一章 侍道化と桃色果実 その3

「うっ…。」

 幸灯は目を覚ますと、夜になっており、括正が火を起こして肉を焼いていた。

「ようやくお目覚めかい? お姫様」

 括正は優しく声を掛けると、幸灯に肉が刺さった棒を渡した。幸灯はありがとうございますっと言って受け取ると、少しムッとした表情を魅せた。

「私は未来の女王ですよ。お姫様なんてちゃちな称号なんていりません!」

「もしかして幸灯、お姫様って嫌い?」

「私お姫様のせいで、とんでもない目に合ったんですよ!」

「それが本当だとしても、君の場合ものすごい間接的な気がするんだけど…」

「姫を擁護するのですか⁉ さては括正はお姫様が好きなんですね!」

 幸灯は問い詰めると、夜空の星を眺め始めた。

「なんか、お姫様っていいよね~。ふわふわしていて、浮世離れしていて、オーラが陽の

塊でさ~。東武国には過激な子もいると聞いたけど……東武国の外の国のプリンセスも素敵なんだろうな~。いつかプリンセス図鑑を書いてみたいな~。ゲッ、まずい…。」

 括正はふと幸灯の方を振り向いた。幸灯の瞳は火に負けずに怒りで燃えていた。しかし幸灯の口調は冷静そのものだった。

「括正はあれですよね。私が女王になってからある姫を殺し、その姫の心臓を箱に入れて私に渡しなさいって命令したら、その姫を逃がして代わりに豚さんの心臓とか入れて私に渡しそうですね。」

「なんだろう…やけに正確だね。っていうかそういう命令しちゃ駄目だからね。」

「え? ……駄目なんですか~?」

「んん~?」

 括正が幸灯に注意すると、幸灯は純粋な反応に括正は動揺した。括正は再び口を開ける。

「あのね、幸灯。例えば特定のお姫様を殺したいとしよう。その理由はなんだろう?」

「ん~、おそらくその場合の一番の理由は嫉妬ですね。」

「うん。君それは怖いよ。すごくすごく怖いよ。」

 括正の即座の反応に幸灯は即座に反応する。

「じゃあどういう理由だったら殺していいんですか⁉」

「まあ、例えば横暴で独裁的な姫だったり、敵対勢力の傘下でその思考に賛同する姫だったりしたら、まあ人質にするか適切な罰、場合によっては死刑、にするのはいいんじゃない? 社会的に見ても善良な姫はその方に敵意がないなら、こっちからわざわざ何かを仕掛けるのは立派な女王がすることじゃないな。」

「……ちゅん。」

 思い通りにいかないために幸灯は舌打ちらしい声を発した。括正は困った顔をしたが、真剣な表情で話を替えた。

「ライガー殿という素敵な方に遭遇する前に言いたかったことなんだけど…」

「括正の素敵の基準は異常だと思うのは私の気のせいでしょうか?」

「ん~、かもしれない。武天君は理屈屋で趣味が数術だし、地響きのレドブルも暑苦しい戦闘狂だし、災狼―バルナバは許せない一面もあるし。」

「最後の殿方に関しては私怖すぎて、ライガーさん以上に逢いたくないです。」

「話戻していい?」

 括正は幸灯に確認すると、簡単に言うとね、っと言い始めて続けた。

「世界は広くて大きい。それに比べて僕らはとても小さい。僕は弱い。」

 括正はそう言いながら拳を握って、プルプル震わせた。

「あのライガーという虎人、底が知れない強さだった。あの旦那がもしも殺意丸出しの敵だったらと思うと、ぞくぞくするよ。ライガーだけじゃない。バルナバみたいないかれた怪人や海賊ビリーのようなでたらめな冒険者、蛇光のような絶対的な悪人。そんな強者がうじゃうじゃいるのがこの世界、メリゴールだ。」

 括正はそう言うと腕を近くの石ころに向けて伸ばし、力んだ。

「ぐうううう!」

石ころはゆっくりその場で少し浮いた。だが、すぐに地面に落ちた。幸灯は素直におおお

っと感心しながら、パチパチ拍手をする。しかし括正は自分に対して大きなため息をして、話を続けた。

「こんなんじゃ足りない。何も手に入れられない。守りたいものはすべて奪われる。」

「え? 括正にとって私って物扱いなんですか?」

 幸灯は括正の話を不服そうな顔をして割り込んだ。括正は少し驚いていた。

「えっ、あのごめん。なんで怒ってるん?」

「私、女の子だという理由で物扱いされるのは納得いきません。私を何だと思っているんですか⁉」

 幸灯はフンっとしながら言うと、この子絶対僕以外にこんな強気になれないよね、ほんとにもぉーんっと括正は思いながら、優しく弁解した。

「あのね、僕は漢字の物って意味で使ったんじゃなくてひらがなのものという意味でつかったんだ。」

「ひらがなのもの?」

「そうだよ。抽象的な事柄として使う形式名詞だね。」

 括正のわかりづらい説明に幸灯は首を傾げた。

「チュウショウテキなコトガラ? ケイシキメイシ?」

「まずい。僕としたことが武天君みたいな僕もよくわからない説明してた。」

 括正ははっと気がつくと、右ひじを左手で持ち右、拳でおでこを軽く小刻みに叩いて、少しの間考え込んだ。やがて言葉の羅列が浮かんだので、それを発した。

「うーんとね、幅広い言い回し、広い範囲のくくりのことだから、人も含まれるけど土地、所有物、信念とか色々含まれるんだ。だから漢字の物じゃなくてひらがなのものなんだ。」

 そう括正は説明すると、幸灯はあーっと納得したので、括正は話を続けた。

「端的に言えば、国を出るのを先延ばしにして、修行がしたいんだ。」

 幸灯は黙っていた。

「この国で森の念の隠れ道を辿れば、一誠さんが会えるって言っていたんだ。」

「会える? 誰にですか?」

 幸灯は好奇心で質問をする。括正は一呼吸おいてから答えた。

「一誠さんに念術と戦術を教えたお師匠様だ。その方もかつて英雄だったらしいんだけど、俗世の闇との戦いを断ち切ったお方らしい。」

 幸灯はしばらく黙り込んでから、笑顔で口を開く。

「あなたが正しいと思ったことをすればいいと思います。私はその間、さらにお金やお宝を溜めるとしましょう。 ……修行が終わったら、私を探しに来てください。」

「仰せのままに。未来の女王陛下。」

 括正は笑顔で答えた。

 次の朝、括正は森の奥深く、幸灯は町へ村などの人間の住処へ反対方向に旅立つ。

「無理しないでね。いざとなったら空を飛んで逃げて。捕まりそうになったら自分を信じて、吸血鬼の力で反撃するんだよ。」

「わかりました。括正は修行頑張って下さい。強くなって素敵になった括正を期待していますよ。」

 二人はお互いを励まし合うとぎゅううううううっとかなり長く抱き合った。

「では。」

「うん。またね。」

 二人は反対方向に歩き出す。二人は片方の状況を知る由もないが歩き始めてほぼ同時期に涙を流した。

「ふん、ふん。ぐずっ。」

 括正は涙を一生懸命抑えると目を閉じて、手を伸ばした。

「……二時の方向。……九時の方向。感じるぞ。」

 括正は森の中を念力に頼り、森の中の森に向かっていた。

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