4皿目~それは思い出の唐揚げ~
~緊迫状態~
エミリカは浮き足立っていた。
破天荒生徒四天王、『何でも屋』と名高い(?)宇野一弘に、自身の手料理を振る舞うことができるのだ。
しかも、この文化祭の日に、あの思い出のメニューを・・・
エミリカは隣を見る。腫れた腕をさすりながらブツブツ小言を言う宇野が確かにそこにいる。
どことなく、頼りにならなそうで、頭も冴えてなさそうな男だが、エミリカは知っている。彼が何故、『何でも屋』と呼ばれるのか。彼にどれだけ助けられた人がいるのかを・・・
そして、エミリカもそんな一人であった。
エミリカは去年の文化祭二週間前の事を思い出す。
調理台が並ぶ調理室に、女子十数名が輪を作ってその中央を見ていた。
その輪の中に中学一年生であるエミリカもいたが、彼女はオロオロして、調理室の真ん中、人の輪の中心で言い合う女子二人を見ていた。
その二人は家庭科部の部長と料理部の部長であった。二人は一触即発の雰囲気でお互いに目を合わせている。
事の発端は、調理室の使用権限で家庭科部と料理部がもめたことにある。
当初、使用権は料理部にあったのだが、家庭科部が料理部に内緒で教諭らを説得し、調理室の使用権を折半したことにあった。
それに立腹した料理部部長が牙をむく。
「なんでよっ、文化祭で家庭科部は裁縫室の活動がメインで、調理台は使わないはずだったでしょ!?」
声を張って言う彼女は江見麗華。エミリカのお姉さんで、三年、料理部部長である。エミリカと似て容姿は整っているが、どこか目に鋭さを持っていた。
なにより後ろに流したショートヘアが、彼女をよりクールに見せた。
「別にいいじゃないのよ~。家庭科部なんだから、料理だってしたいわよ」
対する彼女は同じく三年生の家庭科部、部長、堤下梅子。彼女は中学生にしてメイクをばっちり決め、赤黒く染めた髪を巻き上げている。それに加え、ネイル、ピアス、とにかく遊んでますといった雰囲気を醸し出していた。
そんな梅子に麗華は強く当たる。
「そっちが服飾をメインでやりたいって言うから、家庭科部から料理したい人が抜けて料理部を作ったのに!」
「しょうがないじゃない?服飾って材料費が高いんだもの。部費じゃ到底足らないし、中学生の懐にはきついものがあるのよね~。せっかくだし、料理部としてじゃなく、もう一度、家庭科部として、一緒にやらない?」
「そう言って、いつもあなたの独断で、仲の良い人同士だけで、周りを振り回して、こっちの気も知らないで!普通、調理室を使いたかったら、料理部にも話を通すべきじゃないの!こっちにも予定があったのに!」
「だって、そっちの方が色々と話が早いもの。先生からの許可なんだから別に良いでしょ?」
「うぅ~、第一なんで料理なのよっ!どうせ、服飾しようにも部費の無駄遣いが原因なんでしょうけど!」
「言ってくれるじゃない?でも、そっちだって、部費の都合で困るんじゃない?そっちの人数は5人、ギリギリじゃないの。料理部に二年生はいないから、あんたら三年が卒業したら妹ちゃんと、ナスビちゃんだけになるのよ?部としての存続も怪しいわ。だけど、こっちは三年の私たちが抜けても二年と一年は6人も残るの。この際だし、料理部みんな家庭科部に戻ればよくない?」
「だから合併しろって?イヤよ!それに来年になったら、料理部にたくさんの一年生が入って来るに決まってるんだから!」
「へぇ、あんたの料理なんかで、新入部員がねぇ?」
堤下梅子は鼻で笑った。麗華はきつく睨む。
「なによ?こっちは料理の天才、里香がいるんだからっ!」
「ほとんど妹だよりじゃない。それに、私たち家庭科部には料理上手がたくさんいるのよ」
「だからなに?こっちは楽しく料理だけに専念したいの!去年なんか一年通して料理の活動なんか二回だけしかなかったのに!もうそっちの気分に振り回されるのはうんざりなのよ!」
「あら、振り回してなんかいないわよ?多数決の結果じゃないの」
「それがイヤだからこっちは抜けたんでしょ!いつも花の仲間内で決めて!少数派は数で黙らせて!」
飄々と返す梅子に対し、麗華はどんどん怒りを露わにしていく。
そこに、髪を後ろにまとめた料理部の女子が、麗華の肩を叩く。
「まあ待ちなさい、麗華。もう調理室の使用権は教師間で決まったこと。覆せるものではないわ」
「そんな・・・さとりんまで・・・ウチを裏切るの?」
「そんな浮気をされた女性のような目で見ないでよ。話を続けさせて」
さとりんは麗華と梅子の間に入る。
「今までの遺恨はあるけれど、確かに料理部は人数が少ないし、来年への不安が残るわ。料理が得意なのも一年のエミリカだけ・・・三年の私達は不甲斐ないことよね。けど、料理部という名の通り、後輩には料理の活動をメインで楽しんでほしいのよ」
さとりんの穏やかな話し方に、料理部と家庭科部は黙って聞き入る。
「それと、梅子の言う通り私らが抜けたら来年はきっと苦労するかもしれないわね。短期間とはいえ、家庭科部だったエミリカとナスビの二人を心配してくれるのも嬉しいことよ」
さとりんは梅子に視線を向ける。梅子は慌てて頷く。
「そ、そう。そうよ、私は心配してるのよ、だからね?家庭科部にもう一度」
しかしそれ以上言わせないと、さとりんは言葉を挟む。
「けど、それは彼女たちの力を見抜いてからでも遅くはないと思うの」
「・・・・・・どういうこと?」
話を折られた梅子が訝しむようにさとりんを見る。
「料理部はね、これから色んなイベントに参加して、名を上げて、実績を重ねて、多くの人に知ってもらうことを視野に入れているの。内々だけで楽しむのとは違ってね」
「私たち家庭科部の活動が内々だけって言いたいの?」
梅子は無表情で言い、そこに麗華が強く言葉を挟む。
「実際そうじゃない!ただやりたいことダベリながらダラダラやって、適当に展示して!そこになにもやりがいを感じられないのよっ!スマホのデコレーションとかなんの部活なのよっ!」
「なに?みんな喜んでたんですけど~?」
「だから、それはあんたら仲間内だけでっ!」
「はいっ、はいっ、はいっ」
さとりんが手をパンパンと叩いて梅子と麗華の言い合いを止める。
「話を脱線させないで。それでね、文化祭もあと少しで開催でしょ?」
「・・・ええ、さ来週だったわね」
「そこで私たちは手作り料理の出し物をするつもりなの。そちら、家庭科部はなにを?」
「・・・・・・同じく手作り料理の出し物よ。だから調理台を使いたいの」
何かさとりんに狙いがあると感じた梅子は言葉を選びつつ返した。さとりんは続ける。
「あら、それならお互いに競わない?売り上げをね。これで料理部が勝てば、私たち料理部の腕を信じてもらえるでしょ?文化祭には学校見学もかねて多くの小学生やその父兄が来るわ。どちらが多くの胃袋を掴むことができるか」
「・・・それが新入部員勧誘に繋がるっていうの?」
「さぁ?でも、宣伝力にはなるでしょ?どちらが多く客を引き込むか、その力があるか、見極めるのに良いきっかけでしょ?」
「・・・・・・そう。それで、勝負の目的は何?こっちが勝てば家庭科部にみんな戻るってくるってことでいいのよね?で、こっちが負ければ?」
「今後、調理室使用の権限を『必ず』料理部が優先する。先生を丸め込むなんて姑息な手を使わずにね」
「こ、姑息・・・へぇ、鈴(りん)も言うようになったじゃない」
梅子はここにきて初めて表情を苦々しく崩す。鈴(りん)こと、さとりんは静かに続ける。
「誰かさんに振り回されるのがイヤになっただけよ。それに後輩には振り回されることなく、料理に集中してもらいたいの。で、どう?もちろん、そっちが使用したい時は話し合いで融通は利かせるつもりよ」
「調理台の使用数や冷蔵庫の中は料理部の活動や都合に優先して合わせなければならなくなる・・・ってことね」
「そりゃあ、こっちは料理をメインとした料理部だもの」
「・・・・・・分かったわよ、賭けようじゃないの」
「決まりねっ!」
さとりんがパンッと手を叩き、話はここでお開きとなる。梅子の率いる家庭科部はゾロゾロと調理室を出ていった。
調理室には部員5人の料理部が残った。
麗華は不満そうに口を開く。
「まったく、なんであっちに合わせて勝負なんかしないといけないのよ?結局、調理台の使用権は半々なままだし・・・空いた台は来客用の予定だったのに」
不満を露わにする麗華の頭をさとりんはなでながら答える。
「まあまあ、既に教師から調理室の使用権を握られていた時点であちらが上手だったわ。決定を覆す労力よりも、今できることに集中しましょ」
「それでも腹立つのよ、こそこそと裏で手回し、イライラするわ!」
「だからこその料理勝負なの。こっちの相談無しに今後好き勝手させないためによ。それに、これは私たち料理部の試練でもあると思うのよ」
「・・・どういうこと?」
麗華は聞く。それに答えたのは同じく三年生の風という女子だった。
「・・・それは、私たち三年が一年のエミリカとナスビをしっかりと鍛えるため・・・そして・・・あんな腑抜けの家庭科部に負けるようでは・・・料理部のお先が見えない」
前髪が目までかかった風は、小さく、だけどよく響く声で言った。
麗華は渋くうなずく。
「それは、まあ、そうだけど・・・」
「・・・これに勝てば家庭科部から優位に立てる・・・それに、エミリカが負けるとは・・・思えない」
風がエミリカの頭をヨシヨシとなでる。エミリカは少し照れて、
「が、ガンバってみせるわ!」
ガッツポーズをしてみせた。麗華は満足そうにうなずく。
「さすが我が妹よ!あなたの料理の腕は姉であるウチの折り紙付き!ガンバりなさいっ!」
「いや、麗華さんも頑張りましょうや!」
すかさずツッコミを入れるナスビ。
「せやけど、自分は一年で、家庭科部の事情よう知らへんのですけど、別に家庭科部と料理部、調理台と冷蔵庫の使用は半々やとあかんのですか?」
「ダメよ」
「ダメね」
「・・・ダメ」
三年生の三人にダメだしされナスビは首を傾げ、頭に疑問符を浮かす。
それに答えたのは風であった。
「・・・あの人たちに料理部の領分を半分でも関わらせたら・・・飲み込まれるだけ・・・そういう人たち」
「は、はあ・・・そうなんですか?」
「・・・そう。そもそも調理室は料理部が独占して使う予定だった・・・そのつもりで予算や予定も組んでいた・・・なのに、家庭科部はその予定を『いつもの』身勝手で捻じ曲げようとしてきた・・・」
それに麗華やさとりんも強く同意する。
「そうよっ、ここは厳しく優位をしっかりと決めておかないとダメなの!それに卒業した後に梅子たちがOGとして関わってこようものなら最悪よ」
「そうねぇ、去年の家庭科部とか最悪だったものね。梅子と仲の良いOGが家庭科部の部費で好き勝手されたものねぇ、麗華」
「あったわよね!そんなこと。今思い出しても腹が立つわ!ほんと身勝手!」
「・・・わたしたち、蚊帳の外だった」
「ほんと、家庭科部でネイルアートってなんの家庭科よ!」
「そうねぇ、しかも活動費には服飾の道具ってことで通してたし」
過去の出来事を忌々しく話はじめる三人だが、エミリカはどうしても聞きたいことがあった。
「お姉ちゃん、なんで家庭科部は文化祭で料理をすることにしたのかしら?」
「ん、ああ、それね。聞いた話だと、色々と無駄な活動して文化祭用の展示物を用意できなかったらしいわよ。ね、さとりん」
「そうねぇ、それで急きょ料理に移行したらしいのよねぇ。料理なら服飾と違って時間がかからないから」
「・・・それと、家庭科の活動とは言えない活動ばかりだから・・・顧問に怒られて、これ以上活動を改めないなら・・・廃部をせまられてるって聞いた」
「そ、そうなのね・・・」
「せやけど、えらい詳しいんですね。それを知ってて、さと姉は勝負を仕組んだんです?」
「そうねぇ、事前に生徒会長のT=カインドマンから色々と教えてもらってたのよ。向こうも廃部を逃れようと必死だから、ここぞと挑発したのよ」
「・・・T=カインドマンは・・・さとりんの彼氏だから色々と教えてくれる」
「風ったらもうっ、わざわざ付け加えないでよ!オホンっ、それでね、『家庭科部の動きに不穏な部分があるから料理部は注意しろ』って」
「愛の忠告ね。彼女のために動くカインドマン、名のごとく優しい男、優男君」
「もう、麗華まで!でもね、調べたのはカインドマンの弟、良男君の友達らしいの。『何でも屋』って変なあだ名らしいわ」
「・・・それでその何でも屋の情報から、家庭科部が廃部を逃れようと料理部に内緒で調理台の使用を教師から譲ってもらっているって知った」
「そうねぇ、料理部に内緒に動いたのは、家庭科部が廃部の危機なのをこちらに悟らせないためだろうって話よ。だからこちらを家庭科部に取り込もうとしてる事とつじつまが合うし、何でも屋の情報は確かだと思うわ」
「その何でも屋って、どういう方なの?」
「そうねぇ、何でも屋。エミリカちゃんたちはあまり知らないかもね。色々調べてくれる人がいるのよ。食券をお代にね」
「食券・・・学食の?さとりん先輩、なんで食券なのかしら?」
「さぁ、そこまでは・・・けどおかげで今回の件の裏も知れたわ。ねえ、風」
「そう・・・家庭科部はこの機に乗じて料理部との合併を図っていると情報があった・・・服飾がダメなら、料理に移行するつもり・・・でもその場所は料理部が押さえてる。家庭科部として活動できないなら料理部を吸収、安直」
「そうねぇ、また私たちを私物化するのが目に見えてるものね。だからこそ、今回の勝負で優位をハッキリさせる必要があるの。二人とも分かった?」
「は、はい!」
エミリカとナスビは納得して返事をする。
二人の返事に麗華は頷き、鼻息を鳴らす。
「まったく、あんなヤツらの傘下に加わるなんてゴメンよ。それに加えてあいつらに里香をやるなんてまっぴらゴメンなのよ。料理部も、妹も後輩も、ウチの目が黒いうちは私物化なんてさせないんだから!」
「お姉ちゃん!」
「これから卒業まで里香にはウチの好物ばっかり作ってもらうんだから!」
「お姉ちゃん・・・」
「姉さんもエミリンを私物化しようとしとるやないかい!」
「良いツッコミよ、ナスビ!」
「それはさておき、エミリカちゃん、文化祭では何をするつもりなの?」
「ええと、そうね。予算を考えて、唐揚げなんてどうかしら?」
「・・・いい視点かと思う。小学生も多く来るし、揚げ物は子供人気が高い」
「せやね。鶏肉もさほど高ないですし」
「それで、予算とメニューの内訳なんだけど・・・」
こうして、料理部VS家庭科部の文化祭売り上げ勝負が始まったのである。
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