3皿目~冷蔵庫の中には食材と想いが~

邂逅!



 文化祭の二日目、宇野はまたも孤高に歩いていた。



 腹痛は日をまたいで続き、収まった時には朝の午前9時であり、学校に登校すれば既に教室は誰もいなかった。みなグループを作ってどこかへ遊びに行ってしまったのである。


 腹をさすり、独りとぼとぼと歩く宇野。出るもの出れば小腹がすくが、食券が使えるのは昼の12時を回ってからである。なら中庭の露店を巡ればいいのだが・・・腹を痛めてロクな準備もできずに登校したため、懐は寂しいものであった。


 ひもじい思いを誤魔化して昼までの時間をどう過ごそうか?

 宇野は文化祭のしおりを開いて思案する。


 食べ物の屋台ひしめく中庭は当然、NG。というか喫茶店や露店とかお金がかかるものは無し。なら、体育館でのステージ・・・独りで行っても寂しいだけだ。

 お化け屋敷?論外。逃走中VS相撲部?・・・ねぇよ。


 その中に一つ、気になる出店を見つける。


「なになに、ええと料理部と鹿児東高校生ボランティアによる定食屋、メインは唐揚げ定食・・・あいつら、そんなことしてるのか・・・」


 宇野は破天荒なエミリカを思い浮かべ、「ないな」と次のページをめくる。

 であれば展示物だろう。しおりの目次から、展示のページを探し開く。


「写真部の写真展、園芸部のハーブ育成過程、将棋部との飛車角落ちハンデ勝負、美術部の絵画展、ゴリ松のアロマ作成指導・・・どれも知識欲を満たすものがないな・・・そういえば」


 いま先程、生徒会室でグッドマンから昨日貰い損ねた食券を頂戴した際、何やら興味深い話題を持ち掛けられたのを思い出す。


『午前中に、文芸部の方で面白い催しがあるよ。是非とも君に参加してほしい。君の腕試しになり、なおかつ君を満足させられる内容のはずだ』


 その言葉を思い出し、宇野はしおりから文芸部のページを開き、催しを読み上げる。


「ふむふむ、文芸部による推理小説のトリックを再現した、探偵体験コーナーだと?ほほう、確かに、興味が注がれるな・・・」


 これまで『何でも屋』として、様々な事件を解決してきたという自負と実績のある宇野。しかしここ最近、そのお株をどうも誰かに奪われ気味な気がしていた。

 これは自分の実力を再確認できるいいチャンスであると宇野は感じる。そして何よりも知識欲がうずいた。



 気付けば宇野は文芸部が催す教室へと足を運ばせていた。



 学校の一番東にある特別棟の二階。そこの教室に探偵体験コーナーがあった。

 文芸部の一人が呼び込みをしている。


「体験コーナーはあと10分で開始されます!今回の事件は未だ誰も解明できておりません!制限時間内に謎を解ければ豪華賞品が待っています!挑戦者、ドンドン来てくださーい!」


 その呼び込みに誘われ、教室の前では数名が並んでいた。


 なるほど、何人かで同時に入り、時間内にトリックを解き明かせばいいのか。しかもまだ解いた者はいない、これは腕がなりそうだ。と宇野は期待に胸を膨らませてその列に並んだ。


 順番を待つ間、みな思い思いに話し、宇野はそれに聞き耳を立てていた。


「いやぁ、この探偵コーナーって、昨日の正解者は一人だけらしいな?」

「すごい難易度高いんだろ?俺らみたいな赤点組でいけるのかよ?」 


「賞品はなんやろね?文芸部やし本とか?」

「なら図書券とかじゃないのかしら?興味のない本とかイヤよ」

「料理本なら、自分、喜びそうやね」


「さっき、お化け屋敷に言ったんだけど、恐かったなぁ」

「ああ、あの全員が女装した筋トレ同好会のやつだろ?お化けって、化粧で化けた野郎の屋敷だったなんてな・・・恐怖しかなかったぜ」


「さっきのミスコンテストすごかったよね?」

「たしか、ハーフの子が優勝でしょ?ずるいよね~、あんなキレイでスタイル良い子。わたしらじゃ太刀打ちできないよ」

「太刀打ちどころか、へし折られるわよっ」


「そういやさ、かき氷の話きいた?」

「メロンシロップがメロン味じゃないってやつだろ?後で行ってみようぜ」


「・・・あら、中々に好評のようね?かき氷」

「らしいやん、確かエミリンが暴いたんやろ?メロン味のそれ?」

「そうよ、全てはウチのおかげよ。どこぞの『何でも屋』はそのおこぼれを頂戴したに過ぎないの」


 宇野は聞き覚えのある声と、聞き捨てならぬ台詞に思わず振り返り、

「脚色すんなっ!」

 と、声を張って言う。


 宇野のすぐ後ろに、その声の正体・・・破天荒生徒四天王の一人、二つ名は『テイストプルシュアー』と呼ばれている?料理部部長のエミリカが立っていた。

 エミリカは亜麻色の髪をなびかせ、桃色のぷっくりした唇に手を当てる。


「あらまぁ!いたの!?宇野一弘!」


 まったく気づいていなかったように驚くエミリカ。そのワザとらしい仕草に宇野はじっとりとエミリカを睨む。


「なんであんたがここにいるんだ?」

「あら、出し物を楽しむためにここにいるのよ。何か変?」

「・・・そうか」


 ただの偶然・・・と、思いたいが、今の宇野は不幸続きの渦中にいる。この出会いは昨日のような不幸を呼び寄せるのではないかと警戒をする。


 二人の間に、妙な緊張感が生まれる。だが、そこに間の抜けた声が差し込む。


「なんや、なんや~。変な空気やないの?エミリン、この人誰なん?」

「・・・っ!」


 その声の正体に宇野はハッ!とする。宇野は興味のないことには一切関心を示さない男で、人の顔と名前を覚えるのは苦手であった。特に生徒数の多い宝ノ殿中学では知らない顔も多い。しかし、この顔には覚えがあった。


 学年は二年生、女子の間で学年一の高身長、麦のようなブロンドの髪、その金色の額縁に納まるのは新雪のような白い肌と、高い鼻、そして蒼い瞳。

 顔はもちろん、スタイルも全て美に整えられたハーフの少女。名前は、

「おっと、まずは自分から名乗るんが筋やね。自分はルミナス・ビシャス」


 ルミナス・・・輝くという意味であり、宇野は実にピッタリな名前だと思った。


「略して『ナスビ』と呼ばれとるっ!」


 ・・・他に略し方は無かったのだろうか?宇野はそう思うも言葉に出さない。


「あと自分、フランス生まれでフランス人の母と、アメリカに住んどる日本人の父とのハーフやねん。そんでな?幼時分の育ちはオーストラリアやねんけど、グリーンカード(アメリカ永住権)持っとるんよ。まあ姫路に四年おるけど」


 ・・・いや、結局何人だ?と宇野は思う。


「ま、いちおう、本籍は日本やねんけどな。そいで、ここまで話したんや?自分は、何屋でなに四天王の誰一弘やねん?」


 ・・・いや、全部知ってるだろう。と宇野は思ったが、この言い回し、そして、何かを期待するナスビ。宇野の直感と推察力が発揮される。


「いや、全部知ってるだろ!あと、あんた結局何人だ!それと名前、他に略し方なかったのかよ!」

「パーフェクトなツッコミや~、じぶ~ん!」


 ナスビが嬉しそうに宇野をハグする。ナスビは高身長であり、宇野の顔はナスビの柔らかい部分にうずめられる。

 その宇野とナスビの体の間にエミリカは腕をはさみ、つまらなそうに言う。


「もうっ、はしたないわよ、ナスビ」

「おっと、すまそ!日本の男は奥手なんやっけか?せやけど流石やね、何でも屋と呼ばれるだけあるわ」

「・・・何でも屋を『なんでもツッコミ入れる人』と思ってないか?」

「ははっ、いやぁ、ユキユキから『何でも屋』はただエミリンの横で茶々を入れるだけの無能や言うとったからなぁ~」


 宇野はツインテールの可愛らしい外見だが口調が毒々しい少女を思い出す。


「あのチビ助・・・」


「せやかて、自分も二年やし、何でも屋の噂くらいは聞いとるで?ま、あまり冴えなさそうな風体しとるけどな・・・せやっ!」


 ナスビがパチンッ!と指を鳴らす。


「せっかくやし、勝負せえへん?この探偵コーナーでエミリンと自分VS何でも屋で」

「2対1か?」


「ええやん、何でも屋や呼ばれとるし、謎の究明が得意なんやろ?ハンデや」

「・・・勝負というからには、何か賭けるのか?」


「モチロンや、何でも屋が勝てばエミリンの持つ食券二枚を、自分らが勝てばあんたを料理部の見学に『直ちに連行』や。どない?」

「・・・おもしろい。推理で勝ちを譲る気はないぞ?」


「ノリいいやん!そういう男、自分は好きやで。エミリンもええな?」


「ええ、どちらが先に謎を解いて、『高らかに真相を明けた者』が勝利よ!」


 エミリカとナスビの視線が交差する。双方の双眸には怪しく光るものがあった。しかし、それに気付かぬ宇野は、


「後悔するなよっ?こちとら入学してから学年一位の頭脳明晰だぞ?」

 

 と、既に上から目線、チャンピオンが挑戦者を煽る姿勢であった。



 こうして、宇野VSエミリカ&ナスビの推理対決が行われることとなった!


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