二章 時空の槍と新たな勇者の目覚め その2
舞台は数日後、東武国の海を越えたとある大陸のとある国-ネロームの森林地帯だ。紺色の股引きと水色の道着にミントグリーンの羽織を着た細身で中年のダンディな括正の父-岩本 伸正は神経を集中して歩いていた。
「妖精たちの助けで、ここまで嗅ぎつけた。…後は兄上と合流するだけ…」
「伸ちゃーん!! ひっさしー! 元気―⁉」
木々の中から、いきなり大柄で赤みのだいだい色の和装の上着と黒い袴を着た中年白髪筋肉質の男が伸正の横に現れた。伸正は全く驚かなかったが、素直に喜んだ。
「……久しいな、
「リアクション薄っ! ちょっとはお兄ちゃんと同じテンションでいてくれよ~!」
「あっ、兄上。声下げて。周辺の小動物や妖精や隠れ怪人がびびって迷惑だよ。」
「そしてっ! …そして相変わらず辛辣でお兄ちゃんのハート傷つくんだが…。」
岩本家は当主制が存在しない東武国では珍しい家系。実力主義や長男至上主義という概念には捉われない分、このように兄弟仲は円満だ。おっさん二人が通っても横幅に充分空きがある森の道を歩きながら喜正は伸正に話しかける。
「……家族は元気か?」
「僕の女房は僕と同じくらい多忙で、相変わらずネジがきつい石頭で頑固で恐ろしい。」
「……ちょっとは褒めようぜ。」
「僕は兄上と違って自慢が得意じゃない。次男の雄美郎は祖国で首都の若手の防人として頑張っているらしい。長男の括正は……聞いて驚け。なんと未来の女王の第一の子分だ。」
「うわあ、わかりやすい親馬鹿だね。俺と同類やん。」
何気ない弟との受け答えを喜正はすると、ふと真面目に空を仰いだ。
「なあ伸ちゃん……界牧者の仕事の合間に……まだブラッドマスターを追っているのか?」
喜正の質問に、伸正はすぐには返事をせずに、しばらく経ってからああっと言った。それに対し喜正ははあ~っと大きくため息をしてから、真剣な珍剣で冷静な物言いで話を続けた。
「言っとくが奴は罪を重ねすぎた。俺があの人の皮を被った悪魔と遭遇することがあったら、容赦なく斬り伏せる。恨まないでおくれよ?」
「ああ、わかっている。そうなった時はそうなった時、仕方ないよ。けどなるべく運命の歯車が僕の希望になるように信じるさ。」
伸正はそう言いながら、どこか寂しそうな表情を浮かべた。それに勘づいた喜正は激しく自分の頭を掻いた。
「だああ、もう、わかったわかった。ほんの少しだぞ。少しな。状況によっては殺さずに捕まえて、伸ちゃんのいる場所まで強制連行する。ただし七割の確率で殺す。」
「……ありがとな、兄上。」
しばらく二人は歩くと、道は二つにT字で別れた。岩本兄弟から見て右は今まで通ってきた道と横幅が同じくらいの平坦で左は少し狭そうな山道だった。一方で斜め右後ろにも少し下り坂な道がある。
「左が例のか、伸ちゃん?」
「間違いない。…だが選ばれた持ち主は右にいるだろう。」
「念術を身に付けた念操者はすげえな。伸ちゃんがうらやま、気温下がってないか?」
その場を確実な寒気が訪れた。伸正ももちろん感じ取っていた。
「例えるなら、まるで深海が気体となって地上に遊びにきたような感覚。…五時の方向。」
そう弟が言うと、岩本兄弟は右斜め後ろの方へ体を向けて、兄の方は刀を抜く構えをした。現れたのは銀髪の長髪に海色の瞳、肩が見える黒いトーガを着こなした女性がうらやみ
男性が好みそうな平均より長身長の美女だった。しかし何より不気味なのは彼女の下半身。人間の脚は確かに二つあるが、その脚周りには白紫色の吸盤が付いた黒いタコの足が六本飾りのように彼女の腰辺りから付いてるようだった。美女と侍二人の間ではまあまあの距離があったため、相手に聞こえないように伸正は小声で善正に囁いた。
「僕の勘が正しければ、あの海から来た怪人の目的は我々と同じ。見かけに騙されるなとはこの時に使われているんだ…」
この囁きに喜正は意外な一言で割り込んだ。
「たこ焼き製造機。」
「いやそっちの惑わし? いや、わかるよ。相手の下部分まさにそれだよ。だがこんな時に食欲沸く?」
「お腹空いてきたんだよ。」
「まあタコの人魚の脚はタコ状態なら斬られても痛み感じないし、再生するらしいね。」
「余計お腹空いてきた。」
ドンッ!
それまで普通に彼らに向かって歩いていた人魚は強く大きな踏み込みをすると、踏み込んだ地面の部分は小さくヒビが割れた。しかしヒビを作った本人は冷静だった。
「やあ坊や達、沈められたくなかったら邪魔はよしなさい。」
彼女がそう言った後、しばらくの沈黙が流れたが、二人は男らしい涙を流し始めた。
「うう~。泣ける」
「うわあああん! 伸ちゃーん!」
「いやお前らどうした⁉ 今の感動する場面じゃねーよ!」
流石の名が知れてる人魚も動揺した。伸正は涙を流しながら、口を開いた。
「いやあ、失敬。最近僕らじじいだったり、おっさんだったり、老人だったり、おじさん呼ばわりされていたからさ。久しぶりに若く思われてうれしいんよ。」
「いやあの坊やっていうのは煽り、つまり悪口で言ったわけで…」
「うう~。わかるぞ、伸ちゃん。最近娘が父上の存在おじんくさいって言ってたから、余計坊や呼びうれしいぞ!」
「いやあんたらのハッピーで都合のいい聞き取り変換はどう考えても坊やだよ。」
人魚はそうツッコミを入れる、気を取り直して名乗りをあげた。
「あたしは荒海の魔女―ルシア様よ! 不幸せな魂はどこかしら?」
「どうも初めましてルシアさん。僕は東武国出身の岩本 伸正と申します。こちらは兄の…」
「岩本 喜正です。よろしくお願いします。」
「いやいやどうも、これはまたご丁寧に、って違う!」
ルシアはまたツッコミをいれてしまった。伸正は冷静に応答する。
「いやあお嬢さん、海の上でも下でも自己紹介は大切。当たり前のことをしたまで。ルシアさんも自己紹介を先にするとは礼節がありますな。それだけでなく僕らの健康を気遣ってくれるとは非常に…」
「頭のネジは何回回せばお前の解釈になるんだ?」
ルシアは呆れていると、喜正は彼女に質問をした。
「ルシアさん、ネロームにはなんのご用件で?」
「え? ふふっ…。」
ルシアはそう訊かれると、拳を握りしめて、手の甲が相手に見える形で腕を曲げた。
「
この発言をルシアはすると、喜正はいつでも刀を抜く姿勢をしたが、伸正は身構えずに笑顔で質問をする。
「ルシアさん、
「海にある無数の王国を恐怖で支配して、人間たちに女神として君臨して生きる代償として供物を強制的に要求し時の永遠にさばき、メリゴールを基盤に全ての世界を征服するのさ! アーハッハッハッハッ!」
「見事な三振アウトじゃねーか。」
伸正はツッコミを入れると、指を一本自分の顔の高さまで上げて、話を続けた。
「ルシアさん、あんた正直で真っ直ぐそうだから、言わせてもらうけど、独裁的な権力と支配の先には真の喜びはないぜ? ルシアさんは本当に
「そうよ! 私はこの世の全てを治めるために生まれたんだから!」
ルシアはそう宣言すると、喜正は刀を鞘ごとドーンと地面に突き刺し、伸正の肩を優しく叩いた。
「伸ちゃん、これ以上の会話は不要だ。このお方の決意は本物。」
そう言うと、喜正は膝を曲げて、殴り合いに適した構えをして、闘気をゴゴゴゴゴっと解放した。
「ならば全力で海へのおかえり願う他ないだろう。伸正は早く勇者を探しに行くがいい。」
了解、っと伸正は言うとルシアから見て右の道を小走りした。
「あら、かわいい弟ちゃんに見捨てられたのね。アハハ、哀れ、あ、わ、れ。」
「見捨てたのではない。お互いに委ねたのだ。大いなる役割をな。哀れがどちらか、お試しあれ。」
喜正はそう言うと、さらに闘気を練り上げた。それに対してルシアは腕を天高く掲げた。
ズボオオ!
掲げた手首の少し下から八方向へ禍々しい闇のオーラが斜め上に放出された。それでも喜正は一切ビビらなかった。ルシアは失笑しながら煽りだす。
「初めてじゃないのよ~。あんたみたいな身の程を知らない見掛け倒しを相手にするのは。」
「お試しあれと、言ったはずだ。」
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