HEATS



 ゴミ収集所にまず到着したのはエミリカであった。



 麗華はまだ、戻らない。どうにもゴミ出しをした人物を探して学校中を奔走しているらしい。


 宇野は待っているのも時間がもったいないし、それは麗華の本意でないと判断。その場にいる教師二人と消防士二人を前にし、隣にエミリカを従え、口を開く。


「まず、金属薬品が燃えた線ですが、これは薄いと思われます」

「何故だい?」

 消防士の野火が問い、宇野が頷く。


「燃え初めを目撃しましたが・・・その際に炎色反応はありませんでした。マグネシウムが燃えたのなら、それこそまばゆい光を放つであろうし、ナトリウムが燃えたのなら色が変わります」

「なるほど・・・確かにそうだ。つまりこれらは既に燃焼済みのモノか」

 ゴリ松が頷き、その場の皆も同意する。その反応を確認し、宇野は続ける。


「そして、ガラス片と段ボールの入ったゴミ袋ですが、こちらの線も薄いです。光を収束しての発火は、光を一点に集め、時間を置いて発火するものです。ゴミ袋はゴミ収集所に置かれると同時に燃え上がった」

「そっすねぇ、袋を運んでる最中は袋が動いてるっす。というか袋は半透明で光がそこまで通るとは考えにくいっすねぇ。最近のは袋の材質的に収斂発火が起きにくい物も多いらしいっす」

 烈火が同意し、皆も頷く。


「と、すれば・・・残るは・・・残飯か?」

 立石が訝しむように残ったゴミ袋を見る。


「根拠は?」

「ゴミ袋を置いて行った人物はエプロンをしていました。そして髪が落ちないようにバンダナも・・・なのでゴミ袋の中は食べ物であったと思います」


「それは事前に聞いていたが、そこが信用ならん。残飯が突然燃えるとか、見間違いじゃないか?そいつが置いたゴミ袋の一つ隣が燃えたとか」

「いえ、確かにこの目で見ました」


「とはいえ、見たのは多目的ホールからだろう?ここから近場ではない。遠目なら信頼性に欠ける」

「そうですね。そう思って、エミリカを呼びました」

「なんで・・・エミリカを?」

 立石が首を捻る。宇野はエミリカを真っすぐ見つめる。エミリカはその視線を受け、少し・・・焦る。


「あの、その、ち、力になれるかしら?でも頼ってくれて嬉しいわ!」

 大人たちを前に、エミリカは戸惑いつつも、張り切る。宇野は頷く。


「ああ、餅は餅屋というしな。なあ、エミリカ、食べ残しが突然に発火する現象なんて聞いた事あるか?例えば・・・油ものとかで」

 問われるエミリカ、彼女は一度空を見つめ、そして何か思い出したかのように目を見開く。


「あっ、あるわっ!お母さんがスーパーで働いてて、聞いた覚えがある!」


 そう、宇野はエミリカの母の職場、スーパーが持つ情報に賭けたのである。

 去年、奇しくもこの場所で、その情報を頼りにしたように。


 エミリカは言葉を続ける。


「あのねっ!天ぷらを揚げた時に天かすって出るじゃない?あれは破棄するんだけど、その際に一度水に浸すんですって!何故かって?自然発火するからよ!」

『なっ、なんだってー!』

 教師の二人が驚いたような声をあげる。


 そして、消防士の二人は、ハッと気づく。


「いや・・・聞いた事がある・・・なあ炎谷」

「そっすね、野火さん。これ、遭遇したことないっすけど、たまに聞く話っす」

「うん、たしか・・・揚げたての熱を持った天かすは、油分が空気中の酸素に触れると発熱するんだっけ?カイロと一緒で・・・」

「それが山積みになると、中央部の熱が上がっていって・・・発火っすね・・・」


「・・・珍しい事件だけど・・・これがそうだとすれば・・・納得できる」

「盲点っすね。食べ物屋とかだと疑ったもんすけど、こんな学生の文化祭で、稀に見る出火原因に出くわすなんて思いもよらなかったっす」


 二人が感心したように言う。宇野はその反応を見て、次の一手に移る。


「けどここまでは憶測の範囲です。なので、屋台でこのかき揚げを作り、そこでゴミ出しをした人物の捜索を麗華さんに依頼したのです」

「お待たせしたわねっ!」


 宇野が言い終わるや否や、麗華がその場に現れる。彼女の隣には中学一年生の小さな男子生徒がいた。その子は成長期を迎える前で一見まだ小学生に見える。


 麗華がその男子の頭をなでる。


「まったく、探すのに苦労したんだから、この子ってば、男子トイレに隠れていたのよ・・・どうにも恐くなって隠れていたんだって」

「ご、ごめんなさい・・・」


 男子は半べそをかいて謝る。それを消防士である野火が優しく接する。


「いや、いいんだよ。火って恐いよね?よく分かるよ。逃げ出したくなるさ」

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・急に火が・・・ベルも鳴って・・・恐くて・・・それで、トイレに・・・」


 防波堤が決壊したかのようについぞ泣きじゃくる男子。野火は続けて聞く。


「いいさ、いいさ。それで、君の出したゴミ袋が燃えたのかい?」

「は・・・はい・・・」

「中は何か、分かるかな?」

「あの・・・たしか、僕らの・・・部の作った、そばで出たゴミで・・・中は、そばとか・・・天ぷらとか、天かすとかで・・・天かすが多めで・・・でも、なんで燃えたか・・・分からなくて」


 怯えるように言う男子。野火は優しく肩に手を置いた。


「だいじょうぶ・・・君が故意でやったのではないという事はみんな分かってる。これは事故だったんだから、誰も君を責めないよ」

「はい・・・ごめんなさい・・・うぅ・・・」


 大粒の涙をこぼす男子生徒。それを見てゴリ松は頷く。


「決まりだな」

 ゴリ松が言い、この場にいた誰もが同意した。


 事件は解決・・・だが一つ謎が残る。

 皆を代表してゴリ松が問う。


「なあ、麗華・・・この男子がトイレにいたのはどうやって分かったんだ?」

「それは・・・乙女の秘密よッ!」


 茶目っ気たっぷりで言う麗華。


「・・・あとで職員室に来い」

「イヤよッ!もうここの生徒じゃないんだからっ!」

「コラ、待てッ!」


 断り、全速力で逃げる麗華。それを追うゴリ松。女子高生が逃げ、それを追うゴリラ・・・はたから見て、ここが学校でなければ事案である。


 宇野はこの謎に一つ覚えがあった。


 破天荒生徒四天王の一人に『情報屋』と呼ばれる人がいたはずである。麗華は元破天荒生徒四天王である。恐らくはそのツテを利用したのだろう。

 破天荒生徒四天王とは頼れば心強いが・・・関わられると厄介な存在となる。

 故に宇野は今まで、他との四天王とは不干渉であった。


 だが、こうして現在、宇野はその四天王の一人と肩を並べているわけだが・・・

 宇野はチラリとエミリカを横目で見る。

 エミリカも何やら宇野をチラチラと伺っていた。宇野はその様子が気になり聞く。


「なんだ?」

「え?ああ、その・・・宇野一弘が文化祭を再開させるためにお姉ちゃんと協力してくれたって・・・聞いたから・・・」


 いつものエミリカらしからぬ、しおらしい態度に宇野は少し戸惑う。


「ああ、まぁ、その、報酬が出るからな・・・少し張り切ったんだ」

「そうなんだ・・・それって・・・報酬がその・・・出るから・・・張り切って?」


「ん?だからそうだと言っているん・・・だが?」

「そうなんだ・・・いつもより、張り切ったんだ・・・お姉ちゃんも付いて来るけど?」


「んん?まあ、そうだな。まぁ、貰うなら、あんたのが先の約束だし、エミリカを優先するさ」

「そっか・・・でもお姉ちゃんも・・・その・・・欲しい?」


「んんん?報酬として頂くが・・・エミリカがまとめてくれるならそれで十分だぞ?」

「うん、もちろん・・・あなたがそれを望むなら・・・」


「へ?あなた?そんな呼び方してたか?」

「あっ!まだその呼び方は・・・ちょっと早かったかしらね?でも、そう呼び合えるように・・・ウチもめいっぱい・・・その・・・あの・・・お姉ちゃん以上に・・・その・・・」


「んんん~?いや、別に呼び方はなんでも・・・それに働き以上の報酬はいいが・・・なんだ?サービスをしてくれるのか?」

「ひうっ!サービスって、そんなっ!まだッ、ウチッ、そこまで・・・」


「??????」

 宇野は思った。



『なんかこの会話、気持ち悪ッ!』



 さて、ここで解説を挟むとしよう。当然、この二人は勘違いをしている。

 エミリカは麗華から『宇野一弘はエミリカ(あとおまけで麗華)を報酬にガンバってくれている』と伝えられ、彼女はなに疑う事なく正直にそう思っている。

 

 対し、宇野は従来通り食券を報酬に動いただけである。


 ここに意識の齟齬が生じてしまっているのである。


 しかし、宇野、これには一切気付かない。小さなことに気付く観察力や推測力、そして知性があっても、人の心の動きや色恋にはまったくもって意識が向かないのである。


 エミリカは頬を染めつつ俯き、指先を合わせている。分けの分からぬ宇野はそんな彼女を置いて、報酬(食券)の為に教師の立石に近付く。


「それで先生、事件は解決したと思いますが、文化祭はどうなるんでしょう?」

「ん?ああ、すぐに職員会議を開いて決定する。消防の方で安全も確認できているし、原因も張本人も分かっているから・・・まあ一時間以内には再開できるんじゃないか?」

「それは良かった。それでは、役目はここまでで?」

「そうだな、すまなかった。助かったよ、さすが宇野だ」


 立石が褒めると、消防員二人が敬礼する。


『ご協力、感謝いたします!』



 宇野は頷き、そしてクールに去った。エミリカも彼の背を、ちょこちょこと追っていく。


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