第十六話 予期せぬ遭遇
午前9時頃、鴉羽は何かが手に当たる感触で目を覚ました。それは星乃だった。鴉羽の左手を星乃が寝ぼけて抱きしめていたのだった。驚いて動かした腕が星乃の胸に当たってしまった。
「…ん……」
腕が当たった事で星乃が起き始める。腕を掴まれ、逃れられない鴉羽は苦し紛れに狸寝入りをした。
「…きゃっ!……」
目を覚まし、状況を理解した星乃が小さく声を上げる。無意識に鴉羽の腕を握っていた事に顔が赤くなりながらも鴉羽の方を見る。眠っている様子の鴉羽を確認して、星乃はそっと腕を離した。
その場で寝ていた他の者達も星乃の声で目を覚ました。鴉羽も今起きたように見せかけて、目を開けた。
「み、皆さんおはようございます」
それぞれが寝不足気味にぼんやりとしている中、少し慌てふためく星乃が挨拶をした。それに続き、鴉羽達もそれぞれ挨拶をした。その後、天城の一声でお開きとなり、皆は自分達の部屋に帰ることにした。
妙にドキドキした気持ちで鴉羽も部屋に戻ってきた。
(さて、これからどうしようかな……)
今日は日曜日で授業は休みだ。しかし、自警団の任務はないので特段することがなかった。
(暇だし学校にでも行ってみるか……)
部活動等の為に休日でも学校の設備が利用出来る事は、昨日のうちに天城達から教えて貰っていた。
鴉羽は支度を済ませ、学校に向かったのだった。
到着したのは巨大な図書館。本はあまり読まないが、学校の中でも一際大きい施設が目に入り、中に入ってみると図書館だった。借りたい本は特に無いが折角なので適当にぶらつく事にした。
中は外から見た通り広大で、本棚で区切られた通路はまるで迷路のようだった。休憩スペース等も多く、カフェもあり、かなり快適に利用が出来そうだ。
「あんた、こんなところで何やってんの?」
3階に上がった辺りの通路で鴉羽は突然後ろから声を掛けられた。振り返るとそこには星乃の親友の笹原が居た。
「笹原さんか。俺はまあ適当にぶらぶらと……」
鴉羽は特に用事があって図書館に来たのでは無い事を伝えた。
「暇なの? ならこの本を探すの手伝って欲しいのだけど」
笹原がスマホの画面で見せたそれは、漫画風に解説された子ども向けの化学の参考書だった。どうやら笹原には妹が居るようで、その妹に勉強を教える為に使いたいようだ。
「分かった。一緒に探そう」
鴉羽は了承し、笹原に着いていく。そこには化学のカテゴリーの大きな本棚がずらっと並んでいた。2人は手分けをして目当ての本を探し始めた。
目星はついていても1つ1つが大きな本棚である為、簡単には見つからない。ようやく見つかった時には既に正午になっていた。
笹原は一階の受付で無事にその本を借り、鴉羽と一緒に外に出た。
「手伝ってくれてありがと。その…もし良かったらお昼一緒にどう?」
「俺で良ければ、もちろん」
昼まで付き合わせて申し訳なく思ったのか、笹原が鴉羽に提案を持ちかけた。そもそも予定が無かった鴉羽はそのまま了承すした。
「良かった。ところで鴉羽くん、お昼に甘いもの食べようって言ったら怒る?」
「え? いや俺は甘いもの好きだし全然構わないよ」
「だったらあの……行ってみたい所があって……」
鴉羽は再び笹原に付いて行く。2人はしばらく学校の敷地内を歩き、正門を出て少しの所にある大きなケーキ屋に到着した。このお店の地下がデザート専門のバイキングになっており、笹原の目的はそれだった。
店内に入り、店員に地下へと案内される。地下はお洒落な雰囲気で様々なケーキが並んでいた。2人も他の客に倣ってケーキを取って席に着いた。
「ずっと来てみたかったんだけど、1人じゃ流石にね……」
「確かにハードルは高そうだな……」
鴉羽が周りを見渡すと女性客の集団と男女のカップルであろう客ばかりであった。
「私、人見知りであまり仲の良い友達が居ないからこういう所来れなくて……」
「星乃さんは誘わなかったの?」
「優希は色々忙しいみたいで中々誘いづらくてね…今日は部活の方に顔出してるみたいだし。昨日は自警団で色々あったんでしょ?」
「昨日は任務の後に自警団の皆で歓迎会をして貰ったな」
笹原は星乃とよく連絡を取りあっているようで昨日の事も聞いていた。折角なので、ケーキを楽しみつつ、鴉羽からも昨日の事を笹原に詳しく話してあげた。
「何だか楽しそうね……」
話が終わる頃には2人とも色々な種類のデザートを食べ終えていた。
「私も箱………」
声が小さくはっきりと聞き取れなかったが、恐らく私も箱人だったらという内容である事は、羨ましそうにしている笹原の表情から理解出来た。
「笹原さん。俺で良かったらまた誘ってよ。俺は自警団には所属してるけど、部活も入ってないし、転校して来たばかりで悲しい事に予定が何もないからさ」
鴉羽の気遣いに笹原が少し嬉しそうにクスッと笑った。
「ありがと。あんたやっぱり良い奴ね。じゃあ今度、学校付近のおすすめスポットを紹介してあげるわ」
「本当に?それは助かるな」
調子を取り戻した笹原に鴉羽はホッと一息つく。そして2人は連絡先のやり取りをした後、会計を済ませ、外に出たのだった。笹原はこれから妹の勉強を見ないといけないので、2人はここで解散する事にした。
「今日は本探しから色々ありがとね。楽しかったわ」
「こちらこそ。良い気分転換が出来てよかったよ」
「それじゃあまた明日学校でね」
「ああ。また明日。勉強教えるの頑張ってな」
笹原は鴉羽に笑顔を見せて上機嫌に帰っていった。鴉羽はそれを見届けて、再び学校に戻る事にした。
(ふふっ 今日は良い日ね♪)
笹原は鴉羽とのやり取りを思い出していた。思わず自分がスキップでもしたくなるような高揚感に浸っているのに気づき、少し顔が赤くなる。
(私ってチョロいわね…… )
歩きながら、自分の単純さに少し呆れ、必死に心を静めて冷静さを取り戻した。
「あの、すみません。ちょっと聞きたい事があるんですが……」
冷静さを取り戻した所に突然後ろから声を掛けられた。笹原は後ろを振り返る。
そこには2人の男が立っていた。1人は自分と同じくらいの歳だろう青年で、自分と同じく眼鏡を掛けている以外、至って普通の感じであったが、問題は声を掛けてきたもう1人の方であった。
2メートル近くある大きな体格に顔にはサングラスを掛けているが、右目にそれでは隠しきれない程の深い傷があった。丁寧な物腰とは裏腹に不気味で明らかに危険な雰囲気を醸し出す人物だった。
その様子に笹原の体が思わず震える。それを不審に思ったのか大柄の男は無言で笹原に近づいて来た。笹原は恐怖で身動きが取れなくなる。しかし、そんな笹原と近づく男の間に割って入る人物が居た。
それは鴉羽だった。
ケーキ屋から学校に戻ろうとした時に外から学校の様子を探っている怪しい2人組を見つけ、こっそり付いて来ていたのだった。
「君は?」
「この子と待ち合わせをして居た彼氏です。貴方達はもしかしてナンパか何かですか?」
不気味な男の問いに鴉羽は果敢に返答する。
「いや、そういう訳ではない。君達がそこの学校の生徒か聞きたくてね」
「この日本学校ですか?残念ながら僕たちはこの学校の生徒じゃないです」
鴉羽は動揺を見せないようにして咄嗟に嘘をついた。事前に学校を覗いている様子からこの学校に用がある事は推測出来ていた。だから学校の生徒だと知られれば危険が及ぶ可能性があると思ったのだ。
大柄の男はじっと鴉羽を見つめ様子を窺う。そして一応納得したのか少し後ろに下がった。
「そうか… だったら悪い事をしたね。セイメイ行くぞ」
セイメイと呼ばれた青年を連れ、大柄の男は去っていった。
鴉羽と笹原は何とか危険な雰囲気の男から逃れる事が出来たのだった。
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