いざ、推理勝負!



 教室の中、そこで文芸部の男子一人が挑戦者20人を前にして説明を行う。


「ここで、一人の死亡者が出ました。被害者の名前は田中よしお、お馴染み生徒会長のグッドマンです」

「・・・なにやってるんだ、会長?」


 宇野は床で頭部から血らしきものを流すグッドマンに尋ねる。


「・・・やはり来たな?何でも屋」

「はぁ、あんたがここを推してくると思えばそういうことか」

「・・・いや、なに文芸部とは縁があってね。遊びに来たらヤラレチャッタ」


 あくまで白を切るグッドマンに、文芸部の説明役が口を挟む。


「あの、死体が喋らないで下さい。オホンっ、ここに倒れている会長はこめかみを銃で撃たれております。右から左へ銃弾が貫通してますね」


「・・・ああ、めっちゃ痛かった」

「会長、ふざけないで下さい。オホンっ、それで皆様にはこの事件を起こした人間と、それが行われた物的証拠、そしてその動機。これら三つを探していただきたいのです。

 それら全ては『この教室から見える範囲』に存在します。ただ、『この部屋のドア鍵は閉まっている』という設定ですので、教室から出る事は許されません。ですが教室内であれば至る所を調査してもらって構いません」


「・・・私の股の間に凶器があるぞ、ビッグマグナ」

「言わせねーよっ!オホンっ、でですね、調査にはこの三つのアイテムを用意しました。虫眼鏡、指紋を検出するライト、そして、双眼鏡です。どうぞこれらを活用下さい。

 制限時間は今から30分です。現地調査なので、皆様手袋をして下さいね。それでは始めて下さい」


 文芸部の一人が笛を鳴らし、挑戦者たちが一斉に調査を始める。


 宇野も、まずは周囲を見渡して、現状の把握に努める。


 まず、この教室は、どこか一人住まい部屋を模倣してあった。


 床は中央に白の絨毯、飛び散った血のり、その上にグッドマンがうつ伏せで倒れている。そして、グッドマンの尻を挑戦者たちが順番に叩いていた。


「えっ、なんで?なんで?痛ぁいっ!」


 戸惑うグッドマンはさておき、他に部屋にあるものといえば、テーブルクロスがかけられた学習机、冷蔵庫、黒板(教室なので)、テレビ、ゴミ箱、イス、タンス、食器棚である。床のスミに、小さな弾丸が落ちてあった。


 弾丸以外は取り立てて珍しいものはない。宇野はライトを借りて指紋を調査するが、グッドマン以外の指紋は見つからなかった。


 次に虫眼鏡を借りて部屋の隅々を探す。タンスは衣服がキレイにたたまれて収納されていた。食器棚も同様、皿はキレイに整理されていた。


 挑戦者の一人がゴミ箱の中から、メモ用紙と、保険の明細、そしてレシートを見つけた。

 そのメモとレシートを机に置いて、皆に開示する。


 メモには『私は同僚にハメられた、いつか殺されるだろう』と書かれていた。


 次にレシートの内容を見る。記載された文字はほとんどが食材であった。

 それを見たエミリカはあることに気付く。


「あら、これ、かなり高価な牛肉を買ったのね」

「・・・それがどうかしたか?」


 宇野は聞く。エミリカは信じられないような顔をする。


「えっ、知らないの?これ、神戸牛よ!有名ブランドの、しかもA5のヒレステーキ!被害者はかなりのグルメね!」


 ナスビがそれに乗っかるように、レシートの他の部分を指摘する


「ほんまや、それにこのワインも有名なやつやん。確か『去年と同等の出来、故に味わいには絶対の自信』とかいう絶妙なキャッチコピーで有名な!」

「・・・それで、事件に何か関係が?」

「きっとこの人はかなりリッチね!」

「・・・そうか」


 宇野は話を切り上げ、レシートの記載を細部まで確認する。

 牛肉、野菜、パン、ワイン・・・それと、


「ゴムバンド?」


 食材の中で一つ、異彩を放つ表記・・・なにかヒントになりそうだった。


 次に保険の明細を見る。保険は多額の生命保険であり、受け取り人は『娘』となっていた。


 エミリカはアゴに手を置く。


「保険金目当ての殺人かしら?会長の娘が保険金を狙って殺人?」

「・・・まだ結婚どころか、恋人もできたことないのだけど・・・痛あぁ~」


 口を挟んだのは会長であり、そしてなおも執拗に叩かれる会長のケツ。


「まぁ、それを疑わすような感じやな。けど、メモには同僚にハメられたってあるやん?てことはどういうことや?」

「分かったわナスビ!きっと同僚と会長の娘がデキちゃってて、それを反対された腹いせで娘か同僚に殺されちゃったのよ!」

「ははぁ、サスペンスでよくあるやつやな。デーンデーンデーン♪ってな?んで、どうやって殺されたんや?」

「そりゃもちろん、スナイパーよっ!きっと窓の外からスナイパーに狙撃されたのだわっ!」


 エミリカは東側の窓へ近付く。しかしどれも鍵が閉まっていたが、一つだけ、手のひら程度に少し開かれた窓を見つけ、それを大きく開けた。


 二階の窓からの風景は、眼前に職員駐車場、そこを囲うように『金木犀』の木々が生え、さらにフェンスで学校の敷地を仕切っていた。


 学校の敷地の向こうはアパートや民家が多く立ち並んでいる。

 エミリカは双眼鏡を借りて、その家々の窓を一つ一つ眺める。

「きっと、ここらに住んでる誰かがスナイパーを雇って、会長を殺したのよっ!あっ、あの家、昼間っからカップルでいちゃついてるわっ!イヤらしいっ!」

「えっ、どれ!?見してっ!」

「盗撮での利用は止めて下さい!」


 文芸部に注意されるエミリカとナスビ。二人はシュンとなる。


 そんな二人は置いといて、宇野はうつ伏せで倒れるグッドマンへと近づく。グッドマンの頭下には空になったワインの瓶が縦に置かれていた。そしてもう一つ、気付いた点がある。

 グッドマンの左手にはペンが握られ、同じくその左腕には何か書かれていた。


『犯人はヤス』


 これはダイイングメッセージだろうか?


「・・・おさわりは10秒までだぞ?」


 グッドマンが小声で何か言ったので、強くその尻を叩いた。


「いったぁ!・・・けどなんか良い・・・」


 さて、改めて宇野は辺りを見渡す。


 グッドマンを中心にタンスや食器棚、冷蔵庫が四方を囲むように位置する。

 机とイスは絨毯のすぐ横、ゴミ箱は机の下である。

 部屋に目立った物は無い。床も机も今掃除したかのようにキレイであった。


 グッドマンを除き、他におかしな部分はない・・・



 なさすぎる。



 冷蔵庫は既に他の挑戦者に開けられていた。その時、中をのぞいたが、何も無かった。


 求められている事件の証拠、つまり凶器だろう。それと犯人は教室から見える範囲内に存在すると言った。そして、この教室から出ることは許されない。


 にしてはこの教室にヒントが少なすぎるのだ。


 宇野は頭を悩ませる。その近くでエミリカとナスビが言う。


「やっぱりスナイパーよ、スゴ腕スナイパー!一つ窓が開いていたでしょ?」

「せやな!少し開いとったし、そこから弾が飛んで、会長の頭を撃ち抜いたんや!」


 しかしその推理に解せない宇野。開いていたその窓以外は鍵が閉まっていた。

 偶然開いていた窓から狙撃されたのだろうか?それに銃弾なら、窓を貫通してグッドマンを狙撃することができただろう。


 なら、誰かが近付いて近距離での狙撃だろうか?

 いや、と宇野は首を振る。誰かと争った跡がない。犯人が入室して即行で犯行を行ったとして、どこへ逃げた?廊下か?いや、鍵は閉まっている設定だ・・・なら一つだけ開いていた窓から?外へ?


 ここは二階、可能ではあるだろう。しかし窓の桟には指紋の一つもない。

 窓から隣の教室へ・・・は無いな。範囲外だ。もちろん、廊下も。

 証拠品である凶器、それに犯人・・・それは一体、どこへ?


 再度、宇野は教室を見渡す。挑戦者たちは皆、調査の手を止め、頭を悩ませていた。教室内はすべて、調べつくしていたからだ。

 捜査に行き詰まった宇野はエミリカを見る。彼女は今、虫眼鏡を持って、冷蔵庫を開け、隅々を見つめる。


「あれれぇ~?おっかしいぞぉ~?」


 どこかワザとらしい声で言うエミリカ。それを問うナスビ。


「どないしたんや、エミリン?」

「レシートには牛肉や野菜、パンとかあったわよね?それが冷蔵庫は空っぽなのよ」

「そら、全部食べてもたんやろ。それか犯人が持って行ったとか?」

「にしても空っぽよ、空っぽ、卵一つもないのは寂しいわ」

「せやかてエミリン、んなもん置いといたら腐るやん。冷蔵庫に電源いうかコンセントすら入っとらんし、ただの一室を演出する為に置いとるんやろ」


 演出・・・宇野はその言葉が脳裏に引っ掛かる。


 空の冷蔵庫が演出?キレイに整えられた食器棚もタンスも演出?


 汚れすらない生活感が整い過ぎているこの一室が演出・・・


 いや・・・それが最大のヒント!


 何かに気付いた宇野、拳にアゴを置いて独り言をブツブツと言う。



 そんな宇野を置いて、エミリカは手を挙げる。


「やっぱり、スナイパーよっ!会長がワインを一気飲みしている間に頭をズキューン!それ以外考えられないわっ!そんでもって犯人はヤスという人物!」


 しかし首を振る文芸部。


「証拠を出して下さい」

「むぅ~、何も無いのが証拠よ~。だって、凶器すらないじゃない」


「ちゃんとありますよ。事件を起こした人間も既にいますし、動機もあります」

「どこによぉ~、ヤスって誰よ~、もしかしてあんた?」


「僕は髙野ですので」

「じゃあヤスって人、手を挙げて!」


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・犯人が『私が殺りました』言うて手を挙げるわけないやん」

「ダメ、全然分からないわ~」


 頭を抱えるエミリカ。そこでナスビがエミリカの肩をチョイチョイとつつく。


「なぁ、エミリン。なんかあの何でも屋、めっちゃブツブツ言うとるで」

「・・・ほんとね。なんかニヤニヤしてるし、これ、もしかして」



 エミリカとナスビは視線を合わせ、悪戯を思いついた子供のような笑顔を見せた。


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