第105話 竜胆博士は推察する

『なんだって!? 空君と言ったか、鶯君』

 予想外の返しに柄にもなく声を荒げた。


『はい、空さんと二人っきりです』

 おかしい。鶯の部屋の付近に設置された監視カメラに空が映っている姿はなかった筈だ。少なくともここ2,3日は。まさか監禁? 一体いつから? いや、もしかして鶯の能力が何か発現してテレポーテーションのような事が起きた? だとしたら・・・。

『そこに空君がいるのか?』

 混乱してしまったがどちらにせよ、彼が無事ならそれでよかった。居場所の分かる監禁ならいくらでも対処ができる。基地内で生存確認ができるのならこれ以上平穏な話はない。

『はい、いますよ。昨日からずーっと、お泊りでーと、なんです。うふふ』

『・・・昨日?』

 改めて確認する。日曜日の映像には鶯しか映っていなかった。

『え? 何ですか空さん。博士にお話ししたいことがあるんですか?』

 何が起こっているのだろうか。よくわからないが、話せる程度には健康ならば安心だ。それに電話越しとはいえ私と空君がコミュニケーションを取ることを許せる程度に、鶯はまともな精神状態らしい。


『――――――』


『・・・ん?』

 突如、受話器の向こうから無音が流れる。

『もうっ、空さん。博士にそんな恥ずかしいこと言わないで下さいよ!』

 と、思ったらご機嫌な鶯の声。

『た、確かに。博士が空さんをフィランスブルーにしてくれたから私達がこうして結ばれることができたので・・・仲人、と言っても過言ではありませんけど。だからってそういうことはもっと心の準備をですね』

 なにかがおかしい。

『ま、待ってくれ鶯君』

『はぁい?』

『すまない、ちょっと電波が悪くて空君が何と言ったのか聞こえなかったんだ。もう一度かわってくれないか?』

『えぇ、もう・・・博士まで私の事恥ずかしがらせようとしてるんですか? しょうがないですねぇ』

 嫌な予感がする。


『―――――――――』


 再び流れる無音。これはもしかしたら。

『・・・そこに空君がいるんだな?』

『いまお話ししたじゃないですか、流石に今回も聞こえなかったなんて、言わないで下さいよ?』

『あ、あぁ』


 私の耳が可笑しくなったのでなければ、空君の声は聞こえない。


『――――――』


『ふふっ、そんな可愛い事言ったら照れちゃいますよ。私は空さんしか見えてないからヤキモチ妬かないでください』

 先ほどから不自然な間と、そこに誰かがいるかのように話す彼女。どうポジティブに解釈してもそこに空君がいるとは思えない。


『それで、博士。私に何か用事ですか? 今日非番ですよね、どうしてもというなら出動できますけど、さっきも言った通り今はとっても楽しい時間なので出来れば他の方に回してほしいです』

 不自然さを除くといつも通りの鶯の対応に、嫌な予感は嫌な確信に変わる。

 この『嫌な』は、鶯に対してではい。空君に関して、というより、我々が誰と敵対しているかに関してだ。

『・・・・・・わかった鶯君。邪魔をしてすまなかった』


 電話を切ると同時、モニターに映る不自然な人影が目に入った。既に今日から数日遡った日付が表示された画面。普段私以外の人間が立ち入る事のない廊下を彼女は歩いていた。

「もしかして、君が」

 それは通路を歩く桃の姿。その先にあるのは、特殊備品倉庫・・・没になった、または引退して使われなくなったヒーロースーツが保管されている場所だ。

 その先の監視カメラに桃は映っていないし、そもそも備品倉庫に侵入形跡もない筈だ。

 しかし、鶯との不可思議な会話で私は確信した。

「フィランスブルーのスーツが盗まれたのか・・・」


 監視カメラも警備システムも本来『外部の人間』を排除するための物だ。元ヒーローが基地内に入れないように頻繁に認証システムやパスワードを変更しているし、ヒーロースーツを着ない状態では私以外入れない場所が沢山ある。

 だが、現役ヒーローが、しかも高速に移動する異常に器用なヒーローが本気で侵入するとすれば現代科学でそれを完全に防ぐのは不可能に近い。彼女の身のこなしならば茜にすら不可能な大きな痕跡を残さずに忍び込むことができるだろう。

 しかし、桃の侵入の可能性に気付いていながら警戒していなかった理由は偏にその行動が無意味だからだ。ヒーロースーツは最新ものが一番強力であり、仮に本人が過去のデザインを求めるならダウングレードを許可するつもりだ。個人専用に作られたスーツを盗んだとしても意味は無く、だからこそ私としても対ヒーローにしては甘い警備を黙認していた。


 完全に私のミスだ。過去のヒーローにスーツが渡ったとしても基本的に現役ヒーローの力で無理矢理抑え込むことが出来る。それはある一人の元ヒーローを除いての話だった。

 ヒーローとしてはお世辞にも有能とは言えなかった彼女の能力が、ヒーローに敵意を向けた途端どうなるか。対立しているヒーロー同士が何らかの利害関係をもって協力したらどうなるか。浅葱空君というヒーロー達にとって特別な存在がいる今、あの能力が意味することはなにか。


 私は思い出す。かつてのフィランスブルーの本名を。

「名前は確か・・・縹。そう、縹瑠璃だ」


 手の内にある情報が示した結論・・・、瑠璃が桃と共謀している。

 スーツの返還は勿論のこと、連絡先の消去、秘密保持契約書への同意、全て滞りなく行われた彼女との約束が破られたのだ。


 もう自分は何者でもないと理解していた筈なのに。桃に言いくるめられたか? それとも利用されたのは桃のほうだろうか。どちらにせよあの二人が余計な暗躍をしている事に違いはないだろう。

「・・・ふざけるなよ、元ヒーロー」

 縹瑠璃。ヒーローでもない人間が、世界の為に必要な不可侵領域に手を出してしまったのだ。当然そんなこと許されるわけがない。


「落ちこぼれた正義が。まさかこの私を出し抜いて、特級品を侵害する気じゃないだろうな」


 それはもはや、歪んだ正義では無く悪と呼ぶに他は無い。


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