3、小金井 祥吾(2)
僕は柏木に言う。自分が、僕が、この学校で、いじめのターゲットになっているということを。そしてその話を前提に聞くのだ。
君はなぜ、結城くんだけを救おうとしたのか、と。
障碍を持つ彼はわかりやすい。彼を救えば、それだけで善い人だ。だから柏木は彼を救ったのだろう。たかがいじめを受けているだけの、そんな人間には目もくれず。だから僕は柏木に対して不信感が絶えないのだ。
どうした柏木。何も答えないのか。答えられないのか。柏木は僕の言葉に対して何も返事をくれやしない。ただ真っ直ぐに僕のことを見つめている。あまり僕を見るな。陰気臭い表情も、蹴られて付いた腕にある痣も、見られたくない。僕はいじめられているという事実を受け入れたくない。諦めたくない。抗いたい。
なあ、柏木。ついでだっていい。僕を、僕のことも……救ってはくれないのか。
柏木は何てことなさそうに小さく微笑んだ。そして彼は僕に言う。僕がした質問の答えを。スラスラと。
でもやっぱり柏木の発言には意外性も人間味も感じられない。結局彼のことは何もわかりやしない。こんなのただの善い人だ。僕は柏木が嫌いだ。インタビューを通して少しでも彼のことがわかるかと思った。僕はどこかで彼の善意が本物であることを祈っていたのだろう。でも、僕が望んだものはそこにはなかった。
こうしてインタビューは筋書き通りのまま、終わりを迎えたのだった。
インタビューを終えて、下駄箱へ向かうと一つの封筒が投げ込まれていた。ピンク色をした封筒で、いかにもラブレターと言った感じだった。
ふと声をかけられて振り向くとさっき別れたばかりの柏木が立っていた。彼はこの学校のことをまだよくわかっていない。だからそのラブレターを見て僕の背中を叩いてはからかってきたりもしたが、実際はそんなに良いものなんかじゃない。
さっき言ったろう。僕はこの学校でいじめを受けているんだ。こんな男にラブレターを送る人間がどこにいるというんだ。これは所謂『偽ラブレター』だ。モテない奴の下駄箱にこれを投函して、裏で笑ってるやつらがいる。この学校では少し前からそんな悪戯が流行っていて、今日たまたま僕がその標的として選ばれたに過ぎなかった。
そのことを柏木に伝えると、彼は無言で僕からピンクの封筒を奪い取り、その場で破り捨てた。
その時僕の頭の中では、またも文字が飛び交った。
その言葉は「ありがとう」というたかだか五文字だったが、結局発信されることはなかった。そして彼は僕にこう言い残して、去って行ったのだ。
また、今度ゆっくり話そう。
後日、結城くんのインタビューを終えて、今月の新聞が発行された。そこに柏木のインタビューは載っていなかった。彼が停学処分を食らったためだった。結城くんのサポート係を担っている女子生徒に暴力を振ったからだそうだ。
果たして本当だろうか。
柏木がそんなことをするだろうか。
新聞部だからと言って、僕のところに特別情報が入ってくることなんてない。結局のところこの事件は、彼自身が語らない限り真相が明らかになることはないのだろう。
かの結城くんでさえ、彼が彼女に暴力を振った理由を知らないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます