第十二話 "カマキリの箱憑き" 2


 車が到着した場所は廃坑だった。


 「この中に箱憑きが居るんだな?」


 「はい、偵察部隊が確認しているので間違いありません」


 廃坑までの道には血のようなものが点々と付着しており、何やら不気味な雰囲気を漂わせている。

 

 「この廃坑に入り込む前に、近隣の牧場で家畜が惨殺されたようです。被害が人間に及ぶのも時間の問題でしょう」


 「分かった。直ちに討伐を開始しよう」


 「しかし、本当にその子達だけで大丈夫でしょうか?」


 サラが心配そうに神堂に尋ねる。


 「大丈夫、彼らは優秀だ。それにいざとなったら私が出る」


 「それなら良いですが… 君達絶対無理したら駄目よ」


 3人はサラの気遣いに礼をし、廃坑の入り口に向かった。神堂は少し後ろをついていき、3人の様子を見守った。入り口に到着すると、鴉羽が一呼吸置いてリーダーとして号令をかけた。


 「これよりカマキリの箱憑きの討伐任務を開始する。八雲、茜先輩、協力宜しくお願いします」


 「ええ、任せて」


 「よっしゃー!いっちょやってやりましょう!」


 3人は気合を入れて、廃坑へと入って行った。中はランタンの火が左右に僅かに灯っているだけで薄暗く、一本道が続いていた。奥に進むにつれ、ズル ズル と何かを引き摺るような音が聞こえてくる。歩みを進めると、突然開けた空間に出た。上が崩れている為か日の光が差し少し明るくなっている。


 そして、そこに例の箱憑きが居たのだった。10メートル程の巨大なカマキリで、肥大化したお腹が地面につき、歩くたびに引き摺られる。そして、カマキリの特徴でもある2本の腕の鎌は大きく鋭いだけでなく、刃の周りに無数の棘のようなものが付いており、まるでチェーンソーのようになっていた。


 3人は箱を握り、武器を展開した。

 八雲の箱からは、指先の空いた黒い手袋のようなものが出てきた。八雲はそれを手に装着し、拳を握る。


 「俺の武器は近接戦闘に特化した、このグローブっす!この拳であいつをぶっ飛ばしてやりますよ」


 八雲は得意げにグローブを見せる。その左の手の甲の部分には小さなモニターが埋め込まれており、数字の100が表示されていた。


 「私のは以前にも見せた、注射器型のクナイよ。治療を施す薬を調合するのがメインで正直戦闘向きではないわ。相手を死に至らしめる毒とか作れれば良かったのだけどね」


 (それは逆に作れなくて良かったのでは……)


 鴉羽はそう思ったが口には出さなかった。


 「まずは箱憑きの出方を伺いましょう。相手の能力を見極めつつ、隙を狙います」


 鴉羽達が武器を構えると、こちらの様子に気が付いたのか、カマキリが大きな体をこちらに向け、咆哮した。廃坑内に音が反響し、3人は思わず耳を塞ぐ。


 その隙をついて、カマキリは右腕の鎌を振りかぶり、何と鎌を投擲したのだった。


 (何!?)


 体から切り離された巨大な鎌が勢いよく鴉羽達に飛んでくる。鴉羽は咄嗟に2人の前に飛び出した。


 『〜まとい〜 霊亀れいき


 鴉羽は刀を地面に刺し、両腕に黒い闘気を纏っていた。手の先から空中へ黒い闘気が流れ出し、凄い速さで空中に壁を作っていく。鴉羽を中心にドーム状に展開された黒い闘気は、まるで亀の甲羅のようになっていた。


 鴉羽の展開した防御壁に巨大な鎌が激突する。鎌は弾かれること無く壁に張り付き、チェーンソーのように刃が回転し始めた。


 「くっ!」


ギィーーンと鋭い音を立てて防御壁を削っていく。鴉羽は負けじと腕に意識を集中させ、黒い闘気を送る。


 「先輩、俺が突っ込んだらその技を解除して下さい!勢いが落ちてる今なら俺の技で鎌を吹っ飛ばせる筈です」


 そう言う八雲の右手には赤いオーラが纏っていた。


 「分かった!」


 鴉羽が了承した瞬間、八雲はドーム内の鎌で削られている場所に突っ込んで行った。それを見て鴉羽は技を解除する。


 『オーラスマッシュ』


 八雲は現れた巨大な鎌を赤いオーラを纏った右手で思い切り殴りつけたのだった。殴った瞬間強い衝撃が走り、鎌は吹っ飛んで壁にめり込んだ。


 「よっしゃあ! これで1本は…」


 八雲が1本の鎌を封じた事に喜びを露わにしたその時、ジャラジャラと言う音と共に鎌がカマキリの右腕に戻っていった。よく見ると、腕から鎖のようなものが伸び、その先が鎌と繋がっていた。そうカマキリの腕は鎖鎌になっていたのだ。


 「これが箱憑きってわけかよ…」


 箱憑きの化け物ぶりに八雲は顔をしかめた。


 このまま、遠距離で構えていてはカマキリに一方的に鎌を投擲されてしまい、攻撃に転じる事が出来ない。鴉羽は次の手を考え、八雲に伝えた。八雲はその提案に頷いた。


 「茜先輩! 俺と八雲で奴の懐に潜り込みます。先輩は援護をお願いします」


 「分かったわ」


 ー来い! 『黒人形』


 鴉羽は5体の人形を召喚すると、1体を藤崎の元に残し、残りの4体と八雲と共にカマキリに向かって駆け出した。


 『〜纏〜 八咫烏 』


 駆け出した瞬間、鴉羽は巨大な鉤爪を纏う。それを見たカマキリは、危険を感じ取り、鴉羽目掛けて再び鎌を投擲した。


 (そうだ。俺を狙ってこい!)


 囮となった鴉羽は鎌をぎりぎりまで引きつけ、寸前の所で横の人形の中に入り回避した。そして、鴉羽の体は既にカマキリの足元付近まで迫っていた人形から出てきていた。カマキリは瞬時に左腕の鎌を鴉羽目掛けて振り下ろす。


 『オーラスマッシュ』

 

 振り下ろすより先に、ジャンプした八雲の拳が鎌を捉え、衝撃で後ろに吹っ飛ばしたのだった。


 カマキリは急いで右腕の鎌を戻そうする。しかし、体の動きが鈍く、右腕がすぐさま戻ってこない事に気がついた。


 『パラライズショット』


 鴉羽に避けられた右腕の鎌には注射器が刺さっていた。体を数秒間痺れさせる薬を藤崎が打ち込んでいたのだった。


 (貰った!)


 鎌がなく無防備なカマキリの体を鴉羽の鉤爪が捉える。そのまま相手を切り裂こうとした瞬間、突如鴉羽は酷い目眩に襲われた。見るとカマキリの口から紫色の霧のようなものが出てきていた。


 (しまった、毒か…!?)


 鴉羽の腕を纏っていた鉤爪が消え去る。


 「光太くん!」


 藤崎は解毒薬を鴉羽に投擲しようとしたが、カマキリの足元には既に紫の霧が充満し、視界が悪く鴉羽を見つける事が出来なかった。


 カマキリは痺れが取れたのか鎌を戻す。そして、動く事が出来ない鴉羽に鎌を振り下ろした。


 『インフィニティ・ゼロ』


 突如、鴉羽の周りを覆っていた毒霧が全て消滅した。驚いたのか、カマキリの動きが僅かに止まる。その隙に八雲は鴉羽の元に行き、体を担いで鎌を何とか回避した。そして、そのまま藤崎の元まで下がった。


 藤崎は調合した解毒薬を鴉羽に打った。目眩が治り、鴉羽は酷く咳き込んだ後、正気を取り戻した。


 「助かりました。八雲、茜先輩、本当にありがとうございます」


 「仲間なのだから当たり前よ!それより一真くん今の技は?」


 「インフィニティ・ゼロ。俺の必殺技って所です。この技は相手の能力を無効化し、消滅させます。それがどんな物質でも関係ありません。ただー」


 八雲が左手の甲を見せる。そこに埋め込まれたモニターには80の数字が書かれていた。


 「打ち消した能力の強さに応じてカウントが減って、0になると武器が強制解除され、丸一日、箱を出現させる事が出来なくなっちまうんです」


 「成程、ハイリスク・ハイリターンと言うわけか…」


 鴉羽は立ち上がり、カマキリを見る。先程の瞬間移動を警戒してか、迂闊に鎌は飛ばしてこない。


 「俺は毒霧を吐かれるとどうにも出来ない。だから八雲、次はお前にメインを任せていいか?」


 「任せてくれ、先輩。あいつに一撃叩き込んでやる」


 鴉羽達は再び、カマキリ目掛けて駆け出した。


 カマキリは2つの鎌を投げ輪のように頭上で回し、出鱈目に振り回し始めた。高速で暴れる鎌の動きに2人は接近する事が出来ない。カマキリの背後に回していた人形も一定距離近づいた時点で鎌に巻き込まれ消滅した。


 「くそ、近寄れねえ! 先輩どうする!」


 (カエルの箱憑きもそうだったが、やはりこいつらは学習している……)


 鴉羽はカエルの箱憑きが、鴉羽の動きを見て、広範囲の粘液攻撃に切り替えてきた時の事を思い出していた。このカマキリに同じ攻撃はもう通用しない。


 カマキリは高速で鎌を振り回しながら、大きな体を引き摺り距離を詰めていく。同時に鴉羽達は徐々に壁に追い詰められていった。


 「俺が奴の動きを鈍らせます。その隙に茜先輩はさっきの薬でさらに動きを止めて下さい。八雲はその後のトドメを任せる」


 「そんな事が出来るの?」


 「はい」


 鴉羽は全て人形を黒い闘気に戻し、刀に吸収させた。


 (人間の大きさじゃ鎌の隙間は掻い潜れない… もっと小さく、もっと多く、もっと速く…!)


 ー来い! 『黒鳳蝶くろあげは


 鴉羽の刀から無数の黒い蝶が飛び出した。蝶は一斉にカマキリに飛んでいく。カマキリは鎌を振り回し、多くの蝶を打ち消していくが、幾つかの蝶が鎌を掻い潜り懐に入った。


 蝶は腕から伸びる鎖の接合部分に入り込んでいく。そして蝶が接合部分に詰まった事で、カマキリの鎌の動きが鈍くなった。


 『パラライズショット』


 その隙に藤崎は痺れ薬を仕込んだ注射器を動きが鈍くなった鎌目掛けて投擲した。注射器は鎌に刺さり、カマキリの動きが完全に止まった。


 八雲が停止したカマキリ目掛けて突っ込んでいく。カマキリは苦し紛れに毒霧を吐くが、八雲はすかさず毒霧を消滅させた。そして、高くジャンプをする。


 『オーラスマッシュ』


 八雲の赤いオーラを纏った拳がカマキリの頭を捉えた。カマキリの頭は殴られた衝撃で半分以上潰れ、大きく凹んだ。そして、カマキリの体は横に大きく倒れたのだった。


 「よっしゃああああああああ」


 カマキリが倒れた事を確認した八雲は勝利の雄叫びを上げた。鴉羽と藤崎はその様子を見て、ホッと一息ついて、地面に座り込んだ。


 「何とか倒したか……」


 「やったわね。光太くん」


 「先輩と八雲のお陰です。1人ではどうにもなりませんでした…」


 鴉羽は改めて感謝を述べた。カマキリのそばに居た八雲も2人と勝利の喜びを分かち合おうと思ったのか、鴉羽達の元へ戻ってくる。



 その時だった。


 細長い針の様なものがカマキリの背中を突き破り、飛び出したのだった。針は八雲に向かってもの凄い速さで飛んだ。


 「八雲ーーーー」


 八雲が背後に気づいた時には針は既に目の前まで迫ってきていた。

 

 (間に合わな……)


 ズンと大きな音が響き、土埃が舞う。八雲の姿が見えない事に2人の血の気が引いていく。2人は八雲の無事を確かめる為に、土埃舞う場所に入っていく。


 「あ……」


 そこには身を屈めうずくまる八雲と刀を構える神堂の姿があった。


 「少々詰めが甘かったようだね」


 針が八雲に当たる瞬間、神堂が割って入り、刀で攻撃を防いだのだった。空中に浮いた針は再びカマキリの体に入り込む。すると、頭を潰され死んだ筈のカマキリの体が再び動き出したのであった。


 「でもまあ、Aランクの箱憑き相手にここまでやれたのは及第点と言えるかな。よくやったなお前達……」


 神堂は向かってくるカマキリを他所に3人の働きを褒めた。


 「先生、前!前!」


 藤崎が慌てて神堂に伝える。

 

 「ああ、分かっている。後は私に任せろ」


 神堂はカマキリに向き直り、刀を構えるのだった。


 

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