六章 悲哀と勇気 その11

(リネン製のシマシマの王冠―ネメスを被っている。身長は俺より少し高い少年だ。)

 武天は冷静に分析していた。清子ももちろん分析していた。

(後ろの金のマント以外上は何も着ていない、下は白い腰布をつけてるわね。緑色の瞳。顔は…結構かっこいい、というか美しい。でもどこかで見たことあるような風格…)

「これほど豪勢な食事があろうか? 余は余の歓喜を噛み締めている。」

 鏡の向こうの少年が言葉を発した。清子は思わずムッっとなった。

「食事ですって? 私たちはあなたの家畜じゃない!」

「そうだ! 人権というものは存在する!」

 武天も言葉で加勢した。

「だいたい、お前は誰だ⁉︎」

「食事に名乗る名などない。貴殿とそなたも食事に自己紹介するか?」

「…目の前にいる命に感謝を込めて。いただきますくらい言うわよ!」

「左様か…ならば…」

 その少年は念力を込めて、両腕を伸ばした。

((鏡から手だけ出てきた⁉︎)

「鬼と…竜の…妖力を…我が物に!」

「キャッ!」

「グッ!」

 清子と武天は地面に両膝をついてしまった。

(体が勝手に…悔しい! 二人とも武器が後ろに飛ばされちゃった! いいえ引き剥がされたんだわ!)

(うっ、動けん! …あいつ、いつの間に王冠が取れてる。サラサラの長い金髪だ。まさか、こいつは…)

「少女よ、少年よ。名乗らぬと言ったが、てめえらのに免じて、名乗ってやろう。余の名はクレオ・アペプ! 光の蛇神なり!」

 少年は名乗りをあげた。武天は少年の正体がわかった。

(こいつは侍大蛇―宮地 蛇光だ! 死んだはずだ! だが容貌は幼く、別名を名乗っている。どういうことだ?)

 だがそんな考える暇を時は与えなかった。

「その部屋は余の皿も同然。……いただきます!」

 清子から緑のエネルギーが、武天からは赤いエネルギーが流れ出てはクレオの手にと入っていく。清子は悲鳴をあげる。

「きゃああああ! いやあああ! 痛い! 痛い! 辞めてええ!」

「ぐう…うう…つーっ、ぐう、が…」

(た、耐えられん…意識が…)

 清子は横向きで、武天は仰向けで後ろに倒れた。クレオは己の手の平を観察した。

「竜と鬼の力が余の手の中に…」

「人のものを盗むな!」

「なっ、あああ!」

 莫大なエネルギーが持ち主の元へと無理矢理戻された。

「これは…念術⁉︎ てめえらは誰だ⁉︎」

「よしっと。」

 紺色の股引きと水色の道着にミントグリーンの羽織を着た細身で中年のダンディな男は武天を念術で浮かして、清子を優しくお姫様抱っこした。

「軽いな〜。この子達〜。ちゃんと食べてるんかな?」

「おい、無視すんな小僧! 余を拝め! 膝をついてひれ伏せ!」

「メンバーB、後は任せていいかい? この子達の武器もお願いね。」

 長身の男は相棒の細い灰色ズボンと茶色いロングコートを羽織った顔面傷だらけの白髪の中年に尋ねた。

「了解した。メンバーA。」

「だから無視すんなてめえら!」

「傲慢は愚者に似合わず! 盗人も真の王に似合わず!」

 傷だらけで長身の男は突然より睨みを効かせながら、クレオを睨んだ。

「俺は恐怖では頭を下げんぞ!」

「僕もそんな感じで。子どもをいじめる奴は許さん。」 

 侍の男はそう言うと、二人を連れて振り向いた。

「クソォー! もう奪えん!」

「過去の男よ、」

 傷だらけの男は武器を取り出した。

「バズーカなるものをご存知か?」

「あぁ?」

 ヒュー、ドカーン! 鏡ごとダンジョンの最終層が破壊された。

「いやあ、エドワード殿。ご加勢感謝だぜ。ありがとう。」

「まさか、過去の蛇光が鏡を使って時越えの力奪いを企んでいたとはな。だが失敗し、あの部屋を破壊することによって、その道は断たれた。そういうことでいいんだなよな? 伸正。」

 武器商人兼傭兵のエドワードは括正の父―岩本 伸正に確認した。

「ああ、現に歴史は変わっていない。ただ今回は危なかったな〜。」

「今回も和美郎の差し金じゃね? お前まだあいつに善の心が残ってるって信じてるのか?」

「うん。そうだよ。」

「……俺はかつて忌子を育て、化け物にした。処理をする覚悟は…できてる。」

「まああんたが、そうしたいならそうしろよ。…僕は曲がらないよ。」

 伸正は言うと、エドワードは持っていた水晶玉を擦った。あっという間にダンジョンの入り口に辿り着く。伸正は気を失っている清子を優しくエドワードに手渡した。

「この子を守っていて。しばらく寝ていると思う。」

「了解した。……その小僧はどうする?」

「ちょっと遠くで無理矢理起こしてくる。」

 伸正はそう言うと、念術で浮かしていた武天をお姫様抱っこして静かに素早く遠くに移動した。そしてゆっくり武天を草の生えた地面に下ろして、頬を突いた。

「おーい、大丈夫かい? 少年。」

「うう…。」

 武天は意識を取り戻して、ゆっくり草の上から起き上がった。

「怪我はないかい?」

 伸正は微笑みながら、手を差し伸べた。武天の手は素直に掴んだ。

「お前は東武国の者か?」

「僕は君の敵に見えるかい?」

「……見えない。」

「じゃあお前って呼び方はないんじゃない? 一応君たちの命の恩人なんだぜ?」

「……あなたが恩人?」

「間一髪で救ったんだよ。僕と僕の友達がね。ところで本当に怪我はないかい?」

 伸正はそう言いながら、武天の服を整えた。

「ああ、問題ない。」

「そうか〜。よかった〜。」

 武天はそう言い終わると、顔が急変する。

「じゃあ、歯を食いしばれ。」

「ん?」

 パチョーン!

 伸正は勢いよく武天の頬を引っ叩いた。

「うがあああ!」

(なんだこのおっさんの打撃は⁉︎ 鬼人になった俺の皮膚の髄まで痛みが響く。)

「痛いだろ〜。おっさんの愛ある一撃は鬼にも響くんだぜ。覚えときな。」

 伸正は優しく武天の頭を撫でた。

「君の軽率な行動で多くの悲劇が生まれるところだった。そして途中までしか隠れてみてなかったけど…君は彼女の気持ちと信頼を裏切った。その事実を忘れてはいけないよ。」

「……勇敢になりたかった。自分の勇気を試したかったんだ。」

 武天は下を向いていた。伸正は手をどけた。

「勇気だけが武士道じゃないよ。それに勇気には経験や場数、危険への知識も必要なんだ。それに荒波との冒険だけが勇気の見せ所じゃない。」

 伸正は淡々と笑顔に戻って話しだした。

「今回のことは一旦置いといて、お礼を言わせてくれ。僕の息子の友達でいてくれて、本当にありがとう、武天君。」

「あなたは括正の…?」

「ピンポーン! 括正がペラペラ君のこと手紙や直接話してたよ。君にも角を見せたこともね。ここだけの話、彼の人種は差別されやすい。知ってたかい?」

 伸正は質問すると、武天は深く頷いた。伸正は話を続ける。

「にも関わらず君は括正の友達で居続けた。それだけでも充分勇気あると、少なくとも僕は思うな〜。」

 伸正は優しく武天の肩を叩いた。

「清子ちゃんはちょっと離れた場所で僕の友達が見守ってるから一緒に謝りに行こう。僕も一緒に土下座する。」

 これに対して、武天はそぉーっと伸正の手をどけた。

「ありがたいが、あんなことがあってから、彼女に会うことは俺は怖い。彼女も俺の顔を見たくないだろう。…このまま別れて、旅を続けたい。」

「そうか。…まあ女は怖いよね。僕も妻を愛してるけど、たまに恐ろしい。」

(いや、この御仁ちょっとズレてる気が…まあ、いいか。)

 武天はそう思っていると伸正は両腕を組んだ。

「自分の正しいと思うことに従いなさい。だけど約束してくれ、偶然か意図的か、今度彼女に会う時…もちろん謝ること、それと…その前に…」


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