サンシャイン・スーパーマン

増田朋美

サンシャイン・スーパーマン

サンシャイン・スーパーマン

今日は晴れた日というより、少々暑くて、一寸暑さに弱い人には、居辛いかもしれない日であった。そんな中、暑さなんか関係なく、杉ちゃんとジョチさんは、足の悪い二匹のフェレットを連れて散歩に出かけた。一匹は前足が一本無く、もう一匹は、後ろ足が完全に欠落しており、車輪つきのまな板に乗って移動しているという光景は、さぞ異様な光景に見えることだろう。三本足の正輔はまだ自力で歩けるが、二本足の輝彦君の方は、車輪付きのまな板に乗って、ジョチさんに引っ張って貰いながら、移動している。障害のあるペットを飼っていると、ほかの人から変な目で見られると思われるが、そんなことは、杉ちゃんもジョチさんも気にしないのだった。

杉ちゃんたちは、公園のベンチがいくつかあるところについた。暑いですねえ、座りましょうか、なんて言いながらジョチさんは、ベンチのひとつに座った。正輔も輝彦も足が悪いから、どうせ遠くにはいかないから、安心して見ていられる。

ジョチさんと杉ちゃんが、暑いですねなんて言いながらベンチに座ろうとすると、近くからオーボエの音が聞こえてきた。

「おう、路上ライブか?」

と、杉ちゃんがいうと、

「ああ、この曲、サンシャイン・スーパーマンですね。イギリスのシンガーソングライター、ドノバン・フィリップス・レイッチの代表曲です。」

とジョチさんが言った。

「はあ、誰の曲なんだ?」

「だから、ドノバン・フィリップス・レイッチですよ。ビートルズ同じくらいのころ、人気があった、歌手です。僕が幼いころですから相当昔の歌手ですけどね。」

杉ちゃんがそう聞くと、ジョチさんはにこやかに笑った。その間にも、正輔の方は、どんどん三本足を動かして何処かへ行ってしまう。

「正輔君、何処に行くんですか?」

とジョチさんが追いかけると正輔はオーボエの音がする方へ、移動してしまった。輝彦も行きたそうな顔をしているので、杉ちゃんが持ち上げて膝に乗せ、又彼の後をついて言った。

ベンチの近くにあった木の下で、ひとりの若い男性が、オーボエを吹いていた。その年代から判断すると、サンシャイン・スーパーマンは古すぎる曲だった。

正輔が、その男性の前で止まった。そして、フェレットの言葉で声をかけているつもりだろうか、ちいちい、と声をあげて、男性を見た。

「おう、なかなかいい演奏をしているじゃないか。そのサンシャイン・スーパーマンは、ずいぶん古い曲だが、何処で聞いたんだ?お前さんのお父さんとお母さんが聞いていたのかな?」

と、杉ちゃんがからかうと、その男性は一寸緊張した顔つきをして、吹くのをとめた。

「どうしたんですか?そんなにこわがらなくてもいいんですよ。僕たちは、ただ、あなたの演奏がお上手だったので、それで声をかけさせて貰いました。」

と、ジョチさんがいうと、

「ああ、ああ、すみません。」

「すみませんじゃないよ。其れより、このフェレット君たちが、お前さんの演奏を聞かせて貰いたいと言っているんだ。すまないが、一曲吹いてみてくれないかな。」

杉ちゃんが男性に言った。

「別に悪いようにはしないから。一寸吹いてみてくれ。」

「はい。」

男性はもう一度サンシャイン・スーパーマンを吹き始めたが、杉ちゃんたちが聞いているので、一寸緊張してしまっているのだろうか。一寸音を外したりもしたが、見事な演奏をした。

杉ちゃんもジョチさんも拍手をした。

「いい演奏ですね。お上手ですよ。誰かに師事したらどうですか。きっとうまくなりますよ。」

ジョチさんがそういうと、

「あ、ありがとうございます。」

そういう男性は、一寸杉ちゃんたちをこわがっているというか、人がこわいというような症状が

あるような感じだった。もしかしたら精神が病んでいるとか、そういう感じの男性かもしれなかった。

「もし、僕たちがこわいというのなら、この二匹のフェレット君に聞かせてやるつもりで吹いてくれないかな?もう一曲、何か吹いてくれない?今度は、邦楽がいいな。僕、外国の曲はよく知らないのでね。」

と、杉ちゃんが言うと、

「ええ、分かりました。じゃあ、大空と大地の中で。」

男性は、大空と大地の中でを吹き始めた。これはまた古い曲だと思われるが、其れでも音は正確だし、しっかりと、リズムも取れている。曲の伸びやかなところが、しっかり出ている演奏だった。

演奏が終わったあと、杉ちゃんたちは拍手をした。

「いやあ上手だなあ。お前さんは。これでは、なんかここでストリートライブやっていたらもったいないよ。きっと、クラシックの曲だって、どんどん吹けちゃうんじゃないの?」

杉ちゃんが言うと、男性はありがとうございますとだけ言った。

「よろしければ名前を教えてくれない?何だか又お前さんの演奏聞きたくなった。又ここに来てくれるかな?」

と、杉ちゃんが言うと、

「はい、梅沢と申します。梅沢幸弘です。」

と、彼は小さい声で答えた。

「そんなにこわがらなくてもいいんだってば。僕たちはただ、お前さんの演奏が気に入っただけなんだから。悪い奴らでもなんでもないよ。ただ、お前さんの、オーボエの音に感動したんだ。それではいけないかな?」

杉ちゃんが言うと、

「杉ちゃん、あんまり関わりすぎるのとこわがってしまいますよ。もうそのあたりにしておいた方がいいのでは?」

とジョチさんが言った。

「そうかそうか。じゃあ、僕たちはここで帰るが、またここでサンシャイン・スーパーマンを聞かせてくれるかな。お前さんは、なんかアンマリ生きることに意味を持っていないように見えるが、そうじゃなくて、もっと自信をもって生きてくれると良いな。」

と、杉ちゃんは、彼を励ますが、杉ちゃんのそのやくざの親分のような口調では、とても励ましているように見えなかった。

「また、来週の今日も雨じゃなかったら、来てくれるか?この時刻にこの公園で。」

梅沢さんは、どうしたらいいのか分からない顔をしている。

「その通りにすればいいんですよ。ただ、雨が降ったらオーボエがダメになってしまうでしょうから、それはやめておいて、晴れた日であれば、又この時刻に、この公園に来て欲しいんです。」

ジョチさんがそういうと、

「ああ、はい、、、。分かりました。じゃあ、、、来週ここへ来ます。」

と彼は仕方ないと思っているのか、其れともここへ来たいのかどちらとも取れない顔をしていた。そういうことなら、杉ちゃんが、

「じゃあ、必ず来てくれよ。お前さんの演奏聞きたいからな。よろしく頼むぜ!よかったなお前さんも、客が増えてくれてさ。」

と、にこやかに笑ってそういうと、梅沢さんは、小さい声ではいと言った。ちょうどその時、お昼の12時の鐘がなった。

「じゃあ、今日は、ここで帰るが、またお前さんの演奏聞かせてくれよ。」

杉ちゃんとジョチさんは、障害のあるフェレットたちを抱き上げて、公園を出ていった。杉ちゃんたちが反対方向を向いても、フェレット二匹が、梅沢さんをじっと見ていた。

杉ちゃんたちが、製鉄所に戻ってくると、又四畳半からせき込んでいる声がする。其れと同時に水穂さんを世話しているブッチャーが、

「もう、水穂さん、ご飯を食べないからそういうことになるんです。体力がないからいつまでもよくならないんですよ。それでは困るじゃないですか。そうならないためも、ご飯を食べて、しっかりしてください。」

と言っているのが聞こえてきた。

「やっぱり、水穂さんは、ご飯を食べないみたいだな。誰かがご飯を食べさせても、無駄な事だということかな。」

「そうみたいですね。水穂さん、しっかり食べてくれればいいんですけど、本人がどうしようもないですよね。」

と、杉ちゃんたちは、玄関を上りながらそういうことを言った。

同時に四畳半からブッチャーと水穂さんだけではなく、聞きなれない声が聞こえてきた。誰か来客でもあったのだろうか?

「おいおい、お前がよくなってくれなかったら、今度の音楽祭はどうなるとおもっているんだ。俺はお前をソリストとして出すのを、あきらめてないぞ。」

「広上さんが来てたのか。」

と、杉ちゃんが四畳半に行くと、四畳半にはブッチャーが、水穂さんにご飯を食べさせようとやっきになっているのと、広上鱗太郎が、腕組みをして、縁側に座っているのが見えた。

「どうしたんですか。こんなところに来て。」

と、ジョチさんが言うと、

「いやあな。オーケストラの練習がいつになるか忘れてしまって、てっきり今日だと思っていたら、明日に間違えていたことが分かったので、水穂がどんな顔をしているか、見に来ただけだよ。」

と、鱗太郎は、頭をかじって言った。

「其れ、本当に忘れてきたんですか?本当は、水穂さんのことが気になってしょうがないんでしょう?音楽祭でどうしても、ピアニストとして使いたくて。」

「すみません、理事長さんにはかないませんね。まさしく図星です。でも、」

「まさかこんなに悪くなっているとは思わなかった、だろ?」

ジョチさんと杉ちゃんに相次いでいわれて、鱗太郎はさらに小さくなった。

「ですけどねえ。広上さんがこうして気にしてくれるんですから、水穂さんも自分は必要とされてないから、早く死にたいなんて思わないでください!」

ブッチャーが、どうしても言いたいという顔つきをして、水穂さんに言った。そして水穂さんの口もとに付着していた内容物をふき取った。

「お前、本当に、いい医者も見つけられないのかな。誰かさ、同和地区の奴も関係なく、見てくれる医者とかそういうのはいないのか。テレビに出てくるすごい医者とか、そういうやつに頼めないかな?」

鱗太郎がそういうと、

「ああー、無理無理!そういうことは、あきらめた方が良いよ。偉い奴ほど、水穂さんみたいなやつを、診察しようとは思わないだろうよ。なぜか分かるか?偉い奴が、水穂さんを見たってなれば、すごいスキャンダルで、偉い座から落とされてしまうからだ。偉い奴は、自分を守る事しかしないんだよ。」

杉ちゃんがあっさりとそれを打ち消してしまった。

「うーんでもねえ。偉い奴というけど、医者というのは、病人を救ってやることが仕事じゃないの?人を選ばない職業だと思うけど?」

「いや、それは絶対ない。偉い奴は自分の事で精いっぱいで、水穂さんのような人を見たら、ごみみたいに捨てて、どぶに落としたまま、何の責任も取らないでのうのうと生きてるよ。他人のために奉仕する奴なんて何処にもいないよ。みんな自分の地位とか、そういうためにしか生きてないのさ。そういうために生きているから、肩書きってもんがついてくるんだよ。」

鱗太郎の言葉を杉ちゃんは打ち消した。

「そうですね。まあ、人間なんてあれこれ批判はするけれど、やっぱり自分が一番かわいいと言いますからね。」

と、ジョチさんは苦笑いした。

「まあでもさあ、こっちの意見をどんど主張して、治してくれって懇願すれば、なんとかなるんじゃないのかな。だって、だれだって、必要ない奴なんていないよ。」

「そうだねえ。偉い奴が、皆、広上さんみたいな答えを出してくれるはずもないからねえ。今日、公園であった、サンシャイン・スーパーマンを吹いてたオーボエさんも、なんか偉い奴に傷つけられたような、そんな顔をしてたよ。きっと指導者と何かあったんだろうね。それでごみみたいに捨てられて、仕方なく、唯一の友達である、オーボエと遊んでいるしかないんだろう。まあ、広上さんに話しても、知ったこっちゃないだろうな。」

鱗太郎の話しに、杉ちゃんは直ぐに話題を変えた。

「何!公園にそんな奏者がいたんだって!其れなら是非、うちの楽団に入って貰おう。そうすれば、そいつも居場所がみつかるし、俺だって、人助けをしたことになるよなあ。ほら、これで偉い奴は自分の為だけという定義も破れるぞ!」

「そうかもしれないけど、人にはいろんな事情があるんだ。その男性、なんか人がこわいというか、悲しそうな感じの奴だった。そんなやつに、大規模なオーケストラは、できると思う?」

そういう話にも、直ぐにくっついてしまう鱗太郎である。

「いや、俺がする。是非、その奏者にあわせろよ。俺たちの楽団は深刻な人手不足で困っているから。特に、管楽器は、人数が少なくて、三管編成の曲もできなくて、俺も団員さんもつまらないと言っている。だから、そのオーボエ奏者にあわせてくれ。な、頼むよ、杉ちゃん!」

「でもねえ。広上さんみたいな有名すぎる位有名な人に、いきなり言われてもどうかと思うけど、、、。」

と、杉ちゃんが言うと、

「いや、いいんじゃないですか。もしかしたら、彼だって変わろうとしてくれるかもしれません。いや、彼だって、変わらなければならないかもしれない。その時なのかもしれないし。」

と、ジョチさんが言った。

「でも、僕は、そういうことはしないほうが良いと思うのですが。一度、傷ついている元凶に又戻すのはどうかと。」

水穂さんが細い声でそういうと、

「そうなんですけどね。せっかく広上さんがそういうんだったら、そうした方がいいかもしれませんよ。とにかくですね、いつまでも病んでいるわけに言いはいかないんです。」

とジョチさんが言った。

「だろ?流石理事長さんだ。俺の事なんでも知ってる。よし、じゃあ、そのオーボエ奏者に俺もあわせてくれ!」

鱗太郎がそういうので、杉ちゃんたちは、そうすることにした。とりあえず、彼の演奏を、鱗太郎に聞いてもらう事は、梅沢さんには伏せておくことにする。

一週間後。先週と同じ時刻に、杉ちゃんとそして鱗太郎は、梅沢さんがいるはずだった木の下へ行く。

「ここでまってるとくるのか?」

と、鱗太郎が聞くと、

「はい。そうなるはず。」

と杉ちゃんが答えた。ところが、十分待っても、二十分待っても、その梅沢幸弘さんは現れない。一体どうしたんだろうねと杉ちゃんたちが顔を見合わせていると、今度は男性ではなく一人の女性が現れた。ただ、性別が違っても、一寸梅沢さんに似たようなところがあるので、兄弟だということははっきりしている。

「あの、梅沢幸弘さんの身内の方ですか?」

と杉ちゃんが訪ねると、

「はい、梅沢幸弘は、弟です。私は姉の富田文子。旧姓梅沢文子です。」

と、女性、文子さんは応えた。

「あの、弟が、ここで楽器を吹いていたと聞いたのですが。」

「ええ、確かに吹いてたよ。サンシャイン・スーパーマンとかいう、すごい古臭い曲。」

文子さんの問いかけに、杉ちゃんは答える。

「そうなんですか。本当に失礼なことをしました。たまたま弟の手帖に、今日ここで人に会うと書いてあったものですから、本当にそうなのか半信半疑でここに来ました。」

文子さんは、疑っているような顔つきで言った。

「あの、弟さんは、どうしているんですかね。弟さんがすごい演奏をすると聞いたものですから、是非うちの楽団に入ってもらえない者でしょうかね。」

と、鱗太郎が半ば強引に持っていくと、文子さんは、悲しそうなというか、申し訳なさそうな顔をした。

「そうだったんですか。弟にもう少しそのあたりしっかり伝えておけばよかった。私、弟の自殺をとめられなかったんです。弟に、もう少し、ここで生きていてほしいと言ってあげれば、弟は死なずに済んだかもしれない。」

と、文子さんはどぎまぎした表情で言った。

「弟は、二日前に、自宅で死んだんです。もう生きていかれないって、書いてありました。高校を出て、音楽を習っていたけど、先生に捨てられてからは、生きようと思わなくなってしまったようで。私がとめてやればよかったんですわ。本当に誰か弟を必要としてくれる人が現れてくれたのなら、それを伝えてやればよかった。以前、弟は、だまされた事もありました。演奏を販売しようとかそういうインターネットのサイトで。でも、こうして、会いに来てくれる方が、本当にいたんですね、、、。」

「どうして、そんなに自分の事責めるんだ?お前さんにできることはやったと思うけど?」

と、杉ちゃんが言うと、

「いえ。弟が、今日ここにくることを、私に話してくれた時、私は又騙されるのではないかと思って、いかないほうが良いと言ってしまいましたから。」

そういうことだったのか。自殺はだれをも幸福にしない。後悔や悲しみだけが残る。

「そうですか。俺たちは、弟さんを俺たちの楽団に来てもらいたいと思ったのですが。ほんと、皮肉ですね。同じ、音楽やっている者として、弟さんが浮かばれなかったのが、悔やまれます。」

と、鱗太郎は悔しそうに言った。そういうことを、口に出して言えるのが鱗太郎ならではだったかもしれない。

「いずれにしても、弟さんのサンシャイン・スーパーマンはお上手だった事を、忘れないやってくれますか?」

と、杉ちゃんが言うと、文子さんははい、とだけ言った。

そのころ、製鉄所では。

ジョチさんとブッチャーは水穂さんの世話をするために残っていた。最近寒暖差が大きいせいか、水穂さんは、何だかとても辛そうだ。布団に横になってはいるが、肩で大きく息をして、そしてせき込むのだった。

「水穂さん大丈夫ですか。吐き気がしたら言ってくださいね。俺たち、直ぐに対処しますからね。」

と、ブッチャーが声をかけると、水穂さんははいと言った。

「こうなると、水穂さんは、医者に見せるのもかわいそうになりますね。」

ジョチさんも心配そうになってそういうのである。

「何だか、絶対いてほしい存在なのに、それに気が付いてくれないってのは、ほんと、辛いですね。」

ブッチャーがそういうと、

「そうですね。誰でもそうだけど、不必要な人間というのは本来、いないはずなんですが、それにどうしても、気が付いてくれない人が、多いですよね。気が付いてれば、もっと早く解決したという事例はいろいろありますよ。」

ジョチさんも、はあとため息をついた。誰も、必要のない人なんておもってはいない。でも、世のなかには其れをおもえない人もいるんだということだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サンシャイン・スーパーマン 増田朋美 @masubuchi4996

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る