のエミリカは背まで届くほどの長い亜麻色の髪をバンダナで覆い、後ろにくくっていた。そして白くて小さな顔、その頬を少し朱に染めてエミリカはせっせと俯きながら唐揚げを揚げていた。時折り、猫のように大きな瞳を、ちらちらと宇野に向けながら・・・


 調理室には唐揚げを揚げる良い匂いが立ちこめていた。そこは静かで、ただパチパチと衣が揚がる小気味いい音が鳴る。空腹をかき立てる匂いと音。

 そこにグゥ~と雑音が入る。宇野のお腹が鳴ったのだ。


 そういえば色々とあって昼食を食べ損ねていることを宇野は思い出す。

 その音を聞いたエミリカは、フフッと笑って、


「もうちょっと待ってね?」


 と、優しく言う。そして再度、静かになる調理室。

 なんだか居た堪れなくなった宇野は口を開く。


「その、なんだ?まだまだ唐揚げを揚げるのか?中庭を見ればほとんどの店が片付けや売れ残りを格安でたたき売りしていたが?」


 それを聞いて、エミリカは小さく呟く。


「その・・・売るためじゃないの・・・食べてほしい人がいるから・・・」


 かなりか細く、声を少し震わせて言う。

 しかしそこは宇野、肝心な部分聞き逃す系男子ではない。しっかりと聞き取る。


「そうなのか?それなら頑張らないとな」

「・・・うん」





「イヤ、めっちゃ鈍いやん!あれ分かってて言ってなかったら鈍感系を通り越して宇宙人やろっ!」

 ナスビが調理室の外窓をコッソリと開けて中の様子を伺っていた。その隣にユキユキ、ピノの料理部メンバーがいた。ユキユキは目に涙を浮かべ、嫉妬の炎を燃やしながら恨めしく宇野を睨んでいる。


「うぅ~、なんでお姉さまはあんな奴を選んだんですぅ?あんな変態のどこが良いんですかぁ?食券の為ならドブにでも潜る変態ってウワサですのにぃ~」


 それを聞いて、ナスビはユキユキの頭を撫でる。


「せやな、そんなウワサの立つ変わり者や。けどな、それで救われた人もおってな。それをかっこよく思う人もおるんや」

「むぅ~、分かんないですよぅ・・・けど、お姉さま・・・なんだかいつものような凛々しさがまったくないですぅ。ねえピノ、そう思わない?」

「えと、それは・・・あれがエミリカさんの本来の姿だからだと思います」


「知っているんか、ピノちんッ!?」

「いや、ナスビさんだってエミリカさんと付き合いそこそこ長いんですし、知ってるでしょう・・・」

「せやなっ!」


「それよりも、ピノッ!あれがお姉さまの本性ってどういうことなのよっ!」

「うわっ、ユキユキ、なんか顔が恐いです!いや、あの、その、なんと言うか・・・エミリカさんって恥ずかしがりやな部分があるんですよね」

「いつもあれだけ堂々とした佇まいなのに?」


「ユキユキは知らんやろけどなぁ、エミリンのあれは麗華姉の真似やねんよ」

「エミリカお姉さまのお姉さま、麗華お姉さまの?」


「せや。ま、もともと芯の強い娘やねんけどな。料理に関してはめっちゃ積極的やけど、こと人を相手にすると奥手になるねん。自分もやけど去年の家庭科部との諍いには二人でオロオロしとるだけやった。麗華姉いう頼りになる人がおって、頼りきりやったからゆうのもあるねんけどな」

「それでエミリカさんは不甲斐の無い自分を恥じて、麗華さんの立ち振る舞いを真似するようになったんですよね」


「せやな、料理部の部長として・・・そんで、この日のこの場を迎える為に、自分を強く保つためにや」

「そこまでの苦労を・・・それならユキユキはお姉さまの行く末を見守るだけですぅ・・・・・・変態は末代まで呪うけど」


「ボク、ユキユキのこと恐い・・・」

「自分はもう慣れたわ・・・あっ、唐揚げ、もうすぐ揚がるみたいやで!」


 そうこう話している内に調理室の宇野とエミリカに動きがあった。

 三人は固唾を呑み、思い思いで窓の中の二人を見守る。


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