第十八話 激突
〜箱人、技紹介のコーナー 〜
●
『
植物に予め行動を定める技。つまり簡単に言うと予約である。桐生は十字架の木に、木が額に5秒間触れたものを拘束するように予約をした。特定の人物を指しての行動だったり、複雑な行動は予約出来ない。
本編
翌朝、学校に行く為の支度を終えた鴉羽は、12階の1207と書かれた部屋の前で立ち尽くしていた。考え事をしながら待っていると、やがて扉が開いた。
「ごめんね。鴉羽くん。遅くなっちゃって」
中から出てきたのは星乃であった。
「いや、気にしなくていいよ」
昨日の作戦会議でペアで行動する事を決めていたので、鴉羽は星乃を待っていたのだった。
「それじゃあ行こうか」
鴉羽達は常に周囲に意識を向けつつ登校した。途中、裏門の辺りを見回る2人の騎士を見かけた。以前までは居なかったので、桐生のお陰であろう。
2人は特に問題もなく教室へと着いたのだった。
「おはよう、優希に鴉羽くん」
先に居た笹原が挨拶をした。
「おはよう瑞稀ちゃん。昨日は大丈夫だった!?」
星乃が心配そうに笹原に声を掛けた。昨日鴉羽の連絡で星乃は笹原がレクターに接触した事を知っていた。
「大丈夫よ。鴉羽くんが助けてくれたから」
笹原が鴉羽をじっと見つめて微笑んだ。その様子を見て慌てふためく星乃。
「どうしたの、優希?」
笹原は悪巧みをするようにニヤッと笑って星乃をからかった。
「もう!瑞稀ちゃん!?」
鴉羽は2人の平和なやり取りに神経質になっていた心を少し落ち着かせる事が出来た。間もなく授業開始のチャイムが鳴ったのだった。
(とりあえず、今は学業の方に専念するか……)
今日は月曜日。学校は始まったばかりで、決して油断は出来ないが、神経を過剰に張り巡らせて消耗してしまっては意味がない。鴉羽はひとまず気持ちを切り替えて学校生活を送る事にした。
それから2日が経ち、現在、木曜日の放課後。
鴉羽は誰もいない教室の窓から下校していく生徒達の様子をぼんやり眺めていた。放課後に学級委員長会なるものがあるようで、鴉羽は教室で星乃が戻ってくるのを待っていたのだった。
(奴らは諦めたのか……?)
今日まで星乃や笹原、そして前田と共に学校生活を送りつつ、襲撃を警戒していたが、まるで何も起きていない。このまま行けば、明後日には神堂も帰ってくる筈だ。
「このまま何も起こってくれるなよ……」
鴉羽は窓から差す夕焼けを見つめてボソッと呟いた。
しかし、鴉羽の祈りが通じる事はなかった……
笹原は下校する為に正門に向かっていた。放課後は基本的にすぐ帰宅するのだが、委員会に出席した星乃を待つ鴉羽とその友人の前田と話をしていて、すっかり遅くなってしまっていた。
「すみません……」
早足気味に歩いていた笹原は突然後ろから声を掛けられた。遅くなったとはいえ、周りにはちらほら下校する生徒達がいる。それにも関わらず、その声は何故か自分を指して言っているように感じた。なんとなく聞き覚えのある声だ。
「あ………」
振り返った笹原は驚きで言葉が出なかった。
そこには以前会った上に、星乃から気を付けるように言われていた、目に深い傷のある大男、レクターが立っていた。前と同じでセイメイと呼ばれていた男もそこに居た。
「やはりな。お前はここの生徒だったか」
以前の丁寧な物言いとは、打って変わって突き刺すようなドスの聞いた声で笹原に言い放った。息をするのも苦しい強烈な威圧感に、助けを呼ぶ事も逃げる事も出来ない。
しかし、その場にそぐわない、異質な人間がいる事に周りの生徒達も気が付き、ざわつき始める。レクターはその状況を待っていたかのように、注目を集めた状態で懐から拳銃を取り出し、頭上に向かって撃ったのだった。
突然の銃声にその場は一瞬にしてパニックになった。生徒達は悲鳴をあげ、散り散りに逃げ惑う。同時に学校内にけたたましい警報音が鳴り響き、混乱はあっという間に学校中に伝染していった。
その場には身動きが出来ない笹原だけが取り残されていた。
「俺はよお…… 嘘をつくのは大好きだが、つかれるのは大嫌いでなあ……」
レクターがゆっくりと笹原の頭に向かって拳銃を構えた。その顔は不気味に笑っていた。
(殺される……)
笹原の瞳から涙が溢れる。恐怖で足がすくみ、なす術もない。
「死ね!」
レクターは引き金にかけた指に力を込める。笹原はギュッと目を瞑った。
ドサッ
笹原の耳に聞こえて来たのは銃声ではなく、何かが落ちたような音だった。目を開けると笹原とレクターの間に何やら黒い物体が落ちていた。それが人間の形をしたものだと理解した時、その体からもう1体の黒人形がレクター目掛けて飛び出していた。
飛び出した勢いのまま、黒人形はレクターに体当たりをかました。体格に優れるレクターも不意の攻撃に後ろによろめいた。その隙に体当たりした人形の背中側から鴉羽が出てきて、笹原の体を抱えて後ろに下がった。
ー来い! 『黒鳳蝶』
更にすぐさま反撃に来られないようにレクター達に黒鳳蝶をけしかけた。
レクター達は無数に飛ぶ黒い蝶に妨害され、行くてを阻まれる。その隙に鴉羽は笹原を抱えて逃走を図った。
「くそっ! あいつもこの学校の生徒だったか! おい、セイメイ何とかしろ!」
「分かっとる!」
突如、鴉羽達の後ろで大きな爆音がした。驚いて振り返ると、レクター達の居た場所からモクモクと黒い煙が立ち上っている。
鴉羽が状況を把握していると、煙の中から紙飛行機が飛んで来た。
明らかに場違いなものに鴉羽は危険を感じ、咄嗟に後ろに下がる。紙飛行機は白い光に包まれ、その場で爆発した。
「笹原さん、大丈夫!?」
「ええ、何とかね」
笹原は軽く咳込みつつ返答した。やがて煙が消え、平然としているレクターと扇のような武器を両手に持つセイメイの姿が露わになった。扇には先程爆発した紙が大量に巻きついていた。
(爆発する紙を操る能力か……)
先程の爆発でレクター達にまとわりつかせた黒鳳蝶は全滅してしまった。
(早く笹原さんを安全な所に連れて行って、騎士達の助けを呼ばな………)
鴉羽は思考の途中である疑問が沸く。そしてレクター達に問わずにはいられなかった。
「お前達どうやってこの中に入ってきた?」
それは至極当然の疑問だった。何故なら学校の周囲は数多くの騎士が警備をしていたからだ。それにこれだけ派手に暴れているのに騎士が誰1人駆けつけて来ないのもおかしい。
「どうやってか。普通に正面の門から入って来ただけだが」
レクターはニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべる。
「騎士達はどうした!」
「ああ、外に居た連中か。 奴らはなあ、俺の協力者なんだよ」
レクターが笑いながら言い放つ。その言葉に鴉羽は動揺を隠しきれなかった。
(どういうことだ!? 何故騎士が殺人鬼に協力を……)
その時、鴉羽は桐生が言っていた帝国内の裏切り者の事を思い出した。
(帝国内の裏切り者の仕業ってわけか……!?)
そう考えれば納得はいく。桐生の要請を受け、この学校に騎士を派遣したのが、もし裏切り者だとしたら、レクターに協力する者達と入れ替える事も可能な筈だ。
「そういえば、1人の女騎士がその事に気づいて俺達に向かって来てたな。まあ今頃は偽騎士達5人に囲まれて袋叩きだろうがな」
(桐生さんが!?)
鴉羽に更なる絶望がのし掛かる。外では桐生が5人の騎士相手に戦っている。それが本当だとしたら多勢に無勢で桐生の身も危ない。しかし、現状助けに向かえる訳もない。
状況は最悪であった。
派遣された騎士達は偽物であり、桐生はその騎士達相手に戦闘中、学校内に入ったレクター達に対処出来るのはもう神堂自警団以外に他はなかった。
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