~暗中飛躍~




 楽しんで来いと言われたエミリカであったが、彼女の向かう先は校舎裏のゴミ置き場であった。そこはトタン屋根とレンガで囲われている。


 当然、そんな場所に屋台やイベントがあるわけでもないし、人通りすらまったくなかった。それどころかゴミ置き場は文化祭で出たゴミ袋や廃材で山のような形を作っていた。


 そこでエミリカはどういう分けかゴミ山をかき分けはじめたのである。

 しかしエミリカの目は真剣であった。エミリカには確信があったのである。


 家庭科部が・・・不正を働いていると。


「そこでなにをしている?」


 突如、背後から耳に届く声。エミリカは慌てて立ち上がり、声のした方に振り返る。


「すみませんっ・・・ちょっと大事な物をゴミと一緒に出しちゃって・・・?」


 謝るエミリカ、しかし相手は学生の制服を着用している。胸元に付けられた名札を見るに同学年の生徒のようであった。名札には『宇野』とある。


「なんだ、生徒じゃない。びっくりして謝って損しちゃった」


 言って、改めてエミリカは宇野に背を向け、ゴミ袋をあさり始める。


「ゴミを捨てるなら、どこか適当に置いといて、ウチが代わりに積んどくから」


 手は止めずにイソイソと『あるもの』を探すエミリカ。それは家庭科部が廃棄したゴミ袋であった。


 しかし、どこだろうか、エミリカが探している中、となりに宇野が立つ。


 エミリカは首を傾げた。この宇野という男、ゴミ袋を持っていないのである。であれば、ゴミを捨てに来たのではないのか?訝しむと、宇野はゴミ山の中から一つのゴミ袋に手を伸ばす。

 エミリカはそのゴミ袋のうっすら見える中身にギョッと目を見張る。


「あんたもこの袋を探していたのか?」


 宇野はエミリカの視線を感じつつも、迷うことなくゴミ袋を引っ張り抜くと、あろうことかそのゴミ袋を躊躇なく開き始めたのである。


「・・・なんで?」


 エミリカは問う。何故、エミリカが家庭科部のゴミ袋を探していると知っていたのか・・・

 宇野はゴミ袋の中身を確認しつつ、答える。


「とある依頼でな。家庭科部が予算以上の支出を行っているのではないか確認に来たんだ」


 エミリカは『依頼』という言葉に、ハッとする。


「あなたが・・・何でも屋?」

「・・・まぁ、そうだ」


 素直に言う宇野。エミリカは彼の横顔をじっと見る。


「なんだか冴えなさそうな顔ね」

「ほっとけ。それで、こっちは答えたんだ。そっちも理由を答えるのが筋・・・だが、あんたの反応と行動の可能性的に考えて、家庭科部の不正を暴きたい者の一人だろう、それだけで十分だ」


「・・・その通りよ。あなたの名前は宇野?」

「ああ、宇野一弘、あんたと同じく一年だ」


 宇野が名前を言い、そこから黙ってゴミの中を物色し続ける。


「宇野・・・一弘・・・」


 エミリカは反芻するかのように小さく名前を言い、ただただゴミ袋を熱心に調べる彼を不思議な目で見ていた。その背中にエミリカは声をかける。


「ウチの・・・名前は聞かないの?」

「・・・必要ない、今は依頼で忙しいんだ。悪いが世間話は後にしてくれ」


 その言葉に、エミリカは少々ショックであった。


 うぬぼれと言われればそうかもしれない。エミリカは容姿やスタイルを含め、老若男女の誰もが自分に興味を示すと自信があった。少なからず、今まで同世代の男子は自分を横にすると誰もがこちらを振り向いた。これまでの人生で、エミリカにとってはそれが自然であったのだ。

 しかし、この宇野という男、自分に興味を示すどころかゴミの中身に夢中なのである。


 エミリカはつまらなく感じたが、今はそれどころではない。宇野が協力者であるとすれば、彼に力を貸してもらうのは得策である。家庭科部の不正を暴き、料理部の正当なガンバりを皆に認めてもらうため・・・大事なお姉ちゃんのために。


 エミリカは亜麻色の髪を後ろで括ると、宇野の隣で腰を曲げて彼に問う。


「ねえ、何か分かった?」

「いや・・・やられたよ・・・先手を打たれていた。ご丁寧に食品が入ってたであろう袋が細かく刻んである」


 宇野は一つ、刻まれた袋の切れ端をつまんだ。


「これが何の食品の袋だったか分かるか?」

「・・・冷凍食品のパウチ・・・袋ね・・・やっぱり」


「やっぱり?なにか思い当たるのか?」

「家庭科部は調理室で焼きそばを作っていたけど、その他の調理を行っていなかったの。模擬店でもそんな作業していなかったし・・・けどこれで納得よ。家庭科部は給湯室の冷蔵庫を借りると同時に電子レンジを使っていたんだわ」


「なるほど、冷凍なら簡単に出せるな・・・どうりであの短時間で、あれだけの料理の数を出せたわけだ」

「でもそれって、インチキじゃない!」


「ん?いや・・・文化祭で冷凍食品を出すのは不正ではないが?現にサッカー部は業務用の冷凍焼き鳥を炭火で焼き直して提供している」

「でも家庭科部ってば、『部員に料理上手はたくさんいる』って言ったのよ!焼きそばをただ焼いて、冷凍チンして、それでよく料理上手と言えたものだわ」


「・・・なんだか私怨がこもっているが・・・話を戻させてもらおう。それでこれがなんの食品で、一袋、いくらくらいするのか分かるか?」

「うん、切れ端だけだけど・・・そうね。この色に文字の表記、覚えがあるわ・・・確か冷凍春巻きの袋ね・・・一袋、業務用で400円くらいかしら?ちなみに一袋10本入りよ」


「家庭科部は春巻きを一人一本、焼きそばとセットで出していたな・・・」


 宇野はアゴに手を置き、何やら思案する。

 そんな彼にエミリカは一つの質問を投げる。


「ねぇ、あなたは家庭科部が何食売れたのか知ってるの?」

「ん?ああ、昨日が80食だったな、売り上げは2万4千円。料理部と千円の差で惜しくも三位だった」


「つまり・・・単純計算で八袋・・・3200円の出費・・・今日と合わせて?」

「190食を超えるらしい。冷凍春巻きだけで7600円は飛ぶな」


「それに、焼きそばに、今日からの和風オムレツのセット・・・四個入りで安くて150円・・・どう考えても予算の一万円を超えるじゃないの」


「そうだ。それを調査しにきた・・・が・・・」

「冷凍食品の袋がビリビリに刻まれているのね」


「ああ、これだと、家庭科部がどれだけの冷凍食品を購入したのか分からない・・・まぁ、一つ一つパズルのように組み合わせれば可能だが・・・なるべく文化祭中に証拠を見つけろとの依頼でな、時間は・・・どうだろうな」


 宇野は袋一杯に入ったゴミを見て苦々しく言う。短時間で終わるような仕事量でないことは一目瞭然である。それを横目にエミリカは唇に指を置いて問う。


「・・・何袋見分ければいいの?」

「家庭科部のレシートだと、冷凍春巻きは10袋、和風オムレツも同じく10袋とあった。それをいくつ超えるかだな」


「・・・レシートの内容をどうやって調べたの?」

「さっき職員室に忍び込んで調べた。祭り中だから手薄で楽な仕事だったよ」


「そ、そう・・・」

「それで、どうする?パズルでもするか?制限時間は文化祭終了までだ。終了と同時に他の生徒がゴミを捨てに押し寄せるから、その前に終わらせたい」


「いえ、そんなことをせずとも済む方法があるわ。バーコードだけを見つければいいの。別名、JANコード。これは商品袋に一か所しか表記のないものだから、バーコードの数字表記の数イコール袋の数と分かるはず」

「・・・そうか。幸いにも袋は縦に裂かれている。切り口が縦だから横に印字されたバーコードの数字表記が残っているのか」


「ええ、シュレッダーで裂かれていたらアウトだったでしょうね」

「シュレッダーは職員室にしかないから、そこで廃棄するのは不自然だろうな」


「ええ、だから料理で時間もないし、家庭科部は手動で裂いたのよ」

「だが、このコード、これだけで商品がなんなのか判明するのか?」


「問い合わせれば一瞬よ」

「誰に、店にか?」


「そう、ウチのお母さんスーパーの店員なの」

「なるほど、それは頼りになるな。さて、仕事だ・・・」


 二人の会話はここで止まり、黙々とゴミ袋をあさり始めたのであった。



「ふぅ、これだけ証拠があれば事足りるだろう。思ったより短時間で済んだ」


 宇野は額の汗を拭い、一息つく。ちょうどその時、校内放送が流れた。


『16時半を過ぎました。17時より体育館で文化祭のフィナーレに続き、舞台演技部門、音楽部門、展示部門、パフォーマンス部門、屋台売り上げ部門の優秀部門発表があります。展示やパフォーマンスを終了し、生徒各自は17時までに体育館へ集合して下さい・・・繰り返します・・・』


「・・・この時間からゴミを捨てに人が押し寄せる。その前に去るとしよう」


 放送が終わる前に宇野はこの場を離れようとする。彼の手には輪ゴムでくくられたJANコードの束と残りのゴミが入ったゴミ袋があった。エミリカは彼の背を追う。


「ねえ、ちょっと待って、それで、その証拠を持ってあなたはどうするつもりなの?」


 エミリカに問われ、宇野は立ち止まらずに述べる。


「予算外なものをこれほど用意するのはルールに反し、それで表彰台に上がるのは周りにフェアではない。後人の生徒のためにも取り締まるべきだ・・・と依頼主からのお達しでな」

「それって、生徒会長の依頼よね・・・」


「・・・家庭科部の不正を暴こうとする人物、ということはあんた、料理部か?そういえば料理部に生徒会と通じた人がいたな。なら話は早いだろう」


 言って、宇野はエミリカの方へ振り返る。


「協力、助かった。あんたのおかげで時間内に調査を終えることができた。これであんたたち料理部は家庭科部に勝利することができるだろう」


 宇野の瞳は真っすぐだった。エミリカはその瞳を見つめ返す。


「お礼を言うのはこっちよ、宇野一弘のおかげで、ウチら料理部の存続が望めるわ・・・けど、そこまでお願いしていいの?」

「ん?ああ、料理部と家庭科部の確執があるのだろう?ここで料理部が顔を挟めば余計に角が立つ。ここでのことは内密で頼む・・・後は『何でも屋』と依頼主に任せてもらうとしよう」


「・・・ありがとう、ウチらのために」

「・・・依頼との利害が一致しただけだ」


「それでも・・・ありがとう」


 感謝の言葉を受け、宇野は頷くと踵を返す。そして、ゴミを捨てに来た多くの生徒たちがこちらに押し寄せ、その波の中へと溶け込むように彼は去っていった。



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