第八話 神堂自警団


 「瑞稀ちゃんおはよう!今日も早いね!明日から休みだし頑張ろうねー」


 「おはよう優希… あんた今日は随分機嫌が良いわね」

 

 「そ、そうかな?」


 図星を突かれて動揺した星乃は挨拶を済ませた後、クラス委員長としての仕事があるため、一旦荷物を置くと再び教室から出た。


 「それで何があったの?」


 笹原は席に着いていた鴉羽に近寄りこっそり尋ねた。


 (どこまで話したものか……)


 鴉羽は昨日のことや今朝のことを笹原に話していいのかどうか迷っていた。


 「私は優希が箱人だってことは知っているわ」


 鴉羽の考えを読んだのか、笹原は先に言った。鴉羽は昨日と今朝の出来事を正直に笹原に伝えることにした。


 「なるほどね…… 鴉羽くん。本当に優希の力になってくれてありがとね」


 「え…」


 「なによ… 私だって素直に礼くらいするわよ」


 鴉羽はてっきり星乃を危険に晒したことを怒られると思っていたので、笹原の感謝の言葉に戸惑ってしまった。


 「悔しいけど私はそっちの力にはなってあげられないから… だから自警団に入るならあんたが優希を守ってあげて」


 「勿論。前に君と約束したからな」


 笹原は箱を持っていない。だから同じ箱人である鴉羽に改めて親友のことをお願いしたのだった。


 「但し、優希に変なことをしたら許さないからね」


 「しないって!」


 ジト目で見てくる笹原に鴉羽は思わずツッコミを入れた。

 そうこうやり取りをしている内に星乃は戻って来て、間もなく授業開始のチャイムが鳴った。


 


     ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢



 

 何事もなく本日最後の授業が終了した。広大な学校ではあるが、授業自体は至って普通だった。1つ新たに驚いたことが有るとすれば、前田に連れられて行った食堂のメニューが100種類を超えていたことだ。前田はいつも行っている食堂だと言っていたが、10分くらい何を食べるか悩んでいた。



 「鴉羽くん、それじゃあそろそろ行こうか」


 星乃が後ろから声を掛けた。

 

 「そうだな」


 「じゃあ瑞稀ちゃん、私達は先に帰るね」


 「ええ、2人ともじゃあね」


 別れ際、笹原は鴉羽にこっそりウインクをした。恐らく優希をお願いねってところだろう。鴉羽は無言で頷く。2人は教室を出て学校の離れにある研究棟を目指した。どうやらそこに神堂自警団の拠点があるらしい。


 「これが…そうなのか?」


 到着して見ると、研究棟と言うよりはボロいプレハブ小屋に見えた。


 「うん。自警団の為の学校公認の秘密基地ってところかな。この離れ自体が一般生徒の立ち入りが禁止になっているけど、更にその中でもこれだけ古い建物なら誰も入りはしない筈だよ」


 (逆に興味を持つんじゃないか…?)


 周りが全て立派な建物なこともあり、その中に紛れてポツンとあるこの建物は明らかに浮いていた。

 

 建物の中に入ってみると物が何もなく殺風景だった。星乃が奥の壁を触ると、壁が開き中にはエレベーターがあった。


 「さあ、乗って乗って」


 鴉羽は驚きつつも、星乃に背中を押されエレベーターに入る。星乃がカードをかざすとエレベーターは動き出し地下に降りていった。


 「そういえば自警団は他に何人居るんだ?」


 「今は私含めて5人かな。皆先輩なんだけどね。ただその内の1人の先輩は2年前のお姉ちゃんのことが有ってから姿を消してしまったんだ…」


 「そう…だったのか…」


 「あっ だから同い年でクラスメイトの鴉羽くんが来てくれることはかなり心強いよ!」


 「ありがとう。俺も星乃さんが居てくれて助かるよ!」


 鴉羽は話を蒸し返してしまった自分を殴りたい気持ちで一杯だった。


 しばらくしてエレベーターが到着し、扉が開いた。そこには最新技術で作られたであろう機械が沢山置いてあり、部屋の中央には巨大な地図が投影されていた。地下に隠された施設の充実ぶりに鴉羽は目を丸くしていた。

 

 「やあ、星乃くん。彼が新しい仲間だね」


 そこには大柄で多少ポッチャリしていて、のんびりした雰囲気の男性が立っていた。


 「牛嶋先輩お疲れ様です。彼は私と同じクラスの鴉羽光太くんです」


 「やあ、鴉羽くん。僕は牛嶋大五郎うしじまだいごろうだ。君達の1年先輩で、料理部の部長もしている。これから宜しく」

 

 「こちらこそ。宜しくお願いします、牛嶋先輩」


 牛嶋は大きな手を差し出す。鴉羽も合わせ、2人は握手を交わした。


 「来たみたいね」


 奥で作業をしていたらしい女性が会話を聞きつけやって来た。とても美人な顔立ちでスレンダーで少し冷たい雰囲気を感じる女性だった。


 「茜先輩もお疲れ様です。彼が鴉羽光太くんです」


 「噂は優希ちゃんから聞いてるわ。私は藤崎茜ふじさきあかね。大五郎と同じ、君達の1年先輩で、この学校の生徒会副会長をしているわ。これから宜しくね」


 「はい。こちらこそ宜しくお願いします、藤崎先輩」


 「私のことは茜って呼んで」


 「え?」


 「あ・か・ね」


 「えっと… 宜しくお願いします、茜先輩…」


 藤崎は冷たい雰囲気というよりは少し変わった人間のようだ。


 「早速なんだけど光太君。貴方の武器を出して貰っても良いかしら」


 「…? 分かりました」


 藤崎にいきなり下の名前で呼ばれた鴉羽は言われた通り、箱を形成して、強く握り、黒い刀を出した。藤崎は手に持っていた機械を刀にかざし、ピピっと操作をした。


 「これで良しと。ほらあそこを見てみて」


 藤崎が指を差したのは、中央に投影された地図だった。その地図に新たに白く光る点が加わった。


 「これは所謂マーキングね。武器を出している間は、貴方がどこにいるかが分かるの。昨日は優希ちゃんの武器で位置が分かったのだけど救援が間に合わなくて。貴方のお陰で本当に助かったわ」


 「僕からも大事な後輩を救ってくれてありがとう」


 鴉羽は2人の先輩に深く頭を下げられて、戸惑った。

星乃も大事な扱いをされ恥ずかしい気分になって、戸惑っていた。


 「これからは光太くんも大事な仲間になるのだし、私達の武器を紹介しておくわね」


 そう言うと、藤崎と牛嶋はそれぞれ手の平に箱を形成して、強く握った。

 

 牛嶋の手には巨大なハンマーが形成された。そのハンマーを左手で軽々と持ち上げる。


 「大五郎の武器は言うならばコルクハンマーってところね。持ち手の部分がコルクを抜く栓抜きのようになっているでしょ」


 藤崎の言うと通り、一見普通のハンマーに見えるが確かに持ち手の部分の途中がネジのように渦巻いて下に伸び、先が鋭い針のようになっていた。攻撃するにはあまり向いてない場所に付いている針に思えるが。


 (箱である以上、有効に使う手段はあるだろうな…)


 鴉羽は続いて藤崎の武器を見た。それはなんと注射器だった。ただ、普通の注射器と違って押す部分の先に輪っかのようなものがついている。藤崎は輪に指を通し、慣れた手つきで注射器をくるくる回した。


 「私のは注射器型のクナイってところね。こうやって輪に指を掛けて投げて攻撃するの」

 

 そう言って、藤崎は鴉羽目掛けて注射器を投げたのだった。不意をつかれた鴉羽の右腕に注射器が刺さり、中にあった液体が鴉羽の体内に入っていく。


 「くっ!?」


 「茜先輩!? 鴉羽くんになんてことするんですか!」


 「安心して。毒とかじゃないから」


 液体が全て体内に入り込み、鴉羽に刺さっていた注射器が消滅した。鴉羽は体の異変を確かめる。


 「何ともない…?」


 体の至るところに意識をやってみるが特に異常はなかった。


 「全く君ってやつは。そんなことしているといきなり後輩に嫌われるよ」


 「そうですよ!私達茜先輩のこと嫌いになりますよ」


 「ま、まあ星乃さん。俺は特に異常は無いから…」


 「甘いよ、鴉羽くん。鴉羽くんからも言ってやらないと!」


 何故か星乃に怒られてしまった。藤崎は正座させられ、牛嶋と星乃に叱られていた。その後反省したのか、藤崎はしょんぼりしていた。


 「光太くん…ごめんなさい、つい調子に乗ってしまって」


 「いや、茜先輩が反省しているならいいですよ」

 

 「ところで茜。鴉羽くんには何の薬を打ったんだい」


 「ただの精力剤よ」


 「え!?」


 鴉羽は驚いて声を上げてしまった。星乃は顔を赤くして、藤崎を再び叱っており、牛嶋はその様子を見て呆れていた。


 「何だか騒がしいが一体どうしたんだ?」


 奥の扉が開き、筋肉質だが細みでありイケメンな男性が部屋から出てきた。


 「天城先輩お疲れ様です。聞いて下さい茜先輩が…」


 「また、茜が何かやったのか…」


 天城と呼ばれた男は呆れた様子で近づいてきて、鴉羽の存在に気づいた。


 「君が新しく入ってきた…」


 「はい。星乃さんと同じクラスの鴉羽光太と言います」


 「話は星乃に聞いている。俺は天城陽介あまぎようすけ。茜、大五郎と同級生で、この神堂自警団の謂わば部長的な立場を任されている。これから宜しく頼む」

 

 「はい、宜しくお願いします、天城先輩」

 

 天城は快活であり、頼り甲斐のある先輩に見えた。


 「ところで鴉羽。君はBランクの箱憑きを1人で倒したと聞いたが」


 「確かに倒しましたが、それは星乃さんが先に戦って弱らせてくれていたお陰でもあります」


 「謙遜しなくて良い。君の実力が一定以上あることは分かっている。そこでだ!それをこの目で確かめてさせてくれないか?」


 鴉羽にも段々と話が見えて来た。これはもしや…


 「俺と手合わせをしないか?」


 天城は唐突に鴉羽に手合わせを申し込んだのだった。

 

 鴉羽はこれは自分にとっても良い機会だと思っていた。箱人や箱憑きから皆を守るにはもっと経験が必要になる。神堂自警団の部長である天城に挑むことは、自警団の実力を計るのに都合が良く、更に強くなる為の良い経験になると思った。

 

 「駄目か?」

  

 「駄目では無いのですが、危険では?」


 「大丈夫だ。俺の居た奥の部屋が箱人の戦闘トレーニングが出来る部屋になっている」


 「分かりました、それでしたら宜しくお願いします」


 手合わせの了承をとった天城は鴉羽を奥の部屋に案内したのだった。

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