三章 革命前夜、茨の黒魔女への挑戦 その2

 舞台はデューズの国の周りが壁に囲まれたクアの町の閉ざされた門の前に変わる。草原を見渡している二人の門番が何気ない話をしていた。

「…俺時給上がったんだよ、直談判したら。」

「マジー?」

「おうよ。へそ踊りしたらな。」

「なんか失ってない?」

「それで時給上がったんだだぞ?」

「そういうことじゃなくてだな。……俺も宴に参加してえ。」

「それな! だがここが唯一の門でここを死守するのは大変名誉な、ん? 誰か来る? ここ馬車でしか来れないよな?」

 草原を二つに分ける一本の道を小柄な影がやってきた。紺色のフードが頭から下まで隠している。

「あんこら、あんこら、あーん⁉︎ てめえ、ここは印付きの馬車じゃないと入れねえんだぞ⁉︎」

「門番というかヤンキーだぜ、それ。とっとと帰れクソガ…」

 ゆっくりとその者は両手でフードを取って、お下げツインテールにしてある水色の髪と金色の瞳を露にした。

(クソガキって言いかけたけど…ちくしょお、かわいい。)

(あいつだめだすっかりほの字、ここは俺がガツンと…)

「お兄さん達、通して欲しいんだけど、ダメかしら?」

 少女は首を傾げながら質問をした。門番の一人はオラオラで答える。

「ここは職業安定施設が揃う町―クアだ。ガキの来るとこじゃねえ!」

 門番は強気で言うと、少女は目をウルウルさせて服の胸元を二人にチラつかせた。

「お兄さん達色気が欲しいの? これでどうかしら?」

「帰れ!」

「いや帰らすなよ! 先が見たい!」

「お前もどうした⁉︎ ついでに帰れ!」

 門番は一旦同僚の方を向くと、また少女を見た。

「ん? こいつどこかで…。」

「お兄さんって怒りやすい短気さんなのかな〜? そんなんじゃモテないまま、女の子に逃げられちゃうわよ?」

「うっ、うるせー!」

 そう叫びながら、門番は少女を強く押した。それによって、少女は後退りした。

「あっ!」

 思わず叫んだ少女は、金色の眼で門番を睨みつけた。

「痛っ。……先に手を出したのはそっちなんだから、覚悟しなさい!」

 少女はバッっとフードを脱ぎ捨てると、それは薄紫色のリボンが巻かれた紺色のトンガリ帽子に変形して少女の頭の上に乗った。

「お、思い出した! こいつ、茨の黒魔女だ!」

「気づいてくれたの? ありがとう〜。でも、押したあなたも悪口を言いかけたあなたも、許さない!」

 茨の黒魔女―清子・ブラックフィールドは杖を構えた。門番に向けた杖先がボッと微かに燃える。

壊火アバンフォイ!」

「「ぐあああ!」

 ボオオン! 門番ごとクアの門が燃やされた。清子はズカズカと堕落した町に堂々と侵入した。当然町にいた者どもには動揺と驚愕を示す者がいた。だが余計な言葉を発した者がいた。

「捕らえろ! ボスが喜ぶ!」

「……疾風ガストクライス。」

 清子は静かに呪文を唱えると彼女の半径二メートル辺りの地面に緑色の円が発生した。円は彼女が歩くと共に移動した。一方先程の誰かの一言で何人かが魔女に向かって走り出した。

『うおおお!』

「討ち取れえ!」

「俺の獲物だ!」

 だが彼らが円の上を跨いだ瞬間。

 ひゅうう!

『うわあああ!』

「上に…」

「突き飛ばされるー。」

 皆が上空にぶっ飛ばされてしまった。

「ひ、怯むな! 銃を構えろ!」

「攻撃基礎魔法は多少は使えるぜ!」

「とにかく飛斬だ!」

 ある者どもは遠距離から攻撃を始めた。清子は余裕の笑みを浮かべる。

「ふふ、私を倒すつもり? かわいいわね。」

 清子の杖先が火花を宿した。

七連続スィーブン火炎フランバル!」

 7つの火の玉が無法者を襲う!

『うわあああ!』

『ぎゃああ!』

 火は相手を焼きながらしばらくは違う相手に飛び乗ってまた焼いた。石垣の家が並ぶ町は魔女の恐ろしさを体感するのだった。そんな中、下っ端が町一番高い塔に逃げ延びた。

「ハァ、ハァ……」

 階段をかけて頂上に到着した。

「ボ、ボスー! 侵入者です。」

「うるせーな〜。ヨガやってたのによ〜。まあ一応威嚇するか。」

 ボスは人ならぬ狼の爪を一本たてて、空いていたベランダに向かって、右腕をゆっくり動かした。一方、清子が暴れている場所を音が襲う。

ギギギギギ!

「キャッ! 何っ!」

 清子は即座に耳を塞いだ。

『ぎゃああ!』

「ボスの威嚇だ!」

「鼓膜がはち切れそうだ!」

「これ自分も痛いはずなのになんでするかな?」

 苦しむ無法者がいる中、清子はふと上を向いた。

「大気に一本の真っ直ぐなヒビ? あれが騒音の正体ね。」

(だんだん弱まってるから…後……3…2…1!)

 清子の読み通り、ヒビも音も消えた。

「さぁーて。前菜は済んだし、侵入者を拝むと…ゲッ!」

 ボスはベランダから下を見渡した町に驚いていた。

「人件費浮いたのがいいけど、修繕費がな〜。ん?」

「あっ。」

 人狼と魔女は目を合わせてしまった。魔女は叫ぶ。

「降りてきなさい、災狼―バルス・バルナバ! 降りてきた瞬間八つ裂きにするわよ!」

「えー、ごめんー! 聴こえないー!」

 顔が狼状態のバルナバはわざとらしく清子を煽った。

「聴こえてるのはわかってるのよ! 馬鹿にしないで!」

「やだー! お前を心の底から馬鹿にしたいー!」

 バルナバは言い返すと、清子はホウキを召喚してまたがり、ベランダ近くまで浮上接近した。人狼はにやけたまま椅子に座って、両手を広げた。

「ここは金持ちが快楽に溺れ、無法者が好き勝手にできる町―クア。俺は最近この町のボスになったんだ。そんな俺になんのようだ?」

「あなたを燃やしに来たの。」

 バルナバの質問に清子は淡々と答えた。バルナバはにやけたままだった。

「なるほど……確かに俺みたいな奴を野放しにしちゃ困る輩はたくさんいるな。知ったこっちゃねえがな。だが…それはお前さんもそうじゃねーか、茨の黒魔女。」

「あら、私を知ってるの?」

「俺は面白い奴は記憶してる性分なんだ。時にお前、俺と手を組まねえか?」

 清子はバルナバの提案に杖を強く握ることで反応する。

「まあ、聞けよ。」

 バルナバは冷静に話を進める。

「童話の定番の悪役と言えば、名が出てくるのは魔女と狼だ。何故だと思う? 凡たる人がそれらを忌み嫌い恐れているからだ。」

 バルナバは拳を強く握った。

「つまり俺たちは世の中を都合よく変えられる賜物があるってことさ。そんな俺らが手を組めば…どうなると思う?」

 バルナバは清子に手を差し伸べた。

「俺と一緒に世の中をめちゃくちゃにしようぜ。」

「ペッ!」

 清子の唾がバルナバのおでこの見事に命中した。

「あなたみたいなイカれたサイコパスと、私が手を組むわけないじゃない! ベーっ!」

 清子が下まぶたを指で引き下げて、舌を出していた。それに対してバルナバはハンカチでおでこを拭いて、にやけていた。

「ヒュー、ヒュー、ええやないの〜。考えてみれば、俺もお前みたいな委員長タイプは願い下げだ。」

 バルナバはそう言うと、ビッっと清子を指さした。

「お前、俺を燃やすって言ったが、本当の目的はなんだ?」

「……あなた侍道化と戦ったんですってね。知ってることを全て教えて。」

 清子の本題に、バルナバは少し驚いた。

「嬢ちゃんは、侍道化の友達か? ファンか?」

 バルナバの問いに対して、清子の杖先が滝のように流れ出る炎で溢れ出した。

「いいえ、敵よ。あの悪魔は、私に取っての一番の光を奪ったの。」

「へぇ〜。」

(興味深い…。)

 バルナバは反応すると、あることに気づく。

「にしては、この世に絶望しきった顔には到底思えねえ。また新たに光を見つけたような面だ。」

「そうね。今はまだ小さいけど、いずれは輝きを放ち続ける幸せの灯にしてみせるわ。」

 清子は誇らしげに宣言した。バルナバはさらに不敵ににやけた。

(その“光”さえも失った時、この魔女はどうなるんだ? 見てみてえ、だからこそ奪いてえ!)

「話を戻すけど、」

 清子はバルナバの思考を遮った。

「侍道化の本名、戦い方、特徴、見かけ。あなたの知っていることを教えて。」

(本名を知らねえのか? くぅ〜、たまらん。ぺろっと話してやるのも一興。だが……。)

 バルナバは考えているような仕草をしてから口を開いた。

「やーだよ〜。魔女は拷問がお好きだろう? 俺を生け捕りにしたらあるいは吐くかもなー!」

 バルナバはそう言うと立ち上がり、爪を尖らせて、構えた。清子は杖をバルナバに向けた。杖先で火花がバチバチ弾ける。

「獣め。魔女に挑んだこと、後悔させてあげる!」

「ただの獣と思ったら命取りだぜ! お前の目の前にいるのは生きてる災いだ!」

 こうして災狼と茨の黒魔女はクアの町にて初めて衝突した。

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