五章 侍道化/東武の守護者 その5
舞台は変わり、東武国の中心にある首都―武京。どの区にも属さない武京には帝とその保護下にいる領主の家族が住んでいたりする。東武国の戦には暗黙のルールがある。それは武京に住む者を決して危害を加えないないこと。そのような企てをした大名の領地は帝の号令により、全軍によって叩き潰されるのだ。ただし外国の者がそのようなルールを守るはずがない。帝には権力はないが威厳がある帝の城には敵対する大名同士の姫君も仲良く暮らしているのだ。その門の前での出来事だ。
「お兄さん、いい子ですから、帝に会わせて下さいな〜。」
幸灯は最高の甘え声でたった一人の門番にお願いしていた。
「なんだ貴様、帰れ。とっとと消えな。」
眼鏡をかけた門番用の赤い袴に緑の着物を着こなしたマッシュヘアーの無愛想な少年の侍が言い返した。
「まあっ!」
幸灯は怒ると腰に両手をあてた。
「とってもとっても悪いお口ですね! 名前を教えてください、呪いますから。」
「何で呪われる相手に名前言うと思ってるんだ? 俺仕事してるだけなんだけど。門番が怪しい奴入れないの当然じゃん。」
呆れた門番はため息をついた。幸灯はプンプンだった。
「もういいです、力づくであなたの名前を炙り出します。」
「…普通力づくならこの状況は城突破に尽力するだろ。基本バカだろお前。だいたい君みたいな小娘が俺を拷問でもするつも…」
ガシッ! シュッ! プッ!
「ガッ!」
(な、なんだこの女⁉︎ 一瞬で俺の手を掴み空いた手の指で俺の内側部分の手首を突きやがった! 何をしたんだ?)
「クッ!」
少年は幸灯から手を振り解いた。そして笑顔の幸灯の指の上にあるものが発生したことに気づく。
(……赤いシャボン玉? いんや俺の血の塊だ! 一体どうやって?)
「サンライト、分析できます〜?」
(かしこまりました、幸灯様。)
驚いている侍に構わず、幸灯はミサンガのサンライトの上にその血の塊をかざす。次の出来事に侍はさらに驚く。
(赤いのが石に吸い取られるように消えた⁉︎ もしや魔工知能?)
「ええ〜‼︎」
幸灯は突然叫んだ。
「うるさい女。近所迷惑を考えろ。」
侍の少年がボソッと文句を言った。すると、幸灯は少年と目を合わせる。
「あなたは岩本 雄美郎、括正の弟ですね。」
「……ご名答。」
「ふわぁ〜、見かけもキャラも似てませんね〜。」
「……二人とも養子なんだ。」
「そういえば括正が言ってました〜。っていうかもっと驚いてくださいよ〜。驚くくらい冷静ですね。」
「最初の行動に驚きを全部持ってかれた。悪い。いや悪くない。悪いのお前じゃ、この血液泥棒兼個人情報侵害者。」
岩本 雄美郎は指摘をすると、幸灯は言い返した。
「そんな〜。奪えそうだったから、奪っただけですよ〜。」
「帝の御前の御前の前でよく言えるなお前。…あんたがもしかして兄上がよく言ってた幸灯って奴か?」
雄美郎は質問をすると幸灯はコクンっと頷いた。雄美郎はじっと幸灯を観察する。
「なるほど……いかにも馬鹿でお花畑な兄上が引っ掛かりそうな女だー。」
「ちょっと、雄美郎さん。あなたすごく失礼ですよ。括正は私の未来の臣下なのですから、あなたも臣下同然です。それにひどいですよー。括正はそのお花畑さんなとこがかわいいんですよ。それにまるで私が括正を騙してるみたいな言い方じゃない。」
「まずその主従の理屈はものすごくおかしい。そして辞書を読む暇あったらあざといって言葉調べとけ。驚くぞ。」
雄美郎は指摘をすると、警戒を解いた。
「帝になんのようだ?」
「あっ、あなたでもいいです。ただの忠告なんで。」
幸灯は大まかな東武国の地図を出した。
「今海賊が東武国の蓮の区に向かってるところなのはご存知ですか?」
「ああ、知ってる。既にもう戦いが始まってるんじゃないか?」
「一年半くらい前にも海賊がやってきたのは覚えてますよね?」
「ああ、一時帰還した火雷 狂矢の号令の元で海にて向かい撃つのではなく、国で待ち伏せる作戦になったのは先の戦では予想以上に被害が大きかったからだ。」
「それは賢いと思います。ですけど先の戦では海賊艦隊とは別に、三人の強力な怪人が別働隊で国の内部で動いてたんです。今回も…ハッ!」
幸灯は突然周りをキョロキョロ見渡した。何かを感知したのだ。雄美郎も幸灯の突然の行動に驚く。
「ど、どうした⁉︎」
(やはり吸血鬼か。兄上の悲願をこの子に兄上が叶わせたのか? …俺と同じ方向を見てる。俺はなんも感じないが、危険が真正面に迫ってるってことか? ……違う完璧に前じゃない頸が若干下を向いてる。一体…)
ズズズズ。
「微かに聞こえるぞ。」
「ようやくあなたみたいな人間も感じ取れることができたんですね。」
「微かに震えながらマウント取るのやめい!」
ズズズズ!
「うわああ!」
「地面が揺れてる!」
「何事だ!」
揺れが激しくなり、ようやく都の人々も感じ始めた。
「…予想が当たりました。そして遅かった。」
「おい、なんの話だ? ……どこに行くんだ、幸灯⁉︎」
自分の前を小走りする幸灯を、雄美郎は追いかけた。ふと幸灯は振り向いて、赤い瞳を光らせた。
「初対面に対して呼び捨てですか? あなたって失礼パレードが止まないんですね。」
「……幸灯さん、どういう状況? ……いや答えずに、進むなよー。」
「見たらわかります。サンライト、避難誘導シティ。」
「かしこまりました、幸灯様。」
スル、スル、スルル!
(彼女の周りから無数の布帯が解き放たれて、人々に巻き付いたり押したりひっぱたりして危険圏外へと優しく誘導してるのか⁉︎)
雄美郎が分析していると、パッと幸灯が腕を横に伸ばして、彼を引き止めた。
「ちょっと止まりましょう。私の前に行かないでください。」
ズズズズ!
揺れは段々大きくなっていた。ところが突然音は止んだ。っと思いきや。
ドドドドドドドド!
「きゃああ!」
「おっと!」
突然のことに二人は転んでしまう。幸灯は砂ぼこりを見据えて、観察する。
(道の真ん中に大きな穴が。…)
「トウッ!」
(女性の声ですか⁉︎ 誰か穴から出てきました。…海賊らしい赤いコートと白羽のついた上流階級っぽい帽子。コートの下には白いボタン付きの上着、コートの袖から出てるのはその上着の先っちょのフリルでしょうか? ズボンは赤紫でおしゃれな靴ですね。髪は後ろに結んでますけど、特徴的な緑色ですね。身長は私より少し上ですね。あっ口を開けます。)
「おっほっほ、無能で無知な東武国の皆様方〜! 無敵海賊同盟の紅一点、フリリー・ミコック船長の大いなる旅筋の生贄となりなさいー!」
フリリー船長は高らかに宣言した。幸灯はカーテシーをして挨拶をした。
「こんにちは、私幸灯と申します。あなたのお名前とお仕事はなんですか?」
「うわ、なんだあんた⁉︎ 何ナチュラルに会話始めようとしてんだ⁉︎ ってかアタイ、名前も仕事も言ってるから!」
「確かに言ってるぞ、幸灯さん。」
雄美郎は呆れながら指摘した。
「お前基本馬鹿だろ。」
「「馬鹿と天才は紙一重!」です!」
「何でお前らほぼハモってるんだ?」
(さてはこの海賊はある面では隣のトンデモ女王と同類だな。)
雄美郎はそう思うと、声を整えた。
「極悪非道な海賊よ! 東武国の中心に何のようだ⁉︎」
「あんたが想像できる最悪のパターンのさらに上よ。」
フリリーはそう言うとサーブルを抜いた。
「でもその前に、アタイの剣の餌食になりな! 突撃ー!」
「一人なのに突撃って言うの? やっぱりお前も馬鹿か。」
「うっさい、潰れろー…」
「
幸灯は手から布帯を放った。
スルル、ギュッ!
「なっ! アタイの刀が布に縛られた! ちょっとあんた、離しなさいよ! …くー、あっ!」
フリリーは剣を奪われてしまった。幸灯は手元に持ってくると少しだけ観察した。
「雄美郎さん、報酬です。あげまーす。」
ヒョイ!」
「あぶねっ! お前刃物取り扱い注意! 投げんなよ!」
「さてと…。」
幸灯はフリリーを睨んだ。
「素敵な人々の平穏を脅かすなんて……見たところあなたは普通の子みたいなので、少しだけお仕置きさせてもらいます。もちろん手加減しますよ〜。」
「えっ、ちょっと、何を…」
ボキッ! バコッ! ズコッ! ドシッ! ヅクッ!
その他にも打撃音と女海賊の悲鳴が武京中に響いた。
「ううう〜。ひー。」
横向きにフリリーは倒れた。
「お前、自分が完全に優位だと容赦ないな。」
「何をしでかすかわからない海賊に対して、お茶に誘うか、ギュッってハグした方がよかったですか?」
「いや、まあ、んん〜。」
雄美郎が思い悩んでいると、突然穴の中から声が聞こえた。
「船長〜! 大丈夫っすか〜⁉︎」
始めにその者の手が現れ、地上へと姿を表した。
(水色と白のシマシマのTシャツに青いズボンに靴がわりの草履に頭は赤紫のバンダナ…白髪だけど若い男性ですね。…丸腰ですね、海賊の癖に。)
「せんちょ、ヒョエー! 大丈夫っすか船長! おいたわしや。」
海賊は慌てて、フリリーに駆けつけた。
「高めのポーション買っといてよかったっす。」
そう言いながら下っ端は瓶の入った緑の液体を彼女に吹っ掛けた。液体は煙となり彼女を包み込み、あっという間に彼女は元気になった。
「うう〜! サミー〜! サミー〜! 怖かったよ!」
フリリーはそう言いながらサミーにガシッと抱きついた。サミーは優しく彼女の頭を撫でた。
「怖かったすね〜、船長。私がいるからもう大丈夫っすよ〜。」
「…なんかすげえ甘やかされてる感あるな。……お前はお前でどうした?」
「なんかその…客観的に自分を視てる感じで…恥ずかしいです。」
雄美郎と幸灯がボソボソ話してると、突然フリリーは部下に向かって強気になった。
「サミー・スミス! とっととあいつらをケチョンケチョンにするんだよ! このヘナチョコ!」
「……えっ、船長。っていうかフリリーちゃん。今の態度何ー?」
サミーはそう言いながら、優しい目つきが変わった。急変する部下にフリリーは慌てる。
「えっ、いや、その…」
「だいたい私さ、経理・家事・事務担当なんだよ。つまり非戦闘員なわけ。そういう約束だったよね。後最近ありがとうとお疲れ様ですの言い忘れ多すぎない? この前下のアレを貰いに行った時の先生に対するあの態度もなにー? 先生はあんまそういうの気にしないかったのよかったけどね。それにヘナチョコとか不必要な悪口はちょっと今後部下を増やすんだったらさ…」
サミーが淡々と話してる間、雄美郎はおもしがっていた。
「おいおい、まさかのお説教タイム始まったよ。…だからお前はお前で、何で両手で顔隠した状態であの女海賊と同じ跪座でしゃがみこんでるんだよ。」
「自分に当てはまるところちょくちょくあって…もう…見てられないの…。」
「……今後は兄上にちょっとでいいから威張らないようにしろよ。」
しばらくすると、サミーがテクテク二人の近くまで歩いてきた。
「どうもこんにちは。サミー・スミスと申します。非戦闘員ですが口は動きます。えー、鮮烈ながら悪口を…」
そう言うと、海賊は幸灯と目を合わせた。
「えー、暴力大好き低ランク国民おチビちゃん。」
「えいっ!」
幸灯はパチンっとサミーをビンタした。
「ぶっ!」
「たぁ!」
幸灯は反対の頬をビンタした。
「バッ!」
「トイヤッ!」
幸灯は腹パンでサミーをフリリーの近くまで殴り飛ばした。
「グハァ! ……船長無理でした。」
「……まあ、そうなるよね。」
「あいつ、最初の間接攻撃を続けてたら勝てたんじゃねーか?」
雄美郎が気がついて言うと、幸灯は目を光らせた。
「あの人達、シャベルでここまで来たんですかね?」
「みせてあげるわ、吸血鬼女!」
フリリーはサミーの肩を持ちながら叫んだ。
「バルス・バルナバ先生が特注で作ってくれた最強メカ!」
二人は開けた穴の中に戻った。
ドドドド!
「また地面が揺れてる! 幸灯さん、出てくるぞ!」
「何がですっ!」
「知らん!」
穴の中からアンテナがついた虫の顔の巨大な鉄の塊がガコンガコンっと現れた。幸灯は冷や汗をかく。
「あ、アリっ!」
「おっほっほっほ、ご名答小娘!」
アリの中から声が響いた。
「バルナバ大先生の名作メカ―メタリック・アントニオ! 移動は六足歩行の超スピードの穴掘り名人! 戦闘時は二足歩行! つまり四つの鉄の腕が敵を襲う!」
グサッ!
(家の屋根を…刺しやがった! 海外のカラクリアームははあんな貫通力であんなスムーズに動くのか⁉︎)
雄美郎が驚いてると、フリリーはまた喋り出した。
「アリは十倍以上の物を持ち上げられるの! バルナバ先生はアリの怪力を機械に見事再現したのさ!」
ゴキゴキ!」
(地面から引き剥がしやがった!)
ブン!
(投げた! ……俺たちじゃなく上空に…どこを狙って…軌道が…まさかっ!)
バコォ!
「きゃあ、大変です雄美郎さん、お家さんがものすごいスピードで城にぶん投げられちゃいました!」
「見たらわかる!」
「おっほっほ、今のは余興よ!」
グサッ! グサッ! グサッ! グサッ!
「今度は四本で別の家を刺しやがった!」
「ちょ、ちょっと雄美郎さん、あなた一応侍でしょ! 何とかしてくださいよ!」
「無理に決まってるだろ! 俺は兄上や父上と違って斬鉄剣も飛斬も使えないんじゃ、馬鹿野郎!」
「ええー、何で使えないんですか⁉︎」
「同じ質のものを斬ることと切断型の衝撃波をみんながポンポンできるわけねえだろう!」
ブン、ブン、ブン、ブン!
「……連続で城に投げやがった!」
「もぉー! 城は芸術で城にはたくさんの人がいるんです! これ以上壊さないで!」
幸灯はそう言いながら、まだ空を飛んでいる家に自信が飛びながら四つの二重円内ハートの魔法陣を四つも展開した。
「
スルルとと四つの布帯がガシッと四つの家を掴んだ。幸灯は振り向いてアントニオを睨んだ。
(家を武器にしますけど、ごめんなさい。)
「お返しです!」
キュッ! ヒュー! バココココン!
四つの家を幸灯は一気に家に当てた。砂埃が舞う中、幸灯は地面に舞い降りる。
「他人の努力を蔑ろにするだけの破壊のカラクリ、芸がありません。」
幸灯はそうコメントすると、ビッっと砂埃の中を指さした。
「あなたなんか全然怖くないんですから!」
ドーン! ゴッ!
一本鉄の脚が幸灯に直撃した。
「きゃああ!」
幸灯はぶっ飛んだ。
「幸灯さーん、大丈夫か⁉︎」
速すぎた出来事にようやく体と思考が追いついた雄美郎が急いで駆けつける。幸灯はお腹を抱えたまま、床にうずくまって小刻みに震えた。
「ひーっ! ごめんなさい! 調子に乗ってました! あなたの全てが怖いです〜!」
「自信のアップダウンが激しいなこいつ〜。ってかよく見たら完治はやっ! やっぱ吸血鬼か。」
「おっほっほ!」
メカの中から笑い声が響く。
「歯応えがないってこのこと! 城を襲撃する前に大物狩りに行こうかしら? 例えば、先生を一時投獄した侍道化とかね!」
「あぁ?」
「……何ですって?」
雄美郎と幸灯は睨みを利かせた。
「雄美郎さん、あのアリさんを広い場所に案内できませんか? 後は私がやります。」
「任せろ。先に倒しまっちゃったら、すまん。」
雄美郎はそう言い、刀をようやく抜いた。
「家族を傷つけようとする奴は誰一人許さねえ!」
「まあ結構熱いとこもあるんですね〜。感心です。…武器庫と薬局に寄りたいのですが。」
「城内と城下町の地図だ。持ってけ!」
「ありがとうございます。」
幸灯はそう言って空に羽ばたいた。だがそれを見逃すフリリーではない。
「逃すかぁ!」
ゴン!
「はっ、石ころ?」
「…俺は飛斬はできねえが、投石はできるんだよ!」
「なんだい、ガキ侍! 喰らいな!」
カキン! カキン! カキン! カキン!
「なっ!」
「あいつすごいっすね。四つの攻撃を全部受け流しましたよ。」
「さあ、遊ぶか。」
雄美郎は道化のようにニヤけた。
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