七章 侍道化と荒海の魔女 その18
「うっ、ぐっ!」
括正とフローレが戦っている間、ルシアは闇男爵の前で膝をついていた。
(おかしい。…確かにアタシはこいつを圧倒していた。なのに突然、いや気がつかない内に少しずつ? 呼吸がしづらくなって、動きが鈍くなって、嫌な思い出が脳を横切るようになった。)
「くくくく。どうしました、ルシア殿? えら呼吸がこいちくなりまちたか〜?」
闇男爵はルシアをからかうと、拳のラッシュをお見舞いする。
「ようやくこの
「ぐう。つー…。」
(こいつにとって普通の打撃が、今のアタシにとっちゃ激痛。)
「あっちょい!」
闇男爵の蹴りによって、ルシアはぶっ飛ばされた。
「
「ぐあああああああ! あああああ!」
(最初は弾けれたこの技、状態異常のせいで当たっただけで、死を何度も追体験するような痛み!)
ルシアは仰向けに倒れた。
(そうか。この周りの闇はあいつが蓄えて作った結界、身体と精神、両方を刺激する闇で、力を奪う仕組み。アタシは普段から闇の力を利用してるからより弱くなるんだ。)
ルシアが考え込んでると、いつの間にか闇男爵が目の前にいた。
「くっ! 元々あんたとは相性最悪だったのね。」
「左様、左様〜。にしても喜劇かな。」
「あぁ? グハッ!」
闇男爵は容赦なくルシアの腹を踏みつけた。闇男爵はニヤニヤ微笑んでいる。
「アタシは生きる答えも、運命も、私だけのハッピーエンドも闇の中でしか見つけられないって信じてるの! あなたは確かにそう言った。せいぜいそう考えるがいい。闇しか持たぬ限り、ワシには絶対勝てない!」
闇男爵は足を下ろした。そして両手を広げる。
「そろそろフィナーレといこう! 今からやる魔法はこれまた特別な闇の魔法。相手の嫌な思い出を呼び起こし、人生の絶望の絶頂の中で殺す究極の魔法だ!お前が苦しむ姿をせいぜい堪能させてくれたまえ!」
闇男爵はそう叫ぶとルシアから距離を置き、両手から青黒い炎を繰り出した。
「
その火は炎上網となりドーム状に荒海の魔女を包み込んだ。彼女は堂々と立ち上がる。
「ハッハッハッ!」
ルシアは高らかに笑う。
「全然熱くないじゃない。これが一番の攻撃とか、哀れ、あ、わ、」
突然ルシアは頭を抱える。
(何? 勝手に…)
「やめろ。」
(記憶が…)
「ぐっ!」
(嫌な記憶が…)
「つううう!」
(どんどん思い出しちゃう!)
ルシアは両手で頭を抱えて、地面に膝をつけた。
「やだ! やだ! ちくしょお!」
(どんどん不快な思い出が、アタシの脳を横切る!)
「熱い! バカ! バカ! バカ! くたばれ! あああ!」
(もう見せないで! 思い出させないで!)
「があああああ! 熱い! 消えろ思い出! 今すぐ消えろ! 消え失せろ!」
(あっ、やだ。本当にやだ。どんどん精密に具体的に思い出してくる。生きるのが辛い…ん?)
ルシアが今にも死にそうなその時、彼女は地面に突き刺さったある物が目に入った。
「…矢文?」
ルシアは力を振り絞り、文を開けて、読み上げた。
「……闇あるところにも光あり。」
ルシアはそれを読むと、ドンっと片足で地面を踏んだ。
「そうだ……そうだった。アタシの人生は嫌な思い出や忘れたい思い出だけじゃない! ちゃんと楽しい思い出や素敵な思い出も確かにあった! 例えいい思い出が悪い思い出より少なくても、その時の喜びはかけがえのないアタシの宝!」
炎のドームの外から闇男爵は異変に気づいた。
「気のせいか? 微かな光が…」
「そして確かなのは…今日も素敵なことがアタシにはあった。…諦めかけて、希望も失いかけていたこと、念願のフォーンちゃんに出会ったのよ!」
ルシアは指を真っ直ぐにして手を合わせた。そこに光があった。バッと腕で平泳ぎの動作をして両腕を横に勢いよく広げた。同時に体から全方向に莫大な光が解き放たれた。
「
ピカーン!
「何ーっ⁉︎」
闇男爵は動揺した。
(炎が蒸発した⁉︎ まずい! 当たっ…)
「うおおおお〜!」
衝撃に当たった闇男爵は縦向きにくるくる後転しながらぶっ飛ばされた。
「ぐうう!」
なんとか空中に留まる。
「なぜだああ! 貴様ほどの闇の使いが光の魔法を⁉︎ しかもそれは一流にしか使えない高等な光の魔法だ!」
「あら? アタシのことを知ってたんじゃなくって? これでも王家の血筋。高等な教育を受けていたの。」
ルシアはそう言うと、
ジジジジ。
刀身が唸り、ルシアは左手を柄頭に置き、刃先が左右の向きになるようにして、切先を標的に向けた。
闇男爵は動揺した。
(剣のポイントから雷が唸ってる⁉︎ まさか荒海の魔女はあの技を⁉︎ 聴いてないぞ⁉︎)
「海の激昂に触れてみなさい!」
ルシアは
「
ボオオオオ!
「ひょえええ!」
闇男爵は思わず、斜め下に避けてしまった。
「なっ! ワシの作った
「アハハハハ、哀れ、あ、わ、れ。アタシの力にかかればこんなもんだよ〜。」
快晴の半分青空が二人を照らした。闇男爵は再び闇の輪っかを創り出した。
「この技が今の貴様に効くのに変わりない!」
ルシアは余裕の笑みで黙っていたので、闇男爵は構わず、技を解き放つ。
「
「妖光煙。」
ルシアの右手から少しクネクネした気体のような細長い薄緑色の光線が解き放たれた。
「何―っ⁉︎」
(
「
「妖光煙。」
今度はルシアの左手から少しクネクネした気体のような細長い薄緑色の光線が解き放たれた。交互に手から技を放つ。
「
「妖光煙。」
「
「妖光煙。」
「
「妖光煙。」
「
「妖光煙。」
しばらくはこの撃ち合いが続いた。
「ぐうう!」
闇男爵は両手を上に掲げて、闇を込めた。そして一番の気合で投げつける。
「
ルシアはニヤけながら、バ今度は両腕を闇男爵に向けてバッっと勢いよく伸ばした。
「妖光煙!」
二つの少しクネクネした気体のような細長い薄緑色の光線が平行に解き放たれた。
プシュウウウ!
闇男爵は驚いていた。
(最大火力の
「ぐあああ!」
二つの光線が闇男爵の胸部に直撃した。ルシアはまだニヤけていた。
「アハハ、哀れ、あ、わ、れ。この天才ルシア様に発明できない魔法はないの。」
「荒海の魔女のアレはワシの
闇男爵はルシアの上空の闇に鎌を持って伸ばした。闇が刃先に吸収されていく。
(残りの闇を鎌に圧縮して、それを使って確実に仕留めてやる!)
闇男爵最大の大技。しかしそれをただ黙って見ているルシアではなかった。
「今のアタシの光の魔法の最大出力を試すいい機会ね。」
ずっと笑みを浮かべながらルシアはそう言うと、右手の人差し指と親指だけを開いて、その二つの指の間に魔力を込めたら火のような色の小さな光の玉が発生した。ソレを右手の上に浮かせて、左手は人差し指だけを出して、魔力を込めて光の玉に向けるとピカッと一瞬強く光り、より大きくなった。光の玉を目の前に写し、全ての指を動かした後、そこから一瞬腕を交差させた。それから両手で光の玉を包み込むように掴み取り、真っ二つにした。光の玉は二つになった。右手と左手にそれぞれ持った。
闇男爵は鎌を構えていた。
「時空にも穴を開けられるこの闇の斬撃は、貴様の存在を消す!」
闇男爵は大きく鎌を振りながら、技名を言い放つ。
「飛斬、死神の裁き!」
(……! アタシの“罪の裁き”を壊した括正の飛斬と似てる。でもより細長く、大きい! 名にふさわしい大技ね。でも…アタシにはその闇に負けない光がある!)
「海の力よ、アタシに集え!」
ルシアは左手を投げる姿勢で構えて、投げた。
「
シュウウウ……ドカーン!
闇男爵は驚いていた。
「何―っ⁉︎ 信じられん⁉︎ あんちっぽけな光が投げられた瞬間拡大して、一瞬でワシの技を…!」
「つ、い、げ、き、」
ルシアは右手に持った光の玉を闇男爵に向かって真っ直ぐに投げつけた。
「よっ!」
ドカーン!
「があああああ!」
致命傷になった闇男爵は、空より降ってきた。ルシアはタイミングを待ち構えていた。
「……
細い煙のような両腕のある手がルシアの双方の肩の斜め上位置に出現した。
ガシッ!
「ぎゃふっ!」
「なっ、何を?」
「このまま、死ぬまで殴り続けるのも一興。だけどアタシのこの魔法はタフな怪人を確実に倒す方法があるんだよ。…ふ、う、い、ん。」
「ま、まさかっ!」
ブゥゥゥン!
「あああああ! やめろおお! やめろお!」
「ほっほっほほほほ! あはははははは! ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ! 哀れの極み!」
ルシアは高らかに高笑いながら、闇男爵を手元に封印した。闇男爵はビー玉サイズの黒い玉になってしまった。
「さて…。」
ルシアは魔法で小さな壺を出すと、黒い玉を入れて、蓋をした。
「海をしばらく彷徨ってなさ、いっ!」
荒海の魔女は壺を遠くに投げ飛ばした。すっかり快晴になった空を仰ぐと顔の向きを変えた。
「そこに隠れているんでしょ? あんたの恐怖がビンビン響いてくる。出ておいで、歩いてきな。殺さないから。……信じて。本当よ。」
ルシアが茂みに向かって話しかけた。そぉーと、幸灯が出てきて、ルシアがジェスチャーをすると恐る恐る近づいた。
(ど、どうしましょう⁉︎ 隠れているのバレないって思ったのに! ……落ち着いて。落ち着くのですよ、幸灯。向こうが私が誰かに気づいてるとは限りません。そうですよ、髪色も瞳の色も違うのですから。服装だっておしゃれ。そうだ! 違う人を名乗りましょう。話し方も変えて…)
「初めましてだぜい、ヘイヨー。オラはサーナ。とある村長の一人娘、チェケれ…」
「お前幸灯だろ? アタシの目を誤魔化せると思ったかい?」
「いやーっ! 即バレました! 何故です〜⁉︎」
「おどおどした雰囲気。髪色を変えて、瞳の色を変えても本質を見抜けないアタシじゃないよ。」
「…そういうあなたは髪を切ったんですね。ミディアムウェーブ似合ってますよ。」
「褒めても何も出ないよ。」
ルシアは淡々と答えると、文字の書かれた紙をみせた。
「これを書いて、アタシの近くに飛ばしたのあんただろ?」
ルシアが問うと、幸灯は一回深く頷いた。ルシアは眉毛を細めた。
「……なんで? アタシはあんたを殺そうとしてたんだよ?」
この問いに幸灯は落ち着きを取り戻した。
「理由は色々ありますよ。あの意地悪さんがあなたを倒せば、私の括正に手を出しそうなので…あなたを勝手ながら精神的にサポートさせて貰いました。」
「私の?」
「あら? 知らなかったんですか? 括正は強くてかっこいい、私の臣下ですよ。」
「ハァー⁉︎」
「ひーっ! 急に声を荒げないで下さい! 怖いじゃないですか!」
幸灯は耳を塞いで横を向いてしゃがみながら震えた。ルシアは呆れていた。
「なんであんたみたいな才能なさそうで臆病で弱い奴に、強力な魔女や腕利きの侍が仲間にいるのかね〜。」
「……私は白吸血鬼になりました。青黒い炎に囲まれてたあなたの様子、ちゃんと見えて、ちゃんと聞こえましたよ。」
幸灯はそう言いながら震えながら堂々としようと立ち上がり、赤い瞳が美しく光る。
「私みたいに弱ってて、助けて欲しそうに視えました。そんなのほっとけません!」
これにルシアは舌打ちをすると、話を変えることにした。
「いいかい? あんたは殺さないであげる。今回はね。但し、今後アタシの邪魔をしたら許さないよ!」
この警告に幸灯はブンブン連続で縦に首を振った。ルシアはさらに付け足す。
「後、フォーンは絶滅危惧種なんだ。お前のせいで死んだら許さないよ。」
「えっ? 何ですか、あなた? 括正のことが好きなんですか?」
幸灯は過敏に反応した。ルシアは頭を抱えると、口を開く。
「安心しな。恋愛感情はないよ。人が犬を思う気持ちと一緒の感情よ。」
「ああ。」
「……納得するんだ。さて…」
ルシアはある方向を見据えた。
「アタシは括正の戦いを見届けに行くけど、あんたはどうする?」
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