3、小金井 祥吾(1)
僕が新聞部に所属しているからと言って、情報屋のようにたくさんの情報を握っているというわけではもちろんない。どいつがあいつと付き合っていて、あいつは実は裏ではこんなことをしていて……みたいな、そんな話が僕のところに入ってくることなんて全くありはしない。新聞部が情報通だなんてそんなのは漫画やアニメだけの話だ。実際は学校で優秀な成績を残した部活や生徒を取り上げたり、教師たちに頼まれた注意事項を載せたり、学校行事の結果を載せたりなんかをするだけで、僕ら新聞部が発行する新聞は言ってしまえばだれもが知っている情報を載せているだけ。目新しいもんなんて一切ない。
だから僕の権限で勝手に新聞の内容を変えたり決めたりすることはできやしない。決められたことを決められたように文章化するだけだ。
今回僕が担当したのは『結城 奏太』の記事だった。彼はこの学校において有名人で、生まれつき耳が聞こえない。そんなハンデを抱えていながらも今年彼は成績上位をキープし続けている。そんな彼をインタビューし、そのインタビュー内容を掲載するのが今月の僕の仕事だった。
正直この企画が立ち上がった時、僕はこれを芳しく思わなかった。障碍をネタにして記事を書くというのは、あまり気が乗らなかったからだ。確かに彼の功績は素晴らしいものだがそれを特別視するのは間違っていると思うのだ。そう僕が思ったところでこの企画がなくなるなんてことはないのだが。
結城くんに話をつけて、どうにかインタビューの許可を得た。インタビューの日程は追って連絡するとだけ伝えて、その日は彼と別れた。
彼は何を考えているのかわからない。彼は意思表示を全くしないし、こちらが文字で何かを伝えても基本的には頷くだけだ。これは僕の勝手な憶測であるのだが、きっと彼は様々なことを諦めて生きてしまっているのだと思う。自分の障碍を受け入れて、それに抗おうとしていないのだ。
それでも以前よりはまだマシになったようだ。柏木という男子が彼のクラスに転校してきて以来、結城くんは柏木と帰るようになったらしい。僕も彼が柏木と帰るところを何度か目撃したことがある。あの時の彼は笑っていた。一年の頃から有名人だった彼が笑っているところを見たのはあの時が初めてだった。
柏木という男は一体何者なのだろうか。なんで転校して早々に結城くんに近づこうと思ったのだろうか。疑問は絶えない。
そう思っていた矢先のことである。
今月の新聞には結城くんのインタビューだけでなく、柏木のインタビューも載せることが決まった。思えば転校生という注目度の高い存在を学校が放っておくわけがなかった。そしてこの柏木のインタビューも、この僕が担当することとなった。
私的に聞きたいことは数多くあった。だが、聞くことの内容は大体決められているし、そこに僕の意思が入る余地はほとんどありはしない。
柏木へのインタビューの予定はすぐに決まって、結城くんよりも早い日程で行うこととなった。結城くんの時よりも部員の腰が軽いように感じる。結城くんの時は結城くんにインタビューを依頼することですら、他の部員はやらなかったというのに今回は僕が動く前に他の部員が柏木へ話を付けたらしい。
新聞部は図書室の隣にあって、インタビューもそこで行われる。約束のその日、柏木は約束の五分前に部室へとやってきた。挨拶はそこそこに、早速彼にインタビューを始める。簡単な自己紹介を終えてからは、僕の質問に答えてもらう形だった。
授業や運動での活躍ぶりは周知の通りで、僕はその彼が優秀である所以を探っていく。彼の受け答えは彼の不良そうな風貌では考えられないくらい完璧で、話している内容もその時の表情も、鼻につくことが一切ない一定の謙虚さを保っていた。
ただその反面で、彼からは何も得ることができなかった。柏木の発言には意外性も人間味も感じられない。まるで正解を選んで僕に伝えているような、彼らしさというものが伝わってこない。
こんなインタビュー記事を載せても、きっと柏木は今まで通り優秀な転校生という印象を読者に残すだけだ。
柏木。僕は君の本当を聞きたい。本物を聞かせてくれ。僕は彼への質問をまとめた原稿を眺めながらそう強く思った。僕に任されているのはこの原稿用紙にある質問を彼に投げかけて、彼の答えをボイスレコーダーで録音し、文字化すること。ただそれだけだ。でもきっとこんなことをしても彼は本当の自分を話さない。僕が台本通りなら彼も台本通りの回答をするだけだ。こんなものには何の意味もない。今まで僕はただ自分のやるべきことをこなせばいいと思ってきた。僕の興味はいつだって他人に向けられることはなかった。でも今回ばかりは違う。
だってそうだろう、柏木。僕は知ってるんだ。僕には君の思考が手に取るようにわかるんだ。結城くんに近づいて仲良くなったのは、君自身のために他ならない。自分の評価を、上げさせるため。そうだろう。そうでなければ、彼に近づく理由がない。もし柏木の行為の全てが善意だったとして、そんなもの僕は受け入れられない。そんなのは間違ってる。結城くんには手を差し伸べて、それ以外の人間のことは無視をしている柏木のことを、僕は完全な善意だなんて思いたくはないんだ。
柏木。本当のことを話すんだ。
原稿用紙に書かれた質問の数々が、僕の視線から消えていく。代わりに僕の言葉で、彼に聞きたいことが溢れ出てくる。
頭の中で文字が飛び交う。
僕が意見したら、それだけで終わりだ……いつもなら。だからこうして、文字が頭を飛び交ったところで、僕から発信されることはない。でも、今日は違った。
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