炎の記憶



 現在、ゴミ収集所では消防隊が到着し、消火がしっかりとできているか確認を行っている。



 それを宇野と麗華が遠目に見ていると、救急隊から「ケガはないか?」と聞かれ、念のために保健室で身体チェックがなされた。


 何事も特変なく、それが済すと救急隊は部屋を離れ、保健室の先生も連絡があると部屋を出ていった。保健室には宇野と麗華の二人きりとなる。


 宇野と麗華は椅子に座り、向かい合う。


「さて、お久しぶりね。何でも屋、色々と活躍は聞いてるわよ」


 麗華は整ったショートヘアをさっと片手で払い、微笑んで宇野を見る。

 優しい表情、だがどこかに迫力というのか、威圧感というのか、オーラのにじみ出る彼女に宇野は心拍数を上げつつ慎重に応える。


「お久しぶりですね。麗華さんも高校生になられてよりキレイになられました」

 久々に再開した女性はまずホメる。グッドマンから教わった対女性社交術だ。


「あらそう?けど、それを言う相手は他にいるんじゃないの?」

 麗華は微笑みを通りこして、女神の様な笑顔をする、と同時にオーラが宇野を覆わんとするくらいに広がりを見せた。


 これは威嚇行為だと本能的に察知する。


 何故だ?どこを失敗した?他って誰?誰のこと?おのれグッドマン!

 混乱しつつある宇野だが、一度深呼吸して落ち着きを取り戻すと、瞬時に話をそらす。


「ははっ、しかし半年ぶりですね。麗華さんの妹さんが料理部部長をしているとは聞いてましたが・・・まさか破天荒生徒四天王の名まで受け継いでいるとは・・・」

「あら、何でも屋ともあろう者が知らなかったの?それに今まで里香とはほとんど面識がなかったのかしら?」


「ええ、他の四天王とは不干渉でいようと決めてますので」

「ああ、それで・・・里香も色々と苦労してたわ。ここ最近、実力行使にでるまで二の足を踏んでいたもの」


「・・・なんの話で?」

「見くびらないでもらえるかしら?何でも屋のあなたなら、おおよそ察しがついてるでしょうに?」


「・・・ええ、すみません。ただ確証がないもので」

「どのように?が分かって、どうして?が分からないといったところかしら」


「・・・ご明察で」

「ま、そこは自分で調べるか気付きなさいな」


「・・・はい」


 宇野は先程までエミリカが何故に自身へ関わってこようとするのか理解できず悩んでいたが、どうにも麗華は理由を知っているようであった。宇野は余計に頭を悩ませる。


 と、そこで保健室の扉が開く。


 顔をのぞかせたのは理科教師のゴリ松と、宇野の担任である立石であった。

「すこし消防の人が話を聞きたいそうなんだが、いいかな?」

 立石が言い、宇野と麗華は頷いた。





 場所は移って、再びゴミ収集所。辺りを囲うレンガは一部黒く色づき、トタン屋根も同様であった。



 ゴミは一部撤収されて、数袋だけ離れて置いてあった。

 そこには二名の消防隊があれこれと作業をしている。

 邪魔にならないように宇野と麗華、教師の立石とゴリ松の四人は離れたところで並んで立つ。

 その内、隊員の一人がこちらへやってくる。


「どうも、消防隊員の野火昇です」

 その名前はダメだろ。その場の四人は思った。


「ええと、まずは無事でよかったです、それと消火活動が早いおかげで大した事故にならずに済みました」

「それで、用事はなにかしら?」


 麗華が急かすかのように話を進める。野火はうなずく。


「ええ、この火事の原因を調べてまして、まずは火の起こりがどのようだったのか、何か見てないでしょうか?」

「なるほど、要するに事情聴取ね。何でも屋、あなたの方が近くで見てたでしょ。答えなさい。その方が早いわ」


 やはりどこか急いてる様子の麗華。宇野は頷き、先程見たことを述べる。


「火事の起こりは一人の生徒がゴミ袋を捨てた時に起こりました。その袋は突然煙をあげて火が着き、周りに燃え広がりました」

「その生徒はどこに?」


「さぁ?火が上がるとすぐに逃げていきました」

「放火だろうか?わざと・・・だとしたら事件・・・警察を呼ぶべきか・・・」


 野火はアゴに手を置き考えるように俯く。しかしそこに麗華が割って入る。


「いえ、恐らくその線は薄いわね。何故ならその生徒はエプロンを着て逃げていったからよ!ウチはそれらしき人とすれ違ったわ。そうよね?何でも屋」

 麗華から熱い視線、熱線が送られてくる。どうにも麗華は警察が来ることによって文化祭がここで中止となることを危惧したらしい。時間と比例して強くなる麗華の熱線に対し、察した宇野はやれやれと、頷く。


「ええ、そうですね。エプロン着用、あと頭にバンダナ巻いた自己主張の強い放火犯がいるでしょうか?どう見てもゴミを捨てにきた生徒にしか見えませんでした」

「というか、ゴミ袋の中に出火の原因となるものは発見できたの?」


 麗華の問いに野火は首を振る。


「現在調査中でして・・・」

「あらそう、早く分かるといいわね。そういえば文化祭は今、どうなってるのかしら」


 その問いには立石が答える。


「文化祭は今、中断している。出火原因やそのゴミ袋を捨てた生徒を見つけてワケや原因を聞かない事にはな。その生徒がまたどこかで火をつけるとは限らない」

「だから放火の線は薄いって言ったじゃない」


「だけど火をつけたのは麗華、君じゃない。本人に聞かない限りは真意も何も分からんだろ。放火でなくても、同じ過ちを繰り返さないとも言えんし、対応も対策もできないだろ?」

「・・・そうね」


 立石の諭す言い方に、麗華は納得しきっていないようだが頷く。

 野火と教師の立石、ゴリ松は何やら固まって話はじめる。


 宇野にはもう、提供できる情報はない。出番はここまでだろうと、教師に一言声をかけてこの場を去ろうと考えていた。

 麗華はどうだろう?と彼女の表情を伺うが、どうにも気持ちが収まらない様子であった。そして小さく口を開く。


「・・・でも、うかうかしていたら文化祭が終わってしまうわ・・・」


 小言で言う麗華、次いで彼女の柔らかな唇を、宇野の耳元に近付ける。


「ねぇ、この事件を最短で解決する方法はない?」


 宇野はそれに耳を傾け、小声で返す。

「ここからは大人たちの仕事では?それに消防士はプロです。ほっといても無事解決することでしょう」

「でもなんだかまごついてる感じじゃない?捜査が遅くなって終了時になれば、せっかくの文化祭がおじゃんよ?みんなの楽しみがこんな小さな事件で無くなるなんて悲しいと思わない?」


「まあ、今回は残念ということで」

「むぅ~、これじゃあ何でも屋は食指が動かないのね?それなら・・・ねぇ、少し気にならない?火事の原因も含めて、不思議でならないわ」


「・・・それは、確かに」


 火事の原因が気になる・・・その点において宇野も同意であった。


「でしょ?ウチ、気になります!お願い、協力もお礼もするから」

「ふむ・・・報酬は?」

「やっと乗り気になった?良かった!そうねぇ、大切な妹をあげてやってもいいわ」

「は?」


 一体なんの話だろうか?宇野は自身の優秀な知識と経験が詰まった脳内の書庫を読み漁って答えを導き出そうとする・・・だが、


「分からない。何を言っているんです?」

「ほんと、こっち方面には疎いのね、何でも屋は」

「いや、エミリカをもらっても得が・・・なにかひどい目に合わされる予感しかしないのですが・・・」


「ひどい目って、里香ってばどんなアプローチの仕方したのよ・・・でも、いいじゃない。あの子がいたら、好きな食べ物を毎日作ってもらえるわよ?」

「・・・・・・学食で十分なので」


「もうっ、じゃあウチも付け合わせで付いてくるわっ!」


「・・・この事件、さっさと終わらせたいんですよね?報酬は食券でいいから協力します」

「まさかのスルーっ!?ねぇ、スルー?」


「依頼主とは深く関わらないことが信条ですので、依頼に私情は挟まないのです」

「なんかそれっぽいこと言いだしたわ!そんな大人な台詞を言われたら子供は黙って従うしかないじゃない」


「麗華さん、年上ですよね?それはいいとして・・・」


 宇野もこの火事の原因は確かめたかった。知識欲、でもあるのだろう。袋の内部から突然の出火。何かの化学反応だろうか?調べたいという思いが強くなってきた。


 麗華から報酬をもらうのも加味して、この件を調べるのは自身にとって美味しいものであると宇野は心傾きだしていた。


 時刻は14時を回る。文化祭の屋台終了は17時である。事件を解決させたとして、再開においては会議とか色々ある後だろう・・・

 なんにせよ、事件を解決せぬことには始まらない。


「さて、どうしたものか」


 宇野は動き始める。憶測だけでは何も始まらず、事件の原因や犯人探しといった推理における初手の一手は情報収集と決まっている。


「お話の最中すみません野火さん。お仕事の途中でしょうが、出火したと思われるゴミ袋を見せてもらえないでしょうか?」

「えと、いや、それは・・・どうしてだい?」


 困惑する野火。それに立石が言葉を挟む。


「コラッ、消防士さんは大事な仕事中なんだぞ!困らせてどうするっ」

「あ、いえ。もしかしたら捜査の協力ができるかなって・・・」


「捜査で気になる部分があればこちらからお前たちに確認するから、口を挟まずに少し待っているんだ。ね、消防士さん」

「え、ええ、まぁ・・・そうですね。ごめんね?もう、後はこっちで調べるから、君たちの協力に感謝します」


 そう言って野火さんは敬礼をする。次いで立石がこの場をしめようとする。


「そういうことだ。それじゃあ、生徒たちは教室で一時待機となっているから、自分の教室に戻るんだ。麗華、お前は職員室で待っていてくれ。まだ聞きたい部分が出てくるかもしれないからな」


 立石にここから去れと言わんばかりに背を押される麗華と宇野、しかし麗華は翻ってそれを避け、改めて大人たちに向き合う。


「ウチら、出火の原因が分かったかもしれないのに?」

『なっ、なんだってー!?』


 麗華の自信満々な言い方に、目を張る立石と野火。麗華は宇野に向けてウィンクをした。その意味するところは・・・



 ハッタリである。



 宇野は察した。

 しかし立石は信じられないといった風に怪しむ。


「ほんとかぁ?ならその原因はなんだよ?」


 当然聞かれる質問。


「それは袋の中を見てみない限り、はっきりと言えないわ!でも見れば分かる」

「なんだそれ?」


 立石の疑問はごもっともである。

 そこで宇野は助け舟を出す。


「ある程度に憶測はできますが、それはあくまで憶測であって、根拠はありません。なのでしっかりと根拠を詰めてから自信を持って原因を突き止めたいのです」

「そう、そういうことよっ!」


 麗華が乗っかる。立石は宇野の物言いと麗華から発せられる謎の『圧』にたじろいだ。


「ぬ、うーむ・・・だがなぁ」


 しかしここで口を開いたのは理科教師のゴリ松。満を持してである。


「立石先生、こいつらの話を聞いてみるだけでもどうだろうか?」

「えっ、ゴリ松先生?」


 聞き返す立石。


 というか、ゴリ松お前、教師間でも蔑称されてるのかよ。と、宇野は思うが口に出さない。ゴリ松は言葉を続ける。


「この二人は現、破天荒生徒四天王と過去にそうであった者の二人だ」

「それは知ってるけど・・・悪名の高さや度重なる奇行から付いた呼び名だろ、それ」


「まあ・・・しかし、その分、行動力と判断力は折り紙付き・・・特に何でも屋に至ってはな。俺も色々と彼の推察力は知っている」

「ううむ・・・確かに、職員間で色々と世話になったと聞いた事はあるけど・・・」


 悩む立石、その話を聞いていた消防士の野火はどうにも宇野と麗華に興味を持ったみたいで、


「へぇ、彼らが今の宝ノ殿中学の破天荒生徒四天王なんですね?私が在学中は番長みたいな人達ばかりだったけど、随分と様変わりしたものだ」


 と、目をどこか子供のように輝かせて言う。


「まあ、袋の中を見るくらいには構いませんよ。それで事件解決に繋がるなら消防士としても御の字です。捜査協力、お願いします」


 消防員からお許しが出る。麗華は胸を張って、


「任せなさいっ!」


 と言い切る。


 ハッタリかましてその自信はどこからくるのやら・・・


 宇野はやれやれと、肩をすくめた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る