ぼくらの平成漫遊記

ふらフラット

第0話 いつもの光景


 暑い・・・茹だるような暑さから逃げるように、強くペダルを踏み込んだ。



 先ほど電話で約束した時間には余裕があるが、暑さに対しての余裕は一切ない。早く指定した場所へ到着したいと、見慣れた道路を駆け抜ける。雨のように降るセミの鳴き声は、命がけという言葉がふさわしいように猛り続ける。



 学生には決まって訪れるボーナスステージ、すなわち夏休みは平日休日関係なく続き、このように車の少ない平日の真昼間は我が物顔で自転車を飛ばす格好の場所だった。



 強く踏むだけ加速する車体には相応の風が吹き付け、夏の暑さを幾分か和らげてくれる。早く着けるし涼しいなんてまさに一石二鳥。いや、体感なら一石五鳥くらいはいくかも知れない。そんなまぬけな考えを巡らせている間に、気付けば目的地へ到着していた。



 すっかり使い慣れた駐輪場にドリフトインすると、100均で購入したチェーンを巻き付ける。工具を使えばあっさりとその役目を放棄するような代物だが、こんなボロな自転車を盗ったところで得があるとは思えない。



 なんの疑念も抱かず巻き終えて建物の入り口に目をやると、見慣れた姿がこちらを見つめていることに気付いた。青いジーパンにメーカーロゴの入った白い半袖シャツ、右手には着いて買ったであろう、お買い上げシールがひらひらと揺れるスポーツ飲料が汗をしたたらせていた。



 自然と笑みがこぼれかけよると、遅かったじゃんとにやにやしながら右手のボトルを差し出してくる。そんなに遅かったか?といつかの縁日でもらった腕時計に目をやると、時刻は指定時刻の30分前。これで遅いはどうしようもない。



 悪い悪いと一口もらい、喉を潤したのを確認したそいつは、待ちきれんとばかりに今日の目的でもある話題を口にする。



見た!? 昨日やってたあの続きなんだけど!



 -------興奮の熱は降り注ぐ真夏の暑さよりもはるかに強く、ぼくらの世界を彩っていた。





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