~力戦奮闘~



 文化祭二日目。


 この日は外部からのお客や、出店、出展者が参入する。

 その新たな波に料理部は上手く乗り、順調に売り上げを伸ばしていた。

 料理部の面々はお昼の書き入れ時に優れた連携と個々の持ち味を生かした立ち回りで客の波を乗り切っていたのだった。

 

 エミリカはもちろん引き続き調理担当。

 風はそのサポート。

 ナスビは家庭科室の手伝いと販売所での配膳準備。

 麗華は売り子。

 さとりんがこの日はおにぎりを握っていた。


 各々は役割を卒なくこなし、この日の売り上げは昼を過ぎた頃には100食。

 この時点で一日目と二日目の合計は190食売りあげたことになる。

 麗華は三度文化祭を経験したが、在学中にこの売り上げに到達した者は聞いたことがなかった。



 当然、料理部が全員、勝ちを確信していたのだが・・・



「売上高は47500円ねぇ。総利益はだいたい3万8000円前後かしら?」


 客足が落ち着いたところで、さとりんが露店の奥で収益を計算しはじめる。

 時刻は14時半を回ったころであり、この時間は皆、体育館でのステージを見に客足が遠のく頃である。


 他の店を見れば早い所で商品の陳列以外は片付けに入っている所もあった。

 その中、せっせとおにぎりを握っていた麗華はニヤリと笑う。


「あら、これは勝ち確かしらね?あと二時間で売り上げ200食行っちゃうかしら?里香、喜びなさいな、あなたの活躍で文化祭始まって以来の売り上げかもしれないわっ!」

「ほんと?お姉ちゃんっ!」


 店で売り子をしていたエミリカは満面の笑みで振り返る。

 客足が減った現在、調理室での調理は風とナスビが担当していた。


「さすが我が妹ね。偉業を成すだけの素質があるわ」


 麗華が星型のおにぎりを完成させながら言う。それを見たさとりんが苦笑いする。


「ちょっと、もう麗華、どうやったらそんな形になるのよ?それと過去の売り上げ歴代一位はもっと高いらしいわよ?」

「これからその一位の座を奪うのよ。まだまだ時間はあるわ」


 麗華はもう一つおにぎりを作りあげて言う。さとりんはその造形に驚く。


「いや、ちょっと、このおにぎり、人面なんだけど?なんなのこれ!?」

「ばくだん岩おにぎりよっ!」

「ちょっと代わりなさい、麗華!」

「イヤよッ!この役を下されたらウチの出る幕がほんとなくなるじゃないの!」


 半泣き状態の麗華。さとりんは売り子をするエミリカを見る。

 エミリカが売り子として立つと、麗華より人通りが増えるのは明らかであった。

 現に今も唐揚げを買っていったり、買わないまでもエミリカに声をかけに来たりする人が多い。さっきも小学生低学年くらいの男の子がプラスチックの容器を、店の隣に設置した段ボール型ゴミ箱へ捨てるついでに、笑顔で感想を言いに来てくれた。


「ここの唐揚げ美味しかったのー、お姉ちゃん、ごちそうさま~」


 エミリカはとても嬉しそうに、


「ありがとう、また来年も料理するから、その時も食べてね」


 と返し、子供と指切りをした。

 次に見回りに来ていた教師がエミリカに声をかける。


「やぁ、エミリカ。なかなかに美味かったぞ。さすが家庭科一位だな。それを他教科にも活かせればなぁ」


 それに対し、エミリカは耳を塞ぎ、教師は苦笑いで去っていく。


 次に男子のグループが近付いてきて、その中の一人がエミリカに声をかける。


「あの、江見さん!唐揚げ、とても美味しかったです!それと、文化祭後のキャンプファイヤーのダンスで、僕と一緒に踊ってくれませんか?」

「食べてくれてありがとう!・・・けどごめんなさいね。ダンスは料理部のみんなで踊ることになってて、あなたもその中に入る?」

「あ、いえ、それは、あの、お邪魔になるし・・・失礼しました」


 男子は他の男子に肩を叩かれ、トボトボと去っていった。


 そのまた次にツインテールの小学生、高学年くらいの女の子だ。この子はどこか緊張しつつお店を覗く。


「あ、あの、なんだかとても楽しそうにお店をしていたので、少し見に来ました・・・」

「ほんと?嬉しいな!唐揚げ売ってるの!ウチの手作りだから食べてね!」

「そ、そうなんですか!?是非ともっ!手作りって美味しいですよね!その・・・愛情がこもっていて!」

「そう!そうね!手作りって本当にそう!その唐揚げもウチの愛情がたくさんこもっているわ!手作り料理が好きなの?何年生?」

「あっ、はい、好きです!6年生です!来年ここに入学します」

「ほんと!じゃあ良かったら料理部に入部しない?」

「ええ、もちろんです!あと、お姉さまって呼んでも構いませんか?」

「いいわよッ!入部してくれるの!?ありがとう!待ってるわね!あと、はい、唐揚げよっ!ちょっぴりサービスしてるから!」

「ありがとうございますっ!お姉さまっ!それでは、またっ!」


 少女は唐揚げ片手に嬉しそうに去っていった。


 その後さらに女子数名、彼女らはエミリカの友人らしい。


「えみぃ~聞いてよ、やっとこっちの喫茶店が一息ついてさぁ~。先輩ら人使いが荒いったらなんの。お腹ペコペコよぉ」

「あら、それならウチの唐揚げを食べていきなさいよ。もうちょっとで揚げたてのがくるから、特別にそっちを出してあげるわ。量も少し増量。ただし一人一個は買いなさいよ?」


 言って、エミリカが肩越しに麗華へ視線を送る。麗華は首肯した。

 それを確認したエミリカは、女子たちと他愛のない話で盛り上がる。


 その光景を麗華とさとりんの二人は口をやや半開きにさせて見ていた。


「不思議と里香は人を引き寄せる力があるのよね。我が妹ながら恐ろしい娘!」

「そうねぇ・・・さらっと新入部員勧誘してたし・・・ただ妙なのも引き付けてる気がするわねぇ」

「嫉妬しちゃうっ!なんだかたまにウチってば客に避けられる時があるのよね」

「ん~麗華も人気あるけども、さっきからあなた、売り上げに躍起で段々鬼気迫る表情しだしてたのよ。たから売り子をおろしたの・・・あっ!」


 さとりんが店に近付く一人の男子に気付く。

 頬を赤らめるさとりん。その横顔を麗華は二マリとして見る。


「彼氏のカインドマン生徒会長がわざわざ来たわよ」

「も、もう、お店には来ないでって言ったのに・・・唐揚げは後で持っていくって約束したのに・・・」


 そう言うさとりんはハンカチで額の汗をいそいそと拭いていた。


「それでもガマンできずにさとりんに会いに・・・愛に来たんじゃないの?」

「なんで言い直すのよ・・・」

「ほら、カインドマン!こっちこっち、さとりんが愛情込めて作った特大おにぎりがあるわよ!食べていきなさい!このおにぎりよっ!」

「ばくだん岩じゃないの、それっ!ウソウソ、これ麗華が作ったのだから!」


 慌てるさとりんと麗華のやり取りを生徒会長、T=カインドマンは苦笑いで見る。しかし、次いで真剣な顔をし、口を開いた。



「家庭科部が断トツで一位っ!?」


 麗華が驚きを全く隠さずに言う。それにカインドマンは頷く。


「ああ。売上高もこのままだと歴代トップに近付く勢いなんだ」

「焼きそばと春巻きの中華セットよねぇ?売り上げはどのくらいなの?」

「それが、60000円近く・・・宝ノ殿中学の歴代トップが6万5千円で、今にもそれに届きそうなんだ」


 さとりんに聞かれ、カインドマンは渋い顔で応える。それを聞いた麗華はすぐに計算する。


「こちらは今でようやく5万円手前・・・追い抜くにはあと40食を超えないと・・・どうしてこんなに離されたのかしら?そんなに美味しかったの?」


 麗華はエミリカに質問を投げる。エミリカとナスビは昨日の文化祭一日目に、敵情視察も兼ねて、家庭科部の屋台に足を運んでいたのだった。


「う~ん、焼きそばは・・・普通だったわ。市販の焼きそばと粉ソース。野菜と豚バラ肉のシンプルな焼きそば」

「春巻きは?」


「ええと、皮はパリッと、具はひき肉と白菜が詰まっていて美味しかった・・・けど・・・なんだか食べ覚えのある味というか」

「そう。こっちは唐揚げとおにぎりだものね。だけど、学校から指定された一万の予算で、どうやればそこまで・・・一食はいくらだったの?」


「300円。量はウチらと大差なかった」

「・・・昨日までウチらが勝っていたのに・・・どうしてこんなに?」


 疑問に思う麗華に、カインドマンが答える。


「どうやら家庭科部は二日目にしてさらに和風オムレツを付けたそうだ。値上りはしたものの、好評だったようで、100食完売となったらしい」

「いったい予算一万円でどうやって!それに部員人数だってそんな大差ないのにそこまでの数と種類の料理をホントどうやったのよ!?ねえ!」


 目を見張る麗華。カインドマンは申し訳なさそうに目を細める。


「それが、今調査してきたのだけど、時すでに遅くて、完売で調理法が探れなかったんだ。家庭科部の部員に聞いても企業秘密だそうな」

「レシートを見ることは?」


「それがもうすでに先生が回収にきて手元にはないんだよ・・・すまない」

「そう・・・ねぇ、里香、鶏肉の残量は?あと40食は用意できるの?」


「あと・・・20食が限界だよ、お姉ちゃん」

「買い出し・・・いや予算超過ね・・・手詰まり・・・か。完敗だわ」


 肩を落とす麗華。


「ごめんね、里香、お姉ちゃん無力だったわ。せっかく、あなたの力を発揮できる料理部を作ろうとしてたのに・・・」


 心底辛そうな声を出す麗華に対し、エミリカは首を振って明るく言う。


「んーん、料理なんてどこでもできるもの。家庭科部と合併したとして、そこでも他の所でも料理をしようと思うから」

「たくましいわ・・・さすが我が妹ね」


 麗華は落とした肩を上げ、少し残念そうな顔で、されど笑顔を作ってエミリカの頭をなでる。


「さて、里香。よく頑張ってくれたわね。あとの時間はお姉ちゃんたちに任せて、文化祭を楽しんでらっしゃい。初めての文化祭なのにほとんど調理室にこもらせてばっかりだったわね」

「んーん、好きでやってたことだから。ウチの料理でみんなが笑顔になってくれたのなら、それで満足だから」

「里香っ!」


 麗華は思わず愛する妹を抱きしめた。


「ごめんね・・・ごめんね、ダメなお姉ちゃんで」


 妹のために作った料理部であったが、家庭科部に料理で負けてしまった麗華。

 癪ではあるが、料理のできぬ自分より、文化祭でここまでの活躍をした家庭科部に妹を任せた方が、よほど為になるであろう。


 姉として、妹を引っ張ってあげたかった。しかし不甲斐のなさで一杯な麗華は妹に謝る事しかできなかった。


「・・・痛いよ、お姉ちゃん」

「あっ、ごめんなさい」


 慌てて引き離す麗華。里香は苦笑いで返す。


「ありがとうね、お姉ちゃん。ウチは大丈夫だから」


 エミリカはエプロンを外し、後のことは任せた、と手を振って店を出ていく。

 その姿を、その背を、エミリカとさとりん、カインドマンが見送る。


「エミリカちゃんって、すごく良い妹よねぇ」

「そうでしょ、さとりん。いずれウチの名を継ぐ日が来るわよ。その時はカインドマン、あなたの弟によろしくね」

「あの子が破天荒生徒四天王を継ぐのか?まぁ、だがあの目、あのまだ諦めていない彼女の目は・・・その素質があるかもしれない・・・」


 三人は言う。



 時刻は15時を回った頃だった。


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