二章 時空の槍と新たな勇者の目覚め その9 完

「ううう~。あの巨体な岩本のクソガキ~。神の血が流れている私を打撃で圧倒しやがって。」

 海辺に近い森の一部の木に寄りかかりながら座り込んでいて、傷だらけで傷口から血が未だに流れ続けている荒ぶる海の魔女―ルシアは暴言を吐いていた。

「ブハッ!」

 思わず血を吐いてしまう。そんな彼女にある影が近づいた。

「おやおや?」

(この声!)

「くたばれー!」

 ルシアはその場にあった石ころを声の主に向かって投げた。

「おっとっと。」

 人狼は思わず右手の肉球を顔の手前に位置させて、肉球から出る風圧で石を受け止めた。ズズズズズズっと足の爪を地面に刺しても、バルナバは何歩か後ろに下がってしまった。

「ヒュー、ヒュー。あんたやっぱすげえな。ボロボロになってもこのパワー…。」

 バルナバはそう言うと勢いをなくした石を手に掴み海の方向に投げた。石は三回程度水切りをしたがすぐに海の中に突入した。

「俺も本調子じゃねえな。いつも海に向かって水切りする時は、地平線の彼方まで行くんだぜ。」

「……私が万全の本気で水切りしたら、その石は世界一周できるわよ。」

「マジで?」

「いつかは。」

「未来形かよ!」

「……私に何の用?」

 ルシアが尋ねると、バルナバは海の方を向いた。

「あんたに用はねえ。海を見てすっきりしたくて来たんだ。」

 すると再びルシアの方を向く。

「そしたら記憶にある匂いをかぎ取って、あんたに辿り着いた訳だ。」

 バルナバは言い終えると、ルシアは彼の異変に気づいた。

「首と腹辺り、お前ほどのイカレ野郎が、一体誰にやられたの?」

「…岩本 伸正という侍で界牧者の男だ。」

 バルナバは名を明かすと、ルシアの表情が強張ったことに気づき、質問をする。

「あんたは?」

「…岩本 喜正。伸正の兄よ。」

「へぇ~。あのおっさんに兄貴なんていたんだ。あんたも俺と同じく岩本の侍に恐れず立ち向かい、見事に負けたってわけだ。」

 バルナバの推測に、ルシアは思わず下を向いてしまった。

「……違う。」

「ん?」

「あんたみたいな大層な負け方なんかしてない。私は…。」

 ルシアはポロポロ涙を流し始めた。

「私はっ! 傷だらけの自分の手足と体を見て! 相手を見て! 怖くて震えて! 背中を向けて情けなく勝負から逃げたの!」

ドン!

 ルシアは勢いよく地面を叩いた。

「ちくしょおお! こんなはずじゃなかった! 私がどこで間違えたって言うのよ⁉ 私は海の神々の血が流れているプリンセスなのよ! このままじゃ終われない!」

 ルシアは涙を拭いて前を見据えた。

「終わらせない。絶対に。」

「……あんたって真面目で嘘はつけないんだな。人を騙すような悪はできないだろ?」

 バルナバが素直にルシアを称賛した。それに対してルシアは不敵な笑みで返した。

「人を騙したことなんて何回もあるわ。だけどせっかく真実がいい毒を催してるのに、嘘で塗り替えるなんてもったいないじゃない。嘘をつかなくても人の心につけこむことはできるのよ。」

「己への契約か。…理解はできねえが、悪くはねえ。まあ俺は嘘も真実も状況に応じて使いこなすけどな。」

 バルナバが誇らしげに語ると、軽くスナップをした。

「話を戻すが、そんな気に病むことはないと思うぞ? 迷いのない侍は強い。特に岩本家はプラチナ揃いだぜ。」

「ええ。はっきり言って、二度と関わりたくない一族ね。」

「そうか~? 俺はまた逢いたいな。今度こそ折りてえ。」

「…物好きなワンちゃんね。せいぜい危ない橋を渡るときは保険を用意しとき。」

 ルシアが忠告すると、バルナバは紳士的なお辞儀で応答する。

「ご忠告感謝する、お姫様。」

「お前私を馬鹿にしてるだろ?」

「俺は全てを馬鹿にしてる。」

 バルナバは宣言すると、話を続けた。

「まあ、あれだ。あんたは無様に逃げたんじゃない、戦略的撤退をしたんだ。俺は勝ち負けをそこまで気にしないタチなんだが、あんたの場合はそう考えた方が楽なんじゃないか?」

 ルシアはこの発言に対して少しキョトンとすると、立ち上がりバルナバにそう近づいた。

「……狼はお魚を食べるの?」

「俺は喰うな。」

 バルナバはそう答えると、ルシアは海の方に腕を伸ばして、手はまるで何かを掴んで引き寄せるような動きをした。すると一匹のマグロが海から飛び出て、ルシアの手に吸い寄せられるようにやってきた。ルシアはマグロのシッポを掴んだ。マグロはじたばた動いたが、ルシアは一切動じなかった。

「アハハ、マグロさん。私に捕まるなんて、哀れ、あ、わ、れ。あなたの命…いただき…」

 ルシアは拳に力を込めた。

「ます!」

 叫ぶと同時に、ルシアの拳は魚の胴体に直撃して、マグロは動かなくなった。心臓が止まったのを確認すると、バルナバに差し出した。

「元気の借りっぱなしは嫌なの。もらって。」

「おう。絶対返さん。」

 バルナバはそう言って、バッっとマグロを奪った。ルシアはにやけていた。

「私は優しいから今回だけは見逃してあげる。但し今度目にしたら不幸せをプレゼントして、あ、げ、る。」

「やってみろ~。お前なんかまた返り討ちだ。」

 バルナバはそう返事すると、ルシアは海に入って潜り、姿を消した。バルナバはマグロを持ったまま、森の中へ消えてった。




二章 時空の槍と新たな勇者の目覚め

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