外伝三・一 アネモイ学院

 龍族の国「ベレヌス」に住む龍族の子女達は、隣国の「エリウ」にあるアネモイ学院に進学することが義務付けられている。エリウは人間と龍族が共存する国だ。万が一学院の敷地内に誤って人間が入り込まないよう結界が張られており、厳重に管理されたシステムとなっている。


 此処は基本的な魔術を始め、座学と実地訓練を主とする全寮制の学校だ。男女共学で、年齢的には満年齢十一歳から入学し、十六歳で卒業の六年生制度である。入学時は基礎的学問(筆記や計算など)以外は皆人型をとれること、空を飛ぶことの最低二つしか出来ない。卒業する際に生徒達は一通り何処へ行っても問題ないレベルの教養と魔術、武術を身に着け、一人前の龍族へと成長し、巣立ってゆくのだ。

 

 十一歳の誕生日を迎えたウィリアムは、例にもれずこのアネモイ学院に入学し、新生活を始めることとなった。彼はしきたりや決まり事を余り好まない為、今回の入学に関しては渋々参加する状態だった。ただ新しい環境という点に関しては興味津々の様だ。後、特に指定の制服はないというのも都合が良かった。


 学院の建物は見た目お城の様だ。ゴシック調の西洋館は厳かな雰囲気を醸し出している。此処は地理的にエリウの中で最もエウロスよりで且つ“気”が溢れている土地だ。


 手続きを済ませ、荷物を預けたウィリアムが本館にある新入生の教室に入ると、見覚えのある姿が目に入り、空色の瞳を輝かせた。艷やかな漆黒の髪を持ち、琥珀色の瞳を持つ白皙の美少年。彼の幼馴染みである、サミュエル・ガルシアだ。確か彼は家の事情で暫く旅に出ていて、二・三日前に帰宅したばかりらしい。箱入り息子の様な上品な外見からはとても想像しにくい。


「よぉ、サム!」


「なんだ。お前かウィル」


「なんだとはご挨拶だな。折角同じクラスになれたのに」


「ウィル。此処は家じゃない。問題を起こすと小父上に迷惑がかかるから大人しくしろよ」


「ちぇ。お前は変わらず真面目さんだな。折角父上の眼が届かない隣国での新生活だというのに、つまんないの」


 サミュエルから素っ気ない返事を返されたウィリアムは鼻白んだ。決められた席につき、手持無沙汰の彼は蜂蜜色に輝く己の髪で遊び始める。隣の席であるサミュエルは本を読みながらやれやれと溜め息をついていた。


 ウィリアムとサミュエルの性格は太陽と月の様に真反対である。マイペースで不羈奔放なウィリアムに、大人しいタイプのサミュエルはいつも振り回されている。しかし彼と居ると居心地が良いのか、何だかんだと文句を言いながらも常に一緒に居る。


「お二人共仲が宜しいんですね」


 声がした方向にウィリアムが振り向くと、赤金色の巻毛をした翡翠色の瞳の美少年がにこにこ微笑んでいた。色白でマシュマロの様な頬をしている。その様は、まるで天使の様な愛らしさだ。


「ああ。彼とは小さい頃からの馴染みなんだ」


「そうなのですか。初めまして。僕はエドワード・ピュシーと申します。どうぞ宜しくお願い致します」


 ウィリアムが目を丸くする。


「エドワード……君は男なんだ。可愛らしいものだからついついお姫様かと思っ……痛たた!」


 思ったことをずばずば言うウィリアムの耳をサミュエルが無言のままつねっている。それを目の当たりにしたエドワードはクスクス笑う。


「慣れっこですから大丈夫です。この外見で女の子と間違われるのは日常茶飯事ですから」


「離せよサム。悪かったエドワード。謝る。僕の悪い癖なんだ。悪気はない。……僕はウィリアム・ランドルフ。隣のこいつはサミュエル・ガルシアだ。僕らのことはウィルとサムと呼んでくれ」


「分かりました。僕のことはエドと呼んで下さい。知らない人ばかりでちょっと不安でしたけど、お二人のお陰で安心しました」


 エドワードは微笑んだ。




 その日の夜、本館の中にある食堂にて。食卓を囲み笑顔と良い匂いで満ち溢れている。食堂では席は特に決められておらず、各自好きな席に座り食事をとっていた。和気藹々とした時間が過ぎてゆく。


 お腹の中に詰め込むだけ詰め込んで一段落し、宿舎の割り振り表に目を通したウィリアムは、ヒュゥと口笛を吹いた。


「此処の寮は四人部屋か二人部屋のどちらかなんだな。僕は二人部屋らしいが……おお! サム。寮でもお前と一緒か! 偶然にしては出来過ぎだ。なぁサム。僕達絶対何か運命の赤い糸で結ばれていると思わないか?」


 傍でお茶を吹き出すサミュエル。ウィリアムはケラケラ笑いながら軽くむせている友人の肩を叩いた。


「幾ら嬉しいからって何もそこまで喜ばなくても」


 口をナフキンで拭いつつ琥珀色の瞳の少年は反論した。


「ケホケホ……そう言うのは普通恋人同士に使う例えだ。僕達はどう見たって違うだろう。使い方を間違えている」


「まぁまぁ、かれこれ五年目の付き合いだ。細かいことは気にしない気にしない!」


「気にしろよ!!」


「あははははは!!」


「そこ! 食事中はもう少し静かにしなさい!!」


 入学早々、担任のハニー・マクスウェル先生に二人揃って注意されてしまった。


 生徒達が修学期間中に寝泊まりする宿舎は、教室のある本館と繋がっており、男子寮と女子寮は東塔と西塔に分けられている。食堂にて夕食を済ませた者は特に用がない限り消灯時間まで自由時間となっている。


 ウィリアムに与えられている部屋は二人部屋だ。寝台と自習用の机、本棚もきちんと二人分備え付けてあり、クローゼットやシャワールームも備え付けてある。就寝支度を済ませたサミュエルは早々に寝台に身を横たえていた。



「僕は疲れたから先に休む。消灯時間までは自由みたいだけど、大人しくしてろよ」


「もう寝るのか? 旅の出来事をゆっくり聞かせてもらおうかと思ってたのに」


「今度ゆっくり話すよ」


「そう言えばお前……」


 隣からは軽やかな寝息が聞こえ、それ以上は聞けなくなってしまった。ウィリアムは喉元まで出てきていた言葉を引っ込める。もやもやが残るが、仕方がない。


――色々聞こうかと思ってたのにな。残念。サムの奴、まだ旅の疲れがとれてないのかな。


 彼は一つ気になっていることがあったのだ。幼馴染みが常に肌身はなさず身に付けていた月色に輝く宝石、“月白珠”の首飾りが忽然と姿を消していることを。


――確か“月白珠”は自分が守りたいと思う相手に贈る、ガルシア家特有の宝石じゃなかったのか? 幾ら修学中だからと言って、自分の身から離して良いものでは無かった筈だぞ。明日聞いてみようか。


 布団に潜り込んだウィリアムは目を閉じた。明日からはどんな日々が待っているだろうと、小さな胸の鼓動を高くしていた。


 夜空には大きな満月が出ている。入学してきた新入生達を見守る様な、優しい輝きを放っていた。

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