第106話 ヒーローを殺す最適なやり方

「鶯ちゃん。ボク達ヒーローが愛する人から拒絶されて、耐えられるわけがないんだ・・・ボクはそれを、誰よりも先に知っていた。だからキミ達を出し抜けた」

 視界が、思考が、ゆっくりと沈む。彼女の意地悪な口元がすっと消える。

「おやすみ、夢見がちなお姫様」


 そして私の世界は闇に呑まれてしまったのです。




「ここは、どこ?」

 直ぐに目が覚めた。と感じたけれど実際にどれだけの時間が経ったのかはわかりません。わかるのは、その空間には、私しかいないこと。

「空さん、空さんは・・・」

 とにかく空さんに会いたい。私がそう願うと、目の前に空さんが現れました。いつものシンプルな服装がとっても素敵で、私の頭の中にいる空さんとそっくり同じ見た目。

「よかった、無事だったのですね」

 駆け寄り、手を差し出す私。

「あれ、私は一体何を心配していたのでしょうか?」

 空さんを守らなきゃ、そう強く思っていたのは覚えているのですが、一体何から空さんを守ろうとしていたのか思い出せません。もしかしたら夢を見ているのかもしれない、夢の中で夢と気付いた時のように、ふわふわした世界から抜け出す方法がわからないのです。

 とにかく、夢の中でも空さんに会えてよかった。私は愛おしい空さんをじっと見つめて触れようとします。


 すると、

「あの、やめてください」

 ぱし、と決して痛くない強さで私の手は振り払われました。


「え?」

 私の手を取ろうとして誤ってはじいてしまったのでしょうか。「ヤメテクダサイ」とはどういう意味でしょうか。何が起こったのかわからず、私は夢の事を考えるのも忘れて空さんの顔を見ます。

 空さんは、酷く苦しそうで、不快そうで、苦い表情をしていました。

「そういうの、ホント、やめてください。鶯さん」

 まるで気味悪い物をみるような目。そこに映っているのは、私?

「ど、どうしたのですか? そんな、急に」

「職場の先輩だから今まで我慢していましたけど、本当はこういうの嫌だったんです」

「えっ? な、なにを・・・」

「許可なくベタベタ触ってきたり、用がないのに話しかけて来られたり、正直言って迷惑しています。俺の事好き・・・って、言ってくれたの。嬉しいっていうのは嘘です、本当は怖いなって思っていました。俺は全然その気ないのに、勝手に好きになられても困りますし、アプローチされるのも嫌でした」


 それは何よりもわかりやすい、拒絶の言葉でした。空さんが? 私に?


「何を勘違いしていたのか知りませんけど、俺、鶯さんの事女性として見たことないので。寧ろ距離感掴めてない所とか苦手です。仕事で必要なら別に構いませんが、それ以外で付きまとうのとかやめてもらえます?」

「わ、わ、私に、言って・・・」

 どう、見ても、それは、空さんだ。空さんが私に言っている。何故、どうしたの?

「貴女の好意が気持ち悪いです。やめてください、俺の事好きでいるの」

「な、なんでそんな事を言うのですか? だって、空さんは、優しくて、私の王子様で、えと、その、だって、空さんはこんなこと・・・」

 声が震え、喉が詰まる。何が起こっているのかわからない。助けて。苦しい。


「・・・はぁ」

 深いため息が、私の身体にズシリとのしかかる。空さんの冷たい視線一つで私の身体は氷つき、一言一言が心臓をぐちゃぐちゃに痛めつける。


 あぁ、身体が動きません。どうしましょう、なにが、なんで、空さん。空さん・・・?


「気持ち悪い」

 軽蔑した、見下した眼。


「や、やめて・・・そんなこと言わないで。空さん。私を嫌わないでください。何が不満だったのですか? 私は、素敵な妻になれます。浮気だって、ちょっとくらいなら許しますし、家事も得意です、空さんが望むことならなんでもしてあげられますよ、髪型も、お化粧も、お洋服も、空さんの好みに合わせられます、ほら、えっと、か、身体の方だって、悪くはないと、自分では思うのですが、空さんの為なら私は・・・」

 とにかく必死で、その場に跪いて空さんに縋りついた。この人に捨てられる、そう思っただけで身体の機能がすべて停止してしまいそうな程に苦しかった。自分を安売りしたって、傷ついたって構わない、空さんに冷たくされると私は多分死んでしまう。そう思い込めるほどに心が痛い。


「もう、俺に話しかけないでください。気持ち悪い。嫌いです」

 どれだけ縋っても、求める言葉は降ってこない。何故?


「嫌い? 嫌いってそんな。ち、ちがいますよね。えぇ。そんな・・・なにか理由が、そう、理由がありますよね。冗談? ドッキリ? や、やめましょうよこういうの、本当に、本当に私このままじゃ死んでしまいますよ? 私は空さんのこと愛しています、こんなに、こんなに愛しているのです。空さんはいつも優しくて、私を守ってくれて、頼もしい私だけの王子様です。私も空さんを守ってあげたいんです、二人で、二人でこれから頑張ろうって話したじゃないですか、新婚旅行とか、新居の間取りのお話とかしましょうよ、お母様に挨拶にもいかないと、結婚式の話、それに、それに・・・」


「話にならないな、もう目の前に現れないで下さい。さよなら」


 そう言うと空さんは聞く耳も持たずに、どこかに消えて行ってしまいました。

 

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