七章 侍道化と荒海の魔女 その2

 東武国の魚の区の案六城の大名、北上 万次郎

   お前が城に海剛石を隠していることは知っている。三・四年程前にアタシが東武国を訪れた際に奪おうと思ったが、お前の城の護衛は当時のアタシが総力戦で挑んでいたら、間違いなくアタシの完敗だった。だが今は違う。かつて封印された神々の力は復活し、魔法の力も上がり、念術も習得した。アタシの力を疑うなら、ソドォームの者に訊くがいい。おっと、失礼。善人が十人もいなかった島国ソドォームはもう既に存在しない。訊きたくても訊けなかったね。聖騎士団か海の調査員などの管理団体に確認してみるといい。

 大人しく海剛石を渡すなら何もしない。

繰り返す。

大人しく海剛石を渡すなら何もしない。但し、渡さぬなら、力づくだ。私の計算が正しければ、東武国と比べて人口は少ないがソドォームの面積は東武国の二倍。いや、二倍だったと言えば正しいか。既にメリゴールにないのだからな。お前が素直に渡せばいい話だ。事情があるなら聞いてあげる。契約を結んでもいいんだよ。

逃げても無駄だ。海剛石が放つ海の声をアタシは決して見逃さない。

もう一度繰り返す。

大人しく海剛石を渡すなら何もしない。しかし、抵抗するなら東武国を海にする。

これは脅しでも、冗談でもない。アタシは嘘をつける性分じゃないんだ。


荒海の魔女

ルシア・シーキング


「この手紙は捨てても破いても燃やしても、すぐに僕の元に戻った。」

 お広間にて家臣一同に北上 万次郎は話していた。

「間違いなく本物だ。後ろには場所が書いてある。時間は明日の早朝。……僕はこの国もこの町も好きだ。だが海剛石を渡せば、我が娘が…」

「北上様ー!」

 下っ端の一人が大急ぎでやってきた。

「どうした?」

「襲撃です!」

「なんと⁉︎」

 万次郎は思わず立ち上がった。

「荒海の魔女がもう来たのか⁉︎」

「魔女ではありません! さ、アヒャヒャヒャヒャ!」

「殿の前で何を急に笑ってる、無礼で、アヒャヒャヒャ!」

「いやお前も笑っとるやないかい! アヒャヒャヒャ!」

「ふふふふ、どうやら、くすぐられているようで、ぐふふ、念術で…」

「どうも〜。」

 括正は堂々と正面からやってきた。万次郎は彼を分析していた。

(なんだこの男は? たくましい体つきに色黒の肌、土足で…入ってきてはない。蹄か? 黒い細袴の下に深紫の着物、深紫のリボンが巻かれた黒い帽子を被っている。そして素敵なアゴ髭だ。)

「急な押し掛け失礼する。」

 バッ!

『うおおお!』

 突然のことに皆が驚いた。万次郎も然り。

(後ろの方から、突然目の前に移動したぞ。)

「無礼者! 下がれ、下郎!」

 家臣の一人が叱責する。万次郎は思わず家臣に向かって手を伸ばす。

「待て! ……括正か⁉︎」

「左様。お久しぶりですな、北上様。」

「見違えたぞ! 何故ここに?」

「これですぞ、これ。」

 括正はそう言いながら、懐から液体の入った栓で抑えられてる細長いガラス瓶を取り出した。

「……薬か?」

「北上様、ご名答。もう海剛石を置く必要はありません。」

「こんなのどうやって君が?」

「今仕えている主人が薬の調合にはまっておりまして。実は僕の主人が姫様の病を知っていたんですよ。なんとかならないか奮闘していたら、見事に姫君の病にあったものを作り上げたんですよ。…僕を信じてください。」

「わかった。早速使おう。」

 括正と万次郎と少数の家臣は姫の寝ている部屋に行った。

「喉を通るかどうか…」

「ああ、これ飲む系じゃないですよ。かける系です。」

『かける?』

「一斉リアクションありがとう。ほれ。」

 ぽっ!

「液体が煙になった!」

「そう開けると気体となって、殺すウィルスを探知して、ほら。」

「煙が姫君を包み込んでいく…。」

「……消えたぞ!」

「億姫の顔色がよくなったぞ!」

「……父上。」

『喋ったあああ! 億姫喋ったああ! 座ったああ!』

「億うう!」

 万次郎は娘に抱きついた。括正は微笑んでいた。

(上手く言ったよ、幸灯。)

 括正はそう思った後、自分の手に念術で枕元にあった綺麗な青い石を引き寄せた。

「こいつが海剛石…。北上様。海剛石は本来人が持つべきじゃない海の物だ。荒海の魔女はいい噂はしないが、間違いなく海の者。僕らには返す義務がある。その任、僕に任せてもらえませんか?」

「わかった。君を信じよう。」

 北上 万次郎は納得した。

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