第七話 星乃が戦う理由


 ピーンポーン

 

 朝7時、鴉羽はインターホンの音で目を覚ました。カメラを見るとドアの前には星乃が居た。


 「あれ、星乃さんどうしたの?」


 「おはよう鴉羽くん。あの…朝食を一緒にどうかなと思って」


 そういえば箱憑きのせいで昨日の朝から何も食べていない。意識するとお腹が空いてきた。


 「もちろん、ただ申し訳ないのだけど少しだけ待って貰って良い?実は今起きたばかりで」


 「誘ったのはこっちなのだから、全然良いよ!」


 鴉羽は急いで支度を済ませ、星乃と一緒に1階にあるレストランに向かった。星乃によるとバイキング形式のレストランらしく、中に入ると既に結構な人が食事をしていた。料理を2人で取って回り、席に着いた。


 「それにしてもお金とか払わなかったけど大丈夫なのか?」


 鴉羽が星乃に疑問を投げかける。確かに入り口のカウンターに星乃が向かって行ってカードを見せただけで一緒に中に入ること出来た。


 「それにはちょっとした理由があってね」

 

 星乃が先程使っていたカードを見せてくれた。そこには神堂自警団:星乃優希と書かれていた。


 「これは…?」


 「昨日騎士の人達と話をした時に言ったかもしれないけど、私は自警団の一員なの」

 

 

 星乃が自警団の説明をしてくれた。

 

 自警団は、アリの箱憑き事件以降に誕生した箱人で形成された、箱の事件に対する治安維持を行う集団である。騎士とは違い給料が支払われることはないが、箱人犯罪者を捕まえたり、箱憑きを討伐することで報酬を手に入れることは出来る。登録には5人以上の箱人がいること、その自警団の顧問となってくれる1人以上の騎士がいること、その両方が必要である。最終的にパンドラ帝国の承認がおりれば、自警団として認められるのだ。


 そして、星乃が言うにはこのカードは自警団に所属していることを示す身分証明書で、これを持っていると帝国が運営している施設のものは無料で利用出来るらしい。この学校も帝国の運営なのでこのレストランも対象内だそうだ。

 

 「なるほど。でも星乃さんは分かったけど何で俺も一緒に入れたんだ? 」


 鴉羽は自警団の一員ではない。本来ならばお金を支払う必要があるわけだが。


 「えっ? いやぁ…えっと、そのう…」

 

 星乃が何故か急に狼狽える。顔が赤くなっているようにも見えた。


 「ま、まぁ入れたんだから気にしない気にしない!無料なんだからいっぱい食べよう」


 結局、星乃にはぐらかされたまま朝食を終えた。登校も一緒にすることにし、一度2人は支度の為に自室に戻った。



 (どうして星乃さんは自警団に入ったのだろう?)


 学校への準備中ふと鴉羽は思った。箱人になったからといって、何処かの自警団に所属しないといけない決まりはない。現に鴉羽自身が無所属である。


 (無料で施設が利用出来る特典… は流石にないな)


 星乃とは知り合ったばかりではあるが、少なくとも特典に釣られて所属したとは考えにくい。クラス委員長や副部長を務めていることから責任感が強いことは見てとれる。恐らく、自警団に所属した理由も単純ではないだろう。


 一先ず鴉羽は準備を終えて一階に降り、入口で星乃を待った。しばらくして星乃が降りてきたので、2人は学校に向かった。


 


 「ねえ、鴉羽くん。あのっ…えっと…その…」


 学校に向かい坂を下る途中、星乃が急に切り出した。しかし、言いにくいことなのか言い淀んでいる。鴉羽は星乃を少し落ち着かせてから改めて話を聞いた。

 

 「鴉羽くん…神堂自警団に入ってくれませんか!」


 星乃は意を決して鴉羽に伝えた。


 「昨日の夜にずっと考えていたの… 鴉羽くんは私が救えなかったあの子の母親の命を救ってくれた。私の命まで助けてくれた。私じゃ助けることが出来ない命をあなたは助けることが出来るって」


 星乃は昨日のことで自分の無力さを実感して悩んでいたようだ。


 「でもこれは私の我儘… 自警団としての活動は常に命の危険が伴う。本当は鴉羽くんにそんな危険な真似は絶対させたくない… でも、それでも…」


 心の中では鴉羽を絶対に危険に晒したくはないが、守りたいものを守る為には自分は無力で、鴉羽に頼むしかなかった。


 「星乃さんは…どうしてそこまで…苦しかったら辛かったら逃げ出しって良いんじゃないかな…」


 命を危険に晒していても、無力を感じ心が傷ついていても、懸命に戦おうとしている星乃に鴉羽は尋ねた。


 「…私はね……2年前… お姉ちゃんが箱憑きに殺されたの…」


 星乃は詰まりながらも姉の星乃優美ほしのゆうみについて話をした。


 星乃優美は優希の2歳上の姉で、箱人であり、また優希が所属する神堂自警団の創始者の1人だった。卓越した戦闘能力を持ち、Aランクの箱憑きを1人で圧倒する程の実力者だった。帝国の騎士からの評価も高く、将来は最高位の騎士として活躍が期待されていた。2年前の事件が起こるまでは。


 その日は、帝国からある箱憑きの討伐に力を貸してほしいという依頼を受けていた。複数人の騎士やあらゆる自警団から人が集められ、神堂自警団からは優美が現場に向かっていた。そこには虎の箱憑きが居た。

 

 虎の箱憑きは箱人達の連携で、難無く倒された。だが箱憑きが死ぬ瞬間、突然体の中から無数の斬撃が周囲に飛び出したのだった。箱人達は決して油断していた訳ではない。しかし、その不意打ちでその場に居た箱人全員が無惨にも切り裂かれたのだった。助けが来た時には既に生き残りは居なかった。優美だけは致命傷は避けたものの、助けが間に合わず、出血多量で亡くなっていた。

 

 「その報せを聞かされた時、私の頭の中はぐちゃぐちゃになって、ずっと泣いていた…その時に突然目の前に箱が現れたの」


 姉の死によって星乃は箱人として覚醒したのだった。


 「お姉ちゃんはいつも言ってたの。友達を、先生を、好きになった人を、そして私達家族を皆を守りたいって。自分が頑張ることで、その手が届くならいくらでも頑張れるって」


 「姉妹だけあって考え方も似ているみたいで、私は純粋にお姉ちゃんの想いを継ぎたいと思ったの。私も皆を守りたい…お姉ちゃんと比べて何もかも足りないけど、だからってその想いを捨てて逃げたくないんだ…」


 それが星乃が自警団に入って戦う理由だった。想像以上に重く辛い内容だった。


 (皆を守りたいか……)


 星乃の真っ直ぐな気持ちに、鴉羽は過去の記憶を少し思い出す。建物が真っ赤に燃え、焼け落ち、辺りでは沢山の悲鳴が聞こえてくる。そこに幼い鴉羽は呆然と立ち尽くしていた。

 

 (あの時、俺は全てから逃げ出した…… でも…今度は……)


 両親と1人の女の子の姿が目に浮かび、ふっと煙のように消える。目に浮かんだ彼らの表情は微笑んでいるように見えた。


 「星乃さん、ありがとう。辛いことなのに話してくれて… そしてどうか俺を自警団に参加させてくれないか?」


 「いいの…?」


 鴉羽は強く頷く。星乃は目に涙を浮かべながらも、嬉しさのあまりか、鴉羽の手を思わず握った。

 寮から登校しているのは鴉羽達だけではない。他の学生達と距離を取って歩いていたとはいえ、流石に手を握っては周りが少しざわついていた。


 「星乃さんちょっと恥ずかしいのだけど…」


 星乃は顔を真っ赤にして手を慌てて離した。2人はしばらく無言で歩いた。気持ちが落ち着いてくる頃には、裏門に到着していた。


 「星乃さん俺は自警団に入りたい。具体的にはどうすれば良い?」 


 星乃の様子を確認して、鴉羽は改めて尋ねた。


 「う、うん。具体的には私達の顧問である神堂先生と面談をして、許可をもらえれば自警団の一員になれるよ」


 (神堂先生… 神堂自警団と言う名前を聞いた時もしやと思ったが……)


 恐らく、鴉羽をこの学校に推薦してくれたあの神堂先生と同一人物であろう。今に思えば、神堂と出会った時の隙のない佇まいは、騎士と言っても過言ではなかった。


 「神堂先生は出張中で、今日の放課後に帰ってくるみたいなの。自警団の一員で迎える予定なのだけど、一緒にどうかな?昨日の箱憑きの報告もその時に騎士である先生にしようと思ってて」

 

 「特に予定もないし構わない。箱憑きの件は俺も関わっているしな」


 神堂先生には、自警団の件もあるが、転校のお礼も言えてない状況だったので、鴉羽にもタイミングが良い提案だった。

 

 その後、2人が教室に到着する頃には星乃は少し吹っ切れたのか、上機嫌だった。その様子に鴉羽も安心し、2人は教室へと入っていった。

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