二章 時空の槍と新たな勇者の目覚め その7

(あの飛斬、速すぎて全く視えなかった、ちくしょう!)

「ふん!」

 上半身が後方にぶっ飛ばされそうになったバルナバはがしっと両腕で両脚にしがみつく。

「つああああ!」

 首をくっつけたように気合で腹部分と腰をくっつけた。

「ゼェ…ゼェ…。」

「あらら~。生への執念感じるね、人狼ちゃん。」

 伸正は陽気に観察すると、バルナバはジロッっと老兵を睨んだ。

「あんた…俺に恨みでもあるのか?」

「まっさか~。……僕の愛する息子と殺し合いをしたって言ってたから、君が僕の息子を多少は傷つけたってことだよね? それ以外で君を恨む訳ないじゃん~。」

「私怨たっぷりあるじゃん!」

 バルナバは必死に血を抑えながら叫ぶと、再び構えた。

「だが、引き下がらねえぞ。どんな状況でも分厚い正義の壁は悪の美学を貫かない言い訳にはならねえ!」

「君はとてもきらきらしてるね。内の子たちには絶対に真似して欲しくない生き方だけど。」

 伸正は笑顔のまま、バルナバを評価した。

「君は時空の槍クロノスピアなんてなくても充分悪に輝けると思うんだけど。むしろあんなの持ったら、本来の君の輝きが霞んじゃうんじゃない?」

「物は試しって言うだろう?」

 笑みを取り戻したバルナバに、伸正は呆れてため息をする。

「はあ~、どうしようもない奴だな。仕方ないから君好みの話にしてやるよ。」

 そう言うと、伸正は掌をバルナバに見せた。

時空の槍クロノスピアを奪いに来るのはちょっと待ってみな。ちょうどいいタイミングを見抜いて勇者を狩って、奪い取れ。」

 この伸正の発言に、バルナバは思わず首を傾げる。伸正は話を続ける。

「君も備えていないといけないぞ。おっさんの僕に赤子扱いじゃまだまだ半熟。せいぜい牙も爪も磨いとけ。」

「へっ! 欲しいものがすぐ近くまで行けばあるってのに、何故妥協しなきゃいけねえ? 俺様は自己中心だから我慢なんざ大っ嫌いなんだよ。」

 バルナバは反論すると、伸正はさらににやけた。

「我慢じゃねえ。収獲待ちだ。」

 伸正が指摘すると、バルナバは頭を掻いてしまった。伸正は話を続ける。

「子豚を好んで食べる奴なんて聞いたことあるか? 僕はないな~。成長させてよく太らせた豚の方が生まれたての子豚より摂取できる量も多いし旨いに決まっている。」

 そう告げると、伸正はすっとバルナバの胸辺りを指さした。

「君の獣の本能は大物に成長した勇者に喰らいつきたい、そう訴えかけてないか? その爽快感は今まで感じたものとは比べ物にならないかもしれないぞ。なぁーに、君は何もしなくていい。ただ待つだけだ。」

 バルナバはじーっと考え込んだ。それから口を発する。

「熟した勇者を倒して槍を奪えば、俺は誰よりも自由になれるか?」

「多分ね~。」

 伸正の軽い返事にバルナバはまだんん~っと思い悩んでいた。伸正は冷静で冷酷だった。

(こいつまだ曲がんねえな。心を抉るか。)

「まあそれでも奪いたきゃ好きにしなよ。ただ成功しても世間は君を小悪党の小物としか見ないだろう。君の……お父さんのようにね。」

 伸正はふとバルナバの表情を確認すると、人狼は強張った表情で睨んでいた。伸正はニヤニヤしながら話を続ける。

「悪と戦うには、彼らのやり方も理解しなきゃいけない。それは相手の素性を調べるのもその一環。」

 キュキュキュッ。

「痛ぇ!」

 伸正は念力でバルナバの毛を三本抜いて引き寄せて掴んだ。

「もちろん君のこともね。何を隠そう君のお父さんを再起不能にしたのは今やブラッドマスターとして知られている男と今君の目の前にいるおっさんだ。」

 伸正がそう断言すると、バルナバは睨むのは辞めた。

「へぇ~。親父は俺と母さんを引き連れてドランケンの町に引っ越した時、しばらくブルブル震えていた。“侍には手を出すな、関わるな。”ってしつこく言っていたよ。そうかいそうかい。あんたが?」

 バルナバのにやけ具合に伸正は疑問を抱いた。

「……僕が憎くないのか?」

「大樹の小枝より小山の大将の方が壊しやすかった。感謝するぜ。」

「…どういたしまして? うーん、複雑だな~。」

 伸正は腕を組み首を傾げながら言うと、きりっとした表情に切り替える。

「で? 君は自分のお父さんみたいな怯えた生活を人生の終わりの日々にした小物の小悪党になりたいか? それとも何者にも捉われない自由な大物になるかい?」

 今度はバルナバがうーんっと考え込んだ。ふと自分より背の低い伸正と目を合わせる。

「あんた、当然俺が複数の国のブラックリストに載ってるの知ってるよな? 俺を見逃していいのか?」

「僕は正義の味方なんかじゃない。ただ悪の邪魔をするのが実に愉快なだけさ。」

「なるほど、悪を美とする俺としちゃあ実に不愉快だ。だが…乗った。」

 バルナバはそう言うと、伸正に背を向けた。ふと、振り向く。

「俺をくだらねえ慈悲で逃がしちまったこと、せいぜい後悔すんだな!」

 バルナバはそう捨て台詞を吐くと、ゆっくりと森の中へ消えていった。伸正は回れ右をすると、シャロー村に向かって歩き始めた。

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