5皿目~熱々な食べ物にご注意を~

バーニング・ラヴ



「着いてしまった・・・」



 警戒心を露わに、宇野は調理室の前に立つ。


「なにビビっとるねん。別に取って食おうってわけやないねんから」


 ナスビは扉を開くと、宇野の背中をバンッと叩き、室内に押しやる。


「うわッ!」

「あいたっ!」


 その際、宇野は扉の向こうにいた誰かとぶつかってしまう。


「いたたたぁ~、なんですか?」


 尻もちをついたその子はメイド服姿の可愛らしい子であった。その子はお尻をさすり、次いでベリーショートに整えた髪を髪留めで整えていた。


「いや、すまない。その急に後ろから押されたもので」


 宇野はすぐにその子に近寄り手を伸ばす。


「あ、いえ、その、ありがとうございます・・・」

 その子は手の平をメイド服のスカートでふき、宇野の手を握ると、やおら立ち上がる。

 宇野はその子が頬を赤らめる姿に、どこか守ってあげたくなるような保護欲がかきたてられる可愛さを感じ、この気持ちはなんだろうと自問する。


 二人の間に、柔らかな空気が流れる。しかし、それを裂くようにエミリカが声をかける。


「ごめんなさいね、ピノ。もう、ナスビったら少しは周りに気をつかいなさい」

「おお、ごめんやでピノちん、べっちょないか?」


 ピノと呼ばれた子は少し頬をふくらませて、惜しむように宇野の手を離した。


「まぁ、それは別にいいですけど」


 すこしむくれたように言うピノ。


「そんなことより、大変なんですよっ!エミリカ部長とナスビ先輩が外へ出ている間に、調理台でボクの手伝いをしてくれていた麗華さんが失踪して・・・」

「お姉ちゃんがっ?なんで?」


「いや、なんか麗華さん、『ウチより料理上手な人を探してくる』って・・・」

「えぇっ!?お姉ちゃん、『調理は任せなさい、去年とは違うのだよ、去年とは』ってあれほど自信満々に言ってたのに・・・」


「それが、ちょっと・・・というか、なんか独創的な調理法をしだして・・・ボク、思わず舌打ちをしちゃったんです・・・そしたら・・・」

「あぁ~、そらピノちんの料理の腕と比べたら・・・ちょっと麗華姉のあれはなぁ~」

「分かってもらえます?そりゃぁボクも悪いですけど、エミリカ先輩の腕は前から知っていたし、お姉さんはもっとすごいって期待していたんですよ。それなのに・・・あれだから・・・」

「うん、ごめんね?ピノ・・・姉の代わりにウチが謝るわ」


 そう言って、エミリカは急いでエプロンを身にまとう。


「ここからはウチに任せて。それと宇野一弘、ごめんなさいね。食券はもう少し待ってて、そのついでと言ってはなんだけど、ごちそうを用意するから」

「いや、別に後日でも構わんが・・・」


 宇野はこの場を去れる期待を口実に述べるが、エミリカは次の手を打つ。


「いえ、そうはいかないわ。ナスビ、彼を多目的ルームに連れて行って。そこのお店で待っていただいて、大事なお客なんだから丁重にもてなすのよ」

「いえっさ~」


「それとピノ、あなたが作ってくれた唐揚げを多目的ホールに運んでちょうだい。そのまま多目的ホールに残ってウェイターね、あなたの素朴で可愛らしい魅力でお客を呼びよせるの」

「はいっ!」


「あと風先輩と月を手伝いに呼んでちょうだい。それじゃあよろしくね」

 矢継早やに出すエミリカの指示に、宇野はただただ置いて行かれていた。





 気付けば宇野はナスビによって後ろからアームロックをかけられ、調理室から同階の、端にある多目的ホールへと連行されていた。

 同行するピノはわっせわっせと唐揚げが多く乗ったバットを運んでいた。

 宇野は後ろで自身の腕をあらぬ方向へひねらんとするナスビを肩越しに見る。


「なぁ、色々と聞きたいのだが?」

「ん?ああ、すまへんなぁ。ほんとはな、エミリン、食券渡すんと一緒に『何でも屋』に調理室で出来立ての唐揚げを食べさせたかったんや」

「あの唐揚げか・・・」


 宇野は去年の激辛唐揚げを思い出し、背筋がゾッとした。


「せやけど、手伝いに来てた高校生のボランティア、エミリンの姉な、その人が脱けだしてもうてなぁ、こっから書き入れ時やいうのに・・・」

「ごめんなさい、ボクがエミリカ先輩ほど手際良ければいいんだけれど」

「いやいや、ピノちんの腕も十分やて、エミリンが異常なだけや」


 ナスビは明るい笑顔で言う。


「そうか、だが聞きたいのはそこじゃない」

「ああ、そっちな。いや、調理室で店を開くんもええけど、多目的ホールのが広いやん?それに高校生が手伝いに来てくれることやし、せっかくやから広々と使いたくてな」


「うん、あのな?そっちじゃなくて」

「ああ、ピノの呼び名かいな。もちろん、本名ちゃうで。なんや足の速そうな名前やけど、ニックネームや。この名前の由来がおもろくてな。な?ピノちん」

「ちょっとちょっと、もうナスビ先輩~」


「ええやんけ、ええやんけ。この子な、小学校の時、子供会の遠足でな、おやつにアイスの『ピノ』をチョイスしおってん。いやそら美味しいで、ピノ。やけど遠足にピノ持ってくるんは、ないやろ?」

「もう、恥ずかしいですから止めてくださいよー」

「まあ言わせてえな!んでな、おやつの時間、リュックの中からドロドロに溶けたピノ出てきおって、こいつそん時『僕のピノが~』って泣きおってん。そら溶けるやろって話でな!」

「も~、ボクが四年生の頃の話、いつまでひっぱるんですか!」

「あっはっは~」


 ナスビは上機嫌で笑う。それに半比例して宇野はどんどんと機嫌が悪くなる。


「だから違うと言ってるだろ!食券を返してもらえればそれでいいし、それにあんたはいつまでアームロックをかけているつもりなのか聞きたいんだっ!」

「あとこの子な、本名、日野明政いうねん」

「だからこの女の子の話は今はい、うえぇええええええっ!?」


 宇野は瞬時にメイド姿のピノを見る。


「男?」

「の娘や」


「ええと、あきまさ?」

「はい、明政といいます。でもピノで構いませんから」


 ピノは少し照れて言う。


「なんや、ピノいう呼ばれ方、気にいっとるやん」

「四年生の頃からずっとあなたたちに呼ばれてるせいで、これじゃないと落ち着かないんですよっ!」


 そしてむくれるピノ。

 宇野はなんだかもう、ショックが大きすぎて、色々とどうでもよくなってきていた。





 多目的ホールに入ると、そこの部屋はなんだか愉快な装いであった。

 紙で作った輪っかが連なる『輪飾り』が天井の隅まで吊るされ、窓にはうさぎさん、たぬきさん、くまの松っさんといったキャラクターのプリントアートが張られていた。テーブルには色とりどりのテーブルクロスがかけられ、その様はさながら子供のパーティー会場のようであった。


 ここは一体なんの店だったか、ナスビから解放された宇野は、手持ちのしおりに目を通す。


「ええと、宝ノ殿料理部と鹿児東高校生ボランティアによる定食屋・・・か。色々な定食があるようだな」


 宇野はピノに案内され、窓際のテーブル席に座る。時刻は11時半、ちょうど小腹が減るころあいだった。


「何か食べたいところだが、手持ちがないな・・・」


 宇野は昼食を学食で済ますつもりであった。以前にグッドマンからもらった食券があったからだ。しかし、金はない。


「ちょっと変態、そんな絶望的な顔で席に座らないでもらえる?せっかく文化祭の明るい雰囲気がぶち壊しなんだけど?」


 うつむく宇野の頭上から冷や水のように降りかかる言葉、それを発したのは結城友紀。通称、ユキユキであった。メイド服にツインテール姿のユキユキは、メイドらしからぬ態度でメニュー表を宇野の前へと雑に放る。


「エミリカお姉さまからの伝言よ、唐揚げ定食を頼みなさい。今なら特別無料にしてやるんだって・・・それと」


 ユキユキは一つ、缶に入ったコーラをテーブルに置く。


「これはナスビお姉さまから、変態にって、色々とすまんかったって」


 そう言い残しユキユキは背を見せるが、


「あっ、忘れてた!」


 彼女はクルッとスカートとツインテールをひるがえし、再度宇野に近付く。


「メイドとして、これをやらないといけなかったわ・・・めんどくさいけど」


 ユキユキは顔を嫌そうに歪め、宇野に差し出した缶コーラを今一度手に持ち、


「おいしくな~れ、おいしくな~れ」


 小動物のような可愛らしい仕草と声でコーラを胸に添え、


「ラヴ、注入ウウウウウゥゥゥゥゥッ!」

「こいつコーラ振りやがった!全力でッ!」

「ありがたく飲めッ!変態ッ!」


 ドンッ、とコーラをテーブルに置いて去って行ったのだった。



 やれやれ、と宇野は改めて多目的ホールを見渡す。


 テーブル席は八つで共有席。お昼前だが、お客はそこそこ、少し空席が残る程度だ。

 そういえば今は体育館でメインイベントが行われていた。おそらくそれが終われば、ここにも多くの客が流れ込むだろう。


 とすればゆっくりお昼を食べるにはちょうど良い時間に来たものだ、と宇野は思った。


 店員のナスビやピノ、ユキユキがメニュー表やお冷、お盆に乗った料理を手にいそいそとテーブルの間を駆けまわっていた。


 ホールの奥では、見慣れない制服、鹿児東高校の女子数名が給食とかでよく見る寸胴鍋から肉じゃがや筑前煮といった煮物をお玉ですくい、お皿に盛っていた。鍋は電気ヒーターにて温められていた。


 宇野はその光景を目に、一人でうなずく。


「なるほど、今年の料理部は多くの人に色んな味をみてもらう方針か」


 去年の料理部は文化祭で予算内の材料を用意し、その中で工夫を凝らして屋台をだしていた。だが、今年は違う。


 ボランティアとの合同であれば、ボランティア側、つまり高校側が予算を出してくれる。これなら料理部は予算をあまり気にせずに様々な料理の出せる店ができる。

 一品勝負の屋台とは違い、それこそ食堂のようなお店ができるのだ。


 ただ、もちろんボランティアとの合同参加なので、文化祭での売り上げレースには参加できない。

 しかし、エミリカが文化祭でやりたかったことは、去年のような勝負ごとでの出店なんかではなく、大勢の人を喜ばせることができるお店なのだろう。と宇野は察した。


「良かったな、料理部が続いて・・・」


 料理部は忙しそうにしながらも、皆、楽しそうにお店を営んでいた。


 自身の働きが少しでも料理部の存続の助力となれたなら、と少し宇野は温かい気持ちになった。


 ピノが席の近くを通りかかり、唐揚げ定食を注文する。だが、それを用意するにはもう少し時間がかかるそうだ。


「必ず揚げたてを用意しますので」


 申し訳なさそうに言うピノに宇野は「いいさ」と軽く返す。


「ちなみに、唐揚げは激辛ではないよな?」

「へ?いえ、普通の唐揚げです。ただ、普通とチーズと青のりがトッピングされていますけど、いいですか?」

「ああ、辛くなければ、いい」

「かしこまりました。しばらくお待ちください」


 とてとて、と去っていくピノ。その可愛らしさから、ついつい目で追ってしまうが・・・

「いかん、いかん」


 それはさておき、待つ間に宇野は去年の文化祭をもう少し思い出そうとする。

「そういえば・・・」


 宇野は開かれた窓の外を見る。ここ多目的ホールは一階、特別棟の端に位置する。

 ここからなら、あそこが見えるかもしれない。去年、エミリカとの邂逅の場。


 宇野は外をのぞきながら缶コーラのふたを開ける。

「あぶぶぶぶ」

 吹き出る泡でベトベトになりながらそれを飲む宇野。そして、目を細め、焦点を合わす。そこは特別棟から少し離れた先、ゴミの収集所である。


「あそこだったな・・・」


 あの場で、宇野とエミリカは出会ったのだった。

 であれば、一ヶ月前のフレンチトーストの件、あの時、エミリカとの出会いは初対面ではなく、再開であったのだ。


 なるほど、それでこちらへの彼女の振る舞いや言葉に納得いく部分があった。

 ただ、宇野の洞察力をもってしても、彼女の行動理由は分からない・・・


 なぜ、エミリカは宇野にここまで関わろうとするのか?


 以前に彼女は『何でも屋』のファンと言っていたが、それだけで?


「・・・お礼参りだろうか・・・なにか料理部に恨みでも買ったか?」


 宇野は物思いにふけながら、ゴミの収集所を見つめる。


 そこでは今、一人の男子が一つのゴミ袋を置きにいく最中だった。

 その男子はエプロンと頭にバンダナを巻いていた。屋台にて食べ物屋でもやっていたのだろう。そこで出たゴミを捨てに来たのだ。


 男子は、ヨイショヨイショとゴミ袋を地面すれすれ、引きずりそうになりながら重たそうに運んでいた。

 なんとか男子はゴミ収集所に半透明の袋を置き、腰にきたのか、トントンと腰を叩き、やれやれと額の汗を拭っていた。



 と、その時であった!



 男子が運んでいた袋が、結び口から白い煙を上げ、それと同時に赤く燃え上がったのだ!男子はそれを見て慌てふためき、逃げるようにその場を去る。


「まずいっ!」


 宇野は立ち上がり、急いで廊下に出ると、そのまま走り火災警報器を押し、近場にある消火器を持って校舎を出る。


 ゴミ収集所までたいして距離はないが、火というのは一瞬で広まるもの。しかも他のゴミに火が移れば消火器一本ではどうしようもない。


「間に合えっ!」


 宇野は全速力で走り、現場へ急ぐ。が、炎は予想よりも大きく広がり、既に他のゴミに燃え移り始めていた。煙がトタン屋根にたまり、上に溢れるかのように漏れ出す。

 赤々と広がりを見せる炎。宇野はゴミ収集所にたどり着くと同時に消火器の安全ピンを取り外し、ホースから消火剤を放出する。


 炎の勢いは一部、収束を見せる・・・が、炎は分散して燃え始めている。

 表面が燃え、枝分かれするように炎が散る。範囲も開く。

 消火器一本で炎を消しきることができるだろうか?じょじょにホースから出る消火剤は勢いが弱まり始めた。残量が残り少ないのだ。


 ゴミ処理場の周りに建物はない・・・だが、炎が大きく燃えれば大惨事であり・・・このままでは文化祭が中止となってしまう。


「・・・いや、別にいいかな?ボッチだし」


 等と弱気になりつつある宇野。そんな彼の隣に一人の女性が立つ。


「何言ってんのよ、何でも屋!」


 女性は消火器を手に、消火活動を援助してくれる。


「悪いけど、このまま文化祭を終わらせるつもりはないわっ!この日のために妹はガンバってきたのよっ!」


 その声には、心を奮い立たせる力があった。そしてその女性の意志と行動には強い思いが感じられた。

 宇野はそれに応じ、指示を出す。


「麗華さんは大きく広まったところをお願いします。こっちは残量が少ないのでその周りを吹きかけます。なんとか応援が来るまで持ちこたえましょう!」

「任せなさいっ!」


 力強い麗華の返事。彼女の自信あふれる声に、宇野は心を強く保つことができた。




 後に教師が消火剤を持って駆け付けてくれ、教師たちによる懸命な消火活動により火は無事に消火されたのであった。



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