一章 侍道化と桃色果実 その2
兆の区には透明で綺麗な湖がいくつかある。その湖の一つを括正は歩いていた。ふと括正は足を止めた。
「あっ、いたいた。結構僕も慣れてきたぞ。」
括正は視界に幸灯が見えたので近くまで走り出した。
「幸灯~! 買ってきたよ~! 幸、え? ごめん。何してるのかな?」
括正が動揺するのは無理もない。幸灯は前かがみに湖の方にしゃがんで水面を見つめていた。幸灯はゆっくり括正の方を向いた。
「あっ、来たのですね括正。自分の顔を見つめていました。大満足です。鏡と布はありました?」
「あっ、うん。はい黒い布と…」
括正は黒い布を幸灯に渡すと、さっと金色の布を出したので、幸灯は目をキラキラさせていた。
「ええええええ!」
「ふふん、鏡とセットで付いてきたんだよ。」
そう言うと括正は金の布に包まれていた鏡を露わにした。ちゃんと下には持ち手がついており、そこも含めて銀色だった。
「ふわぁ~。ありがとうございます~、括正。センスの塊ですね。素敵です。」
幸灯は目をキラキラさせながらお礼を言うと、自身の顔を鏡で見た。
「ふわぁ~、流石吸血鬼になった私です~。鏡で見ても美しい。」
(自信持つのはいいけど、これ以上変な方向に思考がいかないで欲しいな…。)
括正は心配そうに幸灯を見ていたが、ふと無意識に自分の袴の裏に隠れているシッポを触ってしまった。
(まあ…コンプレックスに悩むよりは断然いいか。)
「ねえ、括正。」
幸灯は自分の世界に入りそうだっだ括正に、鏡を見つめるのに飽きたのか話しかけてきた。括正は笑顔で
「なぁーに、幸灯?」っと反応する。
「東武国はどうやって出ますー?」
「……そのことなんだけど幸灯。僕考えていたことが…何か来る!」
括正は突然湖の向こうの森に顔を向けた。幸灯も激しく動揺した。
「私も感じます!」
「どんな軌道だ? とてつもない念だ。」
括正はこの念を探知しようと首を気配に合わせて上下に振った。少しするとボイン!…ボインという音が段々近づいてきた。鳥肌が二人を襲う。括正は幸灯の手を掴んで湖と反対方向の森に走り出した。
「なんか怖い! 逃げるよ!」
括正と幸灯は全力で森の中を走った。
ボイン!!
さらに大きくなった不思議な音に、幸灯はふと後ろを振り向く。
「きゃああああああ!!」
括正は幸灯の悲鳴につい後ろを振り向いた。
「ぎゃあああ!」
背中に太刀を載せた細長い白い虎が前足を伸ばして、こちらに向かって跳んでいた。かわす余裕もなく、白虎は括正と幸灯に飛びかかり、しばらく組み合ったまま森の道をぐるぐる回っていた。しかしやがて括正と幸灯は下になった状態で二人のそれぞれのお腹の上に白虎が両足を乗せていた。恐怖で叫ぶ気力すら残っていない幸灯に対して括正は割と冷静だった。
(殺意を感じない。そしてこの虎僕らより大きいはずなのにあまり重くない。)
そう考えていると白虎は後ろ足で立ち上がり左右に前足を広げた。すると虎の前足はシマシマの毛のまま、人の腕になった。それから足は肉球のまま、化け物の下半身は白いカンフーパンツに包まれ、上半身は水色と黄色が見事に合わさった中華服に包まれた。最後に耳は虎のまま、髪は黒と白がごちゃ混ぜのぼさぼさヘアー、細い体型に平均的な男性の身長、顔は人のものとなった。ちなみにシッポはカンフーパンツの後ろの穴から飛び出して残ったまま、先っぽは普通は丸っこいところが円柱になっていた。
「ヨウ、俺はライガー! 世界一の剣士を目指す白虎だ!」
白虎は自己紹介をしながら左手をグーにして、親指を自分の胸に置いた。相手に敵意がないことに気づいた括正は反応した。
「驚いた~。」
「ホウホウ、そうだろ、そうだろう~! みんな虎が怖いのさ。」
ライガーは二人の上に乗ったまま話を続けた。
「お主らは何者ぞ?」
「えーと、括正だよ。この子は…」
「幸灯です。女王目指しています。現在の職業は戦場漁りとド…」
「僕は現在浪人で、この子は踊り子です。」
幸灯の割り込みを、括正は幸灯が泥棒と言う前に割り込み返した。幸灯は状況が理解できず、括正の方を向いてムッとした。
「ちょっと括正。何を言ってのですか? 私は…」
「妄想が激しい踊り子です!」
括正は遮るように大声を出した。ライガーは顔を括正に近づけた。
「んで、浪人ってなぁーに?」
「君の下にいるでしょ?」
括正は即答すると、ライガーは自分の足元近くを見渡した。
「俺の…ほんとだ。」
ライガーはそう言うと括正と幸灯から降りて二人を握手しながら起こした。
「会えて光栄、よろしく! 俺はライガー!」
再び自己紹介をするライガーに、幸灯は勇気を出して質問をした。
「あの、ライガーさん。なぜ私たちを襲ったのですか?」
「常に何かに飛びかかりたいのは、虎の本能よ。」
「まあ本能なら仕方ないな~。」
括正が反応すると、幸灯は驚いた表情を浮かべた。
「いや、何納得してるんですか括正? ライガーさん、それすごく迷惑ですよ。」
「俺は楽しいから大丈夫。得意技を披露するのは俺の生きがいよ!」
(この人私より会話できないのでしょうか? …なんか安心します。)
幸灯はそう思っていると、括正は湖の方を指さした。
「あんた、あの湖をどうやって越えたんだ?」
「答えはこれよ、シッポアタァァァック!」
ライガーは体を勢いよく回して、シッポが括正の頬の位置に向かっていた。括正は間一髪でかわし、幸灯もキャッと言いながら頭をかがめシッポは彼女の上を通り、先っちょはライガーの顔面にボイン!って音と共に直撃した。
「ブベイ!」
その衝撃にライガーは声をあげたが、倒れずになんとか踏ん張った。
「……何故お主ら今のかわした?」
「「はい?」」
「当たらんといかんてー。デモンストレーション。頼むでほんま。」
「なぜデモンストレーションで大の大人が子供へ暴力振るうんですかー⁉」
幸灯はビビりながら文句を言った。ライガーは笑顔で答える。
「俺もチャレンジ精神がある。つまり心は子供よ。同類のじゃれ合いだから大丈夫ってことよ。」
(この人私より友達作るの下手なのでは? …なんか安心します。)
幸灯はそう考えていると、括正は口を開いた。
「あんたのしっぽ、まるでバネみたいだ。それで跳べたということかい?」
「正解! ポンポン!」
「ピンポーンね。虎にそんな体質があるとは思わなかったな。」
「普通はない。半獣人でもな。だが俺は世界一の虎! 自ら手術、改造、ケミカルミーックス! してこの通りよ!」
そう言うとライガーはシッポのバネだけを使い、天高く跳んだ。括正はおおおおお! 豆粒うう!っと言いながら感動していたが、幸灯はあの人あのまま遠くに行けばうれしいのですが、っと心の中で思っていた。しばらくすると、ライガーは大の字で急降下してきた。
「ちょっとずれようか。」
「了解です。」
けがを避けるために二人は少し移動した。
「ぶはっ!」
ライガーは派手に体ごと、大の字で地面にぶつかった。ライガーは顔を横に二人を見た。
「え? 何故お主ら受け止めてくれんの?」
「「はい?」」
ライガーの問いに括正と幸灯はまたもや戸惑った。
「いや、だってあんたネコ科じゃん? 着地は十八番だと思って…」
「俺オンリーワンだから孤高で孤独の無双旅よ。たまには温もり欲しいんだよー!」
ライガーはそう喚き始めた。括正は少し同情した。
「すまない。孤独は辛いよね。僕も幸灯も何度孤独を経験したことか。」
括正はそう言うと、幸灯もコクンっと頷いた。ライガーはそれを聞くと起き上がり座り込んだ。
「俺は……木登りは得意だが下りられない。」
「「……はいいい?」」
「下りる時、シッポが邪魔になる。」
ライガーは真剣な眼差しで語り始めた。括正は困った顔で口を開く。
「なんでこの流れでそれを言う?」
「すまない! シッポを言い訳にしていた。真実を話す。木を下りるときどうしても下を向かなければならない。それが怖くて怖くて仕方ないのだ!」
「いや指摘したのそこじゃないから! 後幸灯はドヤ顔しない! ガッツポーズしないの! たった一個のことが相手より勝っているからって勝ち誇らないの! この人おそらくこれ以外は勇敢そうだし。君がどれだけ怖がりさんだか僕知っているんだからね。」
括正は一呼吸ついて、ライガーにまた顔を向けた。
「で、なんで急に木登りのお話を?」
「いやお互いのことをシェアする場なのかなと。」
「あらゆるシェアチョイスの中で木登りかよ~。……僕の趣味は読書だ。」
括正もライガーに合わせてカミングアウトすると、ライガーは親指と人差し指の間に顎に乗せた。
「ほう…お主がいつか読む歴史書の中に俺のことが載っていれば、俺様ハッピー。」
「ライガー殿はなんて書かれたいんだ?」
「世界一の剣士、オンリーワンさ! ガルルルル。」
ライガーがそう言うと、何かを閃いて勝ち誇った顔をした幸灯が口を開いた。
「ライガーさん、あなたは本当にオンリーワンなんですよね?」
「ホウホウホウ、そうとも。そうとも。らりるれろー。」
「じゃああれはなんでしょう?」
幸灯はライガーの死角方面へ腕を伸ばして、指を出した。括正は幸灯の指先からピピピピっと薄い光線が放たれているのに気づいた。
(何をするつもりだ? …ライガー殿は幸灯が指している方向を見て、気づいていないみたいだ。)
幸灯の放った小まめな光の粒は一つの塊となり、変形した。変形した姿には括正はびっくりした。ライガーは思わず声を上げる。
「おっとっと、なんだいありゃ。うーん?」
その森にはライガーが二人いた。正確に言えば、魔法でできた反射像がライガーの目の前にいた。
「皆の者、見たまえ、見たまえ、まみむめもー。」
ライガーは括正と幸灯と自分の分身を交互にキョロキョロ見ながら言った。
「世にも奇妙な生き物が我々の目の前にいるぞ。」
「いやライガー殿、それ…」
括正が言い終わる前に幸灯が人差し指で彼の口を塞いだ。ライガーは括正の言葉が耳に入らなかったのか話を続ける。
「うーん、目にするがいい。あの狩人の眼光。丸っこい耳。個性的なパージャマ、ジャマジャマ。」
「私にはもう一人のライガーに見えますけど……ライガーさんって、もしかしてオンリーワンじゃないのではないでしょうか?」
幸灯はわざとらしく質問すると、ライガーはわかりやすく反応する。
「ノンノンノン。お嬢さん、世の中には言ってはならないことがある。悪口と冗談だ。…あっ、ちょい待て。悪口言っちゃだめなら脅しや呪いや煽りやラップができないから無しだ。あっ、後冗談も時と場合によっちゃオーケーだ。ただ今の一言に俺は物申す。冗談言うな。俺のような個性的な虎人は俺一人よ。」
ライガーが語っている間、反射像は左右違うが同じ動きをしていた。幸灯は本人と反射像を左右見ながら、ある提案をする。
「虎の恐ろしさをより強調できるのは本物。威嚇してみてはどうでしょう?」
「お嬢さん、そのアイディア。ファンタスティック! 見てろ、こんな偽物なんざ一喝で脅かしてやるさ。」
ライガーは背を向けた反射像に右手をグーにして、親指で指しながら言った。そしてライガーは回れ右をする。幸灯は未だ状況が理解できず戸惑っている括正をぎゅっと隠れるように後ろから抱きしめた。
一瞬でライガーの首上が白虎になる。
「ガオオオオ!」
ライガーの方向で一帯の大気が揺れた。括正は呼吸が激しくなり、幸灯も恐怖で括正をギュっと抱きしめ涙をポロポロ流していた。しかし一番驚いていたのはこの二人ではない。
「ぎゃああああ、化け物おおお!」
自身の虎顔の威嚇顔を近距離で拝んでしまったライガーはそれで驚き、完璧な白虎の姿に戻って反射像と真逆方面に一目散に逃げて行った。そのまま港で船を物色して東武国を脱出、ライガーの東武国観光はこうして終わった。
その場に残った括正は届くはずのない声を出す。
「ちょっと、ライガー殿。……行っちゃった。もお幸灯ったら! 僕あの人ともっとお話しして仲良くなりたかったのにー。気前良さそうなナイスガイだったじゃん。世界情勢とか訊き出せたかもしれないじゃん。……あっ、だめだこりゃ。この子恐怖のあまり気絶している。」
括正は自分の体から幸灯の腕をほどき、地面にそっと降ろした。
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