第十七話 忍び寄る魔の手


 謎の2人組は去り、視界から見えなくなった。それを確認した笹原は地面に座り込んだ。


 「笹原さん大丈夫!?」


 「ごめん。安心したら力が抜けちゃって……鴉羽くん助けてくれてありがとう」


 まだ緊張が抜けていないのか、笹原はぎこちない笑顔を見せた。


 「それにしても、あいつらは何者?」


 「分からない。ただあまり良い連中では無さそうだ」


 セイメイと呼ばれた男は分からないが、大きな体格に右目に深い傷、そして対峙して分かったが、もう1人の男には言葉では上手く言い表せない異様な威圧感があった。


 (考えていても仕方ないな……)


 神堂が出張中の為、鴉羽は天城に2人組についての連絡を入れておく事にした。


 「笹原さん、俺が家まで送るよ」


 鴉羽は天城からの返信を待つ間、笹原を家まで送る事を提案した。


 「え? そんな申し訳ないわ……」


 「可能性は低いと思うけど、再びあいつらが現れないとも限らないし」


 「それじゃあ……お願いしていい?」


 笹原は少し悩んだ後、鴉羽の言葉に甘えた。鴉羽は笹原が落ち着くのを待って、笹原の家へと向かった。


 

 20分程歩いて2人は笹原の家にたどり着いた。幸いな事にあの2人組に再び出くわす事はなかった。


 「鴉羽くん、本当にありがとね。良かったらうち寄ってく?」


 「ごめん、これから自警団の拠点に戻らなくちゃならない」


 その言葉に笹原は残念そうな顔をした。鴉羽は5分程前に天城から終わり次第拠点に戻って来て欲しいとの連絡を受け取っていた。


 「さっきの人達関連?」


 「ああ。先輩達は何か知っているみたいだ」


 「そう………気をつけてね……」


 笹原は心配そうに鴉羽を見つめた。じっと見つめられた鴉羽は照れからか思わず視線を外す。その様子に笹原は少しムッとしたが、すぐにクスッと笑ってみせた。


 「今度、絶対にお礼をさせて」


 「そうだな…… じゃあお昼に言ってた通り今度、学校周辺の案内を頼むよ」

 

 「分かったわ。絶対よ?」


 笹原と再び約束をし、鴉羽は改めて笹原に別れを告げた。笹原が家に入るのを見届けた鴉羽は足早に学校に戻ったのだった。


 

 鴉羽が辿り着いた頃には、自警団員の全員が拠点に集合していた。神妙な面持ちをしている天城、牛嶋の2人の表情に残りのメンバーもつられて不安な表情をしていた。


 「みんな聞いて欲しい」


 天城が全員が集合して早々に切り出した。


 「鴉羽が凶悪殺人犯のレクターと遭遇した。状況を考えるにこの学校を狙っている可能性が高い」


 天城は昨日の調査も踏まえて、レクターの事を話始めた。話の中で天城が見せたレクターの手配書を見て鴉羽は驚愕する。それは先程見た大男と同一人物だった。


 全員の情報共有が終わり、学校付近に殺人鬼が迫っているという事実に緊張感が走る。そんな中、八雲が一つの疑問を口にした。


 「でもレクターはどうしてこの学校を狙うんすかね?昨日の茜先輩の話じゃ神堂先生のいるこの学校は手出しされない筈なんじゃあ……」


 鴉羽は辺境の村に住んでいたので知らなかったが、神堂という最強とも相応しい騎士の存在は多くに知れ渡っている。勿論、犯罪者にも知られており、最大限警戒されている筈だ。だからこそ、学校は神堂が来て以来事件に巻き込まれた事は無いと言っていたが……


 「鴉羽と同じでレクターも実は辺境の村の出身なのか……?」


 天城がレクターのプロフィールを自警団員が使える端末で調べながらぼやいた。しかし、出身地の情報は掴めていないのか分からない。


 「もしくは、神堂さんが任務で出張中である事をレクターに漏らした人物がいるのかもね……」


 鴉羽達は声のした方向を一斉に向いた。いつの間にかエレベーターが開いており、中から1人の女性が出て来ていた。


 「桐生さん……!」


 そこに立っていたのは鴉羽達が寝泊まりしている寮を管理している騎士の桐生望美だった。


 「どうしてここに?」


 「神堂さんに貴方達の事を頼まれてね。天城君が険しい顔をして寮を出て行ったから、もしかしてと思ったら案の定だったわね……」


 桐生は天城に近づくと背中に触れてあるものを取った。桐生曰く、それは小型の盗聴器兼発信機らしい。これを使って桐生は状況をあらかた把握したようだ。全く気づいてなかった天城は困ったように頭を掻いた。


 「それよりさっきの話は本当ですか?」


 気を取り直した天城が桐生に質問をする。さっきの話というのは誰かがレクターと繋がっていて神堂先生の情報を漏洩したという線だろう。


 「可能性は高いわ。神堂さんがいなくなるタイミングでレクターが現れたのも合点がいくしね」


 「もしそうだとしたら一体誰が……」


 「あの人の情報を持っているのは王族と帝国騎士の上層部の一握りよ。恐らくその中に……」


 「……それが本当だとしたらまずいですね。レクターはこの1週間の間に事を起こす可能性が限りなく高いって事になる……」


 牛嶋の言葉に一同に再び緊張感が走る。レクターが神堂の情報を持っているのだとしたら当然、牛嶋の言う通り神堂のいないこのタイミングで動くだろう。


 「私からこの学校の警戒を強めるように帝国に連絡をしておくわ。でも裏切り者の可能性がある以上どこまで通用するかは分からない…… 貴方達も最大限警戒をしておいて」


 それぞれが顔を見合わせ無言で頷いた。


 桐生はその場の全員にあるものを手渡した。それは手のひらサイズの木で作られた十字架だった。御守り代わりだろうか?


 それぞれが貰った木に戸惑っていると桐生は右手に箱を形成した。強く握ると中から棒状の何かが出て来た。長さは30cm程で丸みを帯びた持ち手の先には鋭い針のようなものが付いていた。


 「これは指揮者が使うタクトよ。先は刺突出来る程に鋭いけどね」


 桐生はその場で演奏を指揮するが如く、軽くタクトを振ってみせた。その瞬間、指揮にそれぞれが持っていた十字架の木が反応した。十字の先の4方向が一気に成長して複雑に伸び、全員の体が絡めとられ、拘束されたのだった。


 「なっ!?」


 突然体を拘束され、一同は驚きを表す。その様子を見せた後、桐生は再びタクトを振るった。すると、木はみるみる縮んでいき、元の十字架に戻ったのだった。同時に拘束も解除された。


 「私のタクトは植物を成長させ、操る能力を持っているわ。今は貴方達の持っている木を成長させ、拘束する様に操ったってわけ。そして……」


 『花水木はなみずき調しらべ』


再び桐生がタクトを振るう。しかし、今度は木は急に成長したりせず、淡い白い光を帯びただけであった。


 「今の技でその木には、5秒間額に触れ続けた対象者をさっきのように拘束する設定をかけたわ。もし貴方達が万が一レクターと対峙せざる得ない時は、それも駆使しなさい」

 

 一同が白く光る木に視線を落とす。桐生の意図を察するに、これは差し詰め凶悪犯を捕まえる為の手錠ってとこだろう。


 「あのー…桐生さん……もう少し簡単な手順には出来ないっすか……?」


 八雲が恐る恐る桐生に尋ねる。確かに今のままでは、拘束するには相手の額に木を5秒間押し当て続けなければならない事になる。勿論、とても容易な事ではない。


 「残念ながらこの技は特定の相手を対象に設定する事は出来ないの。だから簡単な手順だと逆に貴方達が拘束される可能性が出てしまうわ……」


 つまりもっと簡単な手順、例えば木が触れた相手を拘束する設定にすると、既にそれを手に持っている鴉羽達が拘束される事になってしまう。桐生はリスクを鴉羽達に向けないようにする為、多少複雑に設定を施すしかなかった。


 「さっきも言ったようにそれは万が一の時よ。貴方達は基本的にレクターを発見したら戦闘をせずに逃げること。私や周辺を警備する騎士に報告して任せること。分かった?」


 鴉羽達は当然騎士達に比べて戦闘経験は浅い。それこそ、前回のカマキリの箱憑きの時は戦闘に頭が一杯であらゆる可能性を考慮出来ずに殺されかけた。神堂も居ない今、自分達の分をわきまえ、素直に桐生の言葉に従う事にした。

 


 こうして、対レクターを想定した会議は終わりを告げた。翌日以降は授業中以外は常に天城と藤崎、鴉羽と星乃、牛嶋と八雲のペアで動き、学校内から警戒をする事にした。

 

 一同は思い思いの感情を抱きながらその場を解散した。


 レクターは必ず仕掛けて来る。


 鴉羽はそんな嫌な予感をひしひしと肌で感じつつ、寮へと戻り、明日以降に備えるのだった。


 

 「………」


 午前2時、辺りを警備している騎士には気付かれないであろう距離から学校を覗く1つの人影があった。


 鴉羽の予感通り、レクターの魔の手は一歩ずつこの日本学校に向けて忍び寄って来ていた………

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