第113話 縹瑠璃という少女2
ボクが中学生になって暫くすると、周囲のボクに対する視線が変化し始めた。無論、悪い方向に。
子供の頃はボクの容姿を褒めてくれていた近所のおばちゃん達はボク等親子を憐れむような目で、新しくできた学校の友達はボクを面倒な奴だという目で、ちょっと遠巻きで見ながら嘲笑した。直接的ないじめはないけれど、ボクを避ける人は少なくなかった。
「ママから聞いたんだけど、縹さんの家、昼間からずっと奇声が聞こえるらしいよ」
「縹の家、ゴミ屋敷になってるらしいね」
ゴミ屋敷は嘘だ。ボクがちゃんと掃除してるから・・・と、訂正する気もおきない。
離婚しただけならここまで言われることは無かっただろう。けれど、人が変わったようにやつれたお母さんの姿を見た人が、町内でも有名な美男美女夫婦の哀れな末路としてその噂を広めたみたいだ。同情という名の腫物扱いと厄介な大人に関わりたくないという気持ちから、小学生の頃は普通に接してくれていた友達もいつの間にか話しかけてはくれなくなった。
中一の夏休みが明けた頃には、ボクは完全に学校から孤立していた。いっそ問題になるようないじめでも起きてしまえばいいものを、ただ孤立しているだけのボクは教員にとって助ける対象ではない。お母さんは相変わらずで、心配するおじいちゃんからの電話の頻度も段々と減っていて、なんていうか。ボクは本当に、どこにいていいのかよくわからなくなっていた。
どこかに逃げる勇気も、誰かに声をかける元気も無くて、ただただ毎日を繰り返していた。不愉快な陰口と好奇の視線という毒に、日々じわじわと侵されるだけの平穏だ。
「ねぇ、瑠璃君だよね。私の事覚えてる?」
そんな中、用も無く話しかけてくれる女子が突然現れた。
「・・・・・・陽葵ちゃん」
小学校の頃仲が良かった陽葵ちゃんだ。最後に会話をしてからまだ一年もたっていないのに、随分とあか抜けて可愛らしくなった。
返事をしてから、ボクは「しまった」と思った。話しかけられたことが嬉しくて反応してしまったけれど陽葵ちゃんはもうボクの事を好きではないのだった。
陽葵ちゃんとはボクの家が離婚して直ぐの頃に「約束守って他の女の子と話してないよ」と言ったら「なにそれ?」と言われてしまった過去がある。忘れたのか、約束がいつのまにかなくなったのかはわからないけど、少なくともボクを好きな気持ちはなくなってしまったのだろう。別にボクも陽葵ちゃんの事を特別に好いているわけではなかったから「そんなものか」と怒りも悲しみもせずにいたので今日まで忘れていた。最も、家庭の事で彼女の機嫌を伺う心の余裕がなかったのが一番の理由だけれど。
「どうしたの、そんなにビクビクして」
ボクとの約束も、それをボクだけが律儀に守っていた事もすっかり忘れた様子で陽葵ちゃんはケラケラと笑った。その表情は嫌な意味でどこか大人びている。中学生になってすぐに先輩と付き合い始めたと噂に聞いたし、その影響かもしれない。
「私、別に瑠璃君のこといじめる気なんてないよ? そんな怖がらないで昔みたいに話そうよ」
家庭の事で周囲から浮いているボクを無視したりせず、陽葵ちゃんは笑顔でボクの肩を叩いた。幸せだったあの頃と同じ「るりくん」という響きに、少し心が軽くなる。
「なんか痩せた? てか背ぇ伸びたね」
「そう、かな?」
陽葵ちゃんは改めてボクの顔をじっくりと見た。
「うん! 本当に男の子みたい。前から思ってたけどやっぱ瑠璃君イケメンだよね」
綺麗な子、とか将来美人さんになる、とかはよく言われたけど「イケメン」という軽い雰囲気の言葉はちょっとむず痒い。
「私、最近彼氏と別れちゃって暇なんだよね。友達みんな部活で忙しいし?」
先輩とはもう別れちゃっていたらしい。ボクの耳に届く噂なんて古い物ばかりだから知らなくても仕方ない。
「ねぇ、今日暇? 久しぶりに遊ぼうよ」
大して特別でもない彼女の気まぐれで、ボク達はその日の放課後遊びに出かけた。
「瑠璃君は背伸びていいなぁ、私未だチビのまんまだよ。何センチ?」
「確か、163だった気がする」
「・・・やば、先輩より2センチも大きい」
「先輩?」
「あ、元カレのことね」
「先輩さんとは、どれくらい付き合ってたの?」
「ん-と、確か四月の終わりの方で告られて、夏休みに別れた」
「入学して直ぐだね。流石陽葵ちゃん・・・」
「別に、向こうも誰でも良かったんだよ。委員会で同じになって話す機会多かったから自然に好きになっただけって感じだったし」
「自然かぁ・・・」
ボク達は他愛ない会話をしながら自転車で行ける距離にあるショッピングモールをふらふら歩いた。そんなに大きな商業施設ではないけれど中高生人気の雑貨屋も服屋も沢山あるらしく、陽葵ちゃんは常連らしい。多分先輩とも来たのだろう。
「瑠璃君ってボーイッシュなのに髪割と長いよね。ベリショにしちゃえば?」
「え、でも、そういうのって目立っちゃうんじゃないかな」
「・・・変なコト言うね。既にこれ以上ないくらい目立ってるのに気にする必要ある?」
友達の多い陽葵ちゃんが、ボクの現状を知らない筈がない。ボクに話しかけてきたのだって、ボクを今日見つけたからでは無くて、今日気まぐれに傾いた日だったからだ。
「これ以上、目立って嫌われるのは嫌だよ」
「なーるほど」
陽葵ちゃんは「ふむふむ」とわざとらしく頷いてから、
「じゃあ、ちょっとイメチェンでもしようか」
と、ボクの手を引いて走り出した。
「えっ、ボクの話聞いてた!?」
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