~謎が溶けていく~
お昼時が過ぎ、客足は模擬店から離れて、皆は体育館で行われるステージへと向かっていった。
その中、宇野、エミリカ、ユキユキの三人はかき氷屋の前に並んで立っていた。
宇野はちらりとユキユキを見る。
「・・・なんでいんの?」
それにユキユキは鼻を鳴らして言う。
「ハッ!あんたがお姉さまとのデートを邪魔したからでしょ!第一、かき氷のシロップの調査なんてお姉さま一人で十分なんだから!」
それにエミリカは困り顔で応える。
「ユキユキ、さっきも言ったけど、ウチにできるのはレシートの矛盾点を解明すること。この先はウチにはできない事よ。そこからは何でも屋である宇野一弘の出番となるわ」
諭されるユキユキ、しかし頬は真っ赤になって膨らんできた。
「その何でも屋ってのが信頼ならないんですぅ~。ホントにこんなのが救世主なんですかぁ~?」
訝し気に、睨みつけるように宇野を見る。宇野は首を傾げた。
「・・・なんのことだ?きゅうせい・・・しゅ?」
「な、なんでもないわっ!お酒の名前であるのよ、休生酒って」
慌ててエミリカが割って入る。
「そうなのか。なんか動悸、息切れの薬と薬用酒が混じったような名前だな」
宇野は一人うなずく。
「それに、そんなに彼の実力が気になるなら、横で見ていなさいな、ユキユキ」
「・・・そうします・・・見せてもらうわよ、変態!」
キツく睨むユキユキ、宇野はそれに独り言ちる。
「買いかぶりすぎだし、できれば少人数で目立ちたくないのだが」
ため息一つ、三人はモギリをするゴリ松の下へ進む。
するとゴリ松はこちらに気付いたのか、どこか怪訝そうな表情を見せた。
「なんだ、お前ら?また氷を食いに来たのか?いい加減、腹壊すぞ」
ゴリ松の忠告に、エミリカは亜麻色の長い髪をサッと払い、言葉を返す。
「メロンシロップを料理部に貸して下さらないかしら?料理部の出店するメニューに少しアレンジを加えたいの」
エミリカの聞き方に、宇野は思わず「おぉ」と呟いた。
なるほど、これなら角が立たないし、違和感もない。それにメロンシロップの所在も聞き出せる。
しかし、これにゴリ松は言いよどむ。
「い、いや・・・それはだな・・・」
「無いのね?」
単刀直入に聞くエミリカ。
ゴリ松は観念したのか、小さく頷く。
「・・・・・・さすが、『テイストプルシュアー』エミリカだ・・・」
「え、なにそれ?カッコイイ、めっちゃエエやん」
宇野はエミリカの二つ名に羨望し、軽く嫉妬した。テイストプルシュアー=味の探求者。思わず関西弁も出てしまう。
「ジャックオブ、オールトレードス・・・」
宇野は試しに『何でも屋』を英語で言ってみる・・・どうも語呂が悪い。
それにユキユキは付け足す。
「アンド、マスターオブ、ノーン」
宇野は横目でユキユキを見ると、彼女は「ニシシッ」とほくそ笑んでいた。
『Jack of all trades and master of none』
意味は『多芸は無芸』『器用貧乏』である。
二人のやり取りはさておき、エミリカはゴリ松に詰め寄る。
「ここでネタバレをしてもいいのかしら?」
ゴリ松は参った様子で肩をすくめる。
「それはまだ、ちと困る。裏で話そう」
ゴリ松に案内され、三人は屋台の裏へと移動する。
そこにはバッテリーや発電機、延長コードといった機械のコードがいくつも伸びていて、その中にパイプ椅子が数台置かれていた。スタッフの休憩用だろう。三人はパイプ椅子に座り、ゴリ松は立ったままでいる。
「それで、どこまで理解しているんだ?」
ネタがエミリカに掴まれたせいか肩を落として言うゴリ松であったが、宇野には少し、彼が嬉しそうにも見えた。
エミリカもまた、嬉しそうにゴリ松の問いに答える。
「まずはウチと宇野一弘がさっき食べたメロン味のかき氷だけど、あれはメロンではなく、レモン味のシロップが掛かったかき氷ね」
「な・・・なんだってー!」
宇野は驚いて声をあげる。いや、確か味はメロンだったと宇野はかき氷の味を思い出そうとする。
「あら、知らない?かき氷のシロップってどれも味自体は同じなのよ。違うのは色と香料だけ」
「そ、そうなのか・・・?」
「ええ、試しに目と鼻を閉じて、イチゴ味とレモン味のかき氷を食べて見なさいな。ユキユキ、かき氷二つ」
「はい、お姉さま!」
エミリカが言うと同時に、ユキユキが二つのかき氷を用意する。
そしてユキユキはガムテープで宇野の目と鼻、そして手と足を縛る。
ユキユキは喜々としてスプーンに大盛りのかき氷を乗せ、宇野の口に運ぶ。
「はい、それじゃ、一口目よ。ユキユキのおごりなんだから、ありがたく盛大に感謝して食べなさい!」
「いや、なんで手足まで?んがぁっ!」
思いっきり押し込まれるかき氷、それをなんとか咀嚼して味を確認するが・・・
「これは・・・イチゴか?いやレモン?酸っぱさがないからイチゴ?」
「はい、じゃあ次~」
「いや、待っ、ちょっと残っ!んごぉ!」
味どころか口の中は大量の氷、そしてあふれる甘ったるいシロップ、襲い来る冷たいモノを食べた時にキーンとなる正式名称アイスクリーム頭痛、こぼれでるは鼻水。
宇野の苦悶する姿に、ユキユキからは笑みがこぼれた。
そんな宇野にエミリカは「どう?」と訊く。
「いや、マジで色々と意味分かんねぇ・・・・・・ゲホォッ」
「ええ、そういうことよ。匂いが分からないと味の違いが分からなくなるの」
ムセ返る宇野がどういう意味で言ったのか分からないが、満足げなエミリカ。
「ひぎゃぁっ!」
宇野のテープは勢いよく剥され、腕と足の一部分が脱毛された。
「ちなみに、最初に食べたのはレモン味のシロップよ」
「そ、そうだったのか・・・」
もはや最初の味など分からぬ宇野。
「ユキユキも食べるー」
ユキユキは自分の右手で目を覆い、左手で鼻をつまむと、エミリカに別味のかき氷を一口ずつ食べさせてもらった。
「ほんとだー、味が一緒!」
感心するユキユキ。なんでガムテープが巻かれたのか分からない宇野。
これが分からない。
「でもなんでレモン味をメロン味だなんて思いこんだのでしょう~?色が違うから見れば分かるようなものなのにぃ?」
む~、っとスプーンに唇を置いて頭を傾けるユキユキ。しかし、そこは察しの良い宇野が答えを導く。
「違いは色と香料だと言ったよな。レモンは黄色だが、その味を食べたテントはブルーシートに覆われていた・・・シロップの黄色とシートの青で色が混ざれば何色になる?」
「・・・緑色?」
「そうだ。一年の美術で色彩と混色の問題が出るよな。色はそういうことだ」
「ふ~ん、じゃあ匂いは?」
「キューカンバーのアロマオイルだろう。あのテントの中はキューカンバー・・・つまりウリを使用したアロマが焚かれていた。メロンはウリ科、これで鼻が誤魔化されたワケか・・・こんな事ができるなんてな」
宇野は見知らぬトリックを体験し、興奮した様子で言葉を続ける。
「五感は、触覚、聴覚、嗅覚、味覚、視覚とあるが、脳は知覚の八割を『視覚』が占めているという。これは、その視覚を利用した味覚の錯覚だったのか。実際に体験してみないと分からないもんだな!」
嬉しそうに早口で話す宇野を、ユキユキは「なんだか不気味」と評した。
「でもなんでそんなお客を騙すようなことしてるんですかぁ?」
ユキユキは問うが、ゴリ松は言いよどむ。
「それは・・・だな、うぅむ・・・えと、だな」
言葉が中々出ないゴリ松。これは何か別の言い訳を絞り出そうとする顔だと宇野は察する。と、同時にエミリカからの視線を感じた。
『ここからはあなたの仕事よ』
とでも言わんエミリカの目配せ。宇野はそれに頷き口を開く。
「今から話すのは可能性の推測ですが、先生は衆目でネタバレされるのは『まだ困る』と言いました。つまりは後でネタバレするつもりだった・・・恐らくは明日、文化祭二日目の最終日のどこかで」
「ギクゥッ!」
分かりやすく驚くゴリ松。ユキユキは「分かった!」と声を上げて言う。
「途中でネタバラシして、生徒の興味を引く魂胆なのねっ!ネタバレ後の最終ブーストで売り上げアップの為に!」
「それもあるだろうけど、先生は理科の教師。生徒達の好奇心と探求心をかき立てて、知識欲を育みたかった・・・と考えます。文化祭という学生達の催し、祭りだからこそ、その中で勉学に生かしたかった。どうでしょう?」
ここまで言い、宇野はゴリ松を改めてうかがう。ゴリ松は参ったと言わんばかりに肩をガックリと落とした。
「はぁっ・・・まさかここまで読まれるとは・・・破天荒生徒四天王が二人揃うと俺の理科教師として持つ渾身のネタやトリックも、浅知恵になるな」
そしてゴリ松は笑顔になる。
「まったくもって大正解だ。こんなに早くバレたのは残念だが、ここまで当てられると気持ちが良いもんだなっ、見事だ!」
「いえ、先生、こちらこそ、面白い体験をさせてもらいました」
「ええ、ネタ自体は知っていたけど、これを大々的に行う発想力と行動力、やるじゃないのゴリ松ッ!」
「料理部として、味の探求者として、良い経験でしたぁ」
宇野とエミリカ、ユキユキの三人は頭を下げて言い、ゴリ松は上機嫌となる。
「そう言ってもらえると、教師として冥利に尽きるというやつだ」
ガハハッ、と笑うゴリ松。それに釣られて三人も笑い合った。
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