~STEP BY STEP ~



 三人はかき氷を食べ終わり、席を立って、テントを出る。


「さて、もう一度食券を買って、かき氷をおかわりしようかしらね。宇野一弘もどう?」


 エミリカが誘い、ユキユキが怪訝そうな顔を露骨に見せる。宇野は気にせず財布の中を見るが・・・


 悲しいことにこの男、すでにかき氷一杯200円で軍資金を使い切っていたのである。


 ユキユキはそれを見て「ハッ!」と鼻で笑った。


 エミリカはコホン、と咳払いし、宇野を誘う。


「なんならおごるわよ、騒がせたお詫びとして、ね?」


 できればもう少し店を調査したかった宇野は、ユキユキの熱線(?)のような視線を感じつつも頷き、そのお言葉に甘えることにする。


「ハッ、がめつい男ね!」


 ユキユキが青く染まったベロを出すが、宇野は気にせず食券を買いに行く。


 宇野とエミリカはメロン味を頼み、ユキユキがイチゴ味であった。


「あら、おそろいのメロン味ね!」


 エミリカが言いつつ代金を出す。宇野はそれに難色を示した。

 代金を受け取るゴリ松がどこかこちらを気にするように言葉をかけてくる。


「あまり・・・食い過ぎて、腹を壊すなよ」


 そんな彼に三人は券を渡し、次いで店員に席へと誘導される。

 が、先程とは違い、宇野とエミリカはブルーシートに覆われたテントの座席で、ユキユキだけが普通のテントへと移された。ユキユキは当然異を唱える。


「なんでっ!?どうしてっ!?ユキユキだけ、席が離されるの?どういうことッ!空席は他にもあるのにッ!」


 しかしエプロン姿の陸上部の店員は、

「すいません。ちょっと、回転率の都合がありまして」


 と、首を横に振る。

 これ以上店員に詰め寄ったら迷惑だろうと宇野は、口を挟む。


「さっき、騒ぎ過ぎたから席を離されたんだろ。静かにしないから悪い」

「あんたに聞いてないッ!」


 しかし譲らないユキユキ。そんな彼女にエミリカはなだめるように声をかける。


「かき氷食べるなんて、数分じゃないの。少しはガマンしなさいな」

「お姉さま~」


 これに観念したのか、ユキユキはトボトボと席へ歩いて行った。





 宇野とエミリカはブルーシートに覆われたテントに入る。すると、どこか甘い匂いがするのを感じた。それをエミリカは店員に尋ねる。


「あら、ここのテントはお香を焚いてるのかしら?」


 店員はうなずく。


「はい、ブルーシートは少し臭いが気になるんで、軽く香りをつけました」

「夏にぴったりのみずみずしく爽やかな香りね。この匂いは瓜系かしら?」

「よく気付きましたね?そうです。ゴリ松先生の実家が農家で、栽培した作物でアロマオイルも作っているみたいです。このアロマはキューカンバーのアロマオイルを使っているんですよ」


 店員は丁寧に答え、お辞儀をする。


「それでは、かき氷がくるまでしばしお待ちください」


 下がる店員の背中をエミリカは見送り、今度は宇野の方へと顔を向ける。


「さて、聞かせてもらおうかしら?何を調べていのか」


 エミリカがテーブルの上で手を組み、その上に頬を置いてこちらを見る。


 彼女の肌の色は、周りがブルーシートのせいか少し青白く見えたが、頬の色はやや朱に染まっているのが分かる。少し熱いからだろう、と宇野は思った。


 微笑し、目を細めるエミリカ。宇野はその顔をよく観察する。彼女の目は人を見透かさんと、目論見を暴こうとする目であった。そして、自信があふれる表情・・・彼女に気圧されぬよう、宇野は視線を交差させる。


「・・・目聡いな。メロン味を頼めばこのブルーシートのテントに通されるだろうと、あんた・・・エミリカの読みあっての事か?」


「そうね。あっ!きたわよ。早いわね、いただきます」


 テーブルに運ばれた二つのかき氷、シロップの色はどちらも緑色であった。

 エミリカはそのかき氷にスプーンを刺して返答を続ける。


「あなたと同じメロン味を頼めば、ここに来るだろうと思ったわ」


 宇野も同じようにメロン味のかき氷を味わいながら、再度問う。


「・・・目的はなんだ?俺の邪魔をしに来たわけじゃ・・・ないよな?」

「答えはNOよ。あなたの動機は知らないもの。でも、何でも屋としての依頼でここに来たというのは、分かるわ」


「・・・何故?」

「ボッチでいるからよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?ボ、ボッチ?」


「あなた有名だもの。そんなあなたがボッチで行動しているなんて、調査の為としか考えられないわ。まさか宇野一弘のような四天王の名を持つ男が、グループに入れず文化祭をさまよってわざわざかき氷屋にボッチで行くなんて考えられないもの。どう?ウチの推理は中々のものでなくて?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・セイカイ」


 この時、宇野はエミリカの自信に溢れる視線から目を反らした。


「フフッ、やっぱり!それで、なんの調査かしら?気になるわ!」


 エミリカは人を見透かそうとする表情を解き、今度は子供のようにかき氷をシャリシャリと食べる。


「キャー、あたまイタ―い!」


 どうやら、キーンときたようだ。宇野はそれに無反応で静かに返答する。


「依頼主とは秘密裏にとのことだ。話す訳にはいかない」

「生徒会の依頼でしょ?生徒会室から出てくるのを見たわ」

「なにっ!?周囲には警戒して部屋を出たつもりだが・・・」


 慌てる宇野、エミリカは口元を手で押さえ、ププッ、と笑う。


「うっそっよ!文化祭を楽しむので走り回ってるのに、そんな場所に行くわけないじゃない!」


 宇野は唖然とし、


「・・・カマをかけられたのか・・・まだまだ、だな・・・」


 自身の評価を見直す。そして改めてエミリカを見れば・・・どうだ!と言わんばかりに胸を張り、鼻を鳴らすその顔はすごく勝ち誇っていた。


 どうにも読めない女子だ。と宇野はため息を吐く。


「参った。ただ興味本位とだしても、他言無用で頼む。まずはこれを見てくれ」


 宇野はグッドマンから預かった一枚のレシートのコピーをエミリカに手渡す。


「・・・陸上部のかき氷の材料かしらね。氷と、シロップ各種と、かき氷を作るリース機械の代金」

「ああ、そうだ。そしてこのレシートにはメロンシロップの表記が無い。だが、この店のメニューにはメロンシロップが存在した」


「その理由を調査してるの?」

「ああ。何か予算上でルール違反をしているのではないかってな」

「そうねぇ・・・予算超えずして、メニューの増加・・・ねぇ。逆ならよく聞く話なのだけどね。予算オーバーして、自費で買うのなんてどこでもあるわ。演劇部の衣装なんてだいたいそうだし」


 エミリカは形の良い眉毛を尖らせ、レシートを隅々までじっくりと見つめる。

 それを横目に話を続ける。


「演劇部のあれは少し黙認されてるところがあるが、基本は禁止だ。際限がなくなるからな。PTAで苦情が出たし、それ以外の部でも去年は一悶着があった」

「で、去年もその調査をしたのが宇野一弘、あなたでしょう?」


「・・・さあ、どうだったかな?」


 宇野はとぼける。


「あら、ウチはあなたのファンなのよ?何でも屋さん」

「ぬぅ・・・役回り上、知名度が上がるのは困るな・・・それよりそのレシートで他におかしなところはあるか?料理部部長の意見を聞きたい」


「そうね、氷、シロップの値段は適正価格。機械も、まぁ、良心的かしら。ただ・・・」


 目を細めるエミリカ。宇野は「ただ?」何かと聞き返す。


「イチゴ味、マンゴー味が20本、人気だから多いわね。みぞれ、ブルーハワイは15本。抹茶は8本、好き嫌い別れるものね。ただね、レモンが30本は解せないわ・・・」

「若者の間でレモンが流行中とか?」


「レモンのビタミンに健康作用が期待されたとしても、レモンシロップの人工甘味料にそんなブームはやってこないわよ」

「・・・・・・適切な御指摘ありがとう。ならどうしてだ?」


「そんなの、直接聞けばいいじゃないの。陸上部一人つかまえて、このレシートにはメロンシロップがないですよ?って」


 エミリカの強引な意見に、宇野はかぶりを振る。


「それは無理だ。生徒会と運動部はどうにも仲が悪いし、こちらが聞いたとして、余計な運動部からの疑いを生徒会にかけることになる。レシートなんざ、外部の、それも無関係の者に開示してる時点で、それこそな」


 宇野は前髪をかきあげ、そのまま頭を抱える。


「正直、次の一手を出しあぐねている状態だ。ある程度に不審な部分があって、そこを詰めれば自然と浮彫りになるものだが、こればかりはなぁ・・・やはり陸上部の部室に張り込むか?」


「せっかくの文化祭なのに?それで時間を食いつぶすの?」

「・・・依頼だから仕方ない。そう・・・依頼だから、どうせボッチだし」


 何かを噛みしめるようにボソボソと言う宇野。

 そんな宇野を置いて、エミリカはレシートをまじまじと見る。


「ん~・・・陸上部がなんでこんなことしたかは知らないけれど、このレシートの理由。これなら答えられるかも知れないわよ?」

「なっ、本当か!?」


 宇野はエミリカに勢いよく身を寄せて聞く。すると驚いたのかエミリカは顔を真っ赤にして後ろに体を傾ける。


「おっとすまん」


 宇野は姿勢を正し、改めてエミリカと向き合う。

 エミリカはまだ顔を赤らめていたが、周りがブルーシートに覆われているせいか、少し青が掛かった赤・・・少し赤みのある紫色のようにも見えた。


 エミリカは亜麻色の長い髪、その毛先をクルクルと巻いて言う。


「・・・高いわよ?」

「・・・支払う報酬は?」

「・・・報酬は一度、料理部の見学に来る。これでどう?」

「・・・その程度なら」


 二人は握手し、交渉が成立となる。



 こうして、再び破天荒生徒四天王の二人は手を組むことになったのである。



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