七章 侍道化と荒海の魔女 その17
誰もいない草原の上で仰向けに倒れていたフローレはパチっと目を開けた。
「凪子がやられた? つっかえなーい!」
フローレは上体を起こして、座り込んだまま横を向いた。
「闇男爵の進軍も止まっている。なんなのよ、全く。」
フローレはそう言いながら、立ち上がり、服についた土を払った。そして顎に手を添える。
「ところで私はなんで寝てたんだっけ?」
シュッ!っと突然括正が目の前に現れた。
「いるいるばあ!」
「きゃあああ!」
突然のドッキリにフローレは思わずまた地面に尻をつけて、何歩か下がった。
「なっ、何なのよ、あなた⁉︎ 近づかないで! 怖いよ!」
「呼ばれてないのに来ちゃった、陽気でひょうきんなハッピートリッキーファイター、岩本 括正! 君の人生に再び登場!」
括正はそう言いながら、ポーズを決めた。フローレはポカンとしてたがすぐにハッとなった。
(そうだ私この括正という坊やにぶっ飛ばされたんだ。この〜。)
「お仕置きが必要なようね。」
フローレはそう言うと、ツル鞭を手元に召喚した。括正は笑みを浮かべたまま、目を真剣にした。
(使いこなせば、長さによっては遠距離でもスマートな軌道で相手の急所を攻撃できる柔軟性の高い武器だな。彼女の創った物だとすれば、神器って認識されてもおかしくはない。)
括正が分析してると、フローレは力を込めた。
(ヘラの賛歌は囲まれた際に活かされる広範囲技。こいつの場合は一点集中させることで速度を増させるべきね。)
「ツル鞭、ヘラの激凛!」
鞭による連続攻撃が括正に向けて解き放たれた。しかし括正は冷静、時間が遅く動いてるように感じてた。
(速いな…でも対処可能。)
「道化乱歩。」
バチンバチンバチンバチンバチンバチンバチンバチン!
空や地面をフローレの鞭が連続で当てる。しかし…
「もぉー! なんなの〜⁉︎ 意地悪な男の子! 当たってくれたっていいじゃない!」
フローレは攻撃を続けながら叫んだ。括正は余裕でかわしながら応答する。
「やっだぴょーん! 痛いのやだもーん! ……」
(視えた!)
「えいっ!」
「なっ!」
フローレは思わず声をあげてしまった。
(……一瞬! 一瞬だけ鞭の勢いが無くなった瞬間を見抜いて足で踏んだ⁉︎ なんて洞察力!)
「あっ!」
ツル鞭のグリップはフローレの手元から引き離され、それを手で引っ張った括正の元に辿り着く。括正はツル鞭を分析した。
「いい武器だね。こんなことも、できるか、なっ!」
「ああ!」
括正はツル鞭でフローレの腰回りを捕縛した。括正はフローレはを分析した。
「あんたスタイルよくて、体重軽そうだね。」
「えっ……ふふふ。」
フローレは思わず、右手を後頭部に左手を腰に置いた。
「私の美貌を理解できるなんて、少しは見る目があるの…」
「文字通り物理的に振り回すのが楽そうだね。」
「え?」
数秒後。
「いやあああ! 目が回る〜!」
括正は体を何度も回して、ツル鞭を持ったまま、ブンブンフローレを振り回していた。
「お願い! やめてええ!」
「オーケイ。」
ドッ、ズズズ!
「あっ!」
フローレは地面にぶつかると、少し転がったてから、ジタバタしていた。
「うう〜。解けない! お願い、解いて!」
「いいよ〜。暴れないでね。」
括正はフローレに近づいた。フローレは不思議がっていた。
(やめてって言われたらやめてくれて、解いてって言ったら解いてくれるの? もしかして…)
ピキッ!
括正はツルを手で破いた。すると、フローレは即座に立ち上がり手を重ね合わせて頬の側に置き、上目遣いのまま首を傾げた。
「お願ーい。あなたをボコボコにさせて欲しいの。」
「いやに決まってんでしょ。頭大丈夫?」
括正は冷静に答えた。フローレは怒りで右拳を括正の顔面に向かわせた。
「ふんー!」
括正は難なくかわした。そして次に右腕を横に伸ばした。
「ラリアットォ!」
「きゃあああ!」
括正の右腕がフローレの上半身に直撃して、数メートルぶっ飛ばした。仰向けに倒れたがすぐに起き上がる。
「いでよ、斬鉄花剣!」
「花をモチーフにした剣か…オシャンティだね。」
「うう〜! うるさいの!」
剣と鞘がしばらくぶつかり合った。括正は途中で口を出す。
「……フローレちゃん、正直に言ってみ。あなた普段剣の修行してないだろ?」
「はっ、はあー? そっ、そんな訳ないじゃない。私は大天才よ。……ってかあなたさっきから刀身を抜かずに舐めてるの⁉︎ あなたも本当は未熟なんじゃない?」
「ビンゴ、ビンゴ。僕は未熟者だよ。……だけど正直刀抜かない状態でも僕が攻撃に転じたら、君すぐに負けるよ。」
「えっ?」
(ちょっ、ちょっと待って。まさか今まで防衛態勢だったって言うの。いっ、言われてみれば、私後ろに押されながら動きっぱなしなのに、こいつ武器を振ってから一度も足がその場を動いてない!)
フローレの顔を焦りが襲う。
「ふ、ふーん。じゃあ攻撃的になってみなさいよ…」
「えーい!」
括正は強気で逆十字刀を振って斬鉄花剣に直撃した。フローレはの足は後ろに引きずられた。
ズズズズ!
パリパリパリパリ!
括正はおでこを掻いた。
(斬鉄どころか、破壊しちゃったよ〜。花の女神、驚いてらっしゃる。)
「嘘っ⁉︎ 斬鉄花剣がバラバラに⁉︎」
フローレは一瞬武器の成れの果てを見てから、真っ直ぐに括正を睨んだ。
「もっ、もちろん私は抵抗するもん?」
「どう抵抗するん?」
「拳〜!」
フローレは拳を握り締め、やけくそに括正に向かって走り出した。括正は武器を納め、拳を構える。
「フン!」
「えっ、ひっー!」
括正の右ストレートをフローレは間一髪でかわした。
「といっ!」
「キャッ!」
括正の左拳をまたもやかわした。
「いっやあああ!」
フローレは全速力で後ろに下がった。
「タァ!」
括正の蹴りが空振りをした。
「ありゃりゃ? 急に動きが良くなったね、フローレちゃん。」
(多分危険がより近くなって、本能的にかわしたのかな私?)
フローレは考え込んでいると、括正は距離がだいぶ離れたフローレに向かって拳を握って程よいスピードで走り出した。
「あわわわわ、」
慌てて涙目になったフローレは咄嗟に両人差し指だけを真っ直ぐにして、両頬に添えた。
「私を見て! 私の綺麗なお顔を見て! こんなかわいい顔をあなたは殴れるの⁉︎」
「……赤ちゃんの方がかわいい。」
ドカッ!
括正の拳がフローレの顔面に入り込んだ。
「きゃあああ!」
殴られて地面にひれ伏したフローレは転がり回った。
「痛い! 痛い! 痛いよ〜! なんて痛さなの⁉︎ ううう! うう〜! 痛い! 痛い! 殴ったわね、括正! 私の顔を! 痛いわ! 酷いわ! 人間風情のあなたが女神である私の顔を! 男の子が女の子殴っていいと思ってるの⁉︎」
「……家畜の雄が人間の女性を襲わないと思うのかい?」
括正は淡々と質問した。フローレは立ち上がりながら、言い返せないことに声をあげる。
「うう〜!」
「ってか君、絶対神様じゃないでしょ?」
「うう〜! 違うもん! 私女神様だもん!」
「確かに夢と希望を信じる女の子は誰だってプリンセスだよね。」
「いや、そういうことじゃなくって! 私、神々の血を引いているの! 本当だもん!」
「まあ大変強くて稀な方々の一人なのは認めるけど、神様ってちょっと大げさじゃない?」
「ムキムキ、ムッキーン! あなた、本当にムカつく!」
フローレはそう言うと、両手の甲を下に向けて、手首をクイっと内側に曲げながら技を叫ぶ。
「
ニョキ、ギュッ!
「あらら、地面に生えてた無数の草が急成長して僕を縛り上げる。こいつは一本取られた。全く動けないや。」
「えっ、本当〜?」
フローレは目をキラキラ輝かせながら、問いただした。括正は内心後悔していた。
(あちゃー、ちょっと期待させ過ぎちゃったかな?)
「いや、実を言うとね…」
「やったぁー! やったー! やったー! 上手くいったー! 将棋でいう詰みだー! 嬉しい〜!」
フローレは括正の言葉を全く耳に入れずに、ホッピングをしながら嬉し涙を流していた。括正はほんの少しだけ、複雑な心境だった。
(ああ、僕はこの子のより高くされちゃったプライドという名の崖から突き落とすんだ。)
「フラハハ、ふんふん、ふん〜!」
フローレは笑いながら、悪女の顔で魔法陣を展開した。
「あなたはもう、蜂の巣よ!」
フローレは両手で一本の銃を作り、重ねた銃口替わりの二つの指先に魔力を込めた。技を解き放ちながら、技名を叫ぶ。
「セレスの残響! 狙い撃ち!」
フローレは同時に連続で両腕を縦に小刻みに揺らした。
ドドドドドドドドドドドドドドドドド!
ガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
「痛ーい! 痛いよー! なんで⁉︎ なんで種玉が跳ね返ってくるのよ⁉︎」
自分の攻撃に倒れたフローレは、括正付近の砂埃が収まるのを待った。フローレは驚愕する。
「えっ、嘘⁉︎ 草が切れて…十字架で全部跳ね返したの⁉︎」
「当たってたら即死だったな〜。桃源先生の教えの賜物だな。」
「誰よそいつ⁉︎」
「君より謙虚で物欲がなく、笑いの國が大きくて、僕が心から敬意を示せる偉大なお方だ。」
括正はビシッと指をフローレに向けた。
「いいかい、聞くがいい! どんなに崇高で素敵な教えの宗教やどれだけ魅力的な神々の励ましも、未信者には無価値!」
「……本当にムカつく。」
「……あなた、本当に神様なら……絶対風格やれよ〜。」
「は? なんで?」
「え? できないの?」
「でっ、できるわよ!」
「じゃあやってみなよ。僕に勝てるかもよ?」
「やるわよ、だったら! せいぜい後悔しなさい!」
フローレはそう言うと、力を込めた。
「絶対風格!」
フローレの体を黄色い煙が包み込む煙は大きくなり、煙が消えるとフローレは巨人になっていた。
「フラハハハー! どう? これが神の威厳よ! 許してあげないけど、せいぜい跪きな…あれ? いない?」
「うおおおお! 天の扉が今開いたー! テンションが上がる〜!」
括正は叫んだ。フローレの肌を寒気が走る。
「一体どこ? まさか…」
(スカートの下?)
「生まれてきてよかった〜!」
スカートの下から声が聞こえた。フローレは赤面する。
(やっぱり…)
「いやあああ! エッチー!」
フローレは脚に力を込めた。
「踏み潰してやるー!」
ドンドンドンドンドンドンドンドン!
フローレは連続で地面を踏みつけた。ヒビが割れて、小さな揺れが起きる。
「ああ、さらにビューテイフォー! 力を込めて曲げる脚も、ピーンと伸びた脚も、妖艶の極み! 絶対風格最高!」
「なんで当たんないのよ! バカッ!」
途中で踏み潰すのを諦めたフローレは広大な草原を巨人のまま、逃げ出した。
「これ以上見ないでー!」
「ああ、後ろから追いかけながら見える後ろ斜め下からの光景も乙過ぎる〜!」
「話を聞け〜!」
しばらくの間、二人は追いかけっこを続けていた。フローレはずっと顔を赤くしていた。
「もうやだー! どうしたらこの恥ずかし目から解放されると言うの⁉︎」
「……いや普通に絶対風格解いたら⁉︎」
「…あっ。」
フローレは突然ピタッと止まった。括正は思った。
(この子基本、おバカちゃんなのでは?)
シュウウっとフローレは体を元のサイズに戻したが、まだ恥ずかしさで赤面していた。対して括正は鼻血を抑え込んでいた。
「……感動をありがとう。」
「……最低。変態。クズ野郎。」
「確かにフェアじゃないね。僕も色気を見せよう。」
括正はそう宣言すると、念術を発動した。
「念術、服脱ぎ!」
「……あなたフォーンだったの?」
「ビンゴー! ちょっぴりマッチョなフォーンさ!」
「てっ、低俗弱小怪人のフォーンが生意気なのよ!」
「真の芸術をご覧あれ! BMP! 即ち、
括正はそう言いながら、ダブルバイセップス・フロントのポーズをした。
その後すぐに、ビュッと括正は姿を消したと思いきや、フローレの上下左右舐めを立体的に囲むように連続瞬間移動をシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュっとした。フローレは辺りを見渡しながら分析をする。
(仕掛けるつもりね。集中するのよ。)
シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュ!
(……あれ? 攻撃してこない? もしかしてポーズしてるだけ? だけど普通にこの筋肉ナルシストの裸でのポーズが全視界に入ってくるのよくよく考えたら結構キツい!)
「うっ…」
(吐き気が…。)
フローレは口を手で抑えたまま膝をついてしまった。括正は瞬間移動をやめた。
「どうよ! ダブルバイセップス・フロント、ラットスプレット・フロント、サイドチェスト、ダブルバイセップス・バック、ラットスプレット・バック、サイドトライセップス、アドミナブル・アンド・サイ、モスト・マスキュラー! この連続ポージングで君は僕の筋肉にメロメロだったろ?」
「いや、逆だよ! これ以上、お近づきになりたくない!」
フローレが断言すると括正は涙目になった。
「かわいそうに〜! 君は芸術をわかってないんだね。」
「いや、憐れむな! 腹立つ〜!」
フローレは怒りで立ち上がると右手に力を込めた。括正は冷静だった。
(僕が来る前に町の人々にやった残酷な技か? 実際危険な技だよね。回避はむずそう…なら一かバチか。)
「筋肉ごとお前の生気を奪ってやる!」
フローレの手に緑のオーラが宿る。
「ガイアの捕食!」
「サイドチェスト!」
フローレのガイアの捕食は攻撃範囲にいた草花を干からびせたが、括正は無傷だった。
「いや、なんで筋肉ポージングしただけで私のエネルギードレイン系の攻撃防げてんの⁉︎」
「格闘家の瞬発的な筋肉も大事だけど踊り手の維持する筋肉も大事だよね。」
「いや答えになってないし!」
フローレはツッコミを入れると、自分を落ち着かせようとした。
(大丈夫よ。私には奥の手がまだ二つもある。それに闇男爵が来て、力を合わせれば絶対勝てる。闇の強い者程、闇男爵に屈服しやすいんだから!)
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