第1-1話 入学式の朝

 春の陽気に誘われるように目が覚めた。



 止める予定の目覚まし時計をオフにして体を起こす。軽い二度寝なら許される時間だったが、気分よく起きることができたのでそのままベッドから降りる。体を伸ばしながら外に目をやると、ひらひらと桜が落ちつつも枝の一部はすでに葉桜へと変わっていた。



 満開の桜に迎えられ入学式を飾る、なんてのをマンガやドラマでよく見るが、実際は地方差が大きいのでこれは一部の人間には馴染みのない光景になる。



 実際に俺がいる地域は季節の進みが早く、すでに桜のピークは過ぎようとしていた。それでも入学式まで桜が残らない年もあったりするので、これは恵まれている方になる。写真を趣味とする母はきっと喜ぶだろう。



 リビングへ向かうと朝食を作り終えた母と目があった。挨拶もそこそこに今日から高校生なんだからしっかりしなさいよ、と発破をかけられるも自覚はまだない。新品の制服にすら袖を通していないのだ、春休みの延長みたいな感覚も無理はない。



 のんびりと支度もできるが、目覚めが良い分だけ腹の調子も良いようですぐ朝食にする。朝は必ず白米が我が家のルールとなっており、当然今日も白米だ。空腹を満たすのに時間はかからず、あっという間に食べ終わった。



 その間に母は制服を用意しており、食べ終わるのを確認すると待ちきれんとばかりにそれを押し付けてきた。少しゆっくりしたかったが、嬉々として待つ母を焦らすのは申し訳なく思いそのまま制服に着替えることにした。



「ほらー!やっぱり似合うわねー!」



 深い緑を基調としたブレザーで、胸のポケットには校章が刺繍されている。中学時代は学ランだったので無縁だったが、今日からはネクタイも自分で締めなくてはいけない。目の前では母がネクタイ片手に待っており、最後にそれを締めてくれる。



「いい? 最初は外す時にほどくんじゃなくて緩めて首から外すのよ? そうすると次に最初から締め直さなくて済むから。締められるようになってからほどくのよ?」



 頷きながら締め方を見て覚える。この歳になって母にしてもらうのは正直かなり恥ずかしかったが、誰も見ていないし初回ということでセーフにする。アウトが何か分からないが。



 そして自分の準備と母の準備を終える頃にはちょうど良い時間となっており、二人で家を出た。桜の舞う通学路は思っていたよりも新鮮で、高校生になった実感を初めて得た瞬間だった。

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