外伝三・序章 思い出話し

 秋風の吹くある日のこと。ゼピュロスにあるランドルフ家の屋敷で、一人の使用人の声が響いてきた。


「ウィリアム様。ウィリアム様。お部屋にいらっしゃいますか?」


「私は此処だ。如何した?」


「もう直ぐお時間ではないですか? 今日はエウロスにお出掛けになる日の筈ですけど」


「おお、そうだった! もうそんな時間か。有り難う」


 私は椅子から急いで立ち上がり、出掛ける準備を始めた。いけない、いけない。私としたことがすっかり忘れていた。今日は昔馴染みのサミュエルと会う約束だった。


 大急ぎで身支度をすませつつ、私はふと思いを馳せた。そう言えば、アネモイ学院から卒業してから二年位になるな。全寮制で、家族と離れた集団生活を朝から晩まで六年間続けた。最初は長過ぎるなと思ったがなんのその。想像していたよりもスリリングで充実した日々を送れた。六年間だなんてあっという間。時が過ぎるのは本当に早いものだ。


 私がサムことサミュエル・ガルシアとの付き合いは幼い頃からで、もうかれこれ十年以上になる。父であるアラスター・ランドルフとサミュエルの父、ルーカス・ガルシアは大の親友で、家族ぐるみの付き合いが長い。


 サムは小さい頃から本当に大人しい性格で、彼の兄であるテオドール・ガルシアとは真反対だ。テオドールは社交的で明るく朗らかな性格で、彼の立ち位置は兄のやや後ろが定番だった。


 その“大人しい”と思っていたサムだったが、ガルシア家しきたりの旅から帰ってきた途端妙に変化が出ていた。いつも肌身はなさず持っていた首飾りはなくなっているし。あれは大事なものではなかったのだろうか?冷やかし混じりに聞いてみたところ、妙に怒っている様な困っている様な顔で


「紛失ではない。預かって貰っているだけだ」


 とか言っていたが、絶対怪しい。彼は何かを隠している。いつか聞き出してやろう。当時の私はそう決めた。だがついつい聞きそびれていた。


――そう言えば、つい最近エウロスの屋敷は客人を泊まらせているという話しを聞いたな。確か人間の娘だとか。サムの奴、すました顔をして隅に置けない。丁度良い機会だから、序でに探りを入れてみるか


 ウィリアムは部屋の窓からひらりと飛び出した。

行く先は、エウロスのセレネーにあるガルシア家の屋敷である。龍体で空路をゆけば時間は然程かからない。エウロスの景色を眺めながらのんびりゆこうか。


――アネモイ学院時代を思い出すのは本当に久し振りだ。


 ウィリアムは鼻歌交じりに空を飛びながらしみじみと思い出していた。彼の頬をかすめた風はどこか柔らかかった。

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