第2-2話 お嬢様は狐のお面


 廊下を歩いていると、少し先にふらふら歩く女子生徒の姿が見えた。どうやら何かを抱えているようで、右に左に落ち着かない足取りで歩を進めている。ここですぐに行動できればと思うものの、先に周囲を確認してしまう。


 周囲に生徒はおらず、廊下には自分と前の女子生徒しかいなかった。この状況なら他に広まる心配もないだろう。それでもおそるおそるだが、ようやく危なげな背中に声をかける。



「重そうだな。危ないから手伝うよ。 どこまで持っていけばいい?」



 かけられた声に跳ね返るように振り向いた女子生徒は、驚きに目を丸くしつつ足を止めた。長いまつ毛につやのある髪、そして水色の髪留めが印象的なその女子は知らない顔ではなく、恐らく学年で一番の有名人だった。



「あ、新入生代表の」


「あら、そういうあなたは三組の方ですね。初めまして。月代 雫つきしろ しずく と申します」



 荷物を抱えたまま軽く腰を折る姿に、あわてて荷物を預かりながら同じように挨拶を返す。なかば無理やり預かった荷物はズッシリと重く、行動が間違っていなかったことに安堵した。



「大丈夫ですよ? こう見えて力には自信があるんです。ほら。こんなに」



 そう言って力こぶを作るジェスチャーを取るが、残念ながら力こぶは全くない。というかこんな性格なのか、とイメージとは違う月代に戸惑いながらもそのまま歩くことを促す。



「いや、割とふらふらしてたし危なそうだったぞ。実際持ってみて重たいし。このまま返すのも恥ずかしいから、とりあえず運ばせてくれると嬉しいんだけど」


「それはいけませんね。助けていただきながら恥ずかしい思いをさせるなんて、とんでもありません。それではお言葉に甘えてお願いしようかしら」



 ありがとうございます、と再び腰を折るのでいいからいいからと歩を進める。ゆったりとした話し方で、育ちの良さを感じる所作しょさは改めて入学式の疑問を思い出させる。どうしてこの高校を選んだのだろう。



「なぁ、どうしてこの高校を選んだんだ? 代表ってことは首席合格ってことだろうし、他にも選択肢はありそうなもんだけど」



 素直に思っていたことを聞いてみると、含みのある笑みが返された。



「あらあら。知り合って間もないのに随分と積極的なんですね。ダメですよ、乙女の秘密を知るには順序と好感度が必要なんです」



 最後の好感度がイマイチ分からなかったが、どうやら聞いたのは間違いだったらしい。これはまずいと無難にまとめる言葉を探していると、見透かすような瞳が覗き込んできた。綺麗に整った造形の中でも一際目を引くその瞳は、何かを探しているようにも見える。



「ふふ、いいんです。今はまだってだけ。気にされないでください」



 意味深な言葉に更に思考が絡まると、返す言葉に窮してしまい結局そのまま荷物を運び終えてしまった。再びお礼を述べる月代は別れ際にまた助けてくれますか? と笑い、返事を待たず去っていった。



「なんつーか、住む世界が全く違いそうだよなぁ」



 狐につままれたような気分になりながらも、とりあえず大丈夫だったのだろうと自分も帰路につく。良いことをしたという気持ちにはならなかったが、後味の悪さは負わずに済みそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る