七章 侍道化と荒海の魔女 その25 完

「和解に失敗しても落ち込むなよ。そもそも相手を倒すことよりも難儀なんだ。」

 絆の念界で両親と別れる前に貰った伸正の言葉を括正は運ばれながら思い出していた。

「いやぁ〜。悪いっすね、ルシアの姉御〜。僕のことまたお姫様抱っこしてもらって〜。」

「小さな行動も、いい筋トレになる。たまたまアタシの利に叶ってるだけさ。」

 ルシアは括正を運びながら答えた。

「ってか普通に考えて、アタシにお姫様抱っこされて、男のプライドとか傷つかんの?」

「別に。…気にした方がよかった?」

「人それぞれだから、勝手にしな。…にしても焦熱気の鎧ホット・ポップスター……確かに強いけど、使用後、極度の疲労で動けなくなるとはね。……あんまり乱発するんじゃないよ。死ぬよ。」

「ご忠告どうも〜。まあ体が直慣れるさ。」

「楽観的だね〜。……ここかい?」

「ああ、そうだね。ここで待ち合わせしてるんだ。…僕が幸灯に忠誠を誓った場所だ。」

 跡にした花の女神との戦闘を繰り広げた戦場の草原とは対極的に、この草原の道は大変美しかった。

「あんた…本気で幸灯を女王にするつもり?」

「最智の論だよ。なんで?」

「……はっきり言って、あいつは人の上に立つ素質じゃない。血筋、精神、器。全てにおいて軟弱。才能なんてないに等しいわ。」

「そうだね。けど才能がある奴が王になるのは当たり前だよ。あの子は才能がなくても足掻くよ。戦ったり考えたり、たまには逃げたり。なりふり構わずに手に入るものを全て利用して、足掻くよ。もちろん、僕も一緒に足掻くさ。」

 括正が笑顔で返すと、ルシアは木々の先を見据えた。

「来たね。…あいつ視界に入った途端乙女走りに切り替わったぞ。あざといな…。」

「ハァ…ハァ。」

 幸灯は近くまで辿り着くと、両手を曲げた両膝に置いた。ルシアの眼は誤魔化せなかった。

「いやお前吸血鬼だろ? 何ナチュラルに走っただけで疲れてるの?」

「そんな意地悪なこと言わないでよ、ルーちゃん。どう視たって幸灯疲れてるじゃん。」

「マジか、括正。あんた女性の結婚詐欺師には気をつけなさいよ。」

「お待たせしました〜。」

「…んで、この小娘は今のやり取り聞こえなかったフリしたの? 本当に聞こえなかったの? まあどっちでもいいや、めんどくさい。」

 ルシアはボソボソ言っていると、幸灯は笑顔で両手を抱える向きにして前に広げた。

「ルシアさん、内の括正を預かってもらってありがとうございます。」

「好きでやった。礼はいらないよ。」

「引き取りますね〜。」

「うむ、渡すわ。」

 ルシアは丁寧に幸灯に括正を渡すと、今度は幸灯が括正をお姫様抱っこした形となった。幸灯は括正と目を合わせて微笑んだ。

「疲れまちたね、カチュマチャ。私が来たからにはもう大丈夫ですよ〜。」

「……なんだろう、急に恥ずかしくなっちゃった。……ああ、一旦座って、幸灯は僕に太もも枕するんだね。」

「膝枕って言ってください。ちょっと気持ち悪いですよ〜。」

 幸灯は注意すると、括正は不思議に思った。

「一体どうやって僕の体力を元に戻すんだい、幸灯?」

「私調べたから知ってるんですよ。か、つ、ま、さ。」

 幸灯は小悪魔的な表情を魅せた。ルシアは直接を拝めなかったが、勘で幸灯がそうしてることを悟った。

(あんたメンタル弱いのか強いのか、謎だね〜。)

 ルシアがそう思ってると、幸灯は語り出す。

「ファンキードックの尻尾で作られた大きな筆にロック羊の血を付けて、地面に真ん中が十字架の円の魔法陣を描くんでしょ? その周りに、毒の入ったリンゴ、ぶどう酒に漬けられたパン、ミノタウロスの角を置いたんですよね。そして仕上げは妖精の粉。白吸血鬼の出来上がり。でも待って、括正。吸血鬼になるにはもう一個何か必要でしたよね。なんでしたっけ?」

「……る、ルーちゃん! いつでも加勢していいんだよ!」

 括正はどうにか首を動かし、ルシアと目を合わせる。

「物理的にでも精神的にでも僕はハッピーさ!」

 これに対し、ルシアは鼻で笑っていた。

「こんな楽しい状況を、邪魔しろって言うの? いいこと。女の味方は女って場合もあるのよ。」

「この下半身タコ焼き製造機!」

「括正ー。今私とお話ししてるんですよねー? 私と目を合わせて下さい。」

 幸灯はそう言いながら、括正の双方の耳と目の間を両指で触り、再び目を合わさせた。

「でなんでしたっけ?」

「……ドカーンダイヤ。」

「そうでしたよね〜。でもどういうわけだか私は白吸血鬼になれました。なぜでしょう?」

「…これはまさしく、謎が謎を呼ぶ大迷宮でござ…」

「あなたが知ってることを私は知ってますよ〜。」

「あの幸灯さん、歯を立てるのを辞めてもらえないでしょうか?」

「白状しなさい。」

「目を光らせるのも辞めて、女王陛下。」

「いいから言いなさい。血を吸われたいのですか?」

「わ、わかった! 言うよ!」

 括正は宣言すると、赤面しながら渋々話を続ける。

「…あなた様の唇に接吻しました。」

「私お馬鹿さんですから、難しい言葉わからないんですよね。」

「…お口にチューしました。」

「大正解です、括正〜。」

 幸灯は威圧感のある問い方を明るい笑顔に切り替えて、賞賛した。そして…。

「チュッ。」

「んん〜!」

 ポワーン!

 ルシアは辺りを見渡した。

(……! この二人が唇を合わせた瞬間、二人から輪のような水平な光が解き放たれ、草原が無数の花が生えた!)

 ルシアが分析していると、二人は唇を離し、立ち上がった。括正は不敵な笑みを浮かべた。

「二人には僕の素敵な必殺技を一つ魅せてやろう!」

「何ですか? 楽しみです〜。」

「どうせしょうもないから期待すんな、幸灯。」

 ルシアは幸灯に指摘すると、括正は構えた。

「真の芸術をご覧あれ! BSP! 即ち、美しき個性の塊である道化の大残像ビューティフル・スタイリッシュ・ポージング!」

 括正はそう言いながら、ダブルバイセップス・フロントのポーズをした。

 その後すぐに、ビュッと括正は姿を消したと思いきや、幸灯とルシアの上下左右舐めを立体的に囲むように連続瞬間移動をシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュっとしながらキメ顔やドヤ顔と変顔をポージングを繰り返した。ルシアは呆れていた。

(予想以上にくだらなかった。何でよりによってこいつが初めて出会ったフォーンの生き残りなんだよ? アタシはこんな奴に重傷を何度も負わされたの?)

 ルシアは憂鬱な顔でふと、横にいる幸灯に気づいた。

「ん?」

「キャ〜! やっぱりかっこいい〜! 全てが素敵過ぎて、語彙力がついていけません! 控えめに言っても最高です、括正〜!」

 指を組みながら目がハートマークになっていた幸灯は素直に侍道化を褒め称えていた。ルシアは二人に呆れていた。

(こいつらどんだけ頭ハッピーなんだ。)

「どうだい、ルーちゃん?」

 技を披露し終わった括正が問いかけた。

「感動した?」

「うん、そうだね。……時間を返せ。」

「もう一度やって欲しいの?」

「ポジティブに解釈するな!」

 ルシアはそう言って、その場を去ろうとしたので、括正は言葉で引き止める。

「あんたはこれからどうするんだい?」

「……企ての練り直しに、ビジネスや契約作り、海の支配。こう視えて忙しんだ。やることはいっぱいある。」

「また逢えるかい?」

「…運命の渦が許せばね。」

 ルシアはそう言って、幸灯と括正の方に悪女の笑みで振り返った。

「いいこと。アタシの野望の邪魔をするくらいならどきな。他の奴らはともかくアタシには逆らわないことをおすすめしちゃうかな。…潰されるだけ。……アタシを怒らせないで。」

「はい。怒らせないように頑張ります。」

「やだよ〜。度が過ぎたら邪魔するよ〜。」

「なんでお前ら極端に対極的なん? 調子狂うな〜。」

 ルシアはそう感想を述べると、下から黒い煙を出した。

「今回のこの国での色々は随分楽しませてもらったけど、言ったようにアタシも忙しくてね。アハハハ! 運命がアタシを待ってるの。」

 そう言うと、ルシアは煙を撒き散らせながら勢いよく回転して、その場をグルーヴィに去り、ゴゴゴゴという音と共に空の彼方へと飛んで行った。

「いや普通に歩けよ。僕のBSPと対して変わんないじゃん。」

 括正は思わずツッコんだ。少しすると括正と幸灯は青く澄み渡った空の下、海を目指して歩き出した。

「括正。」

「なぁーに、幸灯ー?」

「これからも大変なことや奇想天外なことが私達にいっぱい起きるのですかね?」

「最智の論だよ。でも大丈夫。僕の頭には角があり、君の歯は尖っている。僕らは怪人だが、心をほんの少しでも英雄のようにしていれば、大丈夫だよ。」

「括正……大好き〜!」

 幸灯は思わず横から括正に抱きつくのであった。


七章 侍道化と荒海の魔女 


 さあ、物語はまだ続く。もちろんまた話そう。だがここらが今はちょうどいい。この本ではここをお開きとしよう。この本の締めくくりはこうしよう。

 こうして念術と技を磨き上げた岩本 括正と不思議な戦う力を幾つか手に入れた幸灯は未知なる旅路へと共に歩み始めるのであった。


怪英記 第2巻 〜大蛇の残し傷と牙を磨く怪人達〜

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