六章 悲哀と勇気 その8

「大丈夫っすか〜? 大丈夫っすか〜? ちゃんと栄養取ってますか〜?」

「うっ。」

 武天はある声に起こされた。

(なんだこの男は? 全身赤スーツに下には白いカッターシャツに黒いネクタイ、顔は銀の犬の仮面で隠してる。)

「何者だ⁉︎ 君は!」

「あなた様の大恩人! 呼ばれてないのにやってきた男、ブラッドマスターとはワタクシのこと!」

 その男は高らかに宣言した。武天は容赦なく刀を近づけた。

「ヒーッ!」

「うるさい男だ。お前は東武国の恥。今ここで俺が始末してもいいのだぞ。」

「それは正義ではなく八つ当たりですなぁ。ここでワタクシを殺したら、あなたの武士道の質が落ちますぞぉ〜。松平の坊っちゃん〜。」

「……いつから見てた。」

「ワタクシは久しぶりに目にした故郷の服装をした集団を尾行していたらあなた様に辿り着いた。いやあ〜。あなた様は強いっすね〜。……なのに訳のわからん曲芸師に負けた。なぜだと思います?」

 武天は黙り込んだままだったので、ブラッドマスターは話を続けた。

「勇気がないからでございましょう。あなた様は頭良すぎる故に慎重。戦の軍師としては立派だが、今のあなた様に取っては枷だ。口は回るが、未知や不思議に突っ込む度胸がやや欠けている。あの虎と戦った時も接近するのもヤケクソの最終手段でしたなぁ。」

 ブラッドマスターは武天が下を向いたことに気づいた。

「坊っちゃんはダンジョン攻略の経験はありますかな?」

「……ない。」

「そうっすよね。そうっすよね〜。」

 ブラッドマスターはそういうと、折り畳まれた紙を武天に渡した。

「これはなんだね?」

「この国の数あるダンジョンを記した地図です。男なら〜、自分の運と度胸、試したいっすよね〜。」

「武天君〜。いるの〜?」

 清子が薪割り場に戻ってきた。

「遅かったから、迎えに来ちゃった。」

「清子君、すまない。こちらの…」

「こちらの? 誰もいないわよ?」

「何を言ってるのか…」

(消えた? 俺が清子君の方を向いた隙に…。)

「なぁーにー? それー?」

 清子はそう訊きながら、武天の持っている地図を指差した。

「なんでもない。」

 武天は着物の懐にそれを閉まった。

「そう…。」

 清子はそう言うと、手を差し伸べた。武天は不思議がる。

「なっ、なんだね?」

「暗い森を歩くのが怖いの。手を繋いで下さい。お願い。」

「なぜ俺がそのようなことを……そっ、そんな顔しないでくれたまえ。……わっ、わかった。いっ、いいだろう。」

 武天は少しだけ赤くなりながら、清子と手を繋いだ。武天は歩きながら、空いた手で地図を入れた懐を触った。

(明日早起きして行ってみよう。)

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