一章 侍道化と桃色果実 その4


 拙者は桃源(とうげん) 英太郎(えいたろう)と申す者。拙者は怪人として生まれたが、かつて人のために刀を振るった。自慢ではないが、拙者はあらゆる世界で伝説や神話、ある世界では桃太郎という名で昔話の作り話として語り継がれている。偽りもあるが、拙者が屈強な鬼どもと刃を交えて戦ったのは事実だ。拙者が17の時、鬼の王を倒し、伝説となった。未熟な拙者を慕い、拙者のようになりたいと弟子入りを志願する者が多くいたため、拙者は英雄学校を開いた。だが拙者は英雄であるにも関わらず、否、英雄だったが故に悲劇を生み出してしまった。それ以降しばらく弟子を取らずに、世界から姿を消した。数百年経った頃、ある少年が拙者の場所を訪れた。拙者よりも真っ直ぐで無欲で献身的な逸材。

「桃色の和装に紫の帯に白いマント、お歳に合った白髪ポニーテールと桃色の眼光。クンクン、なんと桃の匂いまで。間違いない。あなた様は桃太郎として有名な桃源 英太郎さんでございますね。」

「そうじゃが…お主は誰じゃ。どうやってここに来た。この森にはある方法でしかたどり着けないはずじゃ。どの世界から来た?」

「お初にお目にかかります、桃源先生。俺は赤間 一誠と言います。メリゴールという世界から来ました。弱きを守り、悪しきを倒す英雄になるべく、修行をつけて下さい。」

 未だに拙者に放った真っ直ぐな一言を覚えている。拙者は生きがいを再び見つけて、その子に全てを教えた。言葉通り彼も拙者同様英雄となり、彼の世界メリゴールを太陽のように照らし続けた。にしてもメリゴールは厄介な世界だ。底知れぬ闇が何束もある。拙者は怪人故にあの世界では悪党として扱われていたであろう。拙者はメリゴールをこの森からしばし観察するようになった。特に興味深いのは東武国。拙者が生まれた世界の国と非常に似ておる。拙者は既に俗世と断ち切った身。メリゴールには干渉はできぬ。入れぬのだ。だがどこか懐かしさを感じる東武国。

 数日前のことだ。一誠が久しぶりに拙者に直接会いに来た。

「お久しぶりです、先生! お願いがありこの赤間 一誠やって来ました!」

 相変わらず精悍な男でうれしかった。拙者は応答した。

「なんじゃ一誠。言うてみ。」

「はっ、先生! ある少年の師となっていただけないでしょうか?」

 弟子? 一誠には拙者の事情も恥も話したはず。まあいい、訊こう。

「何者だ?」

「…岩本 括正。侍道化と呼ばれて…」

「駄目じゃああああ!」

 拙者は思わず、声を荒げ、森が地震に覆われた。一誠はそれでも冷静だった。

「先生は彼の希望に溢れている素敵な未来の可能性を感じないのですか?」

 一誠は目をキラキラさせながら言ったが、拙者は思わずため息をした。

「闇のオーラは充分感じた。……知らぬと思ってたか? 長い間、拙者は奴を視ていた。自分より幼い子や戦い方を知らぬ弱者を労わる優しい心は持っていることは認めよう。しかしそのせいで殺意のコントロールができなかったり、周りが見えなくなる少年じゃ。強くなっては危険じゃ。それにお主と違って正義という言葉とは程遠い技や思考の持ち主だぞ。」

「だからこそですよ。」

「死と隣り合わせの時に信頼されていた少女に手を出そうとしていたクズだぞ!」

「それはとんでもないっすね! 俺はそんなこと絶対しないっす!」

 お主はほんとにしないだろうな~拙者は思っていたが、一誠は続けた。

「でもいい子っすよ。」

「悪しき怪人、吸血鬼になろうとしている異常者だ! 勝利に手段を選ばぬ偽善者だ! 頭に角が生えた迫害の対象だ!」

 拙者は思わず叫んだが、一誠は冷静だった。

「彼はあなたにはなれませんし、あなたは彼ではありません。あなたにできることは彼を信じることと、彼に教えながら彼から学ぶことです。」

 拙者はこの言葉に思わず横を向いた。

「なぜよりによって奴なんじゃ? 拙者は少し前まで東武国にいたブラックフィールドの娘の方を教えたい。あの子は岩本の小僧より五倍は英雄の素質も器もある。お主も手紙であの子と話したって言うたではないか?」

「いけません先生。括正君でなければ。清子君は既に必要なものが揃っている。あなたの良き弟子とはならないでしょう。逆にあなたが弟子にすれば、成長の妨げだ。」

 拙者はまだ抵抗をした。

「鬼軍師はどうだ? 高貴な身分に聡明な頭脳、大義を求める心。申し分ない。肉体は弱いから充分そっち方面の育てがいがあるぞ?」

「いけません先生。括正君でなければ。美の区の若殿は才能故に、失敗や挫折が極めて少ない。あなたの気持ちを理解してくれると思いますか?」

 一誠は優しく両手を拙者の両肩に置いた。

「いいですか先生。あなたとの修行が括正にとっての試練であると同時に、これはあなたへの試練でもある。あなたは大昔、角のある悪しく怪人と戦いましたが、これから角のある怪人を正しく導かなければなりません。すでにある素敵な何かより、これから芽生える可能性に希望を乗せて下さい。彼には目立つ欠点がいっぱいあると思います。だったら尚更より優れたあなたが丁寧に愛を持って教えなければ、彼は確実に悪の化身となるでしょう。そのためには彼の性格や個性を重んじてください。断言しましょう。俺にやった指導の仕方では彼は伸びません。そこから工夫する必要があるでしょう? ほら、先生にとっても試練でしょ?」

 一誠は拙者を離すと、一息ついてまた口を開いた。

「そうですね。厳しさより明るさと励まし重視でお願いします。俺の場合、先生の厳しさは逆に燃えましたが、彼は逆に劣等感で落ち込むかも。包容力の高い愛情教育でお願いします。後、彼が自分自身のことを理解できるように、先生も自分自身の偏った価値観を捨てて、彼の種族について勉強してください。意外な発見があるかもですよ。」

「そんなに徹底して考えているなら、お主が教えればよかろう。」

 拙者がそう言うと、一誠は目で訴えていた。拙者は負けた。

「わかった。道を教えてあげなさい。」

「やったー! ありがとうございます。桃源先生大好きです!」

 一誠はそう言うと拙者を抱きしめ、別れを言った。

「俺が愛する世界に戻るとします。……桃源先生は確かに俺と出会う前に失敗したと思います。ですけど、それは俺と出会うため、そして彼とこれから出会うためだったかもしれませんね。」

 数日後、拙者の愛する弟子、赤間 一誠は死んだ。泣き止んだ拙者は今に至る。一日以上泣き続けたであろうか。悲しくても腹は減るものだ。拙者はやってきた羊の首を掴み、握力で仕留める。バオバブの家に入り肉を煮ていたら、急に森に足音が入ってきた。窓の外を拙者は覗いた。森の端から小さな影がやってきた。黒いターバンに黒い和装、薄黒い肌の少年。岩本 括正。……わかりやすものが詰まっておる。恐怖、痛み、怒り、憎しみ。……だがそれと同時に愛、優しさ、謙虚さ、武士道。

 拙者の心にもう迷いはない。あの子にとって拙者は桃色果実。拙者にとっても然り。……そして亡き弟子が愛した世界にとっては……新たな光の花。

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