決着!勝者は!?



 宇野は一つの結論に行きついた。


 宇野は挑戦者たちの顔色をうかがう。みな、調査に行き詰まり、諦めの顔を見せ、腹いせにグッドマンの尻を叩いていた。


「・・・おい、早く解決してくれ宇野・・・私の尻もそろそろ限界だ」


 懇願するグッドマン。宇野はそれを横目に、


「そろそろ言うか・・・」


 そう決めた時だった。エミリカが宇野ににじり寄る。


「犯人が分かったようね!」

「あ、ああ。そっちは?」


「さっぱりよ!」

「そ、そうか・・・」


「ねぇ、答えを発表する前に、どうやって答えにたどり着いたか、こっそり教えてくれないかしら?」

「ん・・・?なんでだ?」


「そりゃあ、ウチってば、料理にしか能がないものだから、学年一位の宇野一弘がどういう思考で事件の解決にあたるのか知りたいのよ」

「自分も気になるでっ!お願いや、学年一位!」


 乗っかるナスビ。宇野は照れるように頭をかく。


「そ、そうか?ならまあ、少しなら」


 コホンと一つ、咳払いをして喉を整える。


「いいか、こういうのは現国のテストと一緒で出題者の意図を読み解くんだ。文芸部は教室から見える範囲内にあると言った。事件を起こした人間と、それが行われた物的証拠、そしてその動機を探してほしいと。まず、犯人だが、外部に犯人はいない」

「なっ、なんだってー!」


「いや、そういうのいいから・・・まず、この部屋は小ぎれいすぎる。何故だと思う?」

「そりゃぁ、事件現場のそれっぽく用意された部屋だからじゃないの?」


「そうとも思う。が、これが出題者の意図するものであるとすれば?」

「あえてキレイに配置されとる言うんか?それがヒントやて?」

「そうだ。ここにはゴミ一つ落ちていない。そして、さっきあんたたちが言ったよな?冷蔵庫の中が空っぽだと」


 エミリカとナスビは頷く。宇野は続ける。


「レシートで食材を買い物したとニオわせといて、だ。どうしてだと思う?」

「そりゃ、犯人が持って行ったんとちゃうん?」


「いいや、会長、つまり被害者が全部食べて、冷蔵庫を空っぽにしたんだ」

「なんやそれ?それやと、まるで被害者がワザとキレイにしたって演出し・・・」


 エミリカとナスビが何かに気付いたかのように目を見張る。


「レシートの内容、あれ高級の肉と酒やったやんな?」

「ええ・・・でも、それって最後の晩餐用ってこと?被害者の会長は殺されることを予見して、御馳走にありついてたってわけ?でも・・・」


「私生活において、冷蔵庫が全て空になることって、そもそもあるんか?」

「・・・引っ越し前か、冷蔵庫の買い替えの時くらいね」


「せやな、それに冷蔵庫の電源が抜けてるんはおかしいし」

「ワインだって、飲み終わって、縦に置かれているわよね」


「んで、『さあ飲んだで、殺せっ』て犯人に言うたんやろか?」

「外のスナイパーに?」

「う~ん、せやなぁ・・・」


 行き詰る二人に、宇野は助け舟を出す。


「外に出るのは禁止されてるだろ?なら証拠は『学校の敷地外』ではない」


「・・・じゃあ、ここで?最後の晩餐を済まして、誰かに殺された?」

「けど、証拠はあらへんしな・・・」


「だけど、何故か窓は一つだけ開いていたのよね。でも、ここから犯人が逃げたのではないとしたら、廊下から・・・ってそれも範囲外だし、なら見つけようがない・・・う~ん」


 言葉が出ない二人。宇野はまたも助け船を出す。


「いいか、こういうのは推理というよりも、可能性の問題なんだ。この現状でいくつかの可能性を挙げて、少しでも矛盾点があれば取り除き、一番有り得て納得のいく可能性を選出する。なら話は早く、出題を演繹的に推察するんだ」

「ハハッ、何言ってるかサッパリ分からないわ」


 鼻で笑うエミリカ。宇野は肩を落とし、言葉を選びながら話す。


「・・・要するに、だ。この範囲内にいる登場人物は誰だ?」

「・・・被害者の会長だけね?」


「推理物のドラマや小説だと、いくつかの人物を用意して、その中から犯人を捜させるだろ?」

「あ~、登場人物のアリバイとか証拠を探ってね?」


「だが、それが無い。ということは、ここで一番怪しむべき相手は?」

「・・・・・・会長が?」


「そうだ。そこに気付いたのは、出題で『殺人を行ったのは誰だ?』と問われていたろ。『犯人を捜せ』ではなくだ。その言い回しに違和感があった。ここがポイントだな」

「えっ、じゃあなんや?犯人はヤスとかいうんは?」


「・・・そこにも、おかしな部分があるだろ?そのダイイングメッセージはどこに書かれている?」


「左腕ね・・・ペンを持つ手は左手だった・・・利き手に矛盾が出てくるわ・・・」

「そんなん、右手で書いて、左手に持ち替えたんちゃうん?」


「いえ、でも、死ぬ間際にそんな事、わざわざするかしら?それに頭撃ち抜かれて、そんな暇・・・!?」

「いや、そんなん即死・・・やん?」


「即死・・・じゃあ、このダイイングメッセージは、死ぬ間際でなく」

「死ぬ前やいうことか・・・そんで、ペンを持ち替えたんは・・・」


「右手に何かを持つため・・・となると、それは凶器・・・銃・・・」

「えっ、そんなんあり?」


「でも、それ以外に考えられないし・・・」

「せやけど、銃って弾出たら薬莢も飛び出るで?自分、アメリカのテキサスで触ったことあるから知っとるけど・・・」


「そうだな。エミリカ、ナスビ、それは、凶器を見つければ分かる事だろう」


「そう・・・だけども・・・」

「せやから、それが分からん言うとるねん、何でも屋」


「なら、レシートの内容を思い出すんだ」


「食材と、お酒と・・・ゴムバンドよね?」

「それがなんやねん。伸び縮みするだけのゴムバンドでどないせいっちゅうねんな?ゴムパッチンのコント用かいな?」

「待って!そのゴムバンド、この教室・・・部屋には存在しないわっ!」


「そして、窓は一つだけ不自然にも少し開いていたな?」


「えっ・・・まさか!」

 エミリカは急いで文芸部から双眼鏡を借りて、校内と外を仕切るように生えた『金木犀』の木々の間を見渡す。


「・・・・・・あったわ!ナスビっ!見て、あそこ!ゴムバンドで吊るされた銃があったわ!」

「・・・・・・うわ、ほんまや。しかもご丁寧に排莢排出部分にガムテープがされてあるやん・・・けど、木の中なんて葉っぱ落ちる季節になったら枯れ木になって、それこそモロバレやんけ」

「いえ、違うわね、ナスビ。あの木は金木犀、関東より西では葉の落ちにくい常緑樹なのよ!」


「詳しいな、エミリカ」

「ええ、去年、あそこの金木犀で砂糖漬けを作ったのよ」

「・・・そういえば、去年の秋頃、金木犀の花や葉っぱが駐車場にやたら散乱してるとかで調査をしたことがあったな。3日程度で収まったんで、依頼主の先生から、依頼を切り上げて他の依頼へ替えられたが・・・」

「なっ、なんのことかしらね~♪」


「それは置いといて、や。なら、自殺として、成立するんか・・・けど、なんで?動機は?」


「さて、と」


 宇野は話を切り上げて、二人に背を向け、


「ここから先は『何でも屋』の推理でお見せする事としよう」


 そう言って、部屋の中央、グッドマンの横へ正解の発表をしに行こうとする。

 宇野はチラっと、グッドマンを一瞥する。

 いつの間にかグッドマンはズボンを下ろし、パンツ一丁で次の衝撃を待ち構えていた。



 そうっ、攻守一体の構えであるっ!



 恍惚とした表情をするグッドマンに、宇野は「うわぁ・・・」と声を出す。

 すると、その時だった!


「なっ、何だ、何をするっ!?ムガァッ!」


 宇野は突如として羽交い絞めにされ口を細く長い手で塞がれる。

 後頭部には二つの柔らかな感触。これには既視感がある。この位置にこれがあるという事は、犯人は・・・ナスビであるっ!


 宇野は顔を何とか上げると、そこには金色の髪に包まれたフランス人形のような顔があった。されど、その顔は悪戯が成功した小悪魔のような顔である。

 その隙をついて、エミリカが部屋の中央へ躍り出る!


「みんな!注目よっ!この事件の真相は料理部部長のエミリカが解明したわ!」

『なっ、なんだってー!』


 挑戦者たちの視線を一斉に集めるエミリカ。


「実はこの事件、犯人は誰でもないの!何故なら、犯人はそこに半裸で転がる会長、本人の自殺によるものだからよっ!」

『なっ、なんだってー!』


「まず、気付いたのは、ゴミ箱に捨ててあったレシートね!この食材はどこに行ったのか?そう、会長の腹の中よ!理由は冷蔵庫の抜かれた電源!そう、彼は冷蔵庫の中を空にして、電源を抜き、死ぬ準備を行っていたの!これなら、冷蔵庫の中が全て空な事や、タンスや食器棚がキレイな理由がつくでしょ?」

『な、なるほど・・・』


 挑戦者たちがエミリカの推理に引き込まれはじめる。


「じゃ、じゃあ、会長の頭下にある空のワイン瓶は?」

「おそらく、自殺前に酒を煽るように飲んだのね。酔って、恐怖心を薄めるために」

『おぉ~!』


 エミリカの推理に、宇野は焦りを覚えた。

 この酒の下りは、あえてエミリカには言ってなかった。しかし、エミリカは言い当てた。彼女は宇野には劣るものの、鋭い部分がある。


 このままでは、全てを言い当ててしまうかもしれない!


 宇野は身をよじって、ナスビからの捕縛を解こうとするが、いかんせん相手は外国人の血筋故の高身長で手足も長い。日本人の平均値である宇野ではどうあがいても、まるで子ども扱いだ。


「やんっ、そんな動いたら下着がずれるやん、もうちょっと、じっとしいや?」

「ぬ、ぬぅ!ぬぅ~」


 必死に抵抗する宇野であるが、


「このスケベッ!おしおきや、えいっ!」


グキッ!


「あべし!」



 ナスビによってそれ以上はいけないところをグキってされる宇野。

 そして、静かなる宇野。

 それをよそに、エミリカは言葉を続ける。


「で、次に気になったのがレシートの記載にあるゴムバンドね。このゴムバンド、何に使われたのか?そして、何故この室内にないのか?それはキーアイテムである双眼鏡を使って外を見れば分かる事よ」


 言われ、挑戦者たちが双眼鏡で外を見る。


『うわっ、あそこのカップル、めっちゃハードにイチャついてる!ヤラシッ!』

「あらほんとっ!・・・じゃなくて、もっと下よ」


『・・・あっ!』

「そう、木々の中にゴムバンドで引き寄せられた銃が絡まってるわよね?」


『じゃぁ、これは、他殺に見せかけた計画的な自殺!?』

「そう!会長は最後の晩餐を済ませ、部屋をキレイにし、偽のダイイングメッセージを残して、自らの手でこの世を旅立ったの」


『でも、なんで、偽のダイイングメッセージを?』


 皆の当然な質問。それにエミリカは頷く。


「そこで、ゴミ箱に捨ててあったメモと保険の明細よ」


 エミリカはメモと保険の明細を手に持ち、内容を読み上げる。


「『私は同僚にハメられた、いつか殺されるだろう』・・・そして最後に保険の明細、内容は多額の生命保険。そして、受取人は娘だった」


『つまり?』


「つまり、なんだけど、ここからは可能性の問題なのよね。出題者が答えて欲しい結果から一番有り得て納得のいく可能性を選ぶのよ。ということは、考えられる答えから動機をエンエキエキ・・・エンテキテキ?に導き出すの!」

「え・・・演繹的に・・・だ・・・あと、パクるな・・・」

「なんや、何でも屋、まだ意識あったんかいな?えいっ!」


 グキッ!


「ごっつあんですっ!」


「で、その動機なんだけど。会長は娘に自分にかけられた生命保険金を渡したかった。って考えると、自殺を他殺に偽ろうとした理由が見えてこない?」


 エミリカに問われ、挑戦者の一人が何かに気付く。


『そうか・・・自殺だと、保険金が下りない!』

「そうよっ!だからこそ、自殺ではなく、他殺を装った。『犯人はヤス』だとか、『同僚にハメられた』とかのメッセージやメモは、関する情報がそれ以上ないことから、出題者からのブラフであり、偽りのものだと考えられるわっ!」


 エミリカは事件を起こした人物、そしてその証拠、最後に動機と、全てを答え終えると、文芸部の説明役であった髙野を指さす。


「どう?これが事件の真相よっ!」


 すると髙野は観念したかのように拍手する。


「おみごとです。まさか午前の内に全てを見抜かれるとは・・・本当は午後の部あたりから少しずつヒントを出していくつもりだったのに・・・完敗です。ここまで負けるとすがすがしいものですね」


 髙野は爽やかな笑顔で言った。そして、


「皆さま、この名探偵エミリカさんに大きな拍手を御送り下さい!」

『うおおおおおおおおぉぉぉぉ!』


 室内の窓が割れんばかりの喝采!


『さすが破天荒生徒四天王のエミリカさんだっ!みんな、胴上げをするぞ!』


 挑戦者たちがエミリカのもとへ駆け出し、そして始まるエミリカの胴上げ!


『四天王っ!四天王っ!』


 掛け声で音頭をとり、その都度、宙に浮くエミリカ。



 そして、もう一人の四天王は、グッドマンの隣で、グッタリと転がっていた。



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