第十九話 それぞれの為すべきこと


 (くそっ どうしたらいい…!?)


 鴉羽の目の前にはレクターとセイメイの2人がいる。黒人形と黒鳳蝶の強襲で距離を取ったとは言え、笹原を抱えて逃げきるのはまず無理であろう。かと言って笹原を庇いながら2人を相手に戦うのも分が悪い。騎士や桐生の助けも来ない以上、望みは1つしかなかった。


 鴉羽は手に握りしめた携帯に目をやる。鴉羽は通話をオンにした状態のその携帯から自警団員の皆が状況を把握し、助けに来てくれる事に賭けていた。


 (何とか笹原さんだけでも……)


 レクターとセイメイはじりじりと鴉羽達との距離を詰めて来ている。


 「笹原さん俺が合図したらすぐに逃げて」


 「でも鴉羽くんは!?」


 「俺は大丈夫だから少し時間稼ぎをしたら直ぐに離脱するよ」


 それが容易ではない事は笹原にも分かっていた。しかし、これ以上鴉羽の足を引っ張る訳にもいかない。


 笹原は静かに頷き、鴉羽からの合図を待った。


 レクターは狩りでもするかのように、鴉羽達にじりじりと迫って来ている。セイメイもその後ろに続く。


 爆発で黒鳳蝶を消滅させられてから、まもなく30秒が経過する。再び攻撃を繰り出せる準備が出来た。


 「今だ!」


 ー来い! 『黒鳳蝶』


 距離の縮まったレクターとセイメイは黒鳳蝶に囲まれ、その攻撃と共に笹原は後ろに駆け出した。

 

 「はっ 同じ攻撃とはな」


 レクターがそう言い、せせら笑った瞬間、再びレクター達の元で爆発が起こった。距離が近かった鴉羽は爆風に巻き込まれ、蹌踉めいた。

 

 「鴉羽くん!?」


 後方付近の爆発に笹原は思わず足を止める。


 「俺のことはいいからそのまま逃げて!」


 爆風で体勢を崩しながらも鴉羽は笹原に叫んだ。叫んだのも束の間、爆風の中から素早く腕が伸びて来て、鴉羽は首を掴まれてしまった。


 「ごほっ!?」


 爆風が消えるとその場には鴉羽の首を絞めるレクターが立っていた。

 

 「残念だったなあ……」


 鴉羽は必死に抵抗を試みるが力の差は歴然であり、振り解く事が出来ない。鴉羽は息がまともに出来ず苦悶の表情を浮かべる。


 (息が……)


 遠くから笹原が呼び掛ける声がするが、鴉羽の意識はどんどん薄れていき、体から力が抜けていく。


 「死ね!」


 レクターがトドメを刺そうと更に手に力を込めようとした瞬間、鋭い刃がレクター目掛けて飛んできた。

レクターは鴉羽を掴んでいた手を離し、後ろに下がって刃を回避した。


 「鴉羽!大丈夫か!?」


 「げほっ げほっ 天城先輩。助かりました」


 天城が槍を戻しつつ、鴉羽の状態を確かめる。その後ろから星乃、牛嶋、藤崎、八雲と自警団の全員がその場に駆けつけてきた。


 「瑞稀ちゃん大丈夫!?」


 「優希……!」


 彼らは鴉羽からの通話で状況を把握し、救援に何とか間に合ったのだった。



 「お仲間の登場ってワケか」

 

 「どうすんのや?」


 援軍が駆けつけてきた状況にセイメイがレクターに対して尋ねた。


 「丁度良い、奴の手回しのせいで退屈していたところだ」


 レクターは不気味な笑みを浮かべ、自分の足元を見て何かしらの合図を送った。


 

 一方で鴉羽達はこの場からの離脱を窺っていたが、レクターの能力が不明であり、笹原を庇いつつ以上、すぐさま行動を移せずにいた。


 しかし、その膠着状態が仇となった。


 「なっ!?」


 突然、鴉羽達の足元が黒く染まり、まるで底なし沼のように体が沈み始めたのだ。足を取られ、隙を晒す。


 しかし、レクターは此方を見ながら不敵な笑みを浮かべ、攻撃を仕掛けてくる素振りはない。セイメイも扇を下げ、静かに見ている。


 「きゃっ!?」


 鴉羽達の後方から小さな悲鳴が聞こえた。その正体は振り返るよりも早く、後方から前方に素早く通り過ぎて行った。


 それは黒い装束を身に纏い、まるで忍者のような格好をしたツインテールの少女だった。彼女が足元を覆う黒い沼から突如現れ、後方に居た笹原を攫い、レクターの元に向かったのだった。


 「は、離して……!」


 「瑞稀ちゃん!」


 鴉羽達は不意打ちによって、まんまと笹原を人質に取られてしまったのだった。レクターはもがく笹原に懐から取り出した薬品を嗅がせた。ぐったりとその場に崩れた笹原をレクターが担ぐ。


 「瑞稀ちゃんに何をしたの!?」


 「ただ眠らせただけだ。すぐ殺しても良かったが気が変わった」


 気が動転した様子の星乃にレクターがせせら笑いながら言った。


 「何、ちょっとしたゲームをしようと思ってな。俺たちは今から、この学校の研究棟に向かう。そこに辿り着いた時この女は殺す。死なせたくなかったら死ぬ気で追いかけて止める事だ。正に死の鬼ごっこ!……なんてなあ」

 

 人を殺す事をゲームにする目の前の男に鴉羽達は大きな嫌悪感と恐怖を覚える。しかし、笹原の命が関わっている以上乗らない選択肢はなかった。


 「ルールは守る。せいぜい楽しませてくれよお。ガキども」


 一通り言い終えたレクターは此方の言い分を聞くよりも前に、セイメイに合図を出し、強力な爆発と共にその場から姿を消した。


 「天城先輩!早く追いかけなくちゃ!このままだと瑞稀ちゃんが!」

 

 「星乃落ち着け!そんな事は分かってる、こういう時こそ冷静になれ!」


 取り乱す星乃に天城が叱咤する。


 しかし、超広大な学校で研究棟まではかなりの距離があるといえど一刻の猶予もない状況なのは確かだった。


 天城は心を無理矢理落ち着かせ、リーダーとして頭を最大限に働かせた。


 「レクターは凶悪な殺人鬼で、俺達だけの手に負える相手じゃない。だから茜と八雲は至急、外で応戦している桐生さんの救援に向かってくれ。あの人なら5人相手でもそうそう遅れは取らないだろう。その間に残りの俺達はレクターを追い、全力で奴を食い止める。これが俺の出した答えだ」


 当然それがとても簡単にはいかない事だとは分かっていた。しかし、全員が天城の意見に納得し、了承したのだった。


 「それでは今から行動を開始する!全員それぞれの為すべき事をするんだ。ただ危ないと感じたら迷わず逃げていい。絶対に死なないでくれ」


 天城の言葉に再び全員が頷き、笹原を救う為、迅速に行動に移すのだった。

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