~戦闘準備~



 それから二週間後の七月の初め・・・

 文化祭当日、調理室では早朝から料理部と家庭科部が睨みを利かせていた。



「それじゃあ、こっちの料理部には一切干渉しないこと、いいわね?」

「そちらこそ、こっちの技術を盗まないでよね~」

「そっちこそよ!」


 料理部部長の麗華と家庭科部の梅子との言い合いを皮切りに両部とも準備に勤しみだした。


 調理室では厨房台が6つある。縦に二列で並んでいるが、その中央にはパーテーション(仕切り)を設け、互いの行動が見え辛くなっていた。

 冷蔵庫は調理室奥の準備室にあるが、これは料理部が独占することとなった。家庭科部は職員室隣にある給湯室の冷蔵庫を使用することとなる。


 全員、エプロンと頭にバンダナを着用し、準備に移る。

 エミリカはさっそく冷蔵庫から鶏肉のモモ肉とムネ肉を取り出し、まな板の上に置いた。


 鶏肉はなるべく一口くらいの小さめに切る。


「あらエミリカちゃん、一人当たりの提供量は少なめなのね?」

「ええ、さとりん先輩。予算の事を考えると鶏肉は多めに使えないの。その代わりに二度揚げで衣を多くするつもりなの」


「・・・けど、それだとお客に不満が出る」

「ほんで、風姉と自分で考えたんがおにぎり大作戦や!」


「ああ、それでお米を6㎏ちかく頼んでいたのね」

「せや、さと姉、唐揚げを食べれば必然と欲しくなるのは白い米!これがセットなら唐揚げが量的に少なくてもお客の不満は減るやろ?」


「そうねぇ、お米なら安く、多く提供できるものね」

「そして、それだけだと飽きられてリピーターがつかないから、お姉ちゃんとウチで唐揚げに味違いを用意したの。ね、お姉ちゃん」


「ええ、里香。というかウチが色んな唐揚げ食べたかっただけなのよね」

「それで材料に青のりやチーズ、コンソメもあったのね。ごめんなさいね、あまり把握できていなくて」


「さとりんは生徒会の仕事であまり料理部に関われなかったものね」

「ええ、ほんとうにごめんなさい、麗華。それにみんなも、手伝えなかった分、しっかりと頑張るから」


 そしてさとりんは材料のレシートに目を通す。


「だけど、お買い物上手ねぇ。私、生徒会の会計だから各部やクラスでの予算を計算してたのだけど、買い出しはナスビちゃんと風の担当だったわね?」

「そやねん~、風姉と自分でめっちゃ計算してあちこち回りましてん~」


「・・・鶏肉が格安でモモ肉100gの80円、3㎏で2400円だった。ムネ肉は100gで50円、3㎏で1500円。合わせて3900円」

「そんでお米一合でおよそ45円、一日目で20合焚いて900円や」


「・・・それら合わせて4800円。一日目の予算は5000円内」

「そんで、二日目分で9600円やね。調味料等や油は家庭科室に常備があるからほぼタダやし。その他雑費を合わせて合計9950円、学校からの指定された予算は10000円で、50円しか手元にあらへんわ」


「さすが風とナスビよ」


 麗華が腕を組んでうなずいた。


 その横でエミリカは切り終わった鶏肉を皿に置く。


「さて、ある程度切り終わったわ。それじゃあ先輩方、お願いするわ!」


「お姉ちゃんに、任せなさい!」

「ええ、遠慮せずどんどんコキ使ってね、エミリカちゃん」

「・・・おにぎりは任せて」


「はい。お願いするわ。さとりん先輩、風先輩!」

「お姉ちゃんは!?」


「はいはい、お願いします。たくさんお客を呼んでね」

「任せなさい!この美貌でたくさんの男子生徒を虜にしてあげるわ!」

「さすが麗華姉や、臆面もなく言いおったで。それで、次に自分は何をしたらええのん?エミリン」

「そうね、それじゃあ・・・」





 まず、切った鶏肉をひとまず置く。


 ナイロン袋に調味料(醤油大さじ2~3、料理酒大さじ3~4、塩コショウ少々)とニンニク、ショウガ(すりおろしでもチューブでも可、だいたい大さじ1くらい)を入れて混ぜる。


 その中に鶏肉を入れて袋の上からよく揉む。その後、味をしみ込ませるために5~10分ほど置く。(時間があれば一時間ほど置きたい)


 鶏肉に下味を漬け込んだら、ボールに溶き卵を用意。鶏肉を溶き卵に漬け、全体に馴染ませるよう混ぜる。


 また別のボールに小麦粉、片栗粉を同量混ぜて用意。

 鶏肉にその粉を薄く全体にまぶす。


 次にフライパンにサラダ油を揚げ用に適量入れ、170~180度に熱する。

 そして鶏肉をフライパンに入れ、およそ1分半揚げる。(ただし、エミリカの用意した鶏肉は一口サイズな為、およそ一分前後)


 この時、注意するのは一度に多く鶏肉を入れないこと。理由は油の温度が下がるため。


 1分半程度で小麦色に揚がったら一度取り出し、唐揚げをバット等に上げて、山の様に積む。(これで余熱により中に熱が通りやすくなる)


 このまま三分ほど置く。(大き目の唐揚げなら4分)

 この時、唐揚げを箸やお玉等で軽くコンコンと叩いて亀裂を少し入れるのがコツ。


 そしてそれらを再度、油に通す。時間は30秒から40秒ほど。

 揚げ終わり、つまようじを刺して透明の汁が出たら火の通った証拠。



 これにて唐揚げの完成!

 



 

「どう?取りあえずお試しで作ったけど」


 エミリカは出来立て小麦色の衣サクサクな唐揚げを皆の前に差し出し、それらをつまようじで刺していく。その時、刺したところからジワッと肉汁があふれ出てきた。


 皆、それを見て我先にとつまようじが刺さった唐揚げに手を伸ばし、口の中へアツアツに揚がった唐揚げを運ぶ。すると、パリパリと小気味の良い音をさせて咀嚼する。


「おいしい!とてもカラッと揚がっていてサクサクで美味しいわ!里香!」


 麗華が目を輝かせて言う。続いてさとりんも頬に手を当て感想を述べる。


「そうねぇ、そうねぇ!美味しいわよエミリカちゃん、衣もいいけど、お肉に下味がしっかりついてて、美味しいわ。ね、風」


「・・・二度揚げすることで衣がカリカリ、ムネ肉も良い感じ・・・あふあふ」


 風は猫舌のため、小さな唐揚げに対し半分も食べれていないが、その顔は満面の笑みであった。


 ナスビも先輩方の意見には同意なようで、


「めっちゃ美味いやん!こんなん絶対売れるて、てかやっぱ米が欲しい!」

「・・・あと三十分待って」

「えぇ~、風姉、そんなん生殺しや~ん」

「もう、そもそもお客様の分なんだからね」


 麗華がナスビを諫める。


「それで里香、この唐揚げに青のりやチーズ、コンソメをトッピングするワケね」

「そうなの、青のりは磯辺揚げっぽく、天ぷら粉じゃないけど、おにぎりに合いそうでしょ?チーズもコンソメも唐揚げには相性がいいし」

「・・・どちらも子供人気が高い」


「なるほど、さすが我が妹よ。計算し尽くされた戦略とは恐れ入ったわ。これは破天荒生徒四天王『パルプンテ料理人』江見麗華の名を継ぐ日も近いわね」

「・・・それ、絶対良い意味で使われてない」


「ありがとうっ、お姉ちゃん!」

「・・・いいんだ、それで」


「さて」


 麗華がつまようじを皿に置き、手を合わせて御馳走さまをする。


 そして皆の前に立ち、口を開く。


「今日は文化祭一日目。外部が来るのは明日からだけど、気を引き締めること。今日の売り上げと評価が確実に明日への売り上げに繋がるわ!」


 麗華の張りのある声で皆の顔が引き締まる。


「料理は手を抜かず、されど売る側も一切手を抜かず、お客様の皆に喜んでもらうことを徹底すること。文化祭を楽しんでもらうこと。それが料理部の未来のために繋がるのだから!」


『はいっ!』


 皆、麗華の訓示に口を揃えて応える。


「まぁ、こんな感じで、変に家庭科部と競うことになっちゃったけど、ウチたちも折を見て文化祭を楽しまなきゃね。ウチらが楽しんでこそ、よ」

『はいっ!』


「風、今何時?」

「・・・7時半。文化祭開始まであと二時間だけど・・・全校生徒が体育館に集まるのは八時半だから」

「実質、一時間ね。それまで、各自下ごしらえにとりかかること!里香、あなたが先頭に立って唐揚げの指示をさとりんとナスビに出しなさい」

「はいっ、お姉ちゃん!お願いね、さとりん先輩、ナスビ」

「まかせて、エミリカちゃん、なんでも遠慮なく言ってね」

「ガッテンやで、エミリン」


「続いて、風。あなたにはお米の準備をお願いするわ」

「・・・お米はある程度洗って置いてる。今のお米が炊き上がったら握るから」


「そうね、それまでは里香に付いて手伝ってちょうだい」

「・・・分かった。よろしく、エミリカ」

「こちらこそ、風先輩!さっそく鶏肉の解凍を」

「・・・任せて」


「ところで、麗華はなにするの?」

「そうね、さとりん、ウチはお米が炊き終るのをしっかりと見ているわ!料理部部長として!責任をもって!」

「いや、飯盒炊飯とちゃうねんから!炊飯ジャーやねんし勝手に炊き終りますがな!んで知らせてくれますがな!デジタルで!」

「するどいツッコミね。さすがよナスビ」


「もう、麗華ったら。他にもすることあるでしょうに」

「だって・・・みんなったら有能なんだもん・・・ウチの出る幕なんてないわ」


「でしたら、料理の手伝いがありますやん」

「里香に止められてるのよ。何するか分からないって・・・」

「えぇ~麗華姉、さっきまでの威厳はなんやってん。ただ偉そうに言うだけの置物ですやん」

「するどいツッコミね。さすがよナスビ、心が折れそうだわ・・・」


「お姉ちゃんは雑な部分が多いから」

「・・・パルプンテ料理人の名は伊達じゃない」

「・・・・・・ガク」

「もう、みんなして止めてあげて。ほら、麗華の出番は売り子として発揮するんだから。あなたのトーク力と販売力に期待してるわよ」

「さとり~ん」

「それじゃあ、みんなガンバりましょ~」


『おおーっ!』


「あれ?なんか、さとりんにしめられた!?」


 斯くして、彼女達の文化祭は始まったのであった。



 はてさて、彼女たちの料理と、売り上げ勝負の行方は如何に・・・


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