七章 侍道化と荒海の魔女 その24
(痛い! すごく痛い! 体に戻ったの?)
フローレは少しずつ目を開けた。
(まだ東武国内? でも森の中…。本当に動けない。一ミリも。……頭の後ろが柔らかい。…地面じゃないの?)
「あっ。ようやく起きてくれましたね。」
その声はフローレの思考を遮った。
「あなたが最後の怪我人ですよ。大変でしたね〜。」
(この国の少女? 桃色の綺麗な髪に赤い服…はっ! 服だけじゃなく、瞳も赤い! 歯もよく見たら尖ってる! 吸血鬼⁉︎ この国に⁉︎ まずい! 抵抗できない今の私は、あっさり血を吸われる!)
フローレは恐怖で震えていると、少女は声をあげる。
「まあ! あなた口が裂けてるじゃないですか! まずはそこから…」
少女はそう言いながらしゃがむと、赤い液体の入ったガラスのボトルを取り出した。
「私の血は吸血鬼の中でも稀らしくてですね…うまく素材と混ぜれば、傷跡を残さない回復薬になるんですよ。これは吸血鬼クリームです。」
そう言うと少女はハンドクリームに近い触り心地の赤いソレを口当たりに塗った。そしたら傷は跡を消した。
「……なんで助けたの?」
「ふわぁ〜。可愛らしい声ですね〜。なぜかお花畑を想像しちゃいます〜。」
少女は他の部分に塗りながらコメントをした。
「服も汚れてたり、破れてるので、手直しさせてもらいますね〜。」
少女は裁縫を始めた。手際のいいことでフローレの服は完全に元に戻って行った。少女はフローレに向かって愛らしく微笑んだ。
「これで元通りですね〜。」
「……だからなんで助けたの? 頼んでない。」
「お願いされなくても困っていそうな人は意地でも助けますよ。もちろん私に敵意がある方や性格が苦手な方は抵抗ありますけどね。逆になんで傷だらけで服もボロボロのあなたをほっとけると思ったんですか?」
「……人助けは損よ。与えれば与える程、色々なモノを失っていく。」
「ええ〜⁉︎ 逆ですよ、逆〜。」
幸灯は敏感に反応した。
「人助けはすればする程、心を磨くことができて、思いやりという宝物をどんどん増やすことができるんですよ。」
幸灯はそう言いながらフローレに吸血鬼クリームを塗り終わると、フローレは上体を起こした。そして下を向いた。
「……こんな時、なんて言えばいいかわからない。」
これに対して、幸灯は腕を曲げた状態で人差し指を上に向けながら提案をする。
「……恩着せがましい感じがしますけど、ありがとうって言うのが適切ではないのでしょうか?」
「あ…ウィ?」
「あ。」
「ん?」
「私に続いて言ってみて下さい。」
幸灯はそう言うと、両人差し指で自分の口を示した。
「いきますよ〜。口の形に注目してくださいね〜。」
幸灯は優しく言うと、最初の一文字を解き放つ。
「あ。」
「…あ。」
「り。」
「…り。」
「が。」
「…が。」
「と。」
「…と。」
「う。」
「…う。」
フローレは深く息を吸った。
(思い出した。ありがとうという言葉。久しぶりに聞いた気がする。)
「助けてくれて、ありがとう。」
「はい、どういたしまして〜。」
幸灯は笑顔で返した。
「そういえばあなた、外国の方ですよね〜。大変な時に観光に来たものですね〜。」
「……どういうこと?」
「ものすごい強い方々が同時期にやってきましてですね〜。怪獣の集団が町を襲ったり、大勢の人がうつになって死にそうになったり、体調不良にされたりで、酷いんですよ〜。被害箇所を確認して、移動して人々を回復させるの大変だったんですからね。」
最後の発言に、フローレは目を丸くして驚いた。
「あなた、もしかして被害にあった人々を全て、癒したの?」
「ええ、まあ被害が完璧に全国ではなかったので、なんとかなりましたよ。あなたが最後でした。」
幸灯はそう言うと、フローレはの後ろの方に手を伸ばし何かを持った。
「コレ、気に入りましたか?」
(……! そうか! 頭の下が柔らかったのはそれのおかげだったんだ。)
フローレは目をキラキラ輝かせた。
「ピンクの花模様の枕だ〜! すごくかわいい〜! そして柔らかい〜。」
「ふふふ、そうでしょ、そうでしょ〜。私の自信作です。」
「あなたが作ったの?」
「お裁縫は得意なんですよ〜。えっへん。」
幸灯は鼻を高くした。けどすぐにフローレと目を合わせる。
「気に入ったのでしたら、差し上げます。」
「いいの⁉︎」
「気にしないで下さい。私は服の生地ならいつでも出せて、枕なんてすぐに作れますから。」
「……ありがとう。」
「どういたしまして〜。」
幸灯はそう言うと、立ち上がって砂埃を払って、黒いマントを掛けてる背中をみせた。
「大丈夫そうですし、私もそろそろ行きますね〜。」
「待って!」
フローレは思わず勢いよく叫んで、声が森に響いた。突然だったので、幸灯は少しビクッとした。
「あっ、ごめんなさい。」
フローレは久しぶりに誰かに謝った。幸灯は優しい笑顔で振り返った。
「いえいえ。…何ですか?」
「あの…その…。」
フローレは勇気を振り絞って、質問をする。
「私と…」
「…私と?」
「私とトンカチになってくれない?」
しばらくの沈黙が森を流れた。幸灯はふと閃く。
「トンカチ? ああ。友達ですか?」
幸灯は確認すると、フローレはうんうんと頷くと、吸血鬼は話を続ける。
「いいですよ〜。私でよろしければ。あなたのお名前は?」
「…フローレ。」
「フローレ⁉︎ ふわぁ〜。見かけと声に似てふわふわしたかわいい名前ですね〜。」
「ふ、フラハハハ。そうでしょ?」
フローレは思わず、右手を後頭部に左手を腰に置いた。幸灯は両手をパチンと合わせた。
「じゃあ私はフローレちゃんって呼ばせてもらいますね。」
「フラハハー。いいよ〜。呼んで、呼んで〜。……あっ、この後私なんて言えばいいんだろう?」
「えーっと、私の名前を訊けばいいんじゃないですか?」
「ああ、そうそう、そうだよね⁉︎ …あなたの名前は?」
「私は幸灯と申します。女王を目指してる者です。」
「じゃあ……幸灯さんって呼ばせてもらっても…いい?」
「いいですよ〜。」
幸灯は笑顔で返して、顔を近づけた。フローレは思わず赤面したので、顔を横にして話を替えようと試みた。
「そういえば幸灯さんは、女王様になりたいの?」
「ええ、そうですよ。」
「意外! なんか幸灯さんって雰囲気プリンセスなとこもあるもん。クイーン目指してる感じがしない。」
「ええ〜⁉︎」
「……幸灯さん、今ものすごく嫌そうな顔してる! そして歯が剥き出しになりながら瞳が光っててすごく怖いよ〜! なんか、ごめん!」
「いっ、いいですよ〜。悪気は無さそうですし。」
幸灯はすぐに元の笑顔に戻った。フローレは恐る恐る質問をする。
「もしかして幸灯さん、プリンセスはお嫌い?」
「…個々もありますが、基本ムカつきますね〜。毒リンゴを作って、誘導的に食べさせたいくらいです〜。」
(恐ろしい子! この子、一応私の命の恩人だよね⁉︎ 無邪気に言ってること、おかしいんだけど⁉︎ ……でも、)
「実はプリンセスは部類によっては私も嫌い。」
フローレは素直に物申した。
「本当ですか〜⁉︎」
幸灯は嬉しそうに両手でフローレの両手を包み込むように掴んだ。
「わかります〜。あいつら中身のない高飛車の癖に、追い詰められたら急に気が弱くなって被害者振って、追い討ちのように相手を悪者扱いするから、腹が立つんですよ。最初から世界が自分中心に回っているって思ってるんですかね〜? いや、思ってるんですよ、絶対! 最初から恵まれてるあいつらの環境が羨ましいけど同時に憎たらしいです〜!」
「わかる〜。おまけにあいつらのハッピーエンドの最終地点って王子様との結婚だから、とことんアホだと思う。そこからが試練と幸せと苦労からの実りの重なり合いだっての! ぶっちゃけ結婚なんてしなくても、女性は充分幸せになる方法はいくらだってあるもん!」
「全くですよ! 本当に一部のプリンセスには呆れちゃい呆れちゃいます。……でも〜」
「でも?」
フローレは幸灯に確認すると、幸灯は応答する。
「白馬の王子様、即ちプリンスは、おそらくみんな素敵な気がするんですよね〜。」
「それな。」
フローレは本能的に反応した。幸灯は目を再びキラキラさせた。
「フローレちゃんもそう思うんですか?」
「思う、思う! なんかピンチの時に真っ先に駆けつけてくれて、爽やかな笑顔で敵を倒してくれそう〜。清潔な王子様からの接吻って憧れちゃうな〜。」
「よきよきですよね〜。そして、その笑顔のままお姫様抱っこなんかしてもらっちゃったら、もう喜びのキャー、ですよ! そこから白馬に乗せてくれてキャビアとコーンスープがいっぱいある素敵なお城にご招待してくれそう、って妄想をついついしてしまいます!」
「そうそう! そうだよね〜! ……私と幸灯さんって気が合うのね。」
「ですね〜。」
しばらくの間、二人は笑顔で見つめ合った。幸灯はふと正気に戻って、立ち上がる。
「私、行かなくちゃ。人を待たせてるんです。」
「私も…行かなきゃ。…」
(この国の外に! 括正やルシアがいるんだったら、この国の椅子取りなんて到底無理! 時間掛けて東武国に来たけど、あいつら以外にこの国には触れてはいけない何かがある気がする! とりあえずこの国を出よう! うん、そうしよう!)
「いでよ、花の翼!」
フローレはそう叫ぶと巨大なそれがが彼女の手元に召喚された。幸灯は感心していた。
「ふわぁ〜! 巨大なタンポポの綿毛だ! 私やフローレちゃんより大きい。かわいいですね〜、フローレちゃん。」
「フラフフ、ありがとう〜。」
フローレはお礼を言うと、足を綿毛の種の上に掛けた。
「…桜楓。」
フローレは片手で綿毛を掴んだまま、空いた手の平を上に向けて軽く魔法を掛けると、ポワーっと綿毛は彼女ごと浮かび上がる。
「ふわぁ〜、素敵。そうやって飛べるんですね〜。感動です。」
感心している幸灯をフローレは見下ろした。
「幸灯さん、いつか女王様になれるといいね。応援してる。」
「ありがとう〜。フローレちゃんもよくわかりませんが色々頑張って下さい。」
「シーユー!」
「また逢いましょう〜!」
二人はお別れの挨拶をしながら手を振り合うと、フローレは綿毛に乗って、幸灯は歩いて、それぞれの反対方向に向かうのだった。
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